第13話 初めてのお使いだね
初めての街です。異世界転移して最初にやることと言えば冒険者登録――ですが、2人にはまだ早いです(・ω・)b
街へ発つ前に、ウィルから自分たちがいまいる場所について簡単に説明された。
ウィルとユフィアの住んでいるのは、ヤマト王国の東部にある、マナクレイの森という大森林の一角だった。この辺りはスアード伯爵という貴族の領地で、肥沃な穀倉地帯が広がっており、ヤマト王国にとっては重要な食料の供給源らしい。マナクレイの森はスアード伯爵領の東の端、ディカリ山脈という険しい山々の麓に広がる広大な森で、多くの野生動物の他、奥地にはゴブリン等の魔物が徘徊している危険地帯でもある。
その真っただ中に転移した慎也と結衣が、無事だったことはとても幸運だったとウィルに言われた時、2人はそろって震えあがっていた。
キアナという街はスアード伯爵領の領府であり、人口約6000人の、領内で一番大きな街だということだが、そもそも田舎であるスアード伯爵領には他に街と呼べるような場所は無く、ほとんどが村、あるいは町で留まっているらしい。
異世界で街に行くのも買い物をするのも初めてなので、結衣は――
「初めてのお使いだね」
と、楽し気な様子だった。
森の一軒家を発った後、割とすぐに開けた場所に出た。なお、学校の制服という、この世界では目立つことこの上ない服装以外に着るものが無い慎也と結衣は、ウィルから身体をすっぽりと覆う外套を貸してもらった。
最初は見晴らしの良い平野が続いていたのだが、やがて広大な田園地帯に差し掛かった。
視界を覆い尽くす、見渡す限りの黄金の絨毯。どうやらすべて麦らしい。
「アメリカを思い出すなー……」
「あめりか? さっきもおっしゃってましたけど、なんですか、あめりかって?」
慎也の呟きにユフィアが首を傾げて訪ねてきた。
「オレたちの世界にある国の名前だよ。日本とは別のね。オレは一時期その国に住んでたことがあるんだけど、そこの穀倉地帯がちょうどこんな感じだった」
「そうなんですか!? ぜひ、後で詳しく聞かせてください!」
地球のことに興味津々なユフィアに「いいよ」と気安く請け負う慎也の傍らで、結衣が――
「まさに金色の野だねー。青い服を着て来た方が良かったかな? あ、キツネかリスを探さないと。こっちの世界にいるかな?」
――などと危ないことを言い始めたので、頭に手刀を喰らわせる。どうやらラノベだけでなく、そっち方面にも入れ込んでいるようだ。
4人で他愛も無い会話を続けながら田園地帯を歩くこと数時間。キアナの街が見えて来た。
最初に視界に入ったのは、城を思わせる巨大な外壁。高さは10メートルはあるだろう。それが街の周囲をぐるっと取り囲んでいる。塀の上には兵士らしき人影も見える。
しかもその周りには水を湛える堀が張り巡らされていた。見れば、街の北東から大きな川が流れて来ており、それが街の周囲を迂回して南西の方へ下っている。さらに川の水は水門を通して街の中にも引き入れられていた。
街の真ん中にあるひと際大きい屋敷が、領主の館だろう。
水堀と外壁。二重の防衛線に守られた、まさに城塞都市。入るには東西南北に設置された門を潜るしかない。
(総構えか……)
キアナの街を見た慎也の最初の感想がそれだった。
戦国時代に造られた城は、敵軍から身を守る為の城塞であり、当然、堀や塀などで厳重に守られていた。中でも、小田原城や大阪城、江戸城といった大規模な城は、城だけでなく城下町までが堀や塀に囲まれており、これらの城郭構造のことを「総構え」あるいは「惣構」と言う。
水堀と外壁が街を取り囲んでいる様は、まさに戦国時代の「総構え」のように見えた。
筋金入りの戦国マニアの感想だった。
「街の周りを塀と堀で囲っているのは、外敵除けですか?」
堀と塀は、どう考えても街の防衛目的で設置されているとしか思えなかったので、慎也はそれとなくウィルに聞いてみた。
「そうだ。主に魔物や盗賊の侵入を防ぐ為のね」
「でも、空からなら簡単に入れちゃいますよ?」
結衣がそっと自分の意見を述べた。昨日見たワイバーン(みたいな奴)を思い出す。
確かにいくら分厚い塀や堀を張り巡らせたところで、空飛ぶ魔物なら普通に飛び越えてしまえる。
「大丈夫ですよ。目には見えませんけど、街には魔除けの結界が張ってありますから、空からでも魔物は街へは入れません。ですから、塀はあくまで敵意を持った人間の侵入を防ぐ為のものです。魔除けの結界は人間には効果がありませんから」
と、ユフィアが答えた。
魔除けの結界と言うのは、昨日ウィルたちが話していた、魔物が近づけなる結界のことだ。ウィルとユフィアの家にもある他、大きな町や村には大抵存在しているらしい。
「穴を掘って地中から入ろうとしたら?」
実際、攻城戦では、地面にトンネルを掘って城内に侵入したり、城壁を崩壊させたりする戦法が存在したのを知っている慎也は、気になって尋ねてみた。
「さあ、そこまでは……」
ユフィアは困惑気味に首を振る。
「そこまでだよ、慎也君。ユフィアちゃんが困ってるでしょ?」
今度は結衣の方が慎也を窘めた。
街に近づくにつれ、外壁の高さに慎也と結衣は圧倒された。2人が住んでいた東京にはこれとは比にならない大きさの建築物が乱立していたが、キアナの外壁は横幅が1キロ以上もある。これほどの長さを持った建物は2人も見たことが無い。強いて言うなら刑務所だ。
城門付近まで来ると、商人や旅人らしき人たちが列を為し、鎧を着た兵士たちが彼らをチェックしたり、なにかを受け取ったりする様子が見えた。
「そういえば、私たちでも街に入れるんですか?」
「問題無い。通行料が1人500テラいるがね」
テラというのはこの世界における通貨の単位だそうだ。ちなみに、この世界には紙幣という物は存在せず、大昔の地球のように硬貨が使用されている。
硬貨の種類と単位はこんな感じだ。
鉛貨=1。
大鉛貨=5。
鉄貨=10。
大鉄貨=50。
銅貨=100。
大銅貨=500。
銀貨=1000。
大銀貨=5000。
金貨=1万。
大金貨=5万。
天貨=10万
大天貨=50万
神貨=100万。
大神貨=500万。
レートは大体、日本と同じくらいだ。
ただ気になったのが「天貨」と「神貨」という聞慣れない硬貨だ。ウィルの話では、天貨は天鉄を、神貨は神鉄を加工した硬貨だそうだ。この2つは希少鉱物としては金よりも遥かに価値の高いもので、主に大商人や貴族、王族専用で、平民が手にすることはほとんど無いらしい。
ちなみに天貨と神貨という硬貨は、他の硬貨と共に昔から存在した訳では無く、ごく最近、ほんの100年~200年ほど前に造られるようになったという。
「意外だな。オレ、ミスリルとかオリハルコンって、武器とか防具の素材みたいなイメージがあったんだけど……」
「シンヤさんのおっしゃる通り、魔法加工して武器や防具の素材なんかにも使われますが、あまりに希少過ぎて一般にはほとんど出回りません。一握りの高レベル冒険者や騎士が使用している以外は、王族の方たちに献上される、いわば国宝級に価値の高いものですから」
「なるほど……」
考えてみれば、お金と言うものは結構な重量物である。しかもここは異世界。ネットバンクやATMはおろか紙幣すら存在しない。
いや、そもそも紙幣からして、かなりかさばるものだ。一般人レベルならほとんど気にならないだろうが、例えば大きな会社や商社、あるいは銀行など、何千万、何億というやり取りを電子機器を通さずに札束で直接やり取りするとなると、相当な量になる。よくドラマとかでアタッシュケースにぎっしりと札束を詰め込んでいるシーンがあるが、あのケースがいくつも必要になるのだから。
さらにそれ以前、紙幣など存在しなかった江戸時代や戦国時代ではそれ以上だった。金を千両詰め込むことの出来る千両箱の存在は有名だが、仮に千両箱に文字通り千両分の金を詰め込んだ場合、重さは15kgにもなるという。
だがこの世界では違う。
日本で、例えば5000万の取引をする場合、アタッシュケース1個分の紙幣が必要になるが、こちらでは大神貨10枚だけで済む。ポケットに入る量で非常にコンパクトだ。
ネットや紙幣が存在せず、多くの人が財産を身に付けて歩くのが常識である世界に置いて、価値の高い硬貨と言うものはかなり利便性が高い。
RPGゲームをやっているだけでは気付かない概念だ。
(まあ実際、豊臣秀吉が金を有効活用する為に大判を作り、徳川家康がそれを一般にも流通させる為に、小さなサイズで価値の低い小判を作らせた例に倣っても、新しい貨幣の登場ってのは、それほど不思議じゃないか)
そんなことを考えている内に慎也たちの順番がやって来た。
当たり前だが、鎧を着て武器を持った兵士を見るのが初めてな慎也と結衣は、結構緊張した様子だ。
「どうも、ウィルさん。買い物ですか?」
厳つい顔の兵士が気安い様子でウィルに話しかけてきた。どうやら知り合いらしい。
「そっちの2人は? 見ない顔ですが?」
「ああ、彼らはわしの弟子だよ」
「弟子!? ウィルさん、弟子を取ったんですか!?」
驚いた様子の兵士に釣られて、他の兵士たちもびっくりしたり、互いに顔を見合わせたりしている。
「わしもこの年だからね。引退して久しいが、最後に後進を育てるのも良いかと思ったんだよ。幸い、2人ともなかなか見所のある子のようだしね」
「へー。まあ、ウィルさんがそう言うなら間違い無いんでしょうけど、こりゃ、ちょっとした騒ぎになりますよ」
「はは、勘弁して欲しいものだね」
兵士とそんなやり取りを交わした後、ウィルは通行料を払い、一行はキアナの街へと足を踏み入れた。
「もしかして、ウィルさんて、けっこう有名人だったりする?」
傍らを歩くユフィアに慎也が小声で尋ねた。
さっきの兵士との会話からして、かなり慕われている印象がある。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? お爺様はこの辺りでは知らない人がいないくらい有名な冒険者だったんですよ。領主様ともお知合いですし」
「よしてくれ、ユフィア」
我が事のように嬉々として話すユフィアを、ウィルは恥ずかしそうに制した。昨日と同じようなやり取りに、慎也は思わず和んだ。
(やっぱ、凄い人だったんだな……)
弟子になるからには、絶対にこの人に恥をかかせるような真似はすまいと、慎也は心に誓った。
この作品はチート主人公ものではありません(少なくとも、いまの所は)。なので、2人は地道に努力を重ねながら強くなっていく予定です




