第98話 あれはいったいなんだ?
つまりバイオハザードなのです( ;´Д`)
(速い!)
その巨体や重厚そうな甲殻に覆われた身体からは想像も出来ない速さで、アシュケロンは慎也たち目掛けて猛スピードで迫って来た。Tレックスを思わせる肉体構造からある程度予想していたが、少なくとも走る速度だけなら慎也のそれよりも上だ。
内心で舌打ちしつつも、慎也は両手で結衣とユフィアを抱えてその場から飛び退る。一瞬前まで3人がいた空間をアシュケロンの大鎌が斬り裂いた。的を外した鎌はそのまま地面に突き刺さり、それでも勢いは衰えず、地面に20メートル近くに渡って深い亀裂を生じさせる。
「なんて切れ味だ!」
「ひえぇ!」
地面を斬り裂いたアシュケロンの大鎌のあまりの切れ味に、慎也と結衣が揃って顔面蒼白となった。
「このっ!」
慎也たちに注意を向けたアシュケロンの背後から、再びシアーシャが闘気を込めた矢を放った。だが、やはり先程と同じくアシュケロンの頑強な甲殻に容易く弾かれてしまう。無論、HPはまったく減っていない。
「固すぎ! どうしろって言うのよ!?」
「物理攻撃でダメなら、魔法で攻めるんだよ!」
呻くシアーシャの背後から、セリシエルが《光閃》を放つ。だが、レーザーの如きセリシエルの光魔法すら、アシュケロンの甲殻を貫くことが出来ず、表面をわずかに焦がしただけで終わった。
「あわわ、全然効いてないんだよ!」
慌てるセリシエルに反応してアシュケロンが彼女の方を向く。次の瞬間、口を大きく開いたかと思うと、アシュケロンの口内に炎が溢れ出し、人間大の火球となって放たれた。
「わーっ!」
悲鳴を上げながらもセリシエルは翼を羽ばたかせて間一髪で空中へと逃れた。炎弾は一瞬前まで彼女が立っていた地面に炸裂し、盛大に爆発する。結衣の《爆火の炎矢》並みの破壊力だ。
「魔法!?<火魔法>を使ったぞ!?」
イアンが驚愕を露わに叫んだ。
「<火魔法>だけじゃないです。他にも<氷魔法>と<雷魔法>、あと<闘気>も使えるっぽいです」
「そう言うことは先に言え!」
慎也たちと違って、イアンには魔物のステータスやスキル構成を見る術が無い。そう言う意味では、盗視の指輪は相当利便性の高い道具と言える。
上空へ逃れたセリシエルに、再度炎弾を放とうとアシュケロンが咢を開く。
「《封魔の結界牢》」
その周囲を、突如として現れた光の格子が覆った。
「そうはさせません!」
杖を掲げたユフィアが声を張り上げた。
「皆さん、いまの内に――」
自分がアシュケロンを閉じ込めて時間を稼いでいる間に体勢を整えて欲しい、とユフィアは言おうとしたが、残念ながら彼女の結界牢は、自身の言葉を言い終える時間すら稼げなかった。
しゃこん――
文字にすればそのような音を立ててユフィアの結界牢が内側から両断され、次の瞬間には光の粒子と化して霧散した。
「え?」
夢想だにしていなかった事態に、ユフィアは一瞬、現実を忘れて、呆けたような間の抜けた声を漏らした。
ユフィアの《封魔の結界牢》が、一撃で、それこそ紙の様に両断されてしまったのだ。
「冗談じゃないぞ……」
これには慎也も絶句するしかなかった。
共にパーティを組んで魔物退治に勤しんできた2年間に、慎也も何度となくユフィアの《封魔の結界牢》によって救われてきた。どんな魔物でも、1度《封魔の結界牢》に閉じ込められたら、最低でも数十秒は脱出することが出来ず、その間に慎也たちは体勢を立て直したり、或いは格子の隙間から魔物を攻撃したりして難を逃れ、助けられてきた経験があった。
ある意味、自分たちの手札の中で、最も信頼のおける切り札の1つだっただけに、それが一瞬で破壊されるという光景は、慎也にかつて無いほどの衝撃をもたらした。
アシュケロンが、ぎろり、とユフィアの方を向く。
「《爆火の炎矢》!」
そこへ、真っ赤な灼光を湛えた矢が、横合いからアシュケロンに突き刺さり、立て続けに炸裂。爆炎がアシュケロンの巨体を飲み込んだ。
「<火魔法>が使えるのは、こっちだって同じだよ!」
《爆火の炎矢》を撃ち込んだ結衣が得意気に宣言するが、次の瞬間には凍り付くこととなった。
爆炎が晴れ、姿を現したアシュケロンがまったくの無傷だったからだ。
「うそ……」
「かかれぇ!!」
呆然とした結衣の呟きを掻き消すようにイアンが大声を張り上げると、それを合図に20人余りの騎士たちがアシュケロンに躍りかかった。
全方位から迫りくる騎士たちに対し、アシュケロンは身体を翻し、尾を薙ぎ払うようにして振るう。だが、さすがイアンが選りすぐって連れて来た騎士だけあって、彼らはその場からジャンプしたり、身を屈めるなどして全員が難なく回避する。その間に間合いを詰めた騎士たちが次々とアシュケロンの身体に斬りつけていく。
「固っ!」
「ダメだ、剣が通らない!」
だが、そのいずれもアシュケロンの頑強な甲殻に阻まれ、甲高い金属音や火花を散らせて弾かれてしまう。
さらにそこへ追い打ちを掛けるがごとく、アシュケロンが再び尾を振り回した。先ほどと同じく、咄嗟に回避した者もいるが、攻撃を弾かれた直後の、一時的な精神的ショックに見舞われた隙を狙われた何人かが避けきれず、薙ぎ払われてしまう。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!!」
頑強な鎧を着こんだ騎士が3人ほど、ゴミの様に空中に弾き飛ばされた後、激しく地面に叩きつけられた。1人はなんとか受け身を取ったらしく、剣を杖にしながらどうにか起き上がるが、残り2人の内、1人は呻き声を上げながら立ち上がることが出来ず、もう1人に至っては完全に意識を失っているらしくピクリとも動かない。
無論、そんな仕留め安そうな獲物をアシュケロンが見逃すはずも無く、倒れたままの騎士たち向かって真上から鎌腕を振り下ろす。
「くそっ!」
部下を助けようと、咄嗟にイアンが飛び出した。
瞬時にアシュケロンの鎌腕の下に回り込み、闘気を込めた剣で鎌刃を受け止める。
「がっ!」
まるで巨岩でも受けたかのような途方も無い衝撃。さらに鎌は止まらず、剣を圧し潰すようにしてイアンの眼前に迫り――
がきんっ!
その時、魔力の光を曳く刃が横合いから鎌腕に命中した。衝撃音と共に鎌腕の軌道が逸れ、イアンの真横の地面に突き立てられる。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
イアンを救ったのは慎也だった。彼の問いに、イアンは痺れる腕を抑えながら頷いた。
アシュケロンが、今度は反対側の鎌腕を振り上げる。だがそれより早く、慎也は魔法銃で立て続けにアシュケロンの顔目掛けて魔弾を発射した。ただの魔弾では甲殻を貫けないことは承知済みだが、顔面の――両目付近に続けて着弾すると、アシュケロンは呻き声を上げて攻撃を中断し、前脚で顔を庇いながら背けて後退した。明らかに嫌がっている。
その間にアシュケロンの背後から忍び寄る影があった。
フェルナだ。
彼女は軽快な身のこなしでアシュケロンの背中に取り付くや――
「いくら甲殻が固くとも――!!」
愛槍を頭上で旋回させ、勢いと闘気を乗せた穂先をアシュケロンの背中――甲殻同士の僅かな隙間に突き立てる。
ギャアアア!!
悲鳴を上げてアシュケロンが大きく仰け反った。この戦で初めてアシュケロンがダメージを受け、HPがわずかに減少した。
「きゃあっ!」
巨体を激しく揺さぶって背に取り付いたフェルナを振り落とす。宙に投げ出されたフェルナは、辛うじてバランスを立て直して無事に地面に着地することが出来たが、そんな彼女に、怒りに満ちたアシュケロンの凝視が突き刺さる。
(なるほど、甲殻の隙間、か)
結果、アシュケロンは眼前にいた慎也から注意を逸らすという愚を犯してしまう。無論、慎也がそれを見逃すはずが無い。
<魔力操作>によって両足に魔力を掻き集め、限界まで強化した跳躍力を持ってジャンプ。直後にアシュケロンが気付いたが、もう遅い。
狙いはアシュケロンの最大の武器と目される鎌腕。その関節目掛け、すれ違いざまにイクサを一閃する。
グギャアアアアアアア!!
狙いは寸分違わず、慎也の刃は鎌腕の関節に吸い込まれ、一息に関節部を切断した。アシュケロンの絶叫と共に半ばで切断された鎌腕が回転しながら宙を舞い、鎌先から地面に突き刺さる。
「やったぞっ!」
頑強な甲殻に覆われたアシュケロンに無視できないダメージを与えたことで、騎士たちから歓声が上がった。
(いける。甲殻はとんでもなく固いが、隙間や関節は脆い!)
空中で身を翻した慎也は、身体を捻ってアシュケロンからやや離れた場所に着地した。
(これで鎌腕は残り1本。後は――)
改めてアシュケロンを視界に納めた慎也は、そこで凍り付いた。
たったいま自身が断ち斬ったアシュケロンの鎌腕――その傷口から毒々しい深緑色の体液が噴き出したかと思うと、それに導かれるようにして新たな鎌腕が生えてきたのだ。
「くそっ、<再生>か!?」
アシュケロンのスキルの中に<再生>というものが存在していたのを思い出し、慎也は毒づいた。レベルも566とかなり高い。どうやら腕を斬り落とされたくらいではすぐに生えてくるらしい。
(けどHPは回復していない。あくまで失った腕を復元するだけであって、ダメージを回復させるスキルではない、ということか)
鎌腕を再生させた後も、アシュケロンのHPが減ったままなのを冷静に見ながら慎也は確信する。どうやら<再生>スキルは“失った体の一部を復活させる”スキルであって、HPを回復させることは出来ないらしい。
「充分過ぎるほど厄介だけどな!」
吐き捨てるように言いながら刀を構えなおす。
そこへ、間髪入れず、アシュケロンが再生したばかりの鎌腕を慎也目掛けて振り下ろして来た。バックジャンプで慎也が難なく回避すると、アシュケロンは苛立たし気な呻き声を発した。
確かにアシュケロンの鎌腕は驚異的な攻撃力を誇っているが、人間相手だと体格差があり過ぎてどうしても頭上から振り下ろすことしか出来ないのだ。
(読みやすいから回避するのは難しくないが、如何せん、防御が固すぎて有効打を与えられない)
このままだとジリ貧状態になるのは目に見えている。
どうにか対抗策を見つけ出さないと勝ち目はない。
キシャアアアアアアア!!
再びアシュケロンが咆哮を迸らせる。すると、アシュケロンの頭上に巨大な光球が出現した。まるで雷――あるいは電気エネルギーを凝縮したかのような、プラズマの塊。見ただけでその威力が知れた。
「やっべ!!」
<危機感知>の命じるままに慎也は<閃駆>を用い、全速力でその場から飛び退った。
一瞬後、慎也が立っていた地面に雷球が炸裂し、凄まじい轟音を立てて辺り一面にプラズマエネルギーが迸る。
直撃を逃れた慎也だったが、強烈な静電気によって身体のあちこちに小さな痛みが生じたのを感じた。
さらに悪いことに、近くにあった樹木が帯電し、それが木の葉に引火して激しく炎上し始めた。
「やばいよっ! 火事だよ!?」
慌てふためくシアーシャの声が聞こえる。
「結衣!」
「《凍てつく吹雪》!」
慎也に言われる前に結衣は詠唱を終えていた。
彼女の杖の先から放たれた冷気の渦が、巨大な松明と化した樹木を包み込み、瞬時にして炎を消し去り、そのまま樹氷に変えてしまった。
「ここで戦ってはまずい。奴を村から引き離すんだ!」
イアンが怒鳴るように命令を飛ばした。
そもそもこの場所はケミナ村のど真ん中なのだ。こんな場所で、これほどの破壊力を秘めた怪物と戦っていたら村の壊滅は必至。スアード伯爵領やその民を守る職務を任された騎士であるイアンとしては、それだけは絶対に避けなければならない事態だ。
「私に任せてほしいんだよ!」
<雷魔法>を放った直後のアシュケロンの首筋に、頭上から放たれた《光閃》が直撃した。もちろん、空中にいたセリシエルが放ったものだ。先程と同様、甲殻をわずかに焦がしただけだったが、それでもアシュケロンの注意を惹くことには成功したようだ。
「私が相手なんだよ!」
再度セリシエルが《光閃》を放つと、アシュケロンは鎌腕を盾にしてそれを弾いた。
「こっちに来るんだよ!」
さらにしつこく《光閃》を撃ち続けると、さすがに鬱陶しくなったのか、アシュケロンが怒りの咆哮を上げてセリシエルを追いかけ始めた。
首尾良くヘイトを稼いでタゲを取ることに成功したセリシエルは、アシュケロンを引きつけたまま街道の方へと飛んでいく。アシュケロンは木々を薙ぎ倒してその後を追いかける。
「よし、良いぞ!」
上手くアシュケロンを村から引き離してくれたセリシエルに、安堵の息を吐くと同時にイアンは称賛した。
「追うぞ!」
「判りました!」
「了解です!」
その後を、慎也たちが追いかける。
「団長、我々は……」
「負傷者と手当の者以外は後を追え。私もすぐに追いかける!」
「了解!」
先ほどアシュケロンに尾で薙ぎ払われた3人の騎士と、それを治療する為に残った魔法使いを除いた騎士たちが慎也たちの後を追う。本当ならイアン自身もすぐに行きたかったが、その前にやらなければならないことがあった。
「おい、そろそろ寝たふりは止めたらどうだ?」
冷たい声で語りかけたのは、拘束具で縛られたまま地面に転がされていた黒装束――ボルトとモークだった。
「……バレてタ?」
そう言って頭をもたげたのはモークだった。さっきまで気絶していたはずだが、いつの間にか意識を取り戻していたらしい。
「これでも騎士団長なんだ。本当に意識の無い者と、意識の無い振りをしている者くらい一目で判る」
言いながらボルドの方へと目を向ける。こちらは反応が無く、本当に意識が無いようだ。
「さて、質問だ」
抜き身の剣先をモークの首筋に突き付けて、イアンは暗い声で尋ねた。
「あれはいったいなんだ?」
「あれっテ?」
「さっきの怪物のことだ!? 貴様の仲間――ナヴェットと言ったか?――が言うには、あのアシュケロンとかいう怪物は貴様ら《ミズガルズ》が造り出したそうだな? 当然、貴様はあの怪物に付いてなにか知っているはずだ! それをすべて話せ、いますぐに!」
「……もしも答えられなかったラ?」
相変わらずお道化た様な調子で聞き返して来たモークに、苛立ちをにじませながらもイアンは務めて冷静に言った。
「……捕虜は1人いれば充分だ」
要は、答えなければ殺す、と言うことだ。
「まあ、オイラは下っ端だから詳しくは聞かされてないんだけどサ――」
脅しに屈したのか、それとも隠す気がさらさら無いのか、モークはあっさりと喋り出した。
「オレらはあの怪物を回収する為にこまで来たんだヨ」
「回収? あんな怪物を、どうやって回収するつもりだ?」
「いや、オイラたちもあそこまで成長してるとは思ってなかったヨ」
「……どういう意味だ。最初から詳しく話せ」
イアンが威圧感の増した声で問い詰めると、モークは縛られたまま器用に肩を竦ませて言った。
「オイラは良く知らないんだけどさ、あのアシュケロンって化けもんは、《ミズガルズ》の研究所から盗まれたもんなんだヨ」
「盗まれた、だと?」
「そう。どうも組織内に裏切り者がいて、そいつが研究所から実験用の魔獣アシュケロンの蛹を盗み出したらしいんだヨ。蛹は特殊な魔術溶液に満たされた壺に封印されていて、その壺ごと持ち出されたんだト」
壺、と聞いて、イアンはさっき慎也から聞いた話を思い出した。
こいつらの狙いは壺だった――
それが見当たらなくて焦っていた――
「上の連中は大慌てサ。で、八方手を尽くして調べた結果、どうも盗んだ奴が、どっかに売り捌く為に密輸業者に持ち込んだらしいことが判ってネ。すぐにその業者のアジトに踏み込んだんだけど、時すでに遅しで、馬車で輸送された後だっタ。んで、連中から、ヴァードナー王国の裏組織に武器と一緒に売り渡す手筈だという情報を聞き出しタ。輸送ルートを調べると、壺を乗せた馬車はヴァードナー王国へ向かう途中、スアード領のキアナの街を経由するらしいんで、オレらが先回りして待ち伏せてたんだヨ」
ヴァードナー王国はヤマト王国の隣国だ。
「ホントなら、人気の無い山間部に差し掛かったところで闇討ちして壺を回収するつもりだったんだけど、いつまで待っても一向に現れなイ。おかしいと思って調べたら、オレらが襲う前に盗賊に襲われて荷ごと掻っ攫われちまったらしくてネ。運の無い奴らサ。まあ、オレらはもっと運が無かったけどナ。襲った盗賊のアジトを見つけた時には、既に冒険者に討伐されて、盗賊どもは皆殺シ。奪われた荷はもぬけの殻。アジトは瓦礫の山。で、当然、奪われた壺は討伐した冒険者が持ち去ったんだろう、って思って、冒険者ギルドを襲って討伐依頼を受けた奴らを探し出し、今度こそ壺を奪取するはずガ、そもそも持ってなかった挙句、返り討ちにされてこの様。おまけにアシュケロンがこの場に現れた、ってことは、とっくの昔に壺は割れてた、ってことダ。たぶん、盗賊に襲われた時に割れたんだろうナ。ホントについてねーヨ」
モークは疲れた様にため息を付いた。
確かにいま話したことが事実なら、モークたちは空回りを続けた挙句に捕まってしまうという、なんともツキの無い結末を迎えたことになる。
だが、イアンが知りたいのはそんなことではない。
「それで、あのアシュケロンという魔物はどういった存在なんだ?」
「それに関してはオイラは知らされてねーヨ。ただ、とんでもなくヤバい生き物って聞いてるゼ。蛹を壺――魔術溶液の中に漬ける間は仮死状態になってて安全だガ、いったん空気に触れると爆発的に成長して、短時間で人間より大きくなるらしイ。で、他の生き物や魔物を喰って恐ろしい速さで強くなっちまうから、動き出したらもう手が付けられないらしいゼ」
「……殺す方法は?」
「殺すのはまず無理だ、って言われてル」
「そんなはずはない!」
イアンは剣を退くと、その場に片膝を付いてモークの襟首を掴みあげる。
「お前たちは、あれの回収を命じられていたのだろう!? なら、万が一、壺が破壊されて魔獣が解き放たれた場合の対処法も知らされているはずだ!」
そう、このような危険な怪物の回収を命じられた者が、万が一の場合の対処法を知らされていないなどあり得ない。あの怪物が《ミズガルズ》にとって重要なものなら尚更だ。
「ああ、殺すのは無理だが、対処法なら聞いてるゼ」
以外にもあっさりとモークは認めた。
「なら言え!」
「壺が割れてアシュケロンが解放された場合は、なにもせずに放っておけ、ってサ」
「……なに?」
ふざけているのか、およそまともとは言えないモークの答えに、イアンの額に青筋が浮かんだ。
だが、モークの答えには続きがあった。
「アシュケロンは解放されたら爆発的な速さで成長する、って言ったけド、成長が早い分、死ぬのも早いんだってサ。なにもしなくても、10日も経たないうちに寿命で死ぬんだト。だから壺が割れて解放されちまった場合、なにもせずに動向を監視して、くたばった後で死体だけ回収して来い、ってサ」
「――!!」
モークの言葉を聞いて、イアンは言葉も無く唸った。
朗報といえば朗報だ。あんな恐ろしい怪物が領内をうろついているのは、到底看過できない異常事態だが、幸いにもアシュケロンは短時間で死ぬというのなら、この事態は長くは続かないということだ。
だが、今現在、直接アシュケロンと対峙している状況ではまったく意味の無い情報だった。直ちにアシュケロンを殺す方法が無いのであれば、いま戦っている自分たちには為す術が無い。いまはなんとか足止めしているが、レベル差から見て、勝ち目があるとは思えない。やられるのは時間の問題だ。当然、自分たちが殺されれば次はケミナ村の住民たちが殺されるだろう。
数日で死ぬと言っても、レベル50近い怪物が数日間も領内で暴れたら、どれほどの被害、犠牲者が出ることか。
あれほどの怪物を殺すとなると、先日のゴブリン遺跡の場合と同じく、強制依頼を掛けて冒険者や騎士団から精鋭を選りすぐり、数十人規模のレイド・パーティを組む必要がある。
だがもちろん、そんな時間も余裕も無い。
レイド・クラスの魔物との予期せぬ遭遇。それは即ち、死を意味する。
くっくっくっ、と低い笑いがモークの口から洩れた。
「オレたちもツイてなかったけど、あんたらはもっとツイてねーよナ? あの化け物と戦わなくちゃいけないんだからサ。同情するぜ? ご愁傷サマ」
「黙れ!」
イアンは感情のまま怒鳴ると同時に、モークを突き飛ばすようにして地面に投げ出した。
「お前たちにも、あの怪物にも、断じて好きにはさせん! 村も人も、必ず私たちが守り抜いてみせる! 誰一人、死なせはしない!」
「くくく、応援してるぜ、騎士団長さン。あいつに喰われないように、せいぜい頑張って健闘してくレ」
イアンはもうなにも応えず、負傷者の手当てをしている魔法使いにモークたちを見張っておくように命じると、自らも慎也たちの後を追った。




