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異界の刀銃使い  作者: 太公望姜子牙
冒険者の章
36/135

第34話 これがオレたちの現実なんだな

 森の中にぽっかりと出来た、開けた空間。そこには凄惨な光景が広がっていた。


 一言で表すなら、無数の死体に群がる大量のスライムだ。


 死体の数は全部で9体。

 まず最初に目に付いたのはゴブリンの死体だ。全部で7つ。いずれも刃物で斬り殺され、魔法で焼き殺されているが、原型は留めているので、スライムに取り込まれていても一目でゴブリンと判る。いずれも普通のゴブリンで、ボブ・ゴブリンの死体は無い。


 後の2つは、恐らくは人間、としか言いようの無い有様だった。

 恐らく死んだ後も、執拗に刻まれ、潰され、引き裂かれたのだろう。もはや血と肉の塊としか言いようの無い状態だった。恐らく、というか間違い無くゴブリンの仕業だろう。

 ゴブリンは敵が男だった場合、残虐の限りを尽くして嬲り殺しにするというが、実際にそれを見るのは初めてだった。


 噎せ返るほどの濃い血臭が森の木々や植物の匂いに混じり、拡散し、それがスライムをおびき寄せたのだ。


「ひどい……」


 口に手を当てて、ユフィアが絶句していた。その隣では、結衣が必死に嘔吐を堪えていた。


「ここで背後からゴブリンの群れに襲われたんだな。必死に応戦したが、衆寡敵せずだったんだろう」


 さすがリーダーと言うべきか、慎也はこの惨状を目の当たりにしてもさほど動じた様子も無く、冷静に現状を分析していた。


「……2人とも、ここにいろ」


 そう言い残すと、慎也は1人でスライムの集られる死体へと歩み寄った。魔法銃をホルスターに戻し、今度は刀を抜き放つ。


「《戦具に宿りし火の精(フレイム・エンチャント)》」


 慎也が呪文を唱えると、俄かにイクサの刀身が炎を帯びた。まるで刀身自体が延焼しているように見える。


<魔法剣>。己の武器に魔力を、魔法を宿すことが可能となるスキル。戦士と魔法使い、双方の特性を併せ持つ者だけが使用でき、魔法戦士の証しとも言える。


 魔法戦士の代名詞とも言える魔法が『エンチャント』。武器に各属性の魔力を宿す魔法だ。いま慎也は、<魔法剣>と<火魔法>のスキルを利用し、イクサの刃に炎の魔力を宿らせた。


 物理攻撃に対しては強い耐性を持つスライムだが、粘液であるが故に熱に弱い。炎の魔法を宿らせた刀なら、一振りでスライムを屠ることが出来るだろう。


 しかし、慎也はあえてそれをせず、炎の刀を持ったまま、原型を留めぬまでに破壊され、いままさにスライムに消化されていた人間の死体に歩み寄ると、死体に集るスライムたちに炎を宿したイクサの刃をゆっくりと近づけた。


「どけよ」


 するとスライムたちは、熱を嫌って炎を避けるように死体から離れていった。

 一通りスライムを遠ざけた後、慎也は改めて死体を観察してみる。よく見れば、片方の死体は革の鎧を、もう片方はローブかなにかを着ていた形跡があった。どちらもズタズタに引き裂かれていたので、遠目には判らなかった。


「ん?」


 ふと、鎧を着ている死体の胸の辺り――避けた鎧の隙間に、なにかが挟まっているのが見えた。手に取ってみると、それは慎也たちが、つい数時間前に冒険者ギルドで受け取った、アドベンチャー・ライセンス・カードだった。


 裏面を見て見ると――


 名前:クルト

 性別:男

 種族:人族

ランク:8級冒険者

 備考:8級パーティ・リーダー


 ――と書かれていた。


 恐らく、ウィニアが言っていた、初めての魔物退治に赴いた8級冒険者パーティで間違い無いだろう。


「これがオレたちがの現実なんだな……」


 我知らず慎也は呟いていた。


 8級に昇格した新人冒険者のおよそ2割から3割は初めての魔物退治で命を落とす。


 彼らはその2、3割の中に入ってしまったらしい。いや、そもそも自分たち自身、「初めての魔物退治」の真っ最中なのだ。しかも、まさにこれをやったであろうゴブリンを追いかけている。


(あるいはこれが、オレの数時間後の姿なのかもしれない。そうなったら、結衣とユフィアは――)


 そこまで考えた時、ふとあることを思い出して、慎也は辺りを見回した。


(待て、足跡は全部で3人分あったはずだ。男2人と、もう1人、獣人の女が)


 だが、辺りにはゴブリンの死体が7つと、原型を留めない男の死体が2つあるだけ。女の死体は見当たらない。


(まさか――)


 嫌な予感、というよりは確信に近いものを感じて、慎也は周囲の地面に目を凝らす。

 目当てのものはすぐに見つかった。来る時に見た大量のゴブリンの足跡と、なにかを引きずったような痕跡が。


(やっぱり、女の方は浚われたみたいだな。となると、巣穴は近い……ん?)


 ゴブリンの足跡を辿って行くと、途中で二手に分かれていた。半分ほどは森の奥へ、もう半分は別方向へと進んでいる。女引きずった跡と、ボブ・ゴブリンの足跡は森の奥へ向かっている。


 慎也の中で、1つの可能性が思い浮かんだ。


(そうか。この場所はこの群れの縄張り。たぶん、見張り役のゴブリンが縄張り内に侵入してきた冒険者を見つけ、報せを受けたボブ・ゴブリン群れのボスが部下を率いて侵入者を排除しに出て来た。そして、この場で冒険者たちを襲った後、ボスと半数のゴブリンは女獣人獲物を連れて巣穴へ。もう半分は、別の侵入者がいないか縄張りの見回りに向かった……それがあのゴブリン・ナイトの群れだったんだ)


 あくまで推測だが、たぶん間違い無いと慎也は考えた。

 いずれにせよ、巣穴に連れ去られたということは、女獣人はまだ生きている可能性が高い。

 だったら、助けられるかも――


「結衣、ユフィア。来てくれ」


 急いで2人を呼び寄せる。


「シンヤさん」

「どうしたの?」


 走ってやって来た2人に、慎也は事情を話す。


「どうやら1人、ゴブリンに連れ去られたらしい。たぶん、生きてる」

「大変です! すぐに助けないと!」

「ユフィアちゃん、落ち着こう」


 興奮するユフィアを結衣が宥める。


「残りのゴブリンはたぶん、ボブ・ゴブリンを含めても20匹はいないだろう。だがこれは、あくまで足跡から断定したオレの予測に過ぎない。外れてる可能性も高い。もしヤバかったら、すぐに引き返すからそのつもりでいてくれ」

「それは、浚われた人を、見捨てる、ってことですか?」


 若干の非難を込めた瞳で、ユフィアは慎也を見た。


「ユフィア。忘れるな。オレたちも彼らと同じ、初めて魔物退治を経験する新人冒険者だってこと」

「……」

「確かに他の冒険者に比べてレベルは高いし、何度も魔物を倒してる。けど、だからって他の冒険者より優れてる、って訳じゃない。なにより、経験と言うものが圧倒的に足りない。っていうか、まったくのゼロだ」

「それは……そうですが……」


 声のトーンを落としながら、ユフィアは言い淀む。


「優れた冒険者に必要なのは、レベルでもスキルでもない。経験だ。経験ゼロの駆け出しの冒険者の2割以上は最初の魔物退治で死ぬ。だからウィルさんはオレたちに2年間、魔物退治を経験させ続けた。オレたちがあんな風にならないように」


 そう言って、原型無きまでにゴブリンに破壊された、無残な新人冒険者の死体を指す。


「自分たちなら出来る、自分たちは特別だ。だって、冒険者になったんだから――きっと、こいつらもそう思ってたんだろう。だから碌な準備も警戒もせず、こんな奥地にまで足を踏み入れ、命を落とした。自分の力を過信し、限界を見誤り、新人冒険者の一線を越えてしまった結果だ。そして、オレたちもいま、同じ場所にいる。つまり、あれがオレたちの1時間後の姿かもしれない、ってことだ」


 肉塊同然の死体をじっと見据えながら、慎也は言った。


「――そう、ですね……無理を言って申し訳ありませんでした」


 ユフィアも、自分が無茶なことを言っていたことを認め、素直に頭を下げた。


「ユフィアの気持ちも判る。誰だって、助けられるなら助けてやりたいしな。だから、出来る限りのことはする。けど、それ以上のことはしない」

「うん。私も慎也君に賛成」


 と、結衣が慎也に追従する。


「私たちがいま、1番やらなきゃならないことは、生きて帰ることだもの。生きて、あの家に帰って、ウィルさんにお話しするの。今日、私たちが見たこと、経験したことを。冒険者として、第1歩を踏み出して、少しだけど成長したことを、ウィルさんに見せて喜ばせてあげるまで、死ぬわけにはいかないもの」


 ふんす、と珍しく結衣が気合を入れる。なんだかんだで、彼女もウィルのことをとても慕い、なにより感謝しているのだ。


「そうです! お爺様を悲しませるなんて、私は絶対嫌です!」


 御爺ちゃん子のユフィアが、ウィルの名前を出した途端、ユフィアの様子が目に見えて変わった。なんとうか、絶対に生きて帰る、みたいな気合が全身から溢れだしているようだ。


「そう言うことだな。浚われた奴は可哀想だし、なんとかしてやりたいが、リーダーとして、自分や仲間の命を危険に晒すことは出来ない。見ず知らずの冒険者より、結衣やユフィアの方がずっと大切だからな」

「「!!!」」


 慎也が言い終えた途端、何故か結衣とユフィアが顔を真っ赤にして俯いた。


「どうした?」

「なんでもないよ!」

「なんでもありません!」


 顔を赤くしたまま、そろって首をブンブンと振る結衣とユフィア。


「そ、それよりも、助けに行くんだったら、早く行こうよ!」

「そうです。い、急がないと、手遅れになってしまうかもしれませんし!」

「? ああ、そうだな」


 2人の態度に首を傾げて訝しみつつも、慎也は頷いた。


「それじゃあ、さっきと同じくオレが先頭を行く。ここはもう、ゴブリンの縄張りっぽいから、罠があるかもしれない。充分注意してくれ」

「りょうかーい」

「判りました」


 互いに頷き合い、3人は血臭漂う空き地を後にした。


 ◇◇◇


 ゴブリンの足跡に加え、女獣人を引きずった跡が地面にくっきりと残っていた為、それを辿るのは非常に簡単だった。幸い警戒していた罠なども無く、慎也たちは程無く、小高い崖の下にぽっかりと口を開けた洞窟を発見した。足跡と引きずった跡は、まっすぐ洞窟の中に続いている。

 洞窟周辺には木々が生えておらず、ちょっとした空き地になっているが、見張りの姿は無い。


「あそこに間違い無いな」


 茂みの中から注意深く洞窟の様子を伺いながら、慎也は小声で呟いた。


「あの洞窟の大きさだと、やっぱ群れの規模は3、40匹ほどと見て間違い無いな。死んだ奴を省けば、残りは20もいない」


 通常のゴブリンは暗くじめじめした場所を好む習性がある。夜目が効き、暗がりでも問題無く活動できる。昼間も活動できるのだが、どちらかというと夜間の行動を好む。なので、住処となるのは暗い湿った洞窟などだ。

 しかし、マナクレイの森の洞窟は基本的に狭く、それほど深くはない為、大人数で済むのには適さない。なので、洞窟を住処にしているということは、群れの規模がそれほどではないという証しだ。


「どうするの? 踏み込む?」


 結衣が横目で聞いてきた。


「いや、ここは――」


 慎也が答えかけた、その時――


「いやッ! 誰か!? やめて、やめてぇッ!」


 洞窟の奥から、悲鳴じみた女の叫び声が聞こえてきた。まだ若い、少女と言っても差し支えない声だ。間違い無い。浚われた女獣人だ。やはり生きていた。


「シンヤさん!」


 緊迫した様子でユフィアが問うてくる。言われるまでもなく、慎也は即座に決断を下した。


「結衣、洞窟付近に雷魔法を撃ち込め!」

「! 判った」


 慎也の意図を結衣が察知し、精霊樹の杖の先端を洞窟に向ける。


「《降雷(ブリッツ)》」


 一条の稲妻が轟音を響かせて、洞窟の入り口のすぐ近くに落ちた。

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