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異界の刀銃使い  作者: 太公望姜子牙
天使の章
104/135

第99話 優しくない現実に集中しろ

魔法にも色々と性質の違いがあるのです('◇')ゞ

「えーっと、この後どうすれば良いのかな?」


 空を飛びながらセリシエルは悩んでいた。

 イアンに「怪物を村から引き離せ」と言われた際、彼女は真っ先に動いた。怪物が村の中で暴れたらルピィたちが死んでしまうかもしれない、と思ったので、躊躇い無くアシュケロンを攻撃し、無事に注意を引いて村から引き離したは良いものの、その後のことはまったく考えていなかったのだ。


「あうう、怖い顔で追いかけてこないで欲しいんだよ!」


 眼下では、アシュケロンが木々を薙ぎ倒しながらセリシエルの後を追って来ていた。空を飛んでいるのでいまの所は大丈夫だが、このままどこへ向かえば良いのか、セリシエルには見当もつかない。


「そもそも、今回は私の冒険者としての初仕事だったんだよ。あんな怪獣みたいなのが出てくるなんて、幸先が悪いんだよ~」


 ブツブツと文句を言いつつ飛び続けていると、不意に背後から迫るアシュケロンの足音が途絶えたのに気付いた。


「ほえ?」


 不思議に思って振り返ってみると、やや離れた場所でアシュケロンが立ち止まっていた。


「あれ、諦めたのかな?」


 そんな淡い希望の混じった疑問は直後に消え去った。

 アシュケロンはその場で身を屈めると、背甲を展開して内部に格納されていた翅を広げていた。翅の数は大小1対の計4枚。それを交互に羽ばたかせ始める。その速度は鳥や翼竜の比では無く、たちまち肉眼でも捉えられないほどの速さで羽ばたかせ、全身を甲殻で覆われたアシュケロンの巨体を宙に浮かび上がらせた。

 そしてそのまま、物凄い速さでセリシエルに向かって飛翔してくる。


「そ、そんなのズルいんだよ! 空を飛ぶなんて反則なんだよー!!」


 自分が同じことをしているのを棚に上げてセリシエルが喚く。が、もちろんアシュケロンにそんな言葉は通じない。


「わぅっ!」


 猛スピードでセリシエルに迫ってきたアシュケロンが、すれ違いざまに鎌腕を振るうが、彼女は間一髪で上空へ逃げて回避した。


 勢いよく通り過ぎたアシュケロンは、すぐに方向転換してセリシエルの後を追いかけて来る。


「そんな飛び方じゃ、私は捕まえられないんだよ!」


 が、セリシエルは小柄な身体を生かし、小刻みな方向転換や急停止、急加速を繰り返してアシュケロンを全く寄せ付けなかった。

 セリシエルとアシュケロンは共に<飛行>スキルを有しているものの、セリシエルの<飛行>スキルのレベルが597なのに対し、アシュケロンは397しかない。200レベルの差は大きく、アシュケロンはセリシエルをまったく捕らえられずにいた。


「セリス!」


 真下から自分を呼ぶ声に視線を下ろすと、暗がりの中、地上で手を振る慎也の姿が見えた。近くには結衣、ユフィア、フェルナ、シアーシャの姿もある。


「こっちへ来い!」

「りょ、了解なんだよ!」


 慎也に言われるがままにセリシエルは方向転換し、まっすぐ慎也たちのいる方向目指して降下した。当然、アシュケロンもその後を追ってくる。


 慎也たちがいるのは、ケミナ村からやや南に下った場所にある川の岸辺だった。

 川の幅はおおよそ100メートルほど。それだけの広さがあるにも拘らず水深は比較的浅く、せいぜい大人の腰ほどの深さしかない。さらに水が流れている範囲も狭く、川幅に比べて流域面積はその3分の1くらいしかない。

 ここなら十二分に戦える。


「くそったれがっ」


 ワイバーンを上回る巨体を有していながら空を飛びまわるアシュケロンに、慎也は忌々し気に悪態を吐いた。

 これまでも何度か空を飛ぶ相手と戦ったことはあったが、アシュケロンほどの巨体とレベルを有する飛行生物と戦うのは初めての経験だ。


(ここでオレたちが逃げだせば、奴は嬉々としてケミナ村を初めとした集落を襲撃するだろう)


 無辜の人間が犠牲になるという事態は絶対に許容できない。冒険者としても。1人の人間としても――


(かと言って、あれほどの怪物相手にオレたちだけで太刀打ちできるか?)


 自問するが、いくら考えても“否”以外の答えは返ってこない。

 自分たちのレベルが概ね30前後なのに対して、アシュケロンのレベルは48。スキルレベルも馬鹿みたいに高い。あのクラスの魔物と戦うには、先日のゴブリン・エンペラーの時のように数十人のレイド・パーティを組まなければ抗しきれないだろう。

 だが、現在この場にいるメンバーは騎士たちを含めても30人に届かない上、アシュケロンは明らかにゴブリン・エンペラーよりも強いと来ている。


(最悪だ、くそったれめっ!!)


 こんなものを解き放ってくれたベルカ復権派――《ミズガルズ》の者たちに呪詛にも似た恨みを抱きながら、慎也は魔法を発動させた。


 自身が最も得意とする物理系魔法――《見えざる手(アステロイド)》。

 右手を近くにあった人間大の大岩にかざすや、念力で重さ数百キロにも達する岩塊を持ち上げた。


 そして、上空――まっすぐこちらに向かって来るセリシエルの背後に迫るアシュケロンを睨みつける。


「セリス、避けろ!」


 言い放つと同時に慎也は右手を大きく振るった。それに合わせて、持ち上げられた岩塊が物凄い速さでアシュケロン目掛けて飛んでいく。

 慎也のいる位置からアシュケロンに至るその直線上には当然セリシエルもいる訳で――


「わぁっ!!」


 びっくりして悲鳴を上げながらも、セリシエルは素早くコースチェンジして岩塊の弾道から退避した。アシュケロンから見れば、追いかけていたセリシエルがいきなり眼前から消え、代わりにもの凄いスピードで迫りくる岩塊が飛び込んできたように見えただろう。意図せずして不意打ちになる形となったわけだ。

 セリシエルを追いかけるのに夢中になるあまり、飛ぶ勢いの付き過ぎていたアシュケロンは、岩に気付いた時にはもはや回避できない距離とタイミングだった。

 アシュケロンは驚愕しながらも、迎撃せんと迫りくる岩塊に対して鎌腕を振り下ろした。


「あまいっ!」


 だが、当然慎也はそれを読んでいた。

 岩塊を操作している右手を左に振るうと、一直線にアシュケロン目掛けて飛んでいた岩塊が突如として90度近い角度で左へ方向転換した。魔球もかくやと思える急カーブに、当然ながらアシュケロンの鎌腕は標的を捉えられず空振りに逸した。

 そして、岩塊はそのまま大きく弧を描くようにして、背後からアシュケロンを強襲する。


 ギャアッ!!


 為す術も無く背中に岩塊の直撃を受けたアシュケロンが空中で大きくバランスを崩し、錐もみ状態で落下。川の中へ転落して激しい水飛沫を上げる。が、川と言っても先程説明したように大した深さは無いので、超重巨体を有するアシュケロンは川底にもろに身体を打ち付ける羽目になった。


「おまけだこの野郎っ!」


 さらに慎也は、アシュケロンを直撃した岩塊をそのまま真下に急降下させた。勢いのまま落下してきた岩塊は、川の中で起き上がろうとしていたアシュケロンの頭部をまともに直撃した。


 ばぎゃん、という凄まじい衝突音と共に岩塊は粉々に砕け散り、今度は悲鳴さえ上げられずにアシュケロンは再び水中に没した。


「うわっ……」

「あれは痛いわね」


 その光景を見ていた結衣とシアーシャが顔を顰め、イフィアとフェルナも絶句している。


「ひどいんだよ、シンヤ!」


 そこへセリシエルが戻って来た。


「もうちょっとで私に当たるところだったんだよ!」


 どうやら、慎也が自分目掛けて岩を飛ばしたことを批難しているらしい。


「避けろ、って言ったろ?」

「い、言ったけど、そう言う問題じゃないと思うんだよ! シンヤはもうちょっと、私に優しくするべきだと思うんだよ!」

「ああ、判った判った」


 面倒くさくなったのか、セリシエルの頭をポンポンと叩きながら慎也は投げやりに言った。


「話は後だ。いまは目の前の――優しくない現実に集中しろ」


 そう言う慎也の視線の先で、岩塊の直撃を受けて川の中に没していたアシュケロンがゆっくりと起き上がってきた。


「うそ……」

「あれを受けて、ほとんどダメージを受けてないなんて……」


 フェルナが口を押えて戦き、ユフィアは震える手でぎゅっと杖を握った。


 猛スピードで飛んで来た、重さ数百キロの岩塊に2度に渡って直撃されたにも関わらず、しかも2度目に至っては真上から頭頂部をまともに捉えたというのに、アシュケロンのHPはさほど減っていなかった。

 それどころか、烈火の如き憤怒を宿した目で慎也たちを睨みつけて来る。


「シンヤ、無事か?」


 その時になって、イアンを初めとした騎士たちも追いついて来た。


「いまの所は無事です。いまの所は」

「そうみたいだな。それで、なにか奴に対抗できるような作戦とかは無いのか?」

「それはこっちが聞きたいですよ」


 正直な話、慎也もイアンも、アシュケロンにまったく勝てる気がしない、というのが本音だった。それでも敵前逃亡という選択肢を選ばなかったのは、冒険者としての、騎士としての矜持なのだろう。


 そんな彼らの憂鬱をあざ笑うかのように、アシュケロンが再び背甲を展開して翅を広げる。


「また飛ぶ気か?」

「そしたらもう1回岩をかましてやりますよ」


 顔を顰めるイアンに、慎也はアシュケロンから、目を反らすことなくそう言った。幸いここは河原なので、岩の類は山ほどある。

 だが、アシュケロンは翅を羽ばたかせるものの、何故かいっこうに飛び立とうとしない。川のど真ん中に突っ立ったまま、ひたすら翅だけを高速で羽ばたかせ続けている。


「なにをしてるんでしょう?」

「さあ? 翅が濡れて飛べないとか?」


 アシュケロンの意味不明な行動に首を傾げるユフィアに、同じく首を傾げながら結衣が言った。

 そうしている間にもアシュケロンの翅の動きはますます勢いを増し、空を飛ぶ時よりも勢いを増していた。

 やがてアシュケロンの周囲の水面にさざ波が立ち始めた。


 ――……ィィィィイイイイイイいいイイイイイ!!!!


「ぐあっ!」

「なに、この音!?」


 突如として耳を劈くような甲高い音が夜の静寂を引き裂いた。それは容赦無く慎也たちの鼓膜を苛み、その場にいた全員があまりの音量に耐えきれなくなって耳を押えるが、それでもなお、怪音波は周辺の空気を激しく振動させ、慎也たちの耳を苛んだ。


「<高周波>か!」


 ようやく慎也は音の正体に気付いた。

 アシュケロンのスキルの中に<高周波>というものが存在していた。恐らく2対の翅を互いにすり合わせて超音波を発生させているのだ。


 怪音波と言うのは非常に凶悪な攻撃方法だ。自身を中心とした、広範囲に渡る無差別攻撃。しかも攻撃させる側には防ぐ術が無い。頑強な鎧や盾、《神秘なる光壁(セイント・ウォール)》のような防御魔法も、音――空気の振動までは防ぐことが出来ない。


「――!!」

「――ッ!! ――ッ!?」


 仲間たちの悲鳴すら、アシュケロンの<高周波>によってかき消されて慎也の耳には届かなくなった。


(やばい、このままじゃ――)


 意識が遠退き、暗くなりかけた視界の片隅で、結衣が片手で耳を抑え、歯を食いしばって怪音波に耐えながら杖をアシュケロンの方へ向けるのが見えた。


「《降雷(ブリッツ)》!!」


<高周波>に書きかき消されて結衣の声は聞こえなかったが、唇の動きで慎也は結衣が唱えた魔法の正体を知ることが出来た。

 夜空に浮かび上がるようにして魔法陣が現れ、そこから降り注いだ一条の稲妻がアシュケロンの頭上を直撃した。


 ギャアアアアアアアアアア!!


 雷撃を浴びたアシュケロンが絶叫し、同時に翅の動きが止んで<高周波>が途絶えた。

 本来であれば雷系の初級魔法である《降雷(ブリッツ)》では、防御力の高いアシュケロンに大したダメージは与えられなかっただろうが、場所が川の中だった上にアシュケロンの全身が濡れていたことが幸いして雷の伝導率が高まった結果、通常以上にダメージを与えられたようだ。


「音が、止んだ……?」

「し、死ぬかと思ったんだよ……」


 フェルナとセリシエルも<高周波>攻撃から解放され、その場にへたり込んでいた。


「助かったよ、結衣」

「ど、どういたしまし、て……」


 みんなを救った結衣だったが、本人もかなりきつかったらしく、目の焦点が合わずにフラフラしている。

 ひとまず一難凌いだが、まだ終わった訳ではない。


 キシャアアアアアアア!!


 落雷を浴びたアシュケロンがひと際大きい雄叫びを迸らせ、水飛沫を上げながらこちらに向かって猛然と突進してきた。


「よくもやってくれたな、カマキリ恐竜が!!」


 慎也もアシュケロンに負けじと怒声を発し、愛刀イクサを振りかざし――


「《戦具に宿りし雷の精サンダー・エンチャント》!!」


 刀身に雷系の属性付与を施した。

 俄かにバチバチと言う音を発して紫色のプラズマがイクサに纏わり付く。

 慎也は水辺まで走ると、雷を帯びた刀を水の中に突っ込んだ。途端、刀に纏わりついていた雷系の魔力が水の中へ放電され、いまだ川の中にいたアシュケロンが感電し、再度悲鳴を上げた。


「《聖なる光弾ホーリー・ボール》」

「《純光の閃弾ライト・ボール》」


 川の中で動きを止めたアシュケロンに、川岸からユフィアの神聖魔法が、上空からセリシエルの光魔法の光弾の群れが放たれる。


 神聖魔法と光魔法。


 一見同じに聞こえるが、実はまったく別物だ。


 神聖魔法は、聖なる力を操る魔法。それ故にアンデッドや悪魔系の魔物に絶大な効果を発揮する。

 対して光魔法は、純粋に光を用いた魔法。

 例えば、光を屈折させて幻を見せたり、光学迷彩の様に透明化したり、あるいは光を収束させて高熱を発生させたりすることが出来る。


 故に2人が放った魔法の内、ユフィアが放った《聖なる光弾ホーリー・ボール》は神聖力の凝縮された弾であるのに対し、セリシエルが放った《純光の閃弾ライト・ボール》は光と熱を凝縮して形成された、いわば光熱弾だ。


 2人の放った光弾の群れがアシュケロンの巨体に殺到し、次々に炸裂していく。


 聖と光の度重なる爆烈に夜闇が吹き飛ばされ、まるで昼間の様に周囲が明るくなった。だが、やがて光爆が収まると、そこには攻撃される前となんら変わった様子の無いアシュケロンが平然と立っているだけだった。


「全然効いてないし……」


 暗闇でもわかるくらい顔色を青くしたシアーシャが呻くように言った。


「雷みたいに物質を伝導するタイプの攻撃はある程度効くけど、外部から衝撃を与えるタイプの攻撃はほとんど効かないみたいね」


 相棒とは打って変わってフェルナが冷静に分析した。


 確かに、結衣や慎也の雷系魔法はダメージを与えられたのに対し、ユフィアとセリシエルの神聖魔法と光魔法はほとんど効いた様子が無い。

 この違いは、それぞれの攻撃の性質による差異だろう。


 雷――電流は物質を伝ってその内部にまで伝わる。それが固かろうが柔らかだろうが関係無くだ。無論、ゴムのような絶縁体には効果が無いが。

 対してユフィアとセリシエルの放った《聖なる光弾ホーリー・ボール》と《純光の閃弾ライト・ボール》は、属性の違いこそあれ、どちらも“凝縮した魔力の塊を外部に叩きつけてダメージを与える”というものだ。


 故に雷系の魔法は、アシュケロンの甲殻の強度に関係無く伝導し、内部――内臓にまでダメージをもたらすが、後者は外部で炸裂する為、甲殻の防御力に阻まれてダメージが与えられないようだ。


「そうなると、あたしたちほとんど歯が立たないんですけど?」


 事実を知ったシアーシャが、青い顔をさらに蒼白にして呟いた。


 つまり、アシュケロンには物理攻撃がほとんど通じない、ということだ。さらに魔法攻撃も、雷系のような物質強度を無視するタイプのもの以外は効きにくい。


 いまこの場にいる者の中で、魔法が使えるのは慎也パーティのメンバー――慎也、結衣、ユフィア、セリシエルの4人だけ。しかもその中で雷系魔法を使用できるのは慎也と結衣の2名のみ。

 それ以外の者たちは、<闘気>を用いた物理攻撃が主体の戦い方しか出来ない。


 物理防御力が非常に高いアシュケロンとは極めて相性が悪い、と言うことだ。


 フェルナや慎也がそうしたように甲殻の隙間を狙えばダメージは与えられるだろうが、口で言うほど簡単に出来ることではない。

 さらにレベル差に加え、向こうは空まで飛べる上、<再生>能力まで持っている。


「どうしろ、って言うんだよ……」


 まったく勝算の見出せない状況に、慎也は絶望的に呻いた。


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