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街につけば時刻はもう真夜中に差し掛かっていたのだが街の表通りはそれでも少しだけ人の行き来が見られた。ちなみに真夜中になった理由は帰りも問答無用で迷ったからである。夜ということもあり視界が良好になったので行きよりもだいぶとましだったが、それでも時間がかかってしまった……。
歩いている人の中には武器などを持っている人がいることからおそらくギルドの冒険者などだろう。この街のような大きな都市ではどれだけ遅い時間でも酒場等なら開いているのでいつでも人通りは絶えない。
そんな街の表通りとはうってかわりルドルフの店へ続く道は真夜中に相応しいといえる静けさを保っていた。
ルドルフ達の店の前についたキヨはドアノブに手をかけ開けようとしたのだが、当たり前なのだが店の扉には鍵が掛かっていて開けることができなかった。
「ですよねー」
「……」
ビャクが呆れたように見ているのは無視だ。もちろんキヨとて開いていないことは想像がついたのだがとりあえず確かめてみたかったのである。
仕方なくキヨはこの店の裏にある扉に向かった。しかしこちらの扉も鍵が掛かっていて開けることはできなかった。なんとなくだが、家の鍵を忘れた時のような切ない気持ちを味わう。
とりあえずもう一度扉を叩いてこれで出てこなかったら諦めて適当に夜が明けるまで街をぶらつけばいいかと思いキヨは扉を叩こうとしたのだが、それより先にドアが開いたことにより無駄に終わってしまった。
「すまんな、あんたらが戻ってくるのはわかっていたんだが、ケリムに裏の鍵は掛けなくていいことをいうのを忘れておった。
ところで道には迷わなかったか?」
「ハハハ……」
ルドルフの問いかけに思わず乾いた笑い声を上げてしまう。呆れたような視線が痛い。ビャクでさえ遠いところを見ている。……ほんとに申し訳ない。
「はぁ、まぁいい。とりあえず座っとけ、なんか食いもんでも出すから待っておけ」
「じゃ、ビャクの分だけでもお願いしようかな」
ルドルフの好意に甘えることにしてキヨは奥へ行くルドルフを見送りながら答え、武器をおろし席につく。
「あぁ~、疲れた」
テーブルに片肘をつきその手に顎をのせながらながら思わずつぶやく。 ビャクもキヨが立てた肘をつたい肩からおりテーブルに乗るその様子は心なしかぐったりしているように見えた。そんなビャクの姿を見るとキヨはハァと息を吐き出し体の力を抜く。どれだけの強さを持とうとも流石に疲れは感じる。肉体的にというより主に精神的にだが……。椅子に座ってようやく一息ついた心境を味わった。
「つまらないものですまんな」
しばらくするとルドルフが盆をもちカチャカチャと音を立てながら戻ってきた。そのままキヨの前に明らかに一人分ではない量のパンとスープ、そして空の小さな器が置かれる。驚いてルドルフを見るが「さっさと食えと」言われてしまった。
キヨはその様子にふっと息をもらし笑う。
自分の言葉が聞こえていなかったわけではないだろう。キヨとて食べることは好きだ……。旅の中で美味しい料理を食べるのはビャクと共に楽しみの一つである。
しかし自分は別に食べなくても問題ないのをルドルフは知っている筈なのにわざわざ用意してくれたのかと思うと胸に暖かな気持ちが見上げてくる。
「ありがとう」
「ビャクに出すのなら一人分多くして一緒に出した方が、その、楽なだけじゃ。食事も余ったからちょうど良かったんじゃよ」
「そうか」
「お前も素直じゃねぇな」
ビャクがどこか呆れたようにつぶやくがその意見には同意する。食べなくても問題ない奴の分まで自分達の食事の一部を無料で出すのだ。本来なら無駄なことである。でもルドルフはキヨにはこうして食事を出してくれるのだ、そしてそれは彼女も同じだった……。
スープは様々な野菜と少しの肉が入ったものである、野菜が少し大きめにカットされている。
小さな器にスープを入れビャクの前に置き、三つあるパンのうちの一つを半分にちぎりそれも先ほど置いた器の横に置く。
キヨはいただきますと言うと木でできたさじでスープをすくい一口食べる。
「うまい……」
その言葉を聞いてか先程のキヨのようにテーブルに肘を付きそこに顎をのせてこちらの様子を見ていたルドルフが少しだけ笑った。厳つい髭ズラの顔だがずいぶんと愛嬌のある表情で笑う。ずっと、ずっと昔から変わらない笑顔だ――。美味しい食事があって、大切な者がいて……今抱くこの思いが何故か悲しくもとても愛おしいと感じた。
あっさりとした味だが具のだしが良く出ている。程よく温められたスープは舌を火傷させる必要もないほどで食べやすかった。パンを一口食べるがこちらは少し固くもさもさしていたのでスープにつけて食べるとちょうど良い。
パンを一口大にちぎりスープをつけてビャクの口元へ持っていく
「こっちの方が食べやすい」
そう言って食べるように促すとビャクもキヨの手からパンを食べる。
やはりこちらの方がビャクも良かったようでキヨが与えたパンを食べながらコクコクと頷いた。キヨはたまにビャクにスープに浸したパンを食べさせながら自分も料理を食べていく。
「相変わらずあんたらは仲がいいな」
ルドルフが少しだけ笑いながらそう呟いた。
「なんだ、藪から棒に……」
キヨが食事をしいていた手を止め不思議そうな表情でルドルフに言う。ビャクも黙ってこそいるがルドルフの言葉が不思議だったのだろうその視線はルドルフに向いていた。
ずっと共にいるんだ、仲がいいのは否定しないが何の脈絡もなく言われると流石に戸惑う。
「いや、今のあんたらの様子を見ていて思ったままじゃが。まぁいい事だわな」
キヨとビャクの視線を受けながらルドルフはどこか呆れたように答えた。
キヨとビャクはお互いに顔を見合わせ揃って首を傾げる。ルドルフの答えを聞くとますます分からなくなってきた。いつもどうり食事をしていただけなのだが……。
「一緒にいるからかの……仕草まで似たようなことをするんじゃな」
「えっ物理的に無理じゃね」
「無理だな」
明らかに体の形が違うのに仕種が似ているなんておかしいだろ?
ビャクも同じことを思ったのか頷くとキヨの意見に同意する。キヨもビャクも何言ってんだこいつ的な目でルドルフを見たのだがやはりルドルフは呆れた様な表情のままである。
「あんたららしいわい」
「えぇ~どう言う意味さぁ……」
「おいキヨ、パン」
やはりルドルフが伝えたいことがいまいちわからない。少し情けない声をあげるも、ビャクがパンを要求してきたのでそのまま食べさしてやる。そしてキヨも自分の分のパンを口にする。
ルドルフがまた少しだけ笑うのを視界に入れながらキヨは口の中のパンを飲み込むと気になっていたことについて尋ねるために口を開いた。
「そういえばお前よくこんな時間まで起きてたな。もしかしてずっと起きていたのか?」
キヨ達が戻ってきたのは真夜中である。時間でいえば今は部屋の時計は三時を過ぎていた。
「これぐらいなんてことない、だいたい一日や二日寝ずとも問題ないわい」
「墓穴に片足突っ込んだジジイが無茶すんなよ」
「歳ではあんたらより若い筈なんじゃが……」
口の中のものを咀嚼しながらビャクがルドルフに答えた。魔力で話すとはいえなんとも器用なことだ。だが、ある意味便利かもしれないとキヨが思っているのはここだけの話である。
そしてルドルフがどこか遠い目をしながらそんなことを言うのでキヨは口の中のものを咀嚼しながらとりあえず自身の親指を立てルドルフに向け突き出したのだった。
ルドルフはひとつため息をつくとキヨの突きだされた手を容赦なくたたき落とす。
「んぐっ、酷い!」
「やかましいっ!」
キヨは口の中のものを急いで飲み込んでルドルフに訴えたのだがたたき落とした本人の無情とも言える一刀両断により終わってしまった。
どこか騒がしいままキヨ達の食事は進んでいった。しかしそんな騒がしさを決して悪くないと思えたのだった。