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異界の刀銃使い  作者: 太公望姜子牙
天使の章
113/135

第108話 強いんですね、皆さんは

冒険者はそれ単独では成り立ちません。支えてくれる大勢の人たちがいてくれるからこそ成り立っているのです。(/・ω・)/

「あ! 出て来たよ!」

「良かった! ホントに腕が治ってます!」

「あれ? なんか、服も変わってるんだよ」

「っていうか、泣いてますね……」

「嬉し泣き、じゃないでしょうね。やっぱり……」


 地獄――いや、ヘル・ズ・ゲート医療院から半泣き状態で出て来た慎也を、結衣、ユフィア、セリシエル、フェルナ、シアーシャの5人が待っていた。


「ただいま……」


 ジンジンと痛む頬を押えて帰還の挨拶をする慎也の声には、喜びはほとんど感じられない。


「お帰りなさい、慎也君。腕、治してもらえたんだね!」

「でも、あまり嬉しそうじゃないですけど、どうしたんですか?」

「なんか、行く前よりずいぶんやつれてる感じだよ?」


 慎也の腕が治っていることに喜ぶと同時に、覇気の無い彼を心配する仲間たち。


「エンキ先生は容赦が無いですからね……」

「あのビンタ、物凄く痛いのよねー」


 やはりエンキの性格を知っていたらしいフェルナとシアーシャは、慎也の身に起こったことを予想して苦笑いだ。


「……お前ら、知ってて黙ってたな?」


 恨みがましい視線で2人を睨む慎也。


「ご、ごめんなさい。事前に話したら怖がられてしまうから……」

「そうそう! あんたの腕をちゃんと治してもらう為に、仕方なく黙ってたのよ!」


 焦った様子でブンブンと首を振る2人に、怒る気力すら湧いてこず、慎也はため息だけを漏らした。


「……まあいいや。取りあえず場所移そう。ここは心臓に悪い」


 全員で移動を促す慎也の背後では――


「足が折れたくらいでぎゃあぎゃあ喚くんじゃねぇッ! それでも騎士かコラァァァァ!!」

「いやあああああああああああああ!」


 バチィィィン!!


「もう少し遅かったら手遅れになってたぞ!? 死にぞこないのくせに治療後回しにしてんじゃねぇぞオラァァァァ!!」

「助けてええええええええええええ!」


 バチィィィン!!


「ビリー!! てめぇ何回オレの手を煩わせたら気が済むんだ!? 今度来たら往復ビンタだ、って言っただろうがテメェゴラァァァァ!!!」

「神様あああああああああああああ!」


 ババチィィィン!!


 エンキの怒号と騎士たちの悲鳴、そして耳を覆いたくなるようなビンタ音の阿鼻叫喚。


「エンキ先生のビンタ、信じられないくらい痛いですからね……」

「あたしも1回くらったことあるけど、ホントに目から火が出るかと思ったもん……」


 フェルナとシアーシャは経験者だったらしく、頬を押えて真っ青な顔になっていた。


「慎也君もビンタされたの?」

「……3発もらったよ」

「うわ、ご愁傷さま」


 結衣の質問に慎也も頬を押えながら力無く答えると、シアーシャが心底同情した顔で彼の肩をポンポンと叩いた。


「あ、そう言えば、イアン様は?」


 診察を受ける時は一緒にいたはずのイアンの姿が見えないことに気付いて、慎也は仲間たちに尋ねた。


「イアン様なら、シンヤさんよりも先に出て来て、一足先に領主様の館へ戻られましたよ。今回のことを急いで報告しなきゃならないということで、シンヤさんによろしく、と仰ってました」


 と、フェルナが答えた。

 考えてみれば、今回の一件は領主やその部下であるイアンからすれば大事だろう。

 盗賊の一件から始まり、《ミズガルズ》の工作員による冒険者ギルド襲撃と職員の殺害。ケミナ村での大騒動の末に犯人を生け捕りにしたところへ、人造魔獣の来襲と討伐。怪我人の処理など、報告すべきこと、やらなければならないことが山積みになっているであろうことは想像に難くない。

 とても、ゆっくり怪我の治療に専念していられる状況ではないのだろう。


「そうか。取りあえず、続きは歩きながら話そうか」


 慎也の提案で、いまだエンキの怒号と騎士の悲鳴、ビンタと炸裂音の三重奏のこだまするヘル・ズ・ゲート医療院の前から移動することにした。


「でも、ホントに良かったんだよ。シンヤの腕が治って……」


 感極まったように呟いたのはセリシエルだった。よく見ればちょっと泣いている。

 自分を庇ったせいで慎也が腕を失ったのだから当然だろう。


 正直、セリシエルには少し小言を言ってやろうかと思っていたのだが、そんな気も失せてしまう。


「心配かけたな。もう大丈夫だ」


 その一言だけで済ませることにした慎也だったが、ふと彼女の腰に新しい円盾が吊り下がっているのに気付いた。


「盾、新しく買ったのか?」

「うん。さっきユイちゃんとユフィアちゃんの3人でヨルグさんの店に行ってきたんだよ。盾を投げて壊しちゃった、って言ったら凄く怒られたんだよ」

「そりゃそうだろ」


 なにしろ買ったばかりの盾を初めての冒険で、しかも敵に向かって投げ付けるという非常識な使い方をして壊したのだから、売った側の武器屋としては怒るのは当然だ。


「もう投げるなよ?」

「大丈夫なんだよ。ちゃんと投げられないようにしたから」


 セリシエルが円盾を手に取って内側を示すと、取手の所に紐が括りつけられていた。先端は輪になっている。


「こうして手に紐を付けておけば、投げたくても出来ないんだよ」


 そう言って、セリシエルは実際に輪になった紐を自分の手首に巻いてみせた。

 もう絶対に投げない、という彼女なりの決意なのだろう。


「慎也君慎也君」


 結衣がクイクイと慎也の服の袖を引っ張った。


「その腕って、どうやって治してもらったの?」

「私も気になります」

「教えてほしいんだよ」

「右に同じくです」

「左に同じく」


 結衣、ユフィア、セリシエル、フェルナ、シアーシャが順々に尋ねて来る。


「……鬼血神薬(オグル・エリクサー)って薬で治してもらった」

「薬ですか? 欠損した腕を再生させる薬なんて聞いたこともありませんよ?」

「っていうか、そんなのあるんならもっと有名になってるはずだしね」


 首を傾げるユフィアにシアーシャが同意して頷く。


「2人が思ってるほど便利な物じゃない。そもそも、使っても欠損が確実に治るとは限らない。っていうか、治らない可能性の方が高いらしい。オレは運良く治ったけどな。あと副作用があって、腕が治るまでの間、かなりの苦痛に見舞われることになる。だからエンキ先生も宣伝するつもりはないんだろうな。少なくともオレは二度と御免だよ」


 鬼血神薬(オグル・エリクサー)について、仲間たちに詳しく説明するのを慎也は止めることにした。

 尋常では無い、それこそ文字通りの意味で死ぬほどの痛みに見舞われることや、これまで169人に打って助かったのは4人だけ、という事実は伏せた。

 せっかく自分の腕が治って喜んでくれているところへ、水を差すような真似は無粋だと思えた。


 最初は自分を置いてどっかへ行ってしまった結衣たちに文句の1つくらい言ってやるつもりだったのだが、エンキのあまりの怖さと、ビンタのあまりの痛さ――そして、無邪気に喜ぶ少女たちの笑顔を見て毒気を抜かれてしまった。


「そうなんですか……でも、無事に治って良かったです」


 ぱっと花の開いたようなユフィアの笑顔を見ていると、まあ良いか、と思えてしまう。


「じゃあさ、その服はどうしたの?」


 再度結衣が尋ねて来た。


「エンキ先生にもらったんだよ。変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)っていう魔導具らしい」

「魔導具!? エンキ先生が!? なんで!?」


 エンキの人となりを知っているシアーシャは驚愕も露わに慎也に尋ねた。


「さっきも言ったけど、鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打っても欠損を癒せる可能性はかなり低い。治る人間の方が珍しいくらいにな。だから、鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打って欠損の治った人間には記念品をあげることにしてるんだってさ」

「記念品で魔導具あげちゃうなんて、やっぱあの人変わってるわねー」


 エンキの性格を思い返して、しみじみと感慨深げにシアーシャが呟いた。


「じゃあさ、じゃあさ。もう一回慎也君の腕をちょん切って、治療してもらったら、また魔導具くれるのかな?」

「ユイさん!」

「勘弁してくれ……」


 縁起でもないことを口走る結衣に、ユフィアが声を荒げ、慎也はげんなりして呻いた。


「むしろ、下らないことするんじゃない、って、ビンタされると思います」

「あ、あたしも絶対そうなると思う」

「……オレもだ」


 フェルナの言葉にシアーシャが、うんうんと頷き、慎也はエンキのビンタの痛さを思い出して無意識のうちに頬を手で押さえていた。


「エンキ先生、ってどんな人だったの?」


 今度はセリシエルが尋ねて来た。


「……鬼みたいな人だよ」

「それじゃあ判んないんだよ」


 一言で説明を済ませた慎也に、セリシエルが頬を膨らませる。


「457歳の鬼人族の大男だ。4本角で身長が2メートル以上あって、全身が筋肉の塊。夜中に会ったらそれだけでトラウマ必至のおっかない人だ」

「鬼人族で角が4本あるなんて、凄い人じゃないですか!?」


 ユフィアも鬼人族が角の数が多いほど優れた能力を持っているのを知っていたらしく、慎也の説明に目を丸くした。


「なんであの人、医者なんかやってるんだ?」


 今更ではあるが、慎也は改めてエンキが町医者なんてやっていることに疑問を呈した。

 そもそも鬼人族は戦士の種族なのだ。総じて怪力で生命力が高く、血気盛んな種族であり、医者などと言う職業がもっとも似合わない種族でもある。

 そんな鬼人族の、しかも相当優秀な能力を持つであろうエンキが、言い方は悪いが、ヤマト王国の辺境で医者をしていることに首を傾げた。


「詳しいことは知りませんが、私たちが子供の頃からこの街で医者をされていましたね」


 フェルナが答えた。イアンもこの街で100年以上医者をしている、と話していた。


「この街の人たちは、子供が悪さをしたら「エンキ先生の所に連れていくよ!」って叱るの。そしたらどんな悪ガキでも一発で大人しくなるのよ」

「それは、よく判るな……」


 エンキに直に会った慎也は、その殺し文句の威力を身を以て思い知っているだけに、シアーシャの言葉に頷くしかなかった。


「さて、着いたぞ」


 そうこうしている内に一行は目的地へと到着した。


 冒険者ギルドだ。


 慎也たちが最後に立ち寄ったのは、3日前、オークの調査依頼を受けた時だった。

 セリシエルの冒険者としての初依頼だったので、相性の良さそうな調査依頼と軽めの討伐依頼をいくつか受注した。その時はいつもとまったく変わらなかった。

 だがその直後、慎也たちを探していたナヴェットら《ミズガルズ》の工作員に襲撃され、職員が5人も殺害されるという痛ましい事件に見舞われたのだ。


 慎也たちはそれらの事情を後から聞かされた訳だが、フェルナとシアーシャは直接訪れている。その時、ギルドは現場検証の為に閉鎖されていたそうだが、今日は普通に営業しているようだった。


 犯人が捕まったことも騎士団から聞かされているだろう。依頼の報告もあるし、慎也たちも関係者である以上、一度立ち寄った方が良い、ということで、全員揃って訪れることにしたのだ。


 中に入ると、普段となんら変わらない喧騒が受付のあるロビーを満たしていた。

 冒険者同士の談笑や職員とのやりとりが空間を満たし、様々な種族、様々な装備、様々な冒険者が入り乱れている。一瞬、本当は事件なんて無かったのでは、と勘違いしてしまうほどに、普段通りの空気が場を支配している。

 

「あ、みなさん」


 空いている受付に行くと、顔見知りの受付嬢であるウィニアがいた。

 フェルナとシアーシャの話では、襲撃を受けたギルドに2人が訪れた際、彼女は同僚を亡くしたショックで泣いていたそうだ。


「ウィニアさん、あの、今回はなんと言えばいいか……」


 勢い付けてやって来たは良いものの、なんと言えば良いか判らず慎也は言葉に窮した。


「気にしないで下さい」


 そんな慎也を見て、ウィニアは笑顔で答えた。


「話は伺っています。シンヤさんたちが犯人を捕まえて下さったんでしょ?」

「ええ、まあ……」


 やはりケミナ村での一件はギルドの方にも伝えられていたらしい。


「みんな感謝してるんです。シンヤさんたちが同僚を殺した犯人を捕まえてくださったことに」

「でも、犯人は私たちを探しだす為にここを襲ったんですよね?」


 と、今度はユフィアが言った。

 例えなにも知らなかったとしても、自分たちの関わった事案が元で罪も無い人が何人も殺されたのだ。やはり彼女も気にしていたらしい。


「だとしても、皆さんはなにも悪くありませんよ? ギルドの出した盗賊討伐依頼を熟しただけなんですから。悪いのは全部犯人たちです」


 そんなユフィアの内心を察してか、ウィニアは優しい笑顔できっぱりとそう言いきった。


「ウィニアさんは、大丈夫なんですか?」


 結衣が心配そうに訪ねる。理由はどうあれ、ウィニアは同僚を殺されたばかりなのだ。犯人が捕まったとはいえ、その悲しみがこの短時間で言える訳がない。知らない仲ではないので、結衣も心配なのだろう。


「正直言うと少し辛いですが、悲しんでばかりもいられません。いつまでもギルドを閉めておく訳にもいきませんし、亡くなった同僚の分まで頑張らないと、あの子たちも安心して眠れませんからね」


 溌剌としたウィニアの笑顔の中にも、やはりまだ悲しみの色がある。しかし、それをほとんど感じさせない健気な負けん気が伺える。


「冒険者の皆さんは、日々身体を張って人々の為に危険な仕事を熟してくださっています。そして、それを最大限サポートするのが私たちの役目であり、誇りなんです。冒険者とギルド職員は二人三脚。冒険者の方々が傷つき、時に命を落としてまで頑張ってくださっているのに、私たちがそれを支える役目を怠る訳にはいきませんし、亡くなった子たちにも怒られちゃいます。「私たちの分まで頑張って、冒険者の人たちを支えて」って」


 ウィニアの言葉に、慎也たちは素直に驚かされた。

 自分たちと同じ様に、ギルドの職員たちもまた、己の職務に誇りと使命感を抱いていることを、いまさながらに思い知らされた気分だった。

 周りを見れば、他の職員たちもいつもと同じ様に忙し気に己の仕事を熟しているのが伺える。

 同僚を亡くしたばかりだというのに、そんな悲壮感は微塵も感じさせない働きだ。むしろ、同僚を失ったからこそ、自分たちが彼ら、或いは彼女らの分まで頑張らなければ、という気概に満ちている。


 ギルドの喧騒はいつも通りなのではない。

 失った仲間は決して戻らない。それでも、いつも通りであり続ける為に、職員たちは悲しみを押し殺して働いているのだ。

 冒険者を――ひいてはこのスアード伯爵領の治安を支える為に尽くす、という強い使命感と誇りを持っているから。


 冒険者の為に――

 彼らが守り、救っている人たちの為に――

 亡くなった同僚たちに安心して眠ってもらう為に――


「強いんですね、皆さんは」

「冒険者の方々ほどじゃありませんよ?」


 慎也の言葉に、ウィニアは謙遜しながら微笑んだ。

 だが、慎也はウィニアたちギルド職員のことを心底尊敬した。

 この人たちが頑張ってくれているからこそ、自分たちは安心して依頼に臨めるのだ、と心から理解する。

 それは結衣、ユフィア、セリシエル、フェルナ、シアーシャも同じだった。


 だったら、自分たちもくよくよしている訳にはいかない。ウィニアたちに申し訳が立たなくなる。


「じゃあ、依頼完了の手続きをお願いできますか?」

「かしこまりました」


 慎也の提出した書類をウィニアが受け取った。


 こうして、辺境の冒険者ギルドを襲った悲劇は、人々に決して消えない傷をもたらしながらも、冒険者や騎士団の奮闘と、それを支える職員たちの誇りと献身によって幕が引かれたのだった。


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