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逆上がりができない  作者: ふわり
第二章
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第六話 夏


「いらっしゃいませ」



 ファミレスのきらきらした照明は、田舎の夜にめずらしい。

 かしこまった態度の優希はあたしに気づくとニヤッとして、窓際の席に通してくれた。

 四人掛けの赤いソファにはすでに真央と明日香が腰かけていて、二人はあたしに気づくと手を振った。


集合をかけたのは優希。

サービスするから来いよ、というメッセージに少し迷って、「行く」と返信した。



 「チョコパフェお願いします」と注文を告げると、「ほーい。優希スペシャル。クリーム特盛でーす」と返す白いフリル付きのエプロン姿の可愛らしい優希はなんだか、学校で会うときよりもずっと大人っぽく見える。



「終業式ぶりだねぇ、みー!元気だった?」

「うん、元気だよ。ふたりはなんか、忙しそうだね最近」



 気兼ねなく発したつもりが、少しだけ冷たくなってしまった言葉尻。

 嫌味に聞こえなかっただろうか、と少しだけ胸の中がざわつくが、二人の表情に変化は見られずほっとする。



「演劇部は稽古あるからね。受験勉強できなくて、ちょっと焦る」

「大丈夫だよぉ、明日香はー!だって成績トップじゃん、毎回!」

「そんなことないよ。私は理数系全然ダメだから。」

「それはここに居るみんなそーだよぉ!数学とか、意味わかんないしぃ」



 語尾を伸ばす真央の特徴的な喋り方は、人々の声でざわつくファミレスの中でも目立つ。

 後ろ隣に座っている男子高校生グループの何人かがぎゃはは、というけたたましい笑い声をあげて、あたしは身を硬くした。



「ねぇねぇ、みーはどこの大学行くか、もう決めたのー?」

「んー。真央は?どこの大学行くの?」

「あたし?あたしはー、専門学校行くよぉ、アニメの!そんで、声優さんとか、イラストレーターとか、アニメーター目指すんだぁ」

「明日香は?」


「私は東京の私立に行くよ。」



 ぼんやりした回答に、思わず「どこ?」と突っ込んで聞いてしまう。

 返ってきたのは誰もが知っている某有名私立大学で、あたしは動揺していることを隠そうと炭酸入りのジュースを唇に含んだ。

緑色の砂糖入りの液体がざらりと舌に絡みつく。



「すっごいじゃーん!さすが、明日香ぁ。東京行っちゃうのかあ」

「いろいろ考えたんだけどね。やっぱり、県外の方がいろいろと便利かなって。」

「そうだよねえ、就職先なんてないもんねぇ、こんな田舎じゃ。」

「瑞希はどこ行くの?」



 考え中、なんて言えるはずなかった。

 アニメの専門学校でも、私立の大学でも就職でも、選択肢がある人たちはあたしよりもずっとましだ。未だになんの決断もできていなくて、宙ぶらりん。

 そのことを知られるのも、知って笑われるのもやっぱり怖くって、何も言えなかった。



 押し黙るあたしを見て、二人は不安そうに顔を見合わせる。



 その瞬間、エプロン姿の優希が銀色のお盆を差し出した。注文していたチョコレートパフェ。

 とろけそうなアイスクリームに茶色の液体がなみなみと注がれたそれは、あたしの体全部よりもずっとエネルギーに満ちているように見える。



「休憩時間もらったし、あーしもここ座るよ。一時間したら戻るわ」



 あたしの横に腰掛ける優希。働いてお金を稼ぐ、かっこいい女子高生の横顔をしている。

 あたしの視線に気づくと、優希は「なんだよ、見るなよ」と言いながら恥ずかしそうに目を逸らした。



「おつかれ優希。今日、忙しそうだね」

「うん、まーね。でも、平日だからそんなでもねーかな。」

「かっこいいなぁ、ゆーちゃん!そのエプロンもすごーく似合うよぉ。」

「真央は相変わらずっつーか、声、厨房まで届いててびっくりするわ。」

「えへへっ。聞こえちゃってたか。」



「そういえば、最近コミネさんが来てんだよね、ここ最近毎日。」



 コミネさん、という優希の言葉にはっとして、つい食い気味なリアクションを取ってしまう。



「え?何で?コミネアカリ?家こっちじゃないじゃん。」

「いや、知らねーけど。てか、なんか瑞希って、コミネさんのことになるとやけに食いつきよくね?何かあんの?」



 訝しげに見つめられて、額に汗が吹き出る。



「別に、ないけど。それで、コミネさんは誰といっしょに来てるの」

「中年のじじいと来てんだよ。最初は父親かなって思ったけど、毎回違う奴連れて来てるから、どんな関係なんだろーな。」



「えーっ!それ、あの噂本当なんじゃないの?ほらほら、えんこーしてるって言う」

「いやいや、ないでしょ」

「でも、コミネさんってたしかに、そういう不安定さがあるよね。クラスの中心で笑ってるのに、心ここにあらずっていうか。」

「あーっ、わかるわかる!」



 コミネアカリの話に花を咲かせる三人を見ていられなくて顔を伏せる。心臓が奇妙な音を立てている。

 チョコレートパフェのとろりとした液体の味がよくわからない。



 クラスの中心でかわいらしく微笑むコミネアカリ、中年の親父とファミレスでご飯を食べるコミネアカリを想像してみるが、うまくいかない。

 自分の知らない彼女を知るたびに、ますます、コミネアカリの輪郭をつかめなくなっていくような気がする。


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