第12話 レベル1ではこれが限界だろうね
初めての魔法です( ・∀・)=b
8/20 内容を若干改訂しました。
攻撃系の魔法を目の当たりにした慎也が抱いていた感想はただ一言――「怖い」だった。
結衣は素直に感動している。恐らくこれが、初めて魔法を目にした中学生の当たり前の反応なのだろうが、慎也は違った。
元の世界で、慎也は武術を嗜んだ人間だった。
如何に効率良く、最小限の所作で相手に最大のダメージを与えられるか、長い時間をかけて研究し、研鑽を重ね、やがて“術”として昇華させたもの――それが武術であり、剣術であり、格闘技なのだ。
無論、それは武術に限ったことではない。銃にしたって同じことが言える。
銃とはそもそも、8世紀から9世紀にかけて中国で作られたものが原型だったと言われている。それが千年以上の時を掛けて進化し、戦争の主要武器となり、剣や槍、弓と言った武器を戦場からことごとく駆逐するに至るまでになったのだ。
だが、武術にしても銃にしても、あくまで慎也の知っている常識の範疇に収まり得るものだった。
しかし、魔法は違う。
無から有を作り出し、年端も行かない女子供に奇跡に等しい現象を起こしうることを可能とする魔法は、武術や銃器を嗜んだ慎也にとって恐怖でしかなかった。
そしてもうひとつ――武術。銃。攻撃魔法。これら3つには共通点がある。
他人を殺傷する為のものだということだ。
確かに慎也は元の世界で武術や銃の取り扱いを習った。それと同時に、もし、他人からそれらを向けられた時の対処法も教わっていた。武術はもちろんだが、銃社会アメリカで生活していただけあって、彼の親は、銃を向けられた時にどう対処すれば良いのかを教えることを怠らなかった。
武術の稽古では組手もやっている。殴られたり、蹴られたりしたらどれだけ痛いか、嫌と言うほど思い知っている。
銃に関しては、さすがに撃たれたことは無いが、鹿やイノシシなどを撃ったことならある。身体に穴を開けられ、目を見開いたまま死んでいる獣たちの亡骸を見る度「もしも自分が撃たれる側だったら?」と想像し、身を竦ませていた。
なので、どうしても想像してしまう。
さっきの魔法を、もしも自分に向けられたら、と――
それを思うと、震えが止まらなくなる。
(しかも、いまのは初歩中の初歩……単なる入り口に過ぎない。この世界で生きていくには魔法を受け入れなければならないってのか)
底の見えない深淵を覗き込んだ気分だった。しかも、これからそこへか細いロープを垂らし、それを伝って闇の底へ降りなければならないのだ。
何故なら、魔法から身を守る術もまた、魔法なのだろうから。
(戦国時代、初めて鉄砲を目にした武将たちも、こんな気分だったんだろうか……)
鉄砲。種子島。
現在の銃火器の前身であった武器。初めてそれを目にした武将たちは我が目を疑っただろう。非力な足軽雑兵が、勇猛果敢な騎馬武者や、百戦錬磨の武将を容易に殺しうる恐るべき武器の出現に。
「どうしたんですか、シンヤさん?」
黙り込んでしまった慎也に、ユフィアが不思議そうに尋ねてきた。
「……いや、魔法を使う時、いちいち声を出さなきゃいけないのか、と思って……」
慎也は内心を隠して咄嗟にそう言ったが、気になっていたことは事実だった。
一昔前の漫画の様に、技を使う度にわざわざ叫ぶなんて恥ずかしくてとても真似できない。実際に武術を嗜んでいるからこそ、なおのことその思いは強い。
わざわざ格闘技の試合で「パンチ!」と叫んで殴る馬鹿はいないし、銃撃戦で「撃つぞ!」と叫んで撃つ馬鹿はもっといない。
「もちろん、声を出さなくとも発動可能ですが、声を出した方がより効果的です」
「理由を聞いてもいいかな?」
「魔法は、魔力を込めた声――言霊を発することによって、より強固に顕現させることが出来るんです。特に上位の魔法ともなると、言霊による呪文の詠唱が必要不可欠となります」
「なるほど……」
魔法と来れば、呪文と詠唱ってのが定番だよな、と慎也は納得した。
「それじゃあ、ユイさんも試してみて下さい」
「はーい」
元気良く返事をして結衣はユフィアから杖を受け取った。そして、さっきのユフィアの真似をして杖を構えると「むむー」としばらく唸ってから――
「ファイア!」
声の大きさと勢いに反して、宝玉から放たれた火は、ユフィアのそれとは比べるべくも無かった。
大きさはせいぜい小指の先ほどで、ひょろひょろと頼りなく宙を舞った末、1メートルほど離れた地面に落ちて儚く消えた。
「「……」」
当人である結衣は元より、慎也もどう反応して良いか判らずウィルの方を見る。
「まあ、レベル1ではこれが限界だろうね」
と、呆れた様子も無く肩を竦めた。
「持っているだけで魔法が使えるようになると言っても、発動した魔法の強さ自体は本人のレベルや魔力量に左右される。素質があるにせよ、いまのユイ君は初心者以下だからね」
「……はい」
落ち込んだ様子で肩を落とす結衣。どうも本人の想像とはだいぶ違う結果だったことがショックらしかった。
練習に練習を重ねて武術を嗜んできた慎也にとっては、最初から上手くいくはずがないというのは当たり前のことだったが。
「もしかして、ユフィアさんは結構レベル高かったりするんですか?」
「私、こう見えてもレベル5で、魔力値は102、魔力は52です」
誇らしげにユフィアが答えた。意外とレベルが高い。
「ちなみに、結衣の魔力値と魔力は?」
「……魔力値は25で魔力は4」
単純計算で、ユフィアの魔力値は結衣の4倍。魔力は13倍である。その差が、2人の魔法に如実に現れたという訳だ。
「なるほど……同じ武器、同じ魔法でも威力が違うのは当然だな」
「元々ユフィアは、攻撃魔法があまり得意ではないんだよ。『精霊樹の杖』は本来”初心者に魔法を使えるようにするもの”ではなく、ユフィアのような”攻撃力の乏しい魔法使いに最低限の攻撃力を与える”為の魔導具だからね」
確かにいまの結果を見る限り、結衣よりもユフィア使わせた方が効率が良い。
「いいんですか? いまの私じゃ、この杖を全然使いこなせませんけど……」
「それはこれから使いこなせるようになればいいさ。取りあえず当面の君たちの目標は、レベルを上げることだ」
確かに慎也はともかく、結衣はいまのままではなんの役にも立たない。この世界に生きていくにあたって、レベルを上げ、スキルとステータスを伸ばすことは急務と言える。
「ということは、これから魔物を狩に行く、ってことですか?」
レベルを上げるには生き物を――魔物を殺さなくてはならない、と昨夜ウィルが言っていた。それはつまり、生き物を殺す覚悟と、そして、殺される覚悟が必要ということだ。現代の中学生には高いハードルだ。
「その前に、まずはその準備をしないといけない」
「準備、というと?」
「いまの君たちの格好は、とても戦いに向いたものとは言えないだろう?」
言われて自分たちの身体を見て見ると、当たり前だがこの世界に来た時に着ていた学校の制服のままだ。確かに戦いに向いた格好とは言い難い。
「そう言う訳だから、この後、みんなで街に行こうか」
「街? 近くに街があるんですか?」
「ああ。ここから歩いて3時間ほどの所に、キアナという街があってね。この辺りでは一番大きな街で、なかなか良い所だよ。私たちも必要なものがあればそこに買いに行くしね」
「街には教会や医療院、冒険者ギルドなんかもありますよ」
「冒険者ギルド!?」
異世界物の定番とも言うべき「冒険者」という単語に、異世界マニアの結衣が目敏く反応する。
「冒険者って、依頼を受けて魔物とかを退治する人たちのこと!?」
「えっと、そうです」
結衣のテンションに若干引きながらもユフィアは肯定した。
昨日読んだ初代王のメッセージの中にも「冒険者」という単語は出てきていたが、具体的にどういったものかは書かれていなかった。
そう言えば、ウィルも若い頃に冒険者をやっていたと言っていた。
「凄い、ホントにあるんだ! ねえ、慎也君。私たちも冒険者になろうよ?」
テンション高くそんなことを言う結衣の頭に、慎也は軽く手刀を見舞った。
「あうっ」
「そういうことは、まず魔法を使えるようになってから言え」
異世界物にはとんと疎い慎也だったが、ろくに魔法も使えず、戦う術はおろかこの世界に関する知識や常識もほとんど無いいまの自分たちが、魔物と戦う冒険者になれるとは到底思えなかった。
「シンヤ君の言う通りだ。将来的には冒険者になるのも良いかも知れないが、それにはまず、戦う力と手段を身に付けることだ」
「冒険者は、犯罪歴が無ければ誰でもなれますが、新人の冒険者の3割は、1年以内に命を落とすと言われています」
ウィルとユフィアの言葉を聞いて結衣は顔を青くした。
昨日、ゴブリンに襲われた時の恐怖が蘇ってくる。あの時、慎也が一緒でなければ、あるいは彼が元の世界で武術を学んでいなければ、結衣はあの場でゴブリンに殺されていた。
「……ごめんなさい」
「判ってくれればいいさ。それじゃあ、街へ行く準備をしようか」
「「「はい」」」
こうして慎也と結衣は、異世界に来て初めての街へ行くことになった。
武器名:精霊樹の杖。
分類:杖。
攻撃力:3
特殊効果:MP+4。
持っているだけで火、氷、雷属性の初歩魔法が使えるようになる。ただし、威力は持ち主のレベルに左右される。当然、魔法使いでない者が持っても魔法は使えない。




