第21話 無論、例外もいるけどね
緑の人は、作者の一番好きなキャラです(^∇^)
茂みの間から、どろり、と溶け出すようにそれは這い出してきた。
「スライム?」
結衣が呟いた。
スライム。ゴブリン並みに、いや、ゴブリン以上に日本人にとっては馴染みの深い怪物だ。
実際にその姿は、スライムとしか言いようの無いものだった。ただし、「スライム」と聞いて誰もが連想する水滴型ではなく、どろりとした半透明な緑色の粘液状の姿だ。しかも人間よりも大きい。
それが数体、ゆっくりとした動作で茂みの奥から現れた。
スライム
レベル:1
生命力:8
魔力値:0
筋力:2
敏捷:2
スキル:<吸収-><消化->
備考:物理ダメージ50%カット。
【不定系に属する魔物。魔物としてはゴブリンよりも弱いが、その特徴故に物理攻撃が効きにくいうえ、不定形類に属する魔物の多くは魔晶核を持たない性質がある。主に動物の死体などを取り込み、吸収する性質を持つ。様々な亜種や上位種が存在する】
魔晶核を持たない魔物――慎也は納得した。確かに見た感じ、半透明状のスライムの体内には魔晶核のようなものは見当たらない。
「スライム類は、魔素を宿した粘液が意志を宿した魔物だと言われている。故に魔晶核を持たないんだよ」
「……なるほど」
で、その肝心のスライムたちは、いまし方、慎也たちが魔晶核を抜き取ったばかりのゴブリンの死体に近づくと、体内に取り込んでしまった。たぶん、ああすることでゴブリンの死体を体内で溶かして吸収するつもりなのだろう。<吸収><消化>というスキルがあるくらいだ。
それを見ていた結衣が、あることに気付いた。
「スライムのスキル、レベルが付いてないね?」
「そういえば……」
確かにスライムのスキルにはレベルが存在していなかった。慎也たちの<異言語習得->と同じだ。
「スキルレベルというのは、あくまで訓練によって上達できるスキルにしか付かないんだよ」
「「なるほど」」
ウィルの解説に慎也と結衣はそろって頷いた。
スライムたちはゴブリンを消化するのに夢中なのか、その場から動こうとしない。どうも、獲物を消化するには時間が掛かるらしい。
「スライム、倒してもいいんですか?」
「もちろんだ」
「それじゃあ、さっきのゴブリンはシンヤさんがやりましたから、今度は私がやります」
杖を手にユフィアが進み出た。
「大丈夫なの?」
「任せてください!」
心配する結衣に、ユフィアは自信満々に答えた。
「気を付けてね。スライムは乙女の天敵だよ。ゴブリン、オーク、ローパーに並ぶ「くっころ四天王」の1人だから」
「くっころ、ですか?」
「なんだそれ?」
きょとんとした様子のユフィアと、訳が判らないといった感じの慎也が同時に聞き返した。
「慎也君、知らないの? くっころ?」
「いや、初めて聞いた。大魔王か?」
思春期の若者だけあって、慎也もそっち方面に興味が無い訳では無いのだが、如何せん、興味の大半を戦国ものにつぎ込んでいた為「くっころ」という言葉の意味を慎也はまったく知らなかった。
慎也が「くっころ」と聞いて連想したのは、ナメクジみたいな名前の宇宙人で、手足を斬られても再生出来て、「くっころ」という言葉とよく似た楽器みたいな名前の緑色の人だった。
「ようするに、ユフィアちゃんがスライムに取り込まれたら、服を溶かされちゃうでしょ? そしたら、裸にされちゃうよ」
「ああ、そっち系の話ね。つーか、取り込まれたら服どころじゃ済まないだろ?」
見れば、スライム取り込まれたゴブリンの死体が少しずつだが溶けているのが判る。たぶん、スライムを構成している粘液自体が強力な酸なのだろう。どう考えても、服が溶けるくらいでは済まない。
「大丈夫ですよ。私に任せておいてください」
「ほら、ユフィアもこう言ってるんだから、オレたちは見学だ」
「……はーい」
慎也に手を引かれ、結衣はしぶしぶ後ろに下がった。スライムたちはいまだ、ゴブリンを食べるのに夢中だ。
「――、――――っ、――――!」
食事中のスライムを前に、杖を天に掲げたユフィアの口から不思議な旋律の呪文紡がれる。恐らく魔法の演唱なのだろう。普段発している言葉に比べてどこか神秘的に聞こえるのは、言霊が含まれているからだろうか。
「《聖なる光弾》!」
掲げられた杖の先端を囲うように、無数の光の球が現れた。ユフィアが杖を振るうと、それを合図に光の球がスライムたちに向かって飛び、命中するや、真っ白な閃光を発して炸裂する。あまりの眩しさに、慎也は思わず目を瞑る。
「目が、目がーっ!」
こういう場面のお約束を忘れない結衣が目を抑えて、酷く演技臭いことを叫んでいるのを無視して、慎也は戻った視界をスライムたちのいた辺りに向けると、スライムどころかゴブリンの死体すら跡形も残っていなかった。ただ、焦げて薄い煙を上げる地面があるだけだった。
「……凄いな。いまの、なんて魔法だ?」
「《聖なる光弾》と言って、聖属性の光弾を放つ魔法です。聖属性の魔法の中でも、初歩の攻撃魔法ですけど」
「あれで初歩か……」
この前、精霊樹の杖を使って放った魔法に比べ、明らかに威力が高い気がする。自力で覚えた魔法と、道具を頼って使ったものとの差だろうか。
「では、次に行こうか」
「「「はい」」」
スライムを一掃した慎也たちは、さらに森の奥へと足を進めた。
ウィルが言っていた通り、この森にはゴブリン、スライム以外にもかなりの数の魔物が生息しているようだった。森林だけあって、主に昆虫系、爬虫類系、獣系が多く、代表的な魔物を掻い摘んであげると――
キラー・マンティス
レベル:5
生命力:50
魔力値:0
筋力:37
敏捷:20
スキル:<飛行100>
【昆虫系に属する魔物。体長2メートルに達する巨大なカマキリで、人間の首なら容易く落とせる鋭いカマを有する。また、短時間ながら飛行できる】
ハイ・リザード
レベル:4
生命力:41
魔力値:0
筋力:29
敏捷:23
スキル:<擬態72>
【爬虫類系に属する魔物。人間ほどもある大トカゲで、数匹の群れで行動することが多い。鱗の色を変化させることで擬態することが出来る】
ストレイ・ウルフ
レベル:3
生命力:50
魔力値:0
筋力:29
敏捷:30
【獣系に属する魔物。見た目は普通の狼だが、遥かに獰猛。顎の力が非常に強く、一度喰い付いたら死ぬまで離さない。数匹から数十匹の群れで行動する習性があり、稀に上位種に率いられていたり、ゴブリンに飼い慣らされている場合もある】
中でも1番危険だったのが、ストレイ・ウルフだ。レベルこそ低いものの、数が多い上に素早い。実際、キアナの街の冒険者たち、特に、新人が命を落とす原因の多くが、このストレイ・ウルフらしい。
過去に慎也は、自分よりも素早い鹿やイノシシをライフルで仕留めたことがあったが、それはあくまで不意打ちによるものだった。
だがストレイ・ウルフの場合、地球の獣よりも鼻が良く気配に敏感で、大抵は近づく前に察知されてしまう。しかも、人間を恐れず、向かってくる。1匹、2匹なら怖くないが、10匹以上の集団で行動している場合がほとんどで、そうなると数人程度の新人冒険者では勝ち目は無く、足が速い為、逃げるのもまず不可能。結果、ストレイ・ウルフに遭遇して殺される冒険者は後を絶たないのだという。
実際、慎也たちもウィルがいてくれなければ殺されていただろう。
彼のサポートのおかげで、慎也たちは怪我らしい怪我もすること無く、順調にレベルを上げることが出来た。陽が傾き始めた頃には、慎也はレベル5、結衣はレベル3、ユフィアは6まで上がっていた。
「ウィルさんのおかげで、思ったよりも早くレベルが上がりますねー」
などと、鼻歌を歌い出さんばかりに上機嫌で言う結衣だったが、ここへ来るまでに1度も直接戦っていなかった。魔法も使えず、戦闘系のスキルも無いので仕方が無いが、完全にコバンザメ状態だ。
「上がりやすいのはいまの内だよ。レベルは10を超えると上がりにくくなる」
「通称『10の壁』と言って、レベルが10上がるごとに習得に必要な経験値が大幅に増えるんです。ちなみに、キアナの冒険者の平均レベルは20~25です」
ウィルの言葉に、ユフィアが付け加えて説明する。
「思ったよりも低いですね」
と、慎也は呟いた。キアナの街で見かけた冒険者たちは、もっと強そうに見えたのだが……
「数が多いと言っても、この辺りに生息している魔物のレベルはほとんどが1桁だからね」
ウィルの言う通り、これまで遭遇した魔物のレベルはすべて10以下。と言うより、1桁前半がほとんどだ。しかも、ストレイ・ウルフのように、弱くても脅威になるものもいる。加えて、レベル10ごとに上がりにくくなる、『10の壁』というものの存在を考慮すれば、妥当な数値だと言える。
「……無論、例外もいるけどね」
「例外? ――――!!!」
ウィルの言葉に疑問を返した刹那、慎也は気付いた。
「慎也君?」
「どうしたんですか?」
まだ気付いていない結衣とユフィアは、青い顔で立ち止まった慎也に不思議そうに訪ね返す。その横では、ウィルが一切の感情を消し去った表情で、慎也と同じ方向を睨みつけていた。
ばきっ――
なにかが枝を踏み砕く音に、何気なくそちらに視線を向けた結衣とユフィアは――
「ひっ――」
「!!!」
思わず息を飲み、恐怖で顔を引き攣らせて固まった。
巨大な影が、20メートルほど向こうの木々の影からこちらを見ていた。
(ヤバい……)
これまで見た魔物のそれとは明らかに違う、身体の底から本能と、魂を震わせる根源的な恐怖に、慎也は蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなった。
全体のシルエットは、明らかに狼のそれだ。純白の豊かな体毛に覆われたその姿は、ストレイ・ウルフとよく似ている。だが似ているのは、あくまで姿だけ。
(なんで、こんなバカでかい奴に、ここまで気付かなかったんだ……)
そう。大きさが異常だった。
肩高はおよそ4メートル。体長は10メートル近くになるだろう。ゴルルル、と唸り声を発する口から除く犬歯は、慎也の腕ほどの太さと長さがある。象を上回る、信じがたいほど巨大な狼だ。
瞬きすら忘れた慎也の目に、『盗視の指輪』を通して巨狼の正体が伝えられる。
ウォー・ウルフ
レベル:42
生命力:5800
魔力値:177
筋力:823
敏捷:807
スキル:<爪術470><噛み砕き512><身体強化396><体当り436><咆哮521><立体機動237><気配隠蔽389>
【獣系の魔物の中でも中位に属する、巨大な狼型の魔物。基本的に群れることは無く単独で行動する習性だが、その戦闘力は非常に高く、また巨体に見合う圧倒的な攻撃力と、イヌ科特有の敏捷性を併せ持つ。また、気配を消すことにも非常に長けている。その口から発せられる咆哮は、精神の弱い者を錯乱させる効果を持つ】




