第100話 新しく覚えた新魔法を見せてあげる
祝・100話ヾ(*゜∀゜*)ノキャッキャッ♪
キシャアアアアアアア!!
慎也たちの絶望感をあざ笑うかのようにアシュケロンが吠えた。
その場でわずかに身を屈めるや、水を跳ね上げるような勢いで突進してくる。
「くそっ!」
慎也が魔法銃で迎撃するが、例の如く頑強な甲殻に阻まれてダメージが通らない。
「散らばれ!」
イアンの声で、その場にいた者たちは蜘蛛の子を散らすように四方へ散会する。運動能力の低い魔法使いである結衣とユフィアに関しては、結衣を慎也が、ユフィアをセリシエルが抱きかかえてその場から退避する。
そこへ突入してくる形で岸辺に達したアシュケロンは、迷わず慎也と結衣に狙いを定め、止まること無く後を追い始めた。
「慎也君!」
「チィ、雷魔法が使えるオレたちが1番危険だと判ってやがる!」
アシュケロンの知能がどれほどのものかは判らないが、敵対者たちの中で、どの個体が自分に取って1番危険で優先して排除し中ればならないかを、この短いやり取りで認識したところを見ると、決して低い訳ではないようだ。
(頭まで良いのかよ!? こんなの、マジでどうしろってんだよっ!!)
ただでさえ無い希望がさらに無くなった気がして、慎也は本当に泣きたくなった。
そうこうしている間にも背後からアシュケロンが迫って来る。走る速度なら慎也よりもアシュケロンの方が速い。
「シンヤ!」
「危ないっ!」
セリシエルとユフィアが叫んだ時には、既にアシュケロンは2人の背後まで迫っていた。
「慎也君! 後ろ、後ろ来てるよ!」
「判ってるよ!」
首に抱き着いている結衣に耳元で叫けばれ、先程の<高周波>に苛まれた鼓膜に更なる負担が掛かるのを認識しながらも、慎也は走るのを止めない。前を向いたままひたすら足を動かし続ける。
実際、結衣に言われずとも、後ろを振り返らずとも、<聞き耳><気配察知><魔物感知><空間把握>などのおかげで、背後に迫るアシュケロンとの距離が慎也には手に取るように判った。
瞬く間に慎也を間合いに納めたアシュケロンが、その頭上に鎌腕を振り下ろす。<危機感知>が命じるままに、寸分の迷い無く慎也は回避行動へと移った。
轟然と振り下ろされたアシュケロンの鎌腕が、空を切って地を裂いた。先程と同様に地面に長大な亀裂を生じさせたが、そこに慎也と結衣の死体は無かった。
「危ない危ない」
2人の姿はそこから少し離れた、アシュケロンから死角になっている岩の陰にあった。
なんと言うことは無い。鎌を喰らう直前に<閃駆>で回避したのだ。
「うぇ~……」
「あ、すまん」
が、慎也に抱えられていた結衣は<閃駆>による急激な高速移動に身体が付いて行かず、半分目を回していた。
「大丈――!?」
慎也が結衣を気遣って声を掛けようとしたその時、またも<危機感知>が鋭い警告を発した。反射的にその場から飛び退いた刹那、一瞬前まで慎也たちが潜んでいた岩を、アシュケロンの尾が粉砕した。
(な、なんでバレた!?)
<閃駆>による高速移動で、アシュケロンの死角を縫うようにして岩陰に潜んだはずなのに、間髪入れず気付かれたことに慎也は驚愕を隠しきれなかった。
一瞬、偶然か、とも思ったが、振り返ったアシュケロンの目が明らかに自分たちの姿を認識しているのを見て、決して運の悪い、偶発的な攻撃ではないことに気付く。
だとすれば答えは1つ――アシュケロンは、<閃駆>を用いた慎也の姿を見失うことなく捕らえていたのだ。最初からずっと。
(野郎、<閃駆>に対応出来るのか!?)
恐らく複眼のせいだろう、と慎也は直感した。
「私が相手なんだよっ!」
そこへ、セリシエルが空から助太刀に入った。
「とぉりゃああ!!」
「馬――」
セリシエルが盾を手にして振り被ったのを見て、慎也は制止しようとしたが、遅かった。懲りないセリシエルは、またしても、性懲りも無く、盾を投げたのだ。が、慎也の<閃駆>ですら目視できるアシュケロンが、馬鹿正直にまっすぐ飛んで来るだけの飛び道具に対応できないはずがない。
人ひとり丸齧り出来るほどの巨大な咢を開き、飛来したセリシエルの盾を一口で噛み砕いてしまった。
「ああああああっ!! 私のマル太がぁ!!」
「盾投げるな、って何回言わせんだ馬鹿天使がっ!!」
セリシエルの悲鳴と慎也の怒声が重なった。
「マル太、って……」
「名前、付けてたんだ」
「セリスさん、あの盾、結構気に入ってましたからね」
傍で見ていたフェルナ、シアーシャ、ユフィアが呆れている。
「うう~、もう怒ったんだからね!」
お気に入りの盾を破壊されて怒りに火が付いたのか、セリシエルが顔を真っ赤にしてアシュケロンを睨みつけて叫んだ。
ほぼ自業自得なのだが……
「マル太の敵討ちなんだよ!」
セリシエルが叫ぶと、突如として彼女の頭上に金色に輝く光の輪が出現した。
<光輪>
天使族の固有スキル。一定時間、各ステータスとスキルレベルを上昇させる。
「行くんだよっ!」
掛け声と共にセリシエルは小剣を振りかざして飛んだ。その速度は、明らかに先程よりも速くなっている。
アシュケロンもセリシエルの変化を感じ取ったのか、警戒心を剥き出しにして吠える。まっすぐに突っ込んでくるセリシエルを迎え討とうと鎌腕を薙ぎ払うが、彼女は飛行速度を落とさないまま、身体をわずかに傾がせてスレスレで鎌刃をやり過ごし、すれ違いざまにアシュケロンの甲殻の隙間を剣で一閃した。
小さく悲鳴を漏らしたアシュケロンが、背後に回り込んだセリシエルに尾を振るうが、これも見事に回避する。
「《戦具に宿りし火の精》!!」
飛びながらセリシエルは小剣に火系の属性付与魔法を掛けた。俄かにセリシエルの小剣が真っ赤な炎を帯びる。
「えいっ!」
どこか気の抜けた掛け声と共にアシュケロンの背中に肉薄したセリシエルが、火属性の魔力を纏った小剣をアシュケロンの甲殻の隙間に突き刺した。
ギャアアアアアアアアアア!!
絶叫じみた悲鳴を迸らせ、アシュケロンは激しく身を揺すってセリシエルを振り落とす。
「わわっ!」
華奢なセリシエルは容易く振り払われてしまったが、宙に投げ出されつつもすぐさま空中で体勢を立て直した。その直後を狙ってアシュケロンが炎弾を吐き出して来たが――
「当たらなければどうということはないんだよっ!」
ひらり、と難なく躱してしまう。
天使族特有の<飛行>や、素早い身のこなしでまさに縦横無尽に動き回るセリシエルを、大柄なアシュケロンは捕らえることが出来ず、翻弄され続けている。
「凄いね、セリスちゃん」
隣にでセリシエルの戦いぶりを眺めていた結衣が感嘆の言葉を漏らした。
「あの馬鹿!」
だが、慎也は逆に、苦い顔で吐き捨てるように言った。
「どうしたの?」
「確かにセリシエルが押してるように見えるが、決め手に欠けてる。このまま攻撃し続けたとしても、どう考えたってアシュケロンを倒し切る前にセリシエルの方が先に力尽きる」
アシュケロンは全身を強固な甲殻で覆っている。甲殻同士の隙間や関節など、ダメージを与えることの出来る箇所は存在しているが、そのような僅かな隙間を高速飛行を続けながらでは正確に狙うのは困難だ。
実際、アシュケロンのHPは大して減っていない。
「それに、あんなに高速で動かれてたら、こっちから援護出来ない」
セリシエルはアシュケロンの周囲を飛び回りながらヒット&アウェイ戦法に徹しているが、動きが速すぎて下手に助太刀を試みると彼女に攻撃が当たってしまう可能性が高い。
「くそっ」
慎也は静かに毒づいた。
ウィルに言われたことを思い出す。
冒険者の活動の中で特に危険なのは、新たなメンバーをパーティに加えた時だ――
新しいメンバーが増えると、既存のメンバーとの連携などを見直し、新メンバーを加えたものに改善しなければならなくなる。場合によってはそれまでの連携戦闘そのものを根本的に見直さなければならなくなることもある。
故に新メンバーをパーティに加えた直後は、新たな連携行動を構築し、それに慣れるまでの間、弱めの魔物などを狩りながら時間をかけて慣らしていかなければならないのだが、そう言った慣らし期間に突発的に強力な魔物などと遭遇すると、連携行動が未熟故に全滅する危険があるのだ。
(それが、こんな形で現実になるとはな――)
本来ならセリシエルを加えたメンバーによる慣らし運転のつもりで受けた依頼が、こんな事態になり、ここに来て連携行動のまずさが露呈してしまった。
(いや、仮に連携行動がしっかりしていても、あのレベルの怪物には太刀打ちできないか……なら、拙い連携よりも、いっそセリシエルを単独行動させて、オレ、結衣、ユフィアがサポートする方が効果的か)
セリシエルを加えた4人での連携行動には慣れていないが、彼女以外の3人でのチームワークは盤石と言って良い。そして見た所、現段階ではセリシエルは単独戦闘に慣れている感じがする。しかもセリシエルは空を飛べるのに対し、慎也たちは飛ぶことが出来ない。
ならば、無理して4人で戦うよりも、飛行能力を有するセリシエルを1人で戦わせ、他の3人が連携してそれを助ける、という戦い方の方がまだマシだ。
(とにかく、セリスが時間を稼いでくれている間に、どうにか奴に対抗する手を考えないと……)
慎也が思考を切り替え、改めてアシュケロンの対処法を考えていると――
「ねえ、慎也君」
傍らにいた結衣がクイクイと服の袖を引っ張ってきた。
「相手が固いなら、ワイバーンの時と同じ作戦で行くのはどう?」
結衣の提案に慎也は以前、ワイバーンと戦った時のことを思い出した。
あの時も今回と同じく、強固な鱗の前に攻撃が通らずに苦戦を強いられたが、慎也の思い付きで、ユフィアの魔法で動きを封じ、そこへ結衣が<雷魔法>を撃ち込みんでワイバーンが悲鳴を上げた所を慎也の魔法銃で口を撃ち抜いて仕留めた。
「口、か……」
確かにアシュケロンは全身を強固な甲殻で覆われているが、口の中まではその限りでは無いはず。
「でも、私の魔法じゃ、ワイバーンの時みたいに動きを止められません」
ユフィアが申し訳なさそうにそう言った。
ワイバーンの時はユフィアの《封魔の結界牢》が通じたが、アシュケロンはまるで紙切れの様に《封魔の結界牢》を斬り裂いてしまった。
「いまならセリスちゃんが足止めしててくれるから、動きを封じなくても魔法を当てられると思う」
確かにいま、アシュケロンはセリシエルの動きに翻弄され、その場から動けずにいる。このまま彼女が注意を引きつけてくれていれば、労せず魔法を当てられるだろう。
「慎也君はどう? 当てる自信ある?」
「愚問だ」
両手に魔法銃を握って慎也はニヤリ、と自信ありげに笑った。
アシュケロンとの距離はおよそ20メートルほど。
「この距離ならネズミでもヘッドショットを決められる」
しかもワイバーンと比べて遥かに身体が大きい。口のサイズも同様だ。
「よし、結衣の作戦で行くぞ」
慎也が言うと、結衣とユフィアは同時に頷いた。
「なにか思い付いたのか?」
そこへ、イアンとフェルナ、シアーシャもやって来た。
「大した案じゃありませんが、結衣の<雷魔法>を喰らわせて悲鳴を上げさせ、オレの魔法銃で口を狙い撃ちます。以前、ワイバーンを仕留めた時の作戦です」
「なるほど、いくら甲殻が固くとも、口の中なら……」
慎也たちの作戦を聞き、イアンも希望を見つけた表情になった。
「それじゃあ、私たちはなにをしたら良いですか?」
「念の為、遠巻きに奴を包囲していてくれないか。いまはセリスが引きつけてくれているが、もしもの場合、オレたちの方へ近づけないでほしい」
「了解です」
「判った。任せろ」
フェルナの問いに慎也が答えると、彼女と共にイアンも頷いた。それから部下に指示してアシュケロンを遠巻きに包囲させる。
慎也と結衣とユフィアは、そこからやや前方に並んで立つ。
「頼むぞ、結衣」
「任せておいて。新しく覚えた新魔法を見せてあげる」
自信ありげに頷いて、結衣は魔法の詠唱を始める。
「ユフィアは《神秘なる光壁》を<発動待機>でいつでも放てるようにしておいてくれ。万が一奴がこちらに来た場合、飛ばしてぶつけろ。ダメージは与えられなくても足止めにはなる」
「判りました」
頷いて、ユフィアも詠唱に入る。
これまでの経緯から、アシュケロンには<雷魔法>以外の攻撃魔法は効果が薄いことが判る。ならば下手に攻撃するよりも、シールド系の防御魔法をぶつけた方がまだマシだ、と慎也は考えた。
ややあって、まず最初にユフィアが詠唱を終え、<発動待機>状態に入る。一方で、先駆けて呪文を唱え始めた結衣の詠唱はまだ終わらない。基本、魔法は呪文の詠唱が長ければ長いほど効果は強力になる。いま結衣が唱えている魔法は、彼女の使えるものの中でもトップクラスに強力なものなのだ。
3分近く続いた結衣の詠唱がようやく終わり、いつでも魔法を撃てる状態に入る。
「セリス、こっちへ来い!」
それを見計らって慎也は大声で叫んだ。彼の声は戦いに夢中だったセリシエルの耳にも届き、こちらに気付いたセリシエルがアシュケロンから離れ、慎也たちの方へ飛んで来る。それを追って、アシュケロンの頭がこちらを向く。
(よし!)
悲鳴を上げさせて口を狙い討つにしても、アシュケロンが明後日の方を向いていては意味が無い。なので、リスクを承知でアシュケロンの注意をこちらに引きつける必要がある。注意を引きつけていたセリシエルがこちらに来れば、おのずとアシュケロンは慎也たちの方を向かざるを得ない。
「いまだ、結衣!」
「《鮮烈なる雷帝の怒り》!」
雷系上級魔法――
結衣が空に向かって杖を掲げると、その先端から巨大な雷の塊が放出された。先程、アシュケロンが放った雷弾にも匹敵するであろうそれは、杖から放たれ、20メートルほど浮かび上がると、突如として眩い稲妻の奔流となってアシュケロンに襲い掛かった。
グギャアアアアアアアアア!!
これまでで最大級の雷撃を浴びせられ、アシュケロンがかつて無いほどの絶叫を迸らせた。
「喰らえ!」
その瞬間を逃さず、慎也は2丁の魔法銃の引き金を同時に絞った。
拳銃型戦技――ピアッシング・ネイル。
破壊ではなく、貫通に特化した槍の穂先を思わせる形状の魔弾が2発、螺旋を描きながら宙を奔り、感電し、絶叫するアシュケロンの口の中へと飛び込んだ。
絶叫が唐突に途切れ、代わりに大量の鮮血や肉片が吐き出される。衝撃で頭部を思い切り後方へと仰け反らせたアシュケロンの巨体が、地響きを立てて背中から崩れ落ちた。
(やった、か……?)
銃を向けたまま、アシュケロンから視線を外さず、油断無く睨みつける慎也。結衣の雷撃によって生じた電熱で身体を焼かれたのか、あちこちから小さく煙が立ち上っている。魔弾の直撃を受けた口からは大量の血がいまも流れ出していた。
その状態で、ピクリとも動かない。
「ふぅ……」
「ユイさん!」
ユフィアの声で振り返ると、青い顔をした結衣が杖にもたれ掛かるようにして地面に膝を付いていた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか……」
心配そうなユフィアに気丈に答えるが、MPが半分以上減少しており、魔力欠乏症を起こしてしまっているようだ。
「ずいぶん無茶をしたな」
「えへへ。でも、それだけの成果はあったでしょ?」
「まあな」
さっきの《鮮烈なる雷帝の怒り》は、結衣が現在使える唯一の上級魔法であり、攻撃魔法の中でも最大の破壊力を誇っている。だが、当たり前だがその分魔力消費も大きく、一発で結衣の魔力の半分以上を消費してしまう。そうなれば当然、魔力欠乏症を引き起こし、戦うどころか立っていることさえままならなくなる。
1戦に1度しか使えない、伝家の宝刀であると同時に、諸刃の剣でもある。
「死んじゃったー?」
間の抜けた声に慎也が慌てて振り返ると、宙に浮いたままのセリシエルが、倒れたアシュケロンの側へふよふよと寄っていくのが見えた。
「迂闊に近づくな、セリス!」
その時――
まるで慎也の声が合図だったかの様に、力無く横たわっていたアシュケロンの尾が、突如として鞭の様に撓り、セリシエルの横合いから襲い掛かった。
「わぁっ!!」
セリシエルは咄嗟に盾で受けようとして――
「あ――」
――自分の腕に盾が無いことに気付いた。
さきほど、アシュケロンに噛み砕かれてしまったことを思い出した時には、彼女はアシュケロンの尾に直撃され、地面に叩きつけられていた。
「がっ!」
「セリス!!」
「まだ生きてるぞ!」
セリシエルの悲鳴と慎也の声、そして騎士の叫びが重なった。
彼らの視線の先で、アシュケロンがむくりと起き上がり、強烈な憤怒を湛えた雄叫びを迸らせる。口からは相変わらず血が滴っているが、致命傷には至っていない。
「マジかよ!?」
いま、自身が使える技の中で最大級の貫通力を持った魔弾を、無防備な口の中に撃ち込んだにもかかわらず、殺すどころか致命傷すら程遠い傷しか与えられなかった、という事実に、慎也は目眩を覚えるほどのショックを受けた。
だがそれでも、アシュケロンは決して浅くない、手痛い傷を受けたことは確かだ。痛みと、それによって齎される凄まじい怒りが愚かな本能を報復へと突き動かした。
その矛先を真っ先に向けられたのは、地面に倒れたままのセリシエルだった。
「あ、ぐ……」
アシュケロンの尾の直撃と、地面に叩き受けられた衝撃で昏倒したまま立ち上がれずにいる。頭上の<光輪>もいつの間にか消滅していた。
それを目敏く見つけたアシュケロンは、前肢を伸ばしてセリシエルの華奢な身体を掴み上げる。
「あ――」
抵抗する間も無く持ち上げられたセリシエルの眼前に、鮮血を滴らせた巨大な咢が――死が迫ってきた。
――盾を投げる奴があるか! なに考えてるんだ!?
慎也の言葉が走馬燈のようにセリシエルの脳裏を過った。
あの時、盾を投げなければ――仲間たちの忠告をちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
(ごめんなさい……)
もはや避けようがない最期を前に、セリシエルは心の底から詫びた。
そして――
(ありがとう……)
記憶の無い自分に最後まで良くしてくれた慎也たちに感謝し、目を閉じた。
だが――
「セリスッ!」
すぐ側から聞こえてきた声が、彼女の意識を現実に引き戻した。
開いた視界に、文字通り飛び込んで来たのは、魔力を帯びた刀を振りかざした慎也の姿。
仲間の――セリスの危機によってユニークスキルである<勇敢なる心>が発動し、無意識のうちに上昇した身体能力で持ってアシュケロンに肉薄するや、今まさにセリシエルに喰らい付かんとしていたその口の中に刀を突き立てる。
ギャアア!!
ただでさえ、魔弾の直撃を受けて傷ついてい口内にさらに刃を突き刺されてアシュケロンが悲鳴を漏らして頭を仰け反らせた。その隙を見逃さず、慎也はアシュケロンの歯茎に刺さった刀から手を放し、セリシエルを捉えている前肢の上に着地するや、指の関節部に至近距離から魔弾を叩き込む。
関節を破壊されたアシュケロンの指がちぎれ飛び、セリシエルを掴む拘束が緩んだ。
だが、その時すでに、アシュケロンは口を刺されたショックから立ち直り、怒りを湛えた目で慎也の姿を捉えていた。
「くそっ!」
焦燥感に駆られながらも空いた手でセリシエルの肩を掴み上げ、強引にアシュケロンの手から引きずり出す。
だが次の瞬間、もう1本の前肢が慎也の足を掴んだ。
再びアシュケロンの牙が迫ってくる。
「逃げろっ!」
「え――?」
間に合わない、と悟った慎也は、力任せにセリシエルを投げ飛ばした。
次の瞬間、アシュケロンの牙が、慎也の身体を食い破った。




