第七話 友達
コミネアカリの話題でひとしきり盛り上がった後、話の種は店内の厨房の奥で働く優希に移った。
優希の首まわりに濃い青あざがあったことに、あたしを含め皆気づいていたらしい。
「優希、やっぱりDVされてるのかな。前々から体に怪我してたけど、見えるところにあざ作られるのってかなり危険だと思う。どうやったら止められるのかな」
神妙な顔の明日香に、真央は泣きそうな顔を向けた。
「ネットで調べたら、担任に相談するのがベストっぽかったけど、ウチの担任全然頼りにならなそうだよね」
「確かに岡林は全く頼りにならないけど、大人に話をしてみるのが一番いいような気がする。最悪のパターン、このままだと優希、親に殺されるよ。」
「やっぱそーだよね、今日の優希、夏休み前よりずっと痩せてて、心配だった。きっと家でのストレスが半端ないんだと思う。真央、明日学校に電話かけてみる。」
声をひそめながら会話を続ける真剣な表情のふたり。
優希の首のあざ気づいた瞬間、思っていたよりもずっと、事態は深刻なんじゃないかと思った。
今まで見て見ぬふりをしてきた自分の行動をすこしだけ恥じたけれど、頭の中に浮かぶのは部屋の中に閉じこもるお兄ちゃんの姿だった。
お兄ちゃんの部屋の前でさめざめと泣くママは、自分を責めた。
怒りに任せて閉められた扉を殴るように叩くパパは、自分じゃない誰かを責めた。
あたしはふたりが怖かった。いっしょにご飯を食べていたことが、遠い昔のように思えた。
「でもさ、あたしたちが何かやっても変わらないんじゃない?」
ふたりの会話を遮るようにあたしが発した言葉を聞いて、明日香と真央は動きを止めた。
血が上って火照る頬に向けられた二つの視線は身震いするほど冷たく感じる。
「だって、あたしたち高校生だけど、まだ子どもだよ?他人の家の事情に首突っ込むべきじゃないし、あたしたちに何かできる問題じゃないと思うんだよね。」
「優希だって、そんなに苦しいなら逃げたり、誰かに助けを求めたりしたらいいじゃん。それをしないのって、今の生活に満足してるってことでしょ。大げさに騒いだら、逆に迷惑なんじゃないの?」
ふたりの目を見ないまま言葉を重ねるほど、ふたりの目は鋭さを増していくことに気づく。息を吐ききったあとの数秒の重い沈黙がやけに長い。
明日香は飲みかけのストレートティーを一口飲んで言った。
「ねえ瑞希、それ、本気で言ってるの?」
凍り付くように冷たい声だった。
途中で引くこともできず、「本気だけど。」と返したものの、ふたりのピリついた雰囲気を察知して、手先が急速に冷たくなる。
くっきりした明日香の二重まぶたは伏せられていて、あたしと目を合わせようとしない。
失敗したことを後悔しつつあるあたしに対して、「あのさ」と明日香が重い口を開いた。
「前から思ってたけど、瑞希って、私たちのこと友達だと思ってないよね。
だから優希のことも、どうでもいいって顔してる。
隠してるつもりかもしれないけど、態度にモロ出てるから、わかるよ。」
明日香の迫力に押されて、あたしは何も言えなかった。
明日香の言葉の一つ一つが、あたしの心をえぐっていくようだった。
「心の中で、私たちのこと見下してるんでしょう。
なんでこんな奴らと一緒にいなきゃいけないんだろうって思ってるでしょう。」
「でも、瑞希がいる位置は、ちっとも不自然なんかじゃないんだよ。
瑞希が私たちとおんなじように、ダサくて、かっこ悪くて、冴えない女の子だから、ここで一緒にパフェ食べてるんだよ。
クラスの人たちから見たら、私たちはみんな一緒なの。私、瑞希のそういうズルいとこ、大嫌い。」
敵意のむき出された明日香に対して、返す言葉が見つけられない。
真央と一瞬目が合ったけれど、すぐに視線を逸らされる。見捨てられたと思った。
「別に、一緒にいたくないならそれでいい。もう、見下されるのはウンザリだから。」
あたしを地の底まで突き放すような言葉を吐いて、明日香はテーブルを立った。
がっしりした背中を追いかけていく真央の長いツインテールが二重にぼやけて見える。
目の前で白い液体のかたちに溶け続けるアイスクリームはもう元には戻らない。
女の子の友情も、たぶんこれと同じくらいはかなくて、もろい。