第20話 コア?
少々グロいシーンが出てきますので、注意してください( ̄人 ̄)
「ウィルさん、どうして慎也君に刀じゃなくて銃を使わせたんですか?」
きょとんとした顔で結衣がウィルに尋ねた。慎也も同じ事が聞きたかった。刀で戦っていても勝てただろうし、少なくとも魔力欠乏症を起こしかけることも、生き残りを取り逃がすことも無かったはずだ。
「シンヤ君には、レベルアップのついでにぜひ習得して欲しいスキルがあるんだよ」
「スキル? それって、どんなスキルですか?」
「<魔力操作>だ。魔法戦士とは、武器に魔力を纏わせて戦う戦士のことだが、それには<魔力操作>スキルの習得と上達が不可欠なんだよ。そして、<魔力操作>スキルは、魔法を初め、魔力を持ちいた戦いや作業を繰り返していると習得しやすい」
「なるほど……」
結衣も慎也も納得した。
魔法、魔力に関しては2人とも素人以下である。道具が無ければ魔力を用いた動作はまったく出来ない。レベルを上げるついでに、学習させてしまおうというウィルの考えには納得できる。
「けど、魔法銃だといまのオレじゃ、一戦で魔力切れを起こしちゃいますけど……」
「それを見越して魔法薬を大量に買い込んでおいたよ。君なら、早ければ今日中に習得できるんじゃないかな」
「……頑張ります」
至れり尽くせりのウィルさんに感謝の気持ちが絶えないが、それに頼りきりというのも情けない話だ。だが焦るといまみたいなことになる。
(焦らず、急いで、正確に、だな)
昔、なにかの映画で見たセリフを胸に刻んで、慎也は改めて気合を入れ直した。
「さて、次に行く前に、ゴブリンの魔晶核を回収しておくとしよう」
「「コア?」」
聞き慣れない単語に、慎也と結衣の疑問の声が被った。
「ああ、そう言えば2人には話してなかったね。魔晶核というのは、簡単に言えば魔物の”核”だよ」
「核、ですか?」
核と聞いて結衣の脳裏に最初に浮かんだのは、同じ名前の爆弾だった。アホである。
「私たちが普段、当たり前のように目にし、使用している魔力。その源となっているのが「魔素」という存在です。目には見えませんが、この世界の万物には、等しくこの魔素が宿っています。もちろん、空気の中にも」
ユフィアの言葉を聞いて、結衣は思わず目を凝らして辺りを見回した。当たり前だが魔素は見えなかった。
(要は、酸素の魔法バージョンって訳か)
慎也の方はそう断定し、深く考えないことにした。
「普通は目に見えず、私たちには認識することの出来ない魔素が、なんらかに理由で意志を持ち、一カ所に集まり、結晶化し、やがて肉を纏った存在が、魔より成る物――つまり、魔物だと言われています」
「え? じゃあ、魔物って自然発生するものなの? 繁殖とかはしないの?」
結衣の当然の疑問に、ユフィアは首を振った。
「いえ、もちろん、他の動物と同じ様に繁殖します。そして、生まれた魔物の身体にも必ず魔晶核が存在しています。一部の例外を除いて、魔物と呼ばれる存在の身体内には必ず魔晶核が存在していて、それが、人間を初めとした他の動物と魔物の最大の違いなんです」
「魔素が結晶化し、意志を持ち、肉を纏う。要はそれが、母胎のなかで行われていると考えれば、人間のそれとそれほど違わないな」
「そうですね」
慎也の意見に、ユフィアは頷いて同意する。
「ただ、魔物の中には、明らかに繁殖能力を有していないものも存在するので、一概に同じとは言いきれませんが」
「例えば?」
「不死系や、あるいは岩石生物系といったものです」
「……やっぱりいるんだ、オバケ」
何故か顔色を悪くした結衣が呻くように言った。ホラー系は苦手なようだ。
「他にも、機械系といった、全身が金属やその部品によって構成されているものも存在しています」
「機械!? そんなのもいるのか!?」
ゴーレムの類ならRPGゲームとかで割とよく耳にするが、機械系というのはあまり聞いたことが無かったので、慎也は驚いた。
「金属生命体だね! 大きな動物タイプかな? それとも、変形したり、合体したりするタイプ!?」
ころっと顔色を良くした結衣が嬉々として話に加わってきた。
「機械か……そんなの、どうやって増えるんだろうな?」
「判りません。この辺りにはいませんし、見たこともありませんから」
「わしは何度か見たことがあるが、あれはよく判らんな。人や魔物の姿を歪に模った金属の塊が、まるで命を宿したかのように動き回っていた。いや、体内に魔晶核がある以上、魔物であることは違いないのだろうが」
物知りなウィルも珍しく首を捻っていた。
「機械が増えるといったら、きっとあれだと思う」
と、言いだしたのは結衣だ。
「あれって?」
「自己再生、自己増殖、自己進痛いっ!」
またしても危ないことを言いだした結衣の頭に、慎也は容赦無く手刀を落として黙らせる。
「じこ、なんですか?」
「気にしないでくれ。ただの妄想だ」
「ひどいよー」
可愛らしく首を傾げるユフィアに、慎也は肩を竦めて答え、涙目の結衣が抗議した。
「まあ、それはともかく、取りあえずゴブリンの魔晶核を取り出しておこう」
そう言うと、ウィルは腰に下げていたナイフを手に、ゴブリンの死体に歩み寄り、その胸にナイフを突き立てると、一気に腹まで斬り裂いた。
「う――」
口元を押えた結衣がさっき以上に顔を青くして茂みの奥に走っていった。
これが、この場面に対する、ごく普通の中校生の、ごく普通の反応なのだろうが――
(よくやったな、動物の解体……)
同じ中学生であった慎也は、ウィルがゴブリンの死体を引き裂いて内臓を取り出しているのを平気な顔で見ていた。というのも、彼の場合、『親』に連れられていったハンティングで、実際に仕留めた動物の解体などを普通にやらされていたので慣れているのだ。もちろん、この世界の住民であるユフィアも平気そうだ。
「これが魔晶核だ」
ウィルがゴブリンの体内から取り出したのは、ビー玉よりも少し大きい程度の、紫色の結晶物だった。球状の宝石のように見えるが、どことなく不吉で毒々しい外見だ。これを装飾品として身に付ける人間は、まずいないだろう。
「これが、魔物の体内には必ず存在しているわけですね。けどこれ、取り出してどうするんですか?」
「街で売るんだよ。使用できる用途はいくつでもある。魔導具を作る際の原料にしたり、魔導炉の燃料にも使われているしね。冒険者ギルドで出されている魔物の討伐依頼にも、魔晶核を持ち帰ることが必須事項になっているしね」
「さっきシンヤさんが飲んだ魔法薬の素材にも使われてますよ?」
「え!?」
自分が当たり前のように飲んでいた薬の意外な真実を知らされて、慎也は思わず喉を抑えて呻いた。
だが考えてみればおかしな話ではない。魔晶核は魔素の塊であり、魔素は魔力の源。なら、それが魔力を回復させる為の薬にもなるという話は不思議でもなんでもない。薬を使わなくとも魔力は体力と同様、自然に回復するものだが、それは単に、空気中の魔素を取り込んでいるからに他ならない。
(まあ、オレたちが普通に食べてた肉だって動物の身体から抉り取ったものだと考えれば、同じか)
取りあえず、魔法薬と魔晶核のことはそう考えて割り切ることにした。
それより問題は、いまのウィルの言葉の中にあった、魔物の魔晶核を持ち帰ることが、冒険者ギルドの依頼達成の必須事項になっているという点だ。
(冒険者を目指すなら、魔物の身体から魔晶核を回収することは避けて通れない作業ということだ)
自分たちがやっていたRPGゲームと現実の差を改めて見せつけられた。
「魔晶核の取り出し、オレもやっていいですか?」
「もちろんだよ。傷つけないように気を付けなさい」
「私も手伝います」
幸い、元の世界で何度も動物を解体した経験もあって、慎也はウィルがやっていた作業を一目見ただけでものにすることが出来た。ユフィアも慣れたものだ。
(ホント、世の中(異世界だが)なにが起こるか判らないし、それ以上に、なにが役に立つか判らないもんだな)
動物の解体を教えてくれた『親』に感謝しつつ、慎也はウィルとユフィアと共に、ゴブリンの魔晶核取り出しに勤しんだ。
ゲロインと化した結衣を放っておいて。
ゴブリンの魔晶核の回収作業は程無く終了した。3人で手分けしてやったので当たり前だが。
「おい結衣、大丈夫か?」
茂みの方に声を掛けると、げんなりした様子の結衣がふらふらと出て来た。
「……なんとか」
力無く答えるその顔は、なんか一回りやせた様に見える。どれだけ吐いたのか。
「魔物を狩ってレベル上げるんだから、狩った魔物の魔晶核は全部回収する。いまの内に慣れといた方が良いぞ」
「……がんばるよ」
そうは言いながらも、結衣の声にはまったくと言っていいほど力が感じられなかった。魔法使いやら冒険者になると言っていた時とは大違いだ。
「ちなみに魔晶核って、1個いくらくらいで売れるんですか?」
「ゴブリンの魔晶核なら、ひとつ1000前後と言ったところだ」
意外と安いな、と思った慎也だが、すぐにウィルの説明の中に気になるワードが含まれていることに気付く。
「ゴブリンの、ってことは、魔物によって価格が違うってことですか?」
「その通り。基本的にレベルが高い魔物の魔晶核ほど価格が高い」
「なるほど……」
魔物とは魔晶核が肉を纏ったもの――なら、魔物が強いほど魔晶核に秘められた魔素の領が多いと考えれば良い。
「……魔晶核以外にも、魔物の身体の一部って売れるんですか?」
今度は結衣が質問した。
「もちろんだ。例えば、牙や爪、角、あるいは鱗と言ったものは武器や防具の素材として高値で売買されている物もある。ゴブリンの場合は魔晶核以外には売り物にならないがね」
これは慎也にも納得できた。地球における、象牙や毛皮などと同じようなものだと思えば良い。というより、慎也自身、狩りに連れていかれた時は必ず解体や毛皮の剥ぎ取りもやらされていた。
「じゃあ、さっき言ってた、魔晶核を持たない魔物というのは?」
ユフィアが言っていた。魔物の体内には必ず魔晶核が存在するが、例外もいる、と。
「……あれだよ」
そう言ってウィルが指さした先、茂みの中からなにかが這い出して来るのが見えた。




