第23話 すまない……
噛ませ犬の解体ですが、またしてもグロイです。注意してください_(._.)_
「それじゃあシンヤ君、ウォー・ウルフを解体するから、手伝ってくれないか?」
「了解です。けど、こんなでっかいのを解体するのは初めてです」
「何事も経験だよ。それに、ウォー・ウルフよりも大型の魔物も、結構いるよ」
「マジッすか? 出来れば遭いたくないですね」
ウィルの強さとレベルを目の当たりにしたことで、慎也の心中には彼に対する恐れよりも別なものが沸き上がっていた。
(この人よりも強くなる!)
憧れと、向上心と、対抗心。
男という生き物は、誰しもが必ず「強さ」というものに憧れを抱く。それが、武術や格闘技をやっている人間なら尚更だ。
しかも、ここは平和な日本ではない。
異世界――剣と魔法と銃の世界だ。人を襲う魔物が跋扈し、それと戦う冒険者がいて、さらにレベルという概念まで存在する。そんな中で、自分には剣の腕と、銃の技術と、そして魔法の素質があると言われれば、強くなりたいと思うのが男という生き物だ。
(剣術だけじゃない。魔法も他の技術も、やれることならなんでもやろう! そしていつか必ず、この人を超えてみせる!)
戦国武将以外に初めて、心の底から燃え上がるものを見つけたかもしれない。
たったいま、ウィルが見せた鮮烈なまでの強さ。そして、ヨルグとケーナたちが彼に向けていた、尊敬と感謝の眼差し。
充分だった。剣崎慎也と言う人間の野心に火を付けるには充分過ぎた。
(あんたが教えてくれた武術で、必ずこの人を超えて見せるぞ、クソ親父!)
そんな慎也の内心を知ってか知らずか、ウィルは満ち満ちた闘志に溌剌と表情を輝かせる慎也に、静かに微笑んだ。
ウォー・ウルフは、この辺りに稀に現れる、極めて珍しい魔物だという。
滅多に現れない上に非常に高レベルで、厄介なことに、多くの魔物と違ってゴブリンを捕食することは無く、人家を襲って、牛や馬、豚などの家畜などを好んで食べるのだという。もちろん人間も襲う。
その強さ故にキアナの街の冒険者では、パーティを組んでいてもまず勝ち目は無く、出現した場合、複数のパーティや騎士団が連携して挑むのが通例になっているらしい。
だが、悪いことばかりではない。
高レベルな魔物だけあって、魔晶核が非常に高価で売れるだけでなく、牙や爪なども武器の材料として重宝されている。得られる経験値は言うまでもない。
ただ、毛皮はごわごわとしていて触感が悪い為、売り物にはならないのだそうだ。
まずは魔晶核を取り出すべく、横倒しになっていたウォー・ウルフの腹を、ウィルが刀で一閃した。どばっ、という水音と共に、裂け目から内臓が溢れだす。
「うっ――」
くぐもった声に振り返ると、顔を青くした結衣が、口を手で押さえて必死に嘔吐感を堪えていた。
「無理すんな。グロいの苦手なら向こうへ行ってろ」
「ダイジョウブ……」
「どこがだよ……」
「私も、なにもしないだけじゃ、嫌だから……」
「!」
慎也は気付いた。真っ青な顔で震える結衣の目には、確かな決意が宿っていることに。
ウィルの強さを見て、心打たれたのは慎也だけではなかったらしい。3人の中で、現状、1番役に立たない結衣だからこそ、ウィル姿を見て、慎也以上に強くなりたいと思ったのだろう。
その第1歩として、まず、グロ耐性を身に付けようと考えたのだろうが、巨象サイズの狼の解体ショーというのは、地球で散々動物の解体や皮剥ぎを見た慎也ですらキツイものだ。はっきり言って、結衣に耐えられるものではない。
「頑張ることと無理をすることは違うぞ? こういうことは、少しずつ慣れていかないと、心が持たないぞ? オレもそうだった」
「そっか……うん、判った。ごめんね」
「謝るようなことじゃないだろ?」
青い顔のまま頭を下げてくる結衣の肩をポンポンと叩いて慰めてやると――
「……シンヤ君」
ウォー・ウルフを解体していたウィルが、不意に慎也を呼んだ。
「あ、いま行きます!」
慌てて彼の元へ走ると、何故か神妙な顔をしたウィルが手になにかを持って、慎也の方を振り返った。
「これを見てくれないか?」
「な――これって……」
ウィルが手にしたものを見て、慎也は言葉を失った。何故ならウィルが差し出した物は、紛れもない、スマートフォンだったからだ。
この世界には無い物。
慎也たちと同じ世界の人間しか持っていない物だ。
それが――
「ウォー・ウルフの腹から出て来た」
それがなにを意味するか、考えるだけ愚かだろう。
きっと刺すような鋭い視線を死んだウォー・ウルフの遺骸に向ける。ウィルが裂いたその腹から、それがなんなのか、知りたくも無いような色合いの体液の混合物と共に、どろり、となにかが流れ出て来た。
「慎也君?」
「来るな! 向こうへ行ってろ!」
背後、慎也の身体が影になって「それ」が見えない場所から尋ねて来た結衣を、鋭く制する。
「う、うん……」
いつになく厳しい慎也の声にビクリと身体を震わせた結衣は、怯えた様子を見せながらも頷いて、離れた場所に駆けていく。その足音を聞きながら、慎也は巨狼の腹から出て来たものに歩み寄った。
粉々に砕かれた、人間の骨の山。
何故人の骨かと判るかと言えば、辛うじて原型を留めた人の頭蓋骨と、半ば消化された着衣が混ざっていたからだ。しかも消化されかかったその服は、慎也の良く知っているものだった。
彼や結衣と同じ学校の制服だ。
「……」
胸ポケットからはみ出していた生徒手帳を慎重に抜き取り、胃液でぬれたページを慎重に開いてみる。
3年4組 山口徹。
「山口……ウソだろ……」
愕然とした呟きが、知らず知らずのうちに慎也の口から洩れた。
慎也のクラスメイトだった。彼の戦国趣味に理解を示してくれる数少ない友人だったのだ。
彼もまた、慎也や結衣と同じく、この森に異世界転移していたのだ。だが、ユフィアとウィルに拾われた自分たちと違い、彼は誰にも会うこと無く森を彷徨った挙句、ウォー・ウルフに出くわし、喰い殺されてしまったのだ。
最初に考えたはずだったのに、失念していた。
自分たちがこの森に異世界転移したということは、他にもこの森に転移した人間がるかもしれない、と。
なのに、自分たちのことだけで精一杯だったことと、ウィルたちに出会えた幸運と、その後の出来事ですっかり忘れていた。
無論、忘れていなかったとしても、結末は変えられなかっただろうが、それでも、誰にも知られずに怪物に喰い殺された友人の無念を考えると、心臓を鷲掴みにされたような衝撃と罪悪感が全身を苛なみ、震わせた。
目頭が熱くなる。
ウォー・ウルフに殺される瞬間、彼はなにを思ったのか――
飛行機事故から九死に一生を得たと思ったら、誰にも知らないところで、誰にも知られずに獣に喰い殺される。
あんまりと言えばあんまりな最後に、全てを呪って死んでいったのだろうか……
そんなことを考えていた慎也の肩に、ウィルがポンと手を置いた。
「早く埋めてあげよう」
「……はい」
ウィルの言葉に、慎也は頭を振って思考を切り替えた。
後悔しても始まらない。どれほど悔やんでも、死んだ友人は生き返らない。いまの自分にできることは、一刻も早く、彼の亡骸を弔ってやることだけだ。
(すまない……)
もはや物言わぬ友人の遺骸に、慎也は静かに黙祷を捧げた。
◇◇◇
その後、ウォー・ウルフの腹から取り出した遺骨を荼毘に付したのち、その場に穴を掘って簡素ながら墓を拵えた慎也たちは、回収したウォー・ウルフの魔晶核や牙、爪を持ってその日は帰宅した。これらを金にするには街に売りに行かなければならないが、今日はもう遅いということで明日に持ち越しとなった。
たった1日のパワーレベリングと、ウォー・ウルフに出くわしたことで、レベルが一気に9まで上がったのは嬉しい誤算だったが、同時に、この世界の厳しさと残酷さを改めて教えられた1日だった。
この世界は、自分たち異世界人にとって、決して優しくない世界なのだ。
元の世界では、文明の進んだ平和で豊かな日本の生活に慣れきっていた現代中学生が、いきなり1人でこの世界に放り出されて、生き延びられる可能性など、ほとんど無いのだ。
同じ状況で、同じ森の中に転移した自分と山口の生死を分けたのは、純粋に運だったのかもしれない。
(そう言う意味では、この世界で生き延びられる可能性が一番高いのは、結衣かもな……)
スキルやパラメーターは低いが、幸運だけは突出して高かった結衣。
山口がウォー・ウルフに出くわし、自分が出くわさなかったのは、あるいは彼女のおかげだったのかもしれない。
(助けていたつもりが、逆に助けられたのはオレの方だったのかもな……)
陽がすっかり沈んだ夜。慎也は庭先で突っ立ったまま、夜空を眺めながらそんなことを考えていた。
電気がまったく無いせいか、星が本当に良く見える。
(やっぱり、星座の位置がまったく違うな)
当然と言うべきか、この世界の星空は、地球で何度となく眺めたそれとは、星の位置がまったく異なっている。
(まあ、それ以前に、月が4つある時点で、地球ではあり得ないがな)
今日まで気付かなかったのだが、この世界には月が4つも存在していた。
一番近く、地球のそれと比べてずっと近い位置に、青い月。
その向こう側、青い月と半ば重なる位置に、血のような赤い月。
青と赤の月からかなり離れた場所に、緑色の月があり、その手前、緑色の月にくっつくような場所に灰色の月が存在していた。
それぞれの位置がかなり離れているせいで正確な大きさは判らないが、緑色の月が最も大きく、灰色の月が最も小さい。対立比は10分の1といったところだ。重なっているので、まるで緑色の頭に灰色のたん瘤が出来ているように見える。
さらにその周りには、いくつもの小惑星のような物が浮かんでいるのがはっきりと見て取れる。
(いや、違うな。手前の2つが月で、向こう側に見える緑色のは別の惑星で、灰色のはその月だ)
慎也の勝手な憶測だが、たぶん間違い無いだろう。もしかしたら、あの緑の星にも、ここと同じような世界が広がっているのかもしれない。
(ったく、夜空までファンタジーとは恐れ入ったよ)
地球では決して見られない摩訶不思議な光景にしばし魅入っていた慎也だったが、やがて別の思考が浮かび上がってきた。
(他の皆も、今頃この世界のどこかで、これを見てるのか?)
あの飛行機に乗っていた乗客乗員の内、どのくらいの人数がこの世界にやって来たのかは判らないが、仮に全員がこの世界にやって来たとしたら、300人以上になる。結衣は異世界人はチートを持ってるとか言っていたが、実際にそんなものは一切無く、異世界転移をした時点で、自分たちの身体能力は地球のそれとほとんど変わらなかった。
全員が同時にこの世界に転移して来たとして、そのうち何人が、生きて異世界生活3日目の夜を迎えることが出来たのだろうか?
「なにしてるの?」
不意に背後から掛けられた声に振り返ると、結衣と目が合った。




