第四話 進路
「進路希望—。出してない奴、明日までだからなー。
明後日から夏休みなんだから、絶対忘れてくるんじゃねーよー」
担任の岡林の野太い一声をきっかけに、バタバタと駆けていく男子のぱきっとした白いシャツが目にまぶしい。望んでもいない夏を感じさせる光景に辟易してため息が出る。
優希がナイロン製のくたびれたスクールバッグを背負いながら駆け寄ってきた。
靴下のワッペンが見えなくて、いつもより優希のスカート丈が長いことに気づく。
「みー、進路希望出した?」
「出してないよ。わかんないよ、まだそんなの」
「どうでもいいから適当に書きな。どうせアイツもまともに読んでねーよ」
「優希は何て書いたの?」
「シューショク。」
ためらいのないあっさりとし言葉に驚いて顔を上げると、無表情の優希が薄っぺらい紙を眼前にちらつかせていた。
第一希望の欄に、ミミズがはったようなきたない文字で「就職」と書かれている。
県内で一番成績が良いことで有名なこの進学校の中で、就職を希望する生徒は一学年に一人くらいいればいいほうだった。
「就職すんの、優希。マジで?」
「とーぜん。あーしはバカだし、親もバカだし、金はないし、それに」
「そっかー。就職か、それもいいね。あたしもそうしよっかなあ」
不自然なほど明るいあたしの声と、一瞬の沈黙。
遮った言葉と、遮られたことに対する優希の躊躇を感じ取ってしまうほどには、あたしはまだ鈍感になれない。
「いや、みーはがっこー行きなって。どこでもいいからさ」
「でもあたしバカだし、ベンキョーしたくないしなあ」
「ダメだって、出ていける奴は出て行かなきゃ。一生こんな街で暮らすなんてありえねーよ、マジ、もったいねーって、瑞希。」
強い口調で言い切る優希は、真剣な目であたしを見つめていた。優希の言いたいことは良くわかっていた。
工場とスナックしかないこの街で、高校生の就職先なんてたかが知れている。
適当な事務職に就いて、適当な男と妥協して結婚して、何人か子どもを産む。
そして、夫と子どもと老人のために生きていく、くだらなくて最悪で、ふつうの人生が見えている。
二人ともそろそろ帰ろう、と言う明日香の声に優希は「おー」と答えて、あたしたちの重苦しい会話は打ち切りになった。
あたしは喉まで出かかった言葉を飲み下して、優希のガリガリの背中を目で追った。