【2】其の双、絢爛のまま翔けることなかれ②
〔2〕
事は、一瞬で始まった。
銃声が鳴り響き、人々は驚愕した。
「全員、動くな!」
航空強奪であった。それを察知した客室乗務員は、犯人の死角であった給仕室から、航空操縦機関へ入り、無線で一番近い位置にある着陸地点の、新国際第五東京空港に連絡をしたよう。
殆んどの乗客は、かなり冷静でいた。が、その多くは、心の中で暴走を始めている。それは、或る意味の危機であり、又救いでもある。これは絢信にとって、とても有利な状況であった。
乗客が暴れずに大人しくしている利点は、主に三つ。
一つは、機内の安全確保。もし、乗客が猛り狂い、犯罪者を刺激し、銃を乱射され、機体に大量の穴を開けた時は、幾ら日航空の最新機でも墜落は免れない。
一つは、乗客の安全確保。静かにしていれば、銃で撃たれ、犯罪者の悪意を余計に引き出すことは、まず無い。
一つは、航空強奪の阻止。これだけの好条件が揃い、更に刑事が機内にいれば、勝率は一円。勝利は、既にその刑事の手中。
絢信は、手に何かのごつごつとした手袋的なものをはめ、座っている状態から一回転と、宙に浮き、主格と思われる罪人が立っている中央通路へ降りた。まるで、自身に掛かる重力を操ったかのように。
絢信は、二丁ある拳銃のうち、右太腿に下げてあった一丁を抜き出し、目の前の敵に銃口を向ける。
この場所が、彼の班の管轄内であれば、絢信は即座に二、三発撃ち込んでいたに違いない。何故ならば、管轄内であれば、犯罪者を殺害してもいいのだから。
先に挙げた、特殊警察法特権事項第十条は、一つ見逃してはいけない点がある。それは、管轄内での犯罪者の殺害を禁ずることである。これを違反した現職刑事は、世界第二位の刑事であっても、刑事資格剝奪の上、裁判所より無期懲役を即時服役を命じられる。
彼はかなり、神経をピリピリさせていたことだろう。
「貴様らの要求は何だ。答えろ。」
絢信は銃口を向けたまま、相手側と交渉を始めた。
「我々の目的は、この機を使って、大日本東国にある、地球連合警察東京支部に、突っ込むことだ。」
主格が応える。が、不自然である。普通、主格は胸を張り、怒鳴り声で、時に笑いながら話す。所謂、精神病質である。
しかし、この男は全然違う。体はガッチリとしているが、額に汗を滲ませ、何かに怯え、細かく震えている。
「貴様は、何故そこに立っている。何の為に主格を張っている。」
絢信は、人の感情や思考を読むことを得意とする。この手に掛かった者で、落ちずに立っていれた者は誰一人いない。
「だから...今さっき言ったことだ。」
「違うな。では何故、俺を直ぐに攻撃しない。」
「それは、アンタが私に銃口をむけているからだ。」
「俺が今まで遭ってきた、こういう重犯罪を犯す輩は、銃を向けられた程度で、微々ることなど無かった。」
主格の目の中に見えたのは、恐怖という感情に脅える、戦慄に染まった何か。同時に、微かな涙が頬を流れる。
「不本意なのではないか。頬を伝うその涙は、何からきた。犯したくないのにも拘らず、犯したとして殺されたいのか。」
その涙は止まらなく、やがて洪水のように噴き出してきた。
しかしそれは、一瞬で阻まれる。大切なものを思い出したかのように、哀しみを吹っ切る。
「アンタに何が分かるんだ。これは本意だ。私が自分で航空強奪をしようと計画し、実行した。それに知ってるぞ、刑事というには、自分の所属している刑事班の管轄内でないと、犯罪者を殺せないんだろう。アンタ、さっき言ったよな。私を殺せ―」
「確かにその通りだ。だがな、航空強奪に失敗し、拘束され、そのまま日本に着いた暁には、貴様は死んだも同然。今の大日本東国には、死刑こそ無いが、犯した罪の度によって、労働時間、食事制限、就寝時間、此れ等全てが違ってくる。第三者も被られる重犯罪を犯した者で、殺害されずに済んだ奴は、労働二十時間、食事一時間、就寝三時間。この予定を毎日毎日続けるんだぞ。付け加えると、その受刑者達は一週間持たず、睡眠不足や栄養失調、過剰労働で死亡している。孰れにせよ、犯罪者は結局死ぬこととなる。貴様はそれを、受けるか覚悟が有るのか。無ければ、降伏しろ。端にいる取り巻き共もだ。」
主格は、呆然とし、その判断に戸惑っていた。だが、どちらの選択を取っても、彼にとって結果は同じだった。
主格は、拳を炸裂させる。相手の顔面を貫く、暴虐の拳を。