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キヨは魔獣のそばに来ると右手に持っている刀を左側に構え魔物の背まで跳躍する。そして左から右へ水晶を刀で横一文字に斬ろうとしたのだが――。魔獣の体が動いたかと思うと視界の端に尻尾が迫って来るのが見えた。
そりゃあ、そう簡単にはいかないか、と思いながらキヨは大剣を振り上げ、迫ってきた尻尾にたたき落とし魔獣からの攻撃を逃れる。
この際一度気絶させるのが楽かもしれないと思い着地と同時にキヨは魔獣が四足で立っている体の下に入り込む。魔獣はキヨを踏みつぶそうと暴れだすが幸いにも魔獣の腹部に当たる部分には水晶も無く、丁度体の下は全体が影になっている。キヨはそのことに密かに喜びながら影から黒い物体を出し魔物の四足の足に絡め動きを止める。魔獣は尚も雄叫びを上げながら暴れ出そうともがくが無駄な抵抗で終わる。
キヨは自身の影が無くならないギリギリまで魔獣の頭の真下に来ると影から黒い物体を出す。そして巨大な拳の形にする。
「アッパーっ――!」
掛け声とともに魔獣の顎の辺りに強烈な一撃を放つ。よっぽどの衝撃だったのか魔獣は顎を逸らし、前足も少し宙に浮いた。それに追い打ちをかけるようにキヨは何度か攻撃を仕掛けていく。
魔獣はキヨの攻撃による絶叫を上げながら藻掻くがキヨに四足を拘束されているのでどうすることもできない。
ここまで一方的にやられてコイツもかわいそうにとキヨは哀れみの目で魔獣を見る。そして自分がやっているのだけど、と弁解しながらも攻撃はやめないのだった。
「なんだ、殺さないのか?」
まぁね
殺すという楽な方法をとらないキヨに疑問を持ったのだろうビャクが聞いてくる。しかしそれほど重要ではなかったのかキヨの軽い返事を聞くとそれ以上何も聞いては来なかった。キヨもそこまで深い意味があってのことではないので気の抜けた返事をする。あえて理由を上げるとしたら半分以上は後々面倒くさそうだから、なので説明するほどでもない。
そう時間もたたずに魔獣の動きが鈍くなってきたむしろ今にも倒れそうな状態になる。
その状態を確認すると最後の締めとばかりに巨大な拳で魔獣の顎に単身のアッパーをきめる。攻撃をした後キヨはすぐ駆け出し魔獣のそばから離れる。 キヨの最後の攻撃が決めてとなったのか魔獣はふらりとよろけそのまま凄まじい音を立て地面に倒れ込んだ。
その音の大きさに内心で舌打ちする。いや、覚悟はしていたのだがやはり響くのだ、それはもう耳が潰れるのではないかというぐらいである。
辺りには砂煙がたちこめる。キヨは影からの魔法で自身の周りを覆い、しばらく砂煙が収まるのを待った。
砂煙が収まるとキヨは魔獣のそばまで戻りその様子を伺う。魔獣はピクリとも動かず地面にその巨体を横たわせていた。
「……生きてるよね」
あぁ
あれぐらいでは死ぬとは思っていなくてもこうも動かないと流石に焦る。キヨはビャクの答えに内心ほっとしながら倒れている魔獣の背に飛び乗る。所構わず巨大な柱状の水晶が突き出しているその場所に着地するがバランスがとりにくいことこの上ない。水晶の大きさはまちまちで大きいもので1mはあろうかというものまである。
キヨは目に入った水晶の一つを刀で横に斬る。大剣では傷一つつかなかった水晶はキヨの刀では軽い動作で音もなく斬り裂くことができてしまった。そして切り落としたと同時に淡く輝いていた水晶の光は消えてしまう。不思議に思いながらもキヨは斬り落とした水晶をそのままにほかの水晶もついでに何個か斬り裂いていく。
この刀はビャクからもらったものだ。契約をした時についでとでもいうかのように渡された。その時以来この刀はキヨがずっと使っている武器でもある。
おそらくだがこの刀で斬れぬものはないと思われる。魔力を刀に流しながら使うとビャクの属性の一部を多少だが使えるとのこと、もちろん普通に使うだけで十二分な強さがあるのでそんな恐ろしい使い方をする必要はない。対等な力を持っていない自分では手に余る代物だと今でも感じている。
「――よっと、こんなもんかな」
キヨはそれぞれ武器をしまい、いくつか切り落とした水晶を抱え魔物から降り地面に着地する。そして自身の影の上に落とすと水晶はそのまま影の中に呑まれてしまった。
キヨは魔法の一つとして影がある状態ならいつでも影の中にものを取り入れることができ、影の中のものを取り出すことが出来る。もちろんその時の影より大きいものを出し入れすることはできない。逆にいえば影の方が大きければどんなものでも影の中に出し入れできる。
このかの有名な便利ポケットもどきのような使い方がキヨが自身の魔法で一番役立っていると思っていたりする。
「よし、戻りますか」
「帰りも歩くのか? 影の方が早いが」
「あ~、急いでるわけじゃないし歩いて帰ろうかと……嫌かい?」
キヨは空中に視線を漂わしたあとビャクを横目で見ながら問いかける。顔にはうっすらとだが笑みが浮かんでいる。
キヨは暗闇など自分の影に制限がない場所ならば自身も影の中に入ることができ、尚且つ影がある範囲までほぼ瞬間移動のようなことができる。最もキヨ自身がいないとキヨの影はできないため明るい場所などキヨが影に入ればキヨの影がなくなってしまう場所では使うことができないし、影の中にいる途中で影そのものが消えてしまったらまた影が出来るまでキヨは影から出ることが出来なくなってしまう。しかしそれもビャクの魔法があれば出られなくなった時の心配はいらなかったりするのだが……。
まぁ、余程急いでいるか、緊急を要する時以外はあまり使わないというのが現状だ。
「いや聞いただけだ、お前がいいなら別に……良い」
キヨから向けられている視線から顔を背けビャクは言う。その事にキヨは少しだけ喉を鳴らし笑った。
「お前があまりあれを好きじゃないことぐらいわかってる。心配すんなって!」
そういいながらキヨはニヤケ顔でビャクの顔を指でうりうりと押していく。するとバシバシとビャクが乗っている方とは逆の肩まで回している尻尾で叩かれたので笑いながらも手を下げた。
「それに……それじゃつまらないだろう」
「それが本音だろう……」
そのつぶやきにビャクがそらしていた顔をキヨに向けた。少しだけふてくされたような顔をしいているのにまた少しだけ笑ってしまった。
影を使って帰ったところでビャクは別に文句も言わないだろう。ただビャクが苦手なのを知っていて進んで使おうとも思わない。もちろん影を使えば簡単に戻れるし安全で楽なのは確かだ。しかしそれじゃつまらないと思う。何があるかわからないから面白いのではないか。
ビャクもそんなことはわかっているはずだとお思うが、おそらく今回は道に迷ったことで大幅に時間がかかっていたので提案してくれたのだろうと思う。
「そんなことねーよ。色んなものをいっぱいみよう。それがどんなものでもお前とならきっと楽しいさ。だから影で帰るなんてそんなもったいないことわざわざしない」
そう言ってビャクの体を軽く手で撫でる。
一瞬ポカンとしていたビャクだがすぐに正気に戻たかと思うとキヨの手を払ってしまう。
そして……。
「恥ずかしいこと言ってねぇでさっさと戻るぞ!」
と、キヨを睨みながら叫ぶのだった。
しかしそんなビャクの行動も残念なことに肩に回している尻尾が揺れているのを見ると色々台無しである。
お前の尻尾はえらくご機嫌だぞとキヨは口元を緩めながら思う。照れ屋な相棒のために仕方ないので黙っておくが。
そしてキヨはこの洞窟から出るために少し喉を震わせながら歩き出したのだった。