第九話 教室
それから毎日のように、屋上に向かうまでの階段に座って、優希と一緒にお昼ご飯を食べた。
教室で明日香と真央があたしに向ける視線は相変わらず鋭いけれど、優希があたしと一緒に居るせいで何もできないようだ。
二人は感情的なところがあるから、あたしみたいに、他人に深く関心を持たない人間のことを許せないのかもしれない。だけど、二人の悔しそうな顔を見るたびに、なんだか胸がすっとするような思いがした。
優希はこの頃、購買のパンを食べるようになった。ミネラルウォーターばかりじゃ身体に悪いよ、とあたしが言ったからだ。
昨日はあんぱんの半分以上を口にすることができたから、サービスして極上の褒め言葉をあげたら頬を染めて喜んでいた。かわいい、と思った。
どうやら、予想していたよりもずっと、優希はあたしのことが好きらしい。
優希があたしに向ける視線をうっとうしく思うことがない訳ではないけれど、優希のくれる友情にどこか安らぎを感じていることも事実だった。
人から求められたら、自分が存在する意味を認められる気がした。
ある日教室に入ると、明日香と真央はひとつ上のグループに吸収されていた。
休み時間のたびに連れ立って楽しそうに会話をする6人のグループは、傍目から見ていても温和な子が集まっていて相性が良い。友達から他人になった二人と目が合うことは少なくなった。
あたしと優希はふたりぼっちだ。ふたりで手をつなぎながら、この広い教室の海を漂っている。少し心細いような気もするけれど、優希はいつも不安なあたしを見つめてくれている。
だから、これまでみたいに周りの目ばかり気にしなくても大丈夫だと思えた。
あたしたちの事情に関心の持っていないだろうコミネアカリは、窓際の席に腰掛けてクラスで一番人気のある男の子と楽しそうに話している。同じ人間の持つそれとは思えないくらい、美しい微笑みを浮かべながら。
*
事件が起こったのは、数日後の昼休みだった。
「最低。あんたって、本当に最低。」
目の前で泣きじゃぐる真央が、全身をつかってあたしを責めている。クラス中の目に混じるのは、興味、奇異の色。
コミネアカリの視線が、冷たい氷みたいにあたしの肌に突き刺さる。明日香や真央なんかに責められている、かっこ悪い自分を見られてしまうことに激しい羞恥心を感じた。
「優希が学校こなくなったじゃん。あんなに良くしてくれてたのに、なんでいつも、そうやって平然としていられるの?」
「ねえ、気付いてたんだよね?優希の体に増えてく傷の跡とか。気づいてないわけないじゃんね。なんでそんなに、他人に無関心になれるの?どうしてあんなに慕ってくれてる友達のこと、あっさり見捨てられるの?」
一週間前、最後に優希に出会った時、彼女の細い太ももの裏側には青く内出血を起こしているあざがくっきりと残されていた。
「靴下引っ張ったんだけどさ。もう、隠しようがなかったよねー、こんなの。」とけらけらと笑う孤独な女の子に、何か言わなきゃと口を開きかけたけど、かける言葉が見つけられない。
優希は「大丈夫だって、わかってるから。」と優しく言ってくれた。その優しさに甘え、あたしは口をつぐんだのだった。
しゃがみこんで泣きじゃぐる真央と、真央のそばであたしをきっと睨みつける明日香。
カースト下位の女子同士の修羅場が物珍しいようで、男子がひそひそと笑ういやらしい声が耳障りだった。ここから今すぐにでも逃げ出したかったけれど、あたしの足は地面にぴったり張り付いたかのように動かない。
悪口のような笑い声があたしの頭の中を通り抜けていくたびに、全身がくるくると回転する。コミネアカリの顔が回る。くるくると回る。