第15話 ドワーフだ
豪快な人って、書いてて面白いです〆(・ェ・*)
「ヨルグ、ケーナ。いるかい?」
戸を開けて店内に入る。中には剣や槍、刀、斧といった武器だけでなく、金属製の鎧やプレートメイル、チェインメイルといった防具の他、盾なども置いてある。品揃えはかなり良いように見えるが、何故か店内には客どころか、そもそも店員も店長もいなかった。
(ずいぶんと不用心だな)
これでは盗み放題だ。
「ヨルグ、おらんのか?」
ウィルが店の奥の方へ声を掛けると、何故か奥から、ガッシャーン、というなにかが割れたような音が響いた。それから、ドタドタという慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、突然、ドッガーン!! という、破壊音と言うよりは爆発音に近い音が轟き、結衣とユフィアがびっくりしてそれぞれ慎也とウィルの背後に隠れた。
(なんだ!? なにが起こってるんだっ!?)
慎也も思わず腰のヴェレタに手を掛けるほど動揺しまくっている一方、ウィルの方は「やれやれ、またか」と言いたげに呆れ顔で首を振っている。
「旦那! ウィルの旦那!?」
大声を上げて店の奥から飛び出して来たのは、低い背丈にがっしりとした身体つきに、立派な茶色い髭を蓄えた壮年の男だった。
彼がウィルの言っていたヨルグなのだろう。
……何故か頭から血を流していたが。
「ドワーフだ」
背中で結衣が呟く。
慎也も名前だけなら知っていた。というより、ファンタジー物の映画で何度か見たことがあった。
北欧神話に出てくる妖精で、別名ドヴェルグ。小柄で筋肉質な体躯を持ち、立派な髭が特徴の種族。鉱物に関する深い知識を持ち、優れた鍛冶の技術を持つという。
世界中で親しまれている童話、白雪姫に出てくる7人の小人は、実は小人ではなくドワーフだという。
そんな伝説の種族を実際に目の前にして、慎也が抱いた感想は――
(酒臭っ!)
――の一言だった。
ドワーフ――ヨルグは全身から酒の匂いを漂わせていた。相当飲んでいる。よく見れば顔も赤い。
(ドワーフは大酒飲みだって話だけど、昼間っから自分の店ほったらかして酒飲んでたのかよ!? っていうか、なんで怪我してんの、この人!?)
怒涛の如きツッコミを、ひとまず声に出さずに空気を読んで飲み込んだ慎也を他所に、まずウィルが口を開いた。
「久しぶりだな、ヨルグ。元気そうでなによりだが、相変わらず昼間から酒を飲むのは止められないようだな」
「いやいや、旦那。酒はわしらドワーフにとっては水みたいなもんですよ。いくら飲んだって酔わねぇから大丈夫です!」
「その割には、店をほったらかしにしているようだが?」
「いや、昨日の夜、ちょっとばかし剣を打つのに熱中し過ぎて寝不足だったんで……」
バツが悪そうに言い訳を重ねるヨルグに、ウィルは呆れて嘆息を漏らした。
「その怪我はどうしたんだ?」
「怪我? おっと、こいつはいけねぇ! いや、申し訳ありません。旦那にこんな無様な姿をさらしちまうとは!」
ヨルグ自身は怪我に気付いていなかったらしい。ウィルに指摘されて自分の頭から血が流れているのに気付いて、慌ててハンカチで拭う。
「鍛冶場でウトウトしてたら旦那の声が聞こえたんで、慌てて飛び起きたんですよ。ウィルの旦那を待たせちゃならねぇ、と急いで駆けつけようとしたんですが、ちょいとドアまで遠かったもんでね。面倒くせぇんで、壁をぶち抜いたんですよ」
「……」
(近道する為に自宅の壁を壊したんかい!)
さっきの轟音と怪我の原因はそれだったようだ。
あまりと言えばあまりの理由に、さすがのウィルも言葉を失い、慎也は心中で盛大にツッコミを入れた。
まさに短気は損気。この人を遊園地の迷路に入れたらどうなるんだろうと、一瞬だけ想像した。
「ところで、今日はどういったご用件で? それに、ユフィア嬢ちゃんに……後ろの2人は誰です?」
「ああ、彼らはわしの弟子だよ」
「なるほど、旦那の弟子…………………………って、えええええええええ!?」
いきなり大声を張り上げたヨルグ。凄まじい大音響に慎也たちは思わず耳を手で覆った。なんか、店に置いてある武器や鎧がビリビリと振動している。
「ウィルの旦那、弟子って、マジですか!?」
「わしが冗談を言うと思うかね?」
「いやいや、そう言う訳じゃねぇんですが、近衛騎士団の専属指南役の話や、ギルドの新人冒険者育成の指導役の話を蹴ったのに、なんでまた?」
「わしは仰々しいことは苦手でな。それに、教えるなら1対1に限る」
などと笑うウィルの傍らで、慎也は密かに顔を青くしていた。
(なんかいま、スゲー言葉が出てこなかったか?)
近衛騎士。専属指南役。ギルドの新人冒険者育成の指導役とか、異世界生活2日目の慎也でもただ事ではないと判るような言葉が普通に飛び出して来た。
(ウィルさんって、いったい何者?)
最初見た時からただ者じゃないと判っていたし、ユフィアは凄腕の冒険者だったと言っていたが、街の門番やヨルグがウィルに払っている敬意はただ事じゃない。
(ダイジョブか、オレ? ホントにこの人の弟子が務まるのか?)
さっきまではやる気満々だったのだが、少しだけ不安になってきた。
なんか、凄い人の弟子になってしまったようだ。
「これは、誰にも口外しないで欲しいんだが……」
ちらり、と慎也たちの方を一瞥しながらウィルは切り出した。それだけで、彼がなにを言わんとしているのか、慎也と結衣は理解した。
自分たちの素性――
「大丈夫です。旦那の頼みなら、わしは口が裂けたって言いませんよ!」
どん、と胸を叩いてヨルグは断言するが、彼に対して脳筋なイメージを抱きつつある慎也は少し不安だった。
「2人は、異世界人なんだよ」
「…………………………って、えええええええええ!?」
ウィルの言葉を聞いたヨルグは、しばし呆然としたように沈黙した後、再び大声を張り上げた。
「……マジですか?」
慌てて口を押え、周囲に誰かいないかきょろきょろと見回してから、ヨルグは小声でウィルに尋ねた。
「ああ。確かだ」
「なんと……いや、考えてみれば、確かにそろそろ時期でしたな」
異世界転移の話はこの世界では有名だ。それが300年から400年置きに起こることも。そろそろ異世界転移が起こっても良い時期だとヨルグは言っているのだろう。
それから、彼は慎也と結衣をまじまじと見据えた。
「話には聞いてましたが、普通の人間と変わりませんな」
「そうだ。たが、2人がこの世界に来たのは昨日のことでね。まだこの世界のことをほとんどなにも知らないし、なにも持っていない。弟子に迎える前に、まずは装備を持たせようと思ってな」
「なるほど! そう言うことでしたらわしに任せてください!」
ヨルグは笑顔で言いきって、どすっ、と鉄板のように分厚い自分の胸板を拳で叩いた。ウィルに頼りにされることが嬉しくて仕方が無い様子だ。
(まあ、過去になにかあったんだろうな)
よほどのことが無い限り、他者からここまで好意を寄せられることはあり得ない。少なくとも慎也は、これほどの好意を寄せられたことも、寄せたことも無い。
「お前さんら、名前は?」
ヨルグに名を聞かれ、慎也は思考を中断した。
「オレは慎也と言います」
「結衣です」
「小僧がシンヤで、嬢ちゃんがユイだな。わしはこの店の店長をやっとるドワーフのヨルグだ。ドワーフと言う種族は知っとるか?」
「一応は……」
「なら良い。ウィルの旦那から聞いとるだろうが、わしがいまからお前さんらの装備を拵えてやる。だがその前に、身長やら胴回りやらを測らにゃならんから、2人とも奥へ来い」
「判りました」
「えー……」
素直に返事を返した慎也とは対照的に、結衣は酷く不満――もとい、不安げな様子だ。まあ確かに、女の子が厳つい男に身体のサイズを測られるというのは抵抗があるだろう。
ヨルグもすぐに気付いた。
「ああっと、勘違いすんなよ。お嬢ちゃんの方は――」
ヨルグなにか言いかけた時――
「ただいまですー!」
店の扉が開き、元気の良い女の子の声が店内にこだました。




