第一話 箱庭
お兄ちゃんが引きこもりになってから半年が過ぎた。
初めのうちはお兄ちゃんを社会復帰させるべく、お母さんとお父さんも必死になって頑張ってたけど、今はもうみんな諦めてる。
担任の小太りな教師や、柔和な表情をうかべたカウンセラーが代わる代わるやってきては、お兄ちゃんに扉を開けるよう頼んでいたけど、みんなの頑張りは全部無駄に終わった。
心に傷を負ったかわいそうなお兄ちゃんは扉の向こうに閉じこもって、固い鍵をかけて、絶対に誰とも会おうとしなかった。
たまに首をつって死んでるんじゃないかって心配になるけど、昨日の真夜中の3時くらいに隣の部屋から聞きなれたパンクバンドの雑音が聞こえてきたから、たぶんまだ無事。深夜に起こされて不快な気分になったけど。
お兄ちゃんが引きこもるようになった理由を、あたしを含め、まだ誰も知らない。
お母さんは育て方を間違ったって落ち込んでるし、お父さんは男のくせに情けないってお兄ちゃんを責めるけど、それってちょっとピントがずれていると思う。
心の病気になっちゃうような要因はきっと自分の世界にしかない。
例えばそれは、あたしが生きているようなこの箱庭の世界だったりする訳だけど。
あたしは所謂、カースト下位にいる女子高生。
クラスメイトはあたしを「ふじさわさん」と呼ぶ。
クラスで苗字にさん付けで呼ばれている女の子は、あたしと、それから明日香と優希と真央の4人だけ。
教室の中には目には見えないランクがあって、あたしたちは一番下にいる人間だから、みんなに名前で呼んでもらえないことになっている。
「ふじさわさん」と呼ばれることがどれだけみじめで辛いことなのか、きっと名前で呼んでもらえる女の子たちにはわからない。かわいくておしゃれで、学年で一番目立っている「小嶺灯」のような女の子には、絶対にわからないと思う。