【2】其の双、絢爛のまま翔けることなかれ①
〔1〕
二千百九十六年十二月十七日、シアトル国際空港。毎月のように来日する、逆戟六牙の自称弟子、坂巻翔太は、又も日本行きの便に乗ろうと、自身の刑事班からそう遠くないこの空港に来ていた。その隣には、大北米特殊警察刑事第九班班長にして、大北米最強刑事、富士原絢信が、翔太の御目付け役として、今回同行していた。
「何で富士原さんが一緒に来るんですか。一人でも大丈夫ですよ、ホントに。」
「俺は行きたくて付いて来た訳では無い。」
「日本で犯罪者に会っても、僕の剣術でどうにかなりますよ。階級は巡査部長ですが、師匠や雪華班長にも認められている実力が、僕にはあるんです。」
「そういう問題ではない。それに、立花はともかく、逆戟には認められていない筈だ。第一、逆戟の弟子でも無いだろう。」
翔太はとても煩く、厄介だ。大北米最強、そして世界第二位の刑事として畏怖されている絢信に対し、かなり軽く接している。
「俺は只、稲本主任に命令され、坂巻の監視役を余儀無くされているのだ。」
稲本主任、乃ち、地球連合警察の一番手、稲本邸督のことである。稲本は、六牙や絢信等の、有力刑事に目を向け、彼らを使っている。時には大事件、時には雑用を、直接依頼している。彼は、ロシア連合、首都・モスクワにある地球連合警察本部にいる。
「流石、世界順位のトップ五人に入る刑事ですね。」
世界順位とは、地球連合警察で働く刑事の競争心を高め、実力の向上を図る制度である。
現在の世界順位トップ五は、逆戟六牙;大日本東国、富士原絢信;大北米合衆連合国、リリー・リュク;ロシア連合、シャルロット・エルマーニュ;蘭舞國、そしてクランツァ・ヴォルカイン;ドイツ連合である。この世界順位の上位になることにより、優遇され、専用装備の無返還支給がされるなど、刑事として生きていく為に不可欠な能力の増強を図ることが出来るのだ。世界順位の上限は二十位までとなっている。
「お前こそ、世界順位にも入ってない刑事が、伝説の名刑事、元野時文に見込まれているものだ。」
荷物の預け入れを済ませ、彼等は身体検査所に移動した。最近の空港の検査は、とても厳しい。電磁反応検査、明確旅券一致検査、三次元立体検査、そして、音波感知検査。この四つを完了出来なければ、航空機には乗機は不可。しかし、刑事は常に事件を想定している。譬えそれが、機内であっても。
「特殊警察の者です。特殊警察法特権事項第十条に基づき、機内への武器携帯を許可していただきます。」
「僕の刀はどうするんですか。」
「預かっておくから、お前はさっさと身体検査を受けて来い。」
翔太は検査所に入り、絢信は空港事務員に案内され、裏口から出発広場へ向かった。
特権事項第十条、管轄外武器携帯。これに定められているのは、所属班の管轄外での武器の携帯である。階級が警部以上の刑事が携帯を許可されており、警部補以下の刑事の所有する武器は全て刑事班の警部以上の者が預かることとなっている。
出発広場には、様々な国の人々が集まっていた。そこには、争いなど無い、平和な空間。何故、この平和が保たれること無く、戦争が起こるのだろうと、絢信は感じたことだろう。
「何ボケッと立っているんですか。」
検査を一通り終えた翔太が、ポンと肩を叩く。
「別に、そんな風にしてはいない。ほら、さっさと歩け。俺たちの便の関門に移るぞ。」
「はいはい。」
世界順位第二位と、世界順位外の逸材の後ろ姿は、並べても様になっている。
彼等の関門は、空港の最東端。出発広場と違って、静かで異様な雰囲気を漂わせている。二人は関門の周辺の待機席に座った。
「富士原さんって、今恋している人、いますか。」
突然の恋愛話、周りに誰もいなかったからいいものの、何故その話を持ち出したのか、よく分からない。
「いないが...何でその話をお前としなければいけない。」
「だって、富士原さんって、世界順位上位の人以外に、親しい友人とかいないですよね。だからそういうのは一回経験されたら如何かなと思いまして。」
図星であった。絢信は、世界第二位の刑事。その精神は、相当高い。能力無しの刑事とは、絶対話さないと決めている。
その為、友人と呼べるのは数人しかいないだろう。
「そうだな...それに、お前は一様に実力は有るようだからな。話そうじゃないか。」
その後、一時間 ― 出発の時間が来た。だというのに、この便に乗る人数は、見た限り、五十名程度。
今回の便は、日本航空の保有する高速可変旅客機。赤と白のツートンの高速機ならではの細い胴体部分。内装は、優しい青が基本となっており、普通の航空機で考えられないほど、幅広い中央通路。席は、羽毛で出来た豪華なもの。いつもは、通常階層で日本へ向かっている翔太にとって、これは贅沢極まりない。かなり燥いだ、十九なのにだ。
「何ですかこれ、富士原さんっていつもこんなのに乗ってるんですか。凄すぎますよ、興奮しますよ。」
「少し黙れ。周りに迷惑を掛けるんじゃない。」
この機に搭乗しているのは、一月何兆何億と稼いでいる財界の頂点ばかり。後日、翔太はこの機の搭乗料金を聞いて、腰が抜ける。
七分後、機は無事離陸、大日本東国、首都・東京へ向け、飛行を開始した。シアトルから東京まで、約五時間。日本時間の午後五時に着くこととなる。
それから、三時間 ― 機は着陸軌道に乗った。誰もが、東京に無事着くと思っていただろう。
だからこそ、危険な状態に陥ると、人間は自身を崩壊させるのだ。