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異界の刀銃使い  作者: 太公望姜子牙
天使の章
112/135

第107話 ここで死ぬつもりはありません

ビンタからは逃げられないのだよ(`ー´) クククッ

 エンキは診察室の一角にある金庫を開くと、中から瓶に入った魔法薬らしきものを取り出した。


「これがその薬、鬼血神薬(オグル・エリクサー)だ」


 そう言ってエンキは瓶を机の上に置いた。

 透明なガラス瓶の中には、血のような真っ赤な液体で満たされている。


「お前、鬼人族の最大の長所がなんだか知ってるか?」

「ええっと、怪力と高い生命力だ、って聞いてます」

「まあ、その通りだ。問題はその生命力の方だ。人族や他の亜人種は手足を欠損すると自然には治らないが、鬼人族(オレたち)は手足を失っても時間が経てば再生する」

「え!? そうなんですか?」


 そこまでは慎也も知らなかったので、素直に驚いた。


「ああ。腕を失った程度なら1時間もすれば生えて来る。頭や内臓はさすがに無理だがな。鬼血神薬(オグル・エリクサー)は言ってみりゃ、鬼人族の再生能力を一時的に他の種族に与える薬だ」

「なるほど……」

「だが、本来は再生能力を持たない種族に無理やりそれを与えるんだ。当然、拒絶反応が起こる。再生が終わるまでの間、死に至る激痛が間断無く全身を苛み続ける。よほど胆力のある奴でも5分持てば良い方だ。ほとんどの奴は1分経たない内に死ぬ」

「……ちなみに、それ使って助かった人はいるんですか?」

「いるにはいる。これまで169人に使って、助かったのは4人だ」


 生存率は42分の1。


(いや、確率で判断するのは少し違うか。要は拒絶反応に耐えられる人間が42人に1人しかいない、ってことだからな)

「使うかどうかはお前次第だ。お前自身の命なんだからな。で、どうする?」


 と、エンキに尋ねられると――


「お願いします」


 躊躇なく慎也はそう答えた。

 エンキが、にやり、と嗤った。


「一瞬も迷わない、か。良い度胸だ。一端の冒険者ではあるようだな」


 冒険者というのは常に死と隣り合わせの仕事だ。得られる報酬や名声は大きいが、当然、それに見合うリスクもある。

 そんな冒険者に取って最悪なのが、身体の欠損であり、それによって冒険者家業を続けられなくなること。


 人としては生きられるが、冒険者としては死んでしまうこと。


 この文明や医療技術が未発達な世界に置いて、手足を欠損した者はその後の人生に置いて途轍もなく重いハンデを負うことになる。もちろん、そうしたハンデを克服する者もいるが、それが可能なのはごく少数だ。

 身寄りがある者ならまだ良いが、頼れる身内も家族も無く、手足を失った冒険者に待っているのは、良くて奴隷。悪ければ野垂れ死にがほとんどだ。


 それこそ、死んだ方がマシな結末だけだ。この世界には死より恐ろしい業苦が数多存在する。


 再起か死か(デッド・ア・ライブ)――無論、躊躇を覚える者もいるだろうが、冒険者一筋で生きる覚悟を決めた者であれば、決して迷いはしない。


「良いだろう、使ってやる。せいぜい頑張って生きてみろ」


 ◇◇◇


 その後、慎也は医療院の地下室へと連れて来られた。飾り気のないレンガ製の部屋に在る物ははただ1つ――


 拘束具の付いたベッドだけ。

 その意図は容易に知れる。


「ここならどれだけ暴れても、どれだけ叫んでも外には伝わらねぇ」


 冷たい金属製のベッドの上に身を横たえた慎也の手足を、エンキは慣れた手つきで拘束した。拘束されてから気付いたのだが、これらの拘束具は封印具の一種らしく、慎也は魔法も闘気も一切使えなくなった。


「じゃあ、打つぜ?」


 注射器を手にしたエンキが死刑宣告のように告げた。

 どうやら鬼血神薬(オグル・エリクサー)は飲むのではなく打つ方の薬らしい。

ちなみにエンキが手にしている注射器は、地球で使用されているプラスチック製のものではなく、ガラスと金属を組み合わせて作られた物だ。


「なにか言い残すことはあるか?」

「ありません」

 

 エンキの問いに、慎也は即答した。


「ユイたちに伝えておくことは無いのか?」


 今度はイアンが尋ねて来た。

 常識的な問いだろう。鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打てば、かなり高い確率で慎也は死ぬことになる。そのことを仲間たちは一切知らないのだ。


「言いたいことは自分の口で伝えます」


 それに関しても慎也は頑なだった。

 実は医療院に入る前、3人が自分を放って買い物に行ってしまったことをちょっと根に持っていた。


(後で教えて後悔させてやる!)


 と、心中で息巻く慎也の内心を知ってか知らずか、処置無し、とばかりにイアンは肩を竦めた。


「絶対に死なない、ってか?」


 自信ありげな慎也に、エンキが笑いながら尋ねた。


「少なくとも、ここで死ぬつもりはありません」

「いままで鬼血神薬(オグル・エリクサー)を使った169人も、使う前に同じことを言ってやがった。だが、その内165人は2度と喋れなくなったぞ?」

「けど、4人は生きてたんでしょ?」

「169人中4人だけだ」

「じゃあ、オレが記念すべき5人目ですね」


 あくまで自分は死なない、と言いきる慎也に、エンキは笑みを深めた。凄みがある顔なので、笑うとかなり怖かったが……


「良い度胸だ。んじゃ、行くぜ」


 エンキが注射器の針を慎也の首筋に刺し、一気に鬼血神薬(オグル・エリクサー)を流し込む。


「――ぐぅッ!?」


 果たして変化はすぐに現れた。


 まるで解けた鉛を体内に流し込まれたがごとき灼熱感が慎也を襲った。


 全身の細胞が――

 血が――

 骨が――

 遺伝子が――

 それ以外のなにかが――


 慎也と言う人間を構成している全身全霊が、一斉に絶叫を迸らせた。


「ぐがああああああああああああああああああああああああ!!」


 獣のような己の悲鳴すら、慎也の耳には届いていない。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――


 ただあるのは、凄まじい苦痛だけ。


 無意識のうちに拘束具を引き千切らんばかりに暴れる慎也から、イアンは思わず目を反らした。

 残虐を極める最悪の拷問すら、これほどの苦痛はもたらさない。

 そもそも拷問とは死なない程度に身体を破壊する行為であって、当然そこには加減が存在する。

 だが、眼前で慎也を苦しめるそれは、明らかに死に至る断末魔のそれだった。


 目を背けたイアンとは逆に、エンキは感情の無い冷めた目で慎也を見下ろしている。

 否、その視線は慎也自身ではなく、切断された右腕の傷口に注がれていた。


 彼の視線の先で、慎也の右腕に変化が起こった。傷口から肉と骨、そして神経線維が生き物のように蠢動しながら生えてきた。

 鬼血神薬(オグル・エリクサー)が効果を現し、ゆっくりとした速度だが、しかし確実に慎也の右腕は再生を始めていた。これならば、確かに1時間もすれば腕は完全に元通りになるかもしれない。


 それまで慎也の命が持てば、の話だが。


「んじゃあ、1時間後に来てやるから、それまで生きてろよ」


 もがき苦しむ慎也に声は届いていないと知りつつも、エンキはそう言い残して踵を返した。


「お、おい、このままにして行く気か!?」


 その後ろ姿をいくらかの批難を込めた声でイアンが呼び止める。


鬼血神薬(オグル・エリクサー)は一度打っちまったらそれまでだ。オレに出来ることはなにも無い。後は当人次第。死んだら所詮、口だけの奴だった、ってだけだ。お前が口を出すことでもねぇ」

「だが――」

「男の醜態は見世物じゃねぇんだ! さっさと来い!」


 有無を言わせぬ強い口調で怒鳴って、エンキは地下室を出た。

 確かに、他者に見られたくない醜聞の1つや2つ、誰でも抱えている。特に、自身が苦痛にのたうち回る様など、誰にも見られたくはあるまい。

 男なら、そして冒険者なら尚更だ。

 騎士であるイアンにもそれは理解できた。


「……死ぬなよ、シンヤ」


 そう言い残して、イアンもエンキの後を追って部屋を出る。


 1人、薄暗い地下室に残された慎也は、2人がいなくなったことにすら気付いていない。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 彼の頭を占めるのは想像を絶する苦痛だけ。

 神経が焼き切れそうな激痛。いっそ、焼き切れてしまった方がどれだけ楽だったか。だが幸か不幸か、慎也の神経は常軌を逸する痛みに犯されて尚、正常な活動を続け、それをダイレクトに脳へと伝え続けた。


(ま、マジで死ぬほど痛い。ヤバい、想像以上だ。1時間も耐えられるのか?)


 決して舐めていた訳では無かったが、それでも予想を超えるレベルの激痛に慎也は半ば絶望した。

 しかし――


(けど、エンキ先生のビンタの方が痛かった!!)


 慎也の命を支えていたのは、皮肉にもエンキに喰らわされたビンタの痛みだった。


 鬼血神薬(オグル・エリクサー)がもたらす痛みは確かに凄まじいが、それでもエンキのビンタの方が遥かに痛かった。鬼血神薬(オグル・エリクサー)のそれはあくまで肉体的な痛みだが、エンキのビンタは肉体のみならず、心や精神、魂にまで深く響いた。

 あれほどの痛いものは存在しない、と確信できる。


 だが、ビンタの痛みは一瞬なのに対し、鬼血神薬(オグル・エリクサー)の痛みは長時間、間断無く続く。


(こんな所で死んでたまるか!?)


 悲鳴を迸らせる口を強引に閉じ、歯を食いしばって激痛に耐える。だが、人が絶えられる許容範囲を明らかに逸脱した痛みは、容赦無く慎也の精神と忍耐、そして命そのものを削っていく。


(ヤバい、暗くなってきた……)


 意識が遠退き、視界が不明瞭になってくる。

 いつか、ゴブリン・エンペラーに致命傷を負わされた時と同じように。


(くそ、こんなところで……死んでる場合じゃないんだ……)


 訳も判らずこんな世界に飛ばされ、幸運にも良き師や仲間に巡り合えて、冒険者として第二の人生を再スタートさせた矢先にこんな形で死を迎えるなど、冗談ではない。


 ――死とはその者の思いには任せないものだ。覇王や軍神と謳われた者でさえ、時を選ばぬ運命や病魔によってあっけなくこの世を去ることもある。それが嫌なら、自分の死くらい自分で選べるようになることだ。


 まるで走馬燈のように『父親』の言葉が脳裏を過った。


 時を選ばぬ運命――この世界に飛ばされたことがまさにそれなら、運命とやらに感謝しなければならない。お蔭で有無を言わさぬ飛行機事故による死から逃れることが出来たのだから。


 いや、それだけではない。


 結衣、ウィル、ユフィア、セリシエル――


 この世界に来てであった多くの人たちのお蔭で、これまで自分は望まぬ死を拒むことが出来た。


 ウォー・ウルフ。ワイバーン。ゴブリン・キング。ゴブリン・エンペラー。盗賊。《ミズガルズ》の工作員。アシュケロン――


 これまで死を覚悟して挑んできた戦いの全てが、仲間や恩人たちの助力によって切り抜けることが出来た。信じられないことに、物言わぬ刀にさえ助けられた。最初に出くわしたゴブリンに勝ったことでさえ、『父親』に鍛えられていたお蔭だ。


 だが、それらはいまは無い。

 なんの役にも立たない。

 正真正銘の孤立無援。

 慎也が生まれて初めて経験する、死とのタイマン。


(……負けてたまるか)


 心の底に、静かに闘志の炎が息吹くのを慎也は感じた。


 生存本能ではなく、勝利への渇望――

 理不尽な運命に打ち勝ちたいという、灼けるような闘争本能――


「ここはオレの死に場所じゃないッ!! (お前)なんかに負けてたまるかああああああああああああ!!!」


 飢えた獣の如き絶叫が、地下室の空気を震撼させた。


 ◇◇◇


「おい」

「……」

「おい、起きろ!」

「……」

「ちっ、手間取らせんじゃねぇ!!」


 バチィィィィン!!


「へぶっ!!」


 頬に炸裂した信じがたい激痛が、慎也の意識を無理やり現実へと引きずり戻した。


「おおぉぉぉおおぉお……」


 が、突然の覚醒と激痛に、慎也は状況が把握できず、さりとて混乱することさえ許されずに()()()頬を押えて呻くしかない。


「目が覚めたか?」


 険のある野太い声に振り返ると、鬼神――否、エンキが無表情にこちらを見下ろしているのが確認できて、慎也はようやく、自分がビンタされたことを悟った。


「大した奴だ。良く生きてたな」


 にやり、とエンキが笑った。背筋が凍るような獰猛な笑いだ。


「腕、治ってるだろ?」

「!!」


 そこでようやく慎也は気付いた。


 無くなったはずの右腕に感覚がある――


 慌てて視線を向けると、そこにはまるで何事も無かったかのように、当たり前のように、右腕が存在していた。

 信じられず、手を握ったり開いたりしてみる。当然のように指は動く。抓ってみるとちゃんと痛かった。


「治って、ます。信じられない。腕が元通りになってます!」


 諦めかけていた右腕が戻って来たことを実感して、慎也は目頭が熱くなるのを感じた。

 想像を絶する苦痛を長時間味わい続け、最後の方は記憶が曖昧だったが、それだけの価値はあった。

 これでまた剣が握れる。冒険者を続けることが出来る!


「ありがとうございます、エンキ先生! 本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」

「礼なんざいらねぇ。オレは薬を打っただけだ」


 ストイックにエンキは首を振る。


「腕を取り戻し、尚且つ生き延びることが出来たのは、お前自身の肉体と精神の賜物だ。お前は自分の力で腕を取り戻したんだ。礼なら自分自身に言え」


 そう言って、エンキは慎也の肩をバンバン、と軽く叩いた。

 脱臼するんじゃないかと思うくらい痛かったが、どうにか口に出さずに我慢する。


「さて、お前は自分で言っていた通り、鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打たれて生き延びた記念すべき5人目になった。オレは鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打たれて死ななかった奴には記念品をやることにしてるんだ」

「記念品、ですか?」

「ああ。イアンの話じゃ、お前は魔法戦士で、《見えざる手(アステロイド)》が得意なんだってな?」

「ええ、その通りです」


 素直に答えながらも、自分の戦闘スタイルを他人に喋ったイアンに少々思うところがあるのだが、お蔭で腕を治してもらえたので目を瞑ることにした。


「だったらこいつをくれてやろう」


 そう言ってエンキが差し出したのは、折り畳まれた真っ黒なマントだった。


「マントですか?」

「こいつは変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)っていう魔導具の一種だ」

「魔導具なんですか? ただのマントにしか見えませんけど」

「いまはな」


 言っている意味が判らず首を傾げる慎也。エンキは視線を彼の顔から、着ている服へと移す。


「お前がいま着てるその服、結構良い材質でできてるみたいだな」

「? ええ、ストライク・スーツと言って、グリフォンの革と、防刃、防魔繊維を編み込んで作られたものです」


 突然の話題変更に戸惑いながらも慎也は正直に答えた。

 2年前、ヨルグからもらった慎也の愛用品だが、アシュケロンに腕を噛み砕かれた際に諸共食い千切られてしまった為、いまは右袖の大半が失われている。


「だったらちょうど良い。こいつを持って、魔力を通してみろ。面白いことになるぞ」

「はぁ……」


 詳しい説明もないままに黒いマント――変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)を押し付けられ、慎也は戸惑いながらも言われた通りマントを受け取って、魔力を流してみる。


「うわっ!?」


 変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)に魔力を流した途端、まるで生き物のように暴れ出した。

 びっくりした慎也は咄嗟に変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)を捨てようとしたが、その意に反して変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)は慎也の手から離れようとしない。


「なっ!? 服と同化して――」


 それもそのはず、変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)の端が慎也の着ているストライク・スーツと融合している。しかもそれだけではとどまらず、水面に新たな水をそそぐかのように変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)がストライク・スーツと同化――融合していく。


「なんだこれ!? どうなってんの!?」


 混乱する慎也を他所に、僅か数秒で変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)は完全にストライク・スーツに吸い込まれて消え去ってしまった。

 同時に、慎也のストライク・スーツに変化が起こる。


「うわっ、袖が直っていく!?」


 失われていた右袖が物凄い速さで自動的に修復されていく。さらに肩の辺りからマントが生えてきた。こんなものは元々ストライク・スーツには付いていなかったものだ。


「なんですか、これっ!? どうなってるんですか!?」


 完全に破れる前の姿に戻った袖と、新たに生まれたマントを交互に見比べながら慎也は喚くようにエンキに尋ねた。


変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)は魔導具と言っても、それ単体では単なるマントに過ぎない。持ち主の衣服と同化して初めて効果を発揮する」

「効果って、どんなものなんです?」

「簡単に言うと、持ち主の意志に呼応して形状を変化させたり、動かしたりすることが出来る。試してみろ」

「試すって、どうやれば良いんです?」

「《見えざる手(アステロイド)》と同じ要領だ。ただし動かすだけなら魔力は要らない。イメージするだけで良い」


見えざる手(アステロイド)》は慎也が最も得意としている魔法だ。

 同じ要領でマントの端に意識を向けてみると――


「あ、ホントだ。動かせる」


 慎也の意志に反応してマントの裾の部分がイメージ通りに動いた。しかもエンキの言う通り、形状も自在に変化させることが出来た。しかも布面積を増やすことも可能らしい。


「さらに魔力を流すことで特定の部分を硬質化させることも可能だ。慣れれば硬質化した状態で動かしつつ、形状を変化させることも出来る」


 エンキの言葉に、慎也の顔色が変わった。


「気付いたみてぇだな、この魔導具の恐ろしさに。そう、硬質化と形状変化を掛け合わせれば、その応用性は計り知れない。形状次第で剣にもなるし盾にもなる。鎧にもなるし鞭にもなる。当然、エンチャント系の魔法も掛けられるし、闘気と併用することも可能。破れてもいまみたいに自動で修復してしまう。まさに万能武具って訳だ」


 エンキの言う通り、この変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)の応用性、対応力は計り知れないものがある。

 特に慎也のような魔法戦士が装備することでその真価を発揮する。しかも自分の意志と魔力で動かすという性質上、《見えざる手(アステロイド)》と非常に相性が良い。

 慎也が装備すれば、まさに100人力となってくれるだろう。


「良いんですか? 腕を治してもらった上に、こんな凄い物を頂いて……」


 それだけに慎也は恐縮してしまう。

 変幻自在の悪魔(バルトアンデルス)はどう考えても数百万テラじゃ効かない価値がある。魔法戦士であれば大枚を叩いてでも、それこそ喉から手が出るほどに欲しがるはずだ。

 とても“記念品”として気軽に受け取れるレベルの物ではない。


「構いやしねぇ」


 だがエンキはあっさりと頷いた。


「さっきも言ったが、鬼血神薬(オグル・エリクサー)を打たれた奴は、ほとんどが激痛であっけなくくたばっちまう。それだけに、生き延びられた奴には計り知れない天命がある、とオレは思ってるんだよ。だから生き残った奴が天命を全うできるように記念品を渡すことにしてるんだ」

「天命、ですか? そんな大袈裟なものがオレにあるとは思えませんけど……」

「それならそれで構わねぇよ。だがオレが記念品を渡した以上、この先、無様なマネだけはしてくれるなよ?」

「それはもちろんです!」


 腕を治してもらった上、こんな凄い魔導具をもらってしまった以上、その恩と期待に報いるのは自分の義務だ、と慎也は思った。


「よし、ならもう1つ、良い物をやろう」

「なんですか?」


 尋ねる慎也の襟首を、エンキの野太い手が掴んだ。


「回復記念に、オレの“祝福のビンタ”をくれてやる」


 さー、っと慎也の顔から音を立てて血の気が引いた。


「け、結構です!」

「遠慮すんな」

「遠慮じゃありません! っていうか、この上なんでビンタされなきゃいけないんですか!?」

「祝福だって言ったろ?」

「どこをどう曲解したらビンタが祝福になるんですか!? っていうか、オレもう2発も喰らってるんですよ!?」

「最初のは試し。2度目は目覚まし。今度は祝福だ。意味が違うんだよ」

「全部同じビンタじゃないですか!? 勘弁して下さいよ、死んじゃいますって!?」

「だったら尚更やっとかねぇとな。二度と死ぬような大怪我しないよう、験担ぎも兼ねて」

「験担ぎのビンタなんて聞いたこともありませんよ!? ちょっと、ホントにやめてください!?」

「知らねぇのか、シンヤ?」

「なにがです?」

「ビンタからは逃げられねぇんだよ」

「それは大魔王ですって!?」

「歯ぁ食いしばっとけよ。ちょっと痛いぞ」

「ちょっとどころじゃすみませんよ! ちょ、ま、まって、マジでやめてぇ!!」


 慎也の懇願虚しく、ヘル・ズ・ゲート医療院の地下に、本日最大級のビンタ音と悲鳴がこだまするのだった。



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