第十話 背中
初詣に行こう、というママの声を無視して家を出た。行き先は市内で一番大きなデパート。
特段何か目的があるわけではないけれど、母と父がお互いを嫌い合っているあの狭くて小さい家の中にいると息が詰まるから。
一月一日、新年の新しい幕開けの日。曇り空から大きな牡丹雪が降ってきて、真っ赤になった鼻を冷たくする。赤い手編み風のマフラーの端がなんども肩から落ちてきてうんざりしていると、角に入っていく見慣れた姿を発見する。
いつでも彼女を目で探しているから、横顔ですぐにコミネアカリだと気づいた。
コミネアカリはやけに大人っぽい格好をしていた。白いシャギーのニットに、腰のあたりでリボンが結ばれているタイトなレザーのスカート。
年の割に大人すぎるその格好は、童顔の彼女に全く似合っていないように思えた。
そっと電信柱の陰から彼女を見つめる。コミネアカリは一人じゃなかった。
安っぽい看板の掲げられた建物の中に、コミネアカリと彼女の肩を抱いたスーツ姿の中年の男が吸い込まれていく。
心臓が止まるような心地で、二人の姿を呆然と見送った。真央の言っていた噂を思い出す。
援助交際の一言が頭の中を支配する。
それ目的のホテルに入る瞬間、コミネアカリが後ろを振り向いて、あたしの顔を確認した気がして身体が凍る。どうするべきなのかわからなかった。
自分の世界からほど遠い光景に、あたしは恐怖を覚えていた。
コミネアカリを連れ去ってしまいたいのに、怖くて足がすくむ。今すぐここから立ち去って、暖かいお風呂につかって見たことすべてを忘れたかった。
二人の背中をふるえる足で追いかけた。握りしめた冷たい手のひらに爪が刺さっているのに、痛みを感じない。
物陰から彼女のことをじっと見つめているだけの、怖がりでダサいありのままの私の姿を、教室にいるクラスメイトたちの無数の目玉がくすくすと笑っているような気がした。
冷たい。頬に当たったのは水の凍った粒のひとつで、上を見上げると真っ白な空からみぞれが落ちてきていた。腕にはめた時計に目を落とすと、コミネアカリの姿が見えなくなってから数時間ほど経っていることに気づく。
あたしは何もできなかった。彼女の求めていたことや自分がしたいと望むことについて考えることさえしなかった。凍りかけのアスファルトを自分の冷たくなった足で踏みつけながら、帰り道をひとりで歩く。
ただただ虚しくて、暴力的な破壊衝動が胸を襲った。
—どうしてコミネアカリは、あんなことするんだろう。かわいくてイケてる友達も、かっこよくてスポーツができる男友達も居るのに。クラスでの人気も高くて、勉強もできて先生からも好かれていて、あたしが欲しいもの全部その手に握りしめているのに。
明らかにあれは合意の上のセックスで、コミネアカリのことが一層わからなくなる。お金が欲しいからとか、かわいい洋服を買いたいからとか、そんな俗物的な理由じゃないような気がした。
コミネアカリは傷つかないんだろうか。禿げかけた寿命の短いおっさんと愛のないセックスをして、コミネアカリの心は平気でいられるんだろうか。




