第35話 馬鹿ではあるけどな
先に述べた通り、ゴブリンは洞穴などを巣穴にしていることが多い。これを潰すには、洞窟内に踏み込むか、あるいはゴブリンたちを外に誘い出さなければならない。洞窟を崩してしまうという手もあるのだが、捕らわれている人間がいる場合があるので、ほとんど採られることは無い。余裕があれば、催眠効果のある香りを洞窟内に充満させ、ゴブリンたちを眠らせて無効化してから踏み込むという手もあり、実際、慎也たちはレベリングの最中に、何度かその手でゴブリンの巣を潰している。
しかし、今回は明らかに一刻を争う状況であり、ゴブリンたちが眠るのを待っている余裕は無いと判断した慎也は、ゴブリンを驚かせて洞窟の外に誘い出す方法を採った。
初級魔法とはいえ、雷系魔法が発する音は凄まじい。それほどの轟音を響かせれば、弱い魔物であれば一目散に逃げだす。当然、洞窟内にいるゴブリンたちは驚いて巣穴の外に出てきた。
それを、3方に散って洞窟の出入り口を半包囲した慎也、結衣、ユフィアが銃と魔法で迎え討つ。
「《赤熱の矢》!」
「《聖なる槍》!」
雷鳴で恐慌状態に陥ったゴブリンに指揮系統など無く、結衣とユフィアの魔法と、慎也の2丁拳銃によって次々と斃され、屍の山を築いていく。
程無く、洞窟から飛び出して来たゴブリンの最後の1匹が倒れ、辺りは再び静けさを取り戻した。
「終わったの?」
「まだだ」
結衣の問いに、慎也は洞窟から目を放さないまま即答した。
倒したゴブリンの中に、ボブ・ゴブリンがいない。まだ洞窟の中に潜んでいる。
出てこないのなら、踏み込むしかない。
「オレが行く。援護してくれ」
「「はい」」
慎也が先頭に立ち、その少し離れた後ろを結衣とユフィアが左右に分かれて付いて歩く。もちろん、いつでも魔法が放てるように準備しながら。
「!」
不意に慎也が足を止め、背後の2人に拳を掲げて「止まれ」の合図を出す。すぐさま結衣とユフィアは合図に従って足を止める。
洞窟の闇の中から溶け出すように人影が現れた。
ゴブリン特有の緑の肌。だが、体格はゴブリンに比べて遥かに大きく、2メートル近くに達している。ゴリラによく似たフォルムに、ゴブリンのそれよりもさらに醜悪で獰猛な顔付。
ボブ・ゴブリン
レベル:11
生命力:378
魔力値:3
筋力:234
敏捷:98
スキル:<怪力201><統率99>
【ゴブリンの希少種。通常のゴブリンに比べて遥かに大柄で、敏捷性は無いものの、それに見合った怪力を持つ。それ故にゴブリンの群れを率いていることが多く、ボブ・ゴブリン同士が複数で行動することは稀】
ギャゥアア!!
野太い奇声を発するゴブリンの希少種は、左腕で小柄な少女を抱えていた。白いストレートヘアに、獣人族の特徴でもある獣耳。臀部から生えた白く長い尻尾から、猫の獣人だと判る。ゴブリンに酷い暴行を受けたらしく、整った顔の半分が酷く腫れ上がり、華奢な身体には衣服だった物の残骸が辛うじて張り付いているている。幸い、最後の一線は免れたようだ。
「た、す……け……」
焦点の合っていない瞳で慎也たちを見ながら、少女が弱々しく助けを求める。その首に、ボブ・ゴブリンが右手で持っていた大斧の刃を当てる。「ひっ!」という息を飲む声が獣人少女の口から洩れた。
(人質、ってわけか……)
どこで覚えたのか知らないが、このボブ・ゴブリンは同じ人間を人質にすれば、他の人間は攻撃しなくなるということを学習したらしい。
ピシ、っと慎也の額に青筋が浮かんだ。
ゲギャ―!!
ボブ・ゴブリンが唾を飛ばして奇声を上げる。
「こいつの命が惜しければ武器を捨てろ、って言ってるみたい」
「卑怯です! 人質なんて……」
眉を顰める結衣に、顔を赤くして憤りをあらわにするユフィア。
「ユフィア、こいつらは魔物だ。そもそも正々堂々なんてもの自体を知らないんだ。だから、卑怯でもなんでもない」
「シンヤさん……」
「ただ――」
「?」
「――馬鹿ではあるけどな」
実際、この状況下で人質などなんの意味も無い。
慎也とボブ・ゴブリンの間の距離は10メートルも無い。<射撃>スキル、<狙撃>スキル共に400超えの慎也なら、ネズミでもヘッドショットを決められる、一発必中の距離だ。
しかも大柄なボブ・ゴブリンと人質の少女とは体格が違い過ぎて、まったく盾になっていない。ボブ・ゴブリン自身が、そもそも魔法銃という武器がどんなものかを知らないのだ。
ボブ・ゴブリンが人質の首を断つよりも、慎也の魔法銃がボブ・ゴブリンの眉間を撃ち抜く方がどう考えても早い。
(けど――)
先ほど見た、ズタズタにされた冒険者たちの死体が脳裏を過る。
可哀想だとは思わない。
なぜなら彼ら自身、ゴブリンを殺す為にここへ来たのだから。なら、返り討ちにされても文句など言えるはずも無い。ゴブリンたちは降り掛かる火の粉を払っただけ。実力も無いのにこんな森の奥地まで来た彼らが悪い。殺されたのも、捕まったのも、冒険者たちの自業自得だ。
ここで自分が憤りを感じることは間違ってる。
(これくらいはしてやる)
慎也が動いた。
右手に持っていた白い魔法銃スコールを、突然、頭上に放り投げた。
「え?」
「シンヤさ――」
慎也の奇行に、ボブ・ゴブリンだけでなく結衣とユフィアも驚愕の色を表情に張り付けたまま、反射的に天高く舞い上がった魔法銃を目で追う。
ボブ・ゴブリンの注意が、人質と慎也から逸れた――
慎也は魔法銃を放り投げた際に振り上げた右手で背負っていた鉄剣の柄を掴み、引き抜く勢いのまま、全力で前方へと投擲した。
800超えの筋力値を以て投げられた鉄剣は、<狙撃>スキル401の正確さに導かれ、寸分の違いも無く頭上を見上げていたボブ・ゴブリンの下顎に切っ先を潜り込ませ、一瞬で頭頂部まで貫通した。
「望み通り武器を捨ててやった。これで満足だろ?」
慎也の言葉は、既にボブ・ゴブリンには届いていなかった。
自分を殺した剣が、ついさっき、残虐に殺戮した若い冒険者の剣であったことにも気付かぬまま、愚かなゴブリンの希少種はあの世へと旅立っていた。
下顎に鍔の辺りまで剣を潜り込ませ、頭部を串刺しにされたボブ・ゴブリンの身体から力が抜け、人質を抱えていた腕から力が抜ける。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴と共に獣人少女は地面に尻餅を付き、そのすぐ横に大斧が転がった。
ボブ・ゴブリンの巨体が棒のように後ろ向けに崩れ落ちたのと、慎也が落下してきた魔法銃をキャッチしてホルスターに戻したのとは、ほぼ同時だった。
◇◇◇
「ありがとう……ホントに、もう、ダメだと……」
獣人少女がポロポロと涙を零しながら喘ぐように言った。
ゴブリンから酷い暴行を受けたようだが、見た目の割に大した怪我ではなかったらしく、ユフィアの回復魔法で治癒し、元の愛らしい見た目に戻っていた。ただ、服はどうしようもなかったので、いまはユフィアの外套を羽織っている。
獣人族とは、身体の一部、あるいは大部分に動物の特徴が表れている種族のことだ。人間やドワーフと違い、同じ獣人でも外観は千差万別。犬、猫、イタチなど、種類は多岐に上る。
共通する特徴としては、身体能力は高いものの、人間以上に魔法が苦手だということだ。
ボブ・ゴブリンを倒した後、獣人少女を回復させ、落ち着くのを待ってから話を聞いた。
彼女の名前はミリィ。猫の獣人族だ。
ちなみに、同じ猫の獣人でも、2足歩行する動物のような外見もいれば、人間に獣の耳としっぽが生えたような者もいる。彼女は後者で、いわゆるケモミミというやつだ。人間の耳が、そのまま猫の耳になっている形だ。
ラノベマニアの結衣が、ピコピコ動く彼女の耳にさっきからくぎ付けになっていた。触りたそうにうずうずしているみたいだが、慎也は無視して話を進めた。
ミリィがゴブリンに捕まった経緯は、一言でいえば、慎也の予想通りだった。
彼女は元々、幼馴染同士であった仲間2人と1年ほど前から冒険者をしていたらしい。慎也たちと違い、普通に10級からのスタートで、ずっと街で雑用をしていた。もちろん本人たちは魔物退治などをして名を上げることを望んでいたが、規則である以上は従うしかなく、また武器や防具を買いそろえる金も無かった為、1年以上もの間、望まぬ雑用を繰り返し、少しずつ資金を貯めて最低限の武器防具を買い揃え、先日、ようやく8級冒険者に昇格し、今日、初めての魔物退治として、慎也たちと同じスライムとゴブリンの討伐依頼を受注し、マナクレイの森へと繰り出したそうだ。
やはりウィニアが言っていたのは、ミリィたちのことだったのだろう。
意気揚々と討伐に繰り出したまでは良かったが、街道周辺に魔物の姿が見当たらず、獲物を求めて森の中へと入った結果、突然背後からゴブリンの群れに襲われたらしい。
必死に戦ったが途中、背後から殴られて気を失ってしまい、後のことは覚えていない、と。
「……仲間ってのは、こいつのことか?」
慎也は件の遺体が持っていたライセンス・カードをミリィに見せた。
「え? これって、クルト君のカード。どうしてあなたが?」
困惑するミリィの様子に、慎也は軽く舌打ちした。やはりあの死体は彼女の仲間のものだったらしい。そしてミリィは、自分が気を失った後、仲間がどうなったかを知らない。
「ここへ来る途中、死体を見つけた。数匹のゴブリンと、あと、人間の死体が2つ」
「!!」
そこまで言って、ミリィは慎也の言葉の意味を悟ったようだ。震える手で、カードを受け取る。
「これは、その内の1人が持っていたものだ」
「……」
「あと、ここへ来る前に倒したゴブリンが、これを持ってた」
ボブ・ゴブリンの死体から引き抜いた剣と盾、結衣とユフィアに持たせていた短剣と杖を見せた。
「……短剣は私の……剣と盾は、クルト君の。杖は……フランツ、の……」
ボロボロと涙を零しながら、ミリィは喘ぐように言った。
「なんで、こんなことに……危ないから、森の奥へ行くのはやめようって、言ったのに……ギルドの人からも、注意されたのに……」
言葉が途切れ、ミリィは地面に突っ伏し、声を殺して泣き始めた。
どうやらミリィは森の奥へ行くのには反対していたようだ。だが仲間の2人、あるいはどちらかが強引に奥へ進み、それを止めきれずにこんな事態になってしまったのだろう。
掛ける言葉が見つからず、泣き続けるミリィを見守るしかない3人だったが、しばらくするとミリィ自身が涙を拭って顔を上げた。
「ごめんなさい。こんなとこで泣いてる場合じゃないのに……」
「気にするな。友達を亡くした気持ちは、オレにも判るから」
2年前に、魔物に喰い殺された親友の亡骸が、ちらっと脳裏を過った。
「立てるか?」
「うん」
手を差し伸べた慎也に助けられて、ミリィはどうにか立ち上がったが、若干ふら付いているようだった。
傷は魔法で回復したが、失われ体力と、なによりゴブリンの襲われ、仲間を失い、自身も汚される寸前だった恐怖や悲しみはどうにもならない。
「慎也君、陽が暮れてきたよ」
「急がないと、暗くなってしまいます」
結衣とユフィアの言う通り、空がうっすらと黄昏色に染まり始めていた。そろそろ引き返さなければ、街へ戻る前に陽が暮れてしまうだろう。
「取りあえず、一緒に街へ戻ろう。仲間のことを、ギルドに報告しないと」
「判った。でも、その前にひとつだけ、お願いしても良いかな?」
「なんだ?」
「クルト君とフランツの遺体のある場所に連れていって欲しいの。せめて最後に、お別れを……」
「……判った」
どうせ帰る途中だし、なにより、彼らの死体を見つけた後、ミリィの救助を急ぐあまり、遺体をそのまま放置してしまったこともある。あのままスライムの餌になってしまうのは、いくらなんでも不憫だ。
慎也たちはミリィを伴って、死体を見つけた空き地に取って返した。案の定、再びスライムが集っていたが、今度は魔法で根こそぎ焼き払い、2人の遺体から最低限の遺品を回収した後、その場で魔法の炎で荼毘に付し、遺灰を土魔法で作った穴に埋め、墓標代わりに石を立てて、簡単ではあるが墓を作った。
この世界では、死体を放置するとアンデッド化することがあるそうなので、人間であろうが魔物であろうが、念入りに焼却するか神聖魔法で浄化する必要がある。もっとも、このマナクレイの森では死体は大抵スライムの餌になってしまうそうだが……
その後、幸いにも帰り道では魔物と遭遇することも無く、慎也たちは無事にキアナの街まで帰ることが出来た。




