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ビャクの訴えも虚しく終わり、魔獣がでなくなった暗闇の中をキヨ達は進んでいた。時々ぽちゃんと音がするのは水が滴り落ちているからだ。ただし、それ以外の音はほとんどしない。魔獣もじっと息を潜めているのだろう。
「何かあるな」
ビャクがそうポツリと呟き奥の暗闇をじっと睨む。キヨも少し前から感じていた強い気配にビャクも気づいたらしい。
本来ならキヨが何かの気配などをビャクより早く感じることはできない。しかし暗闇の中でだけならビャクよりも視覚、感覚が研ぎ澄まされるのでビャクよりも早く気配を感じることができる。
そして間もなく洞窟の中が大きく開けた空間に出た。ここがこの洞窟の一番奥で間違いないだろう。広い空間の真ん中に亀に似た魔獣が丸くなり眠っていた。魔獣の周りだけがこの暗闇の中でも淡い光を放っている。高さだけでも七~八mはあるのではないかという巨大な大きさである。そしてその体は淡く輝く透明度の高い、深い蒼の水晶で覆われている。光の原因はどうやらこの水晶らしい。
おそらくルドルフの言っていた水晶とはこのことで間違いないだろう。奥に行けばわかると言った意味がようやく理解できた。確かにとてもわかりやすい。
そして確かにこれを手に入れるのはいくらなんでも今のルドルフでは無理だろう……。しかし魔獣が関係してるのなら一言あってもいいものを、暴力と暴言だけでは飽き足らずこの仕打ち!
ルドルフの悪意を感じて仕方が無い……。どうやらしばらく顔を見せなかった事を相当怒っているようだ。
「あのやろー……」思わずキヨは頬を引きつらせながらそうつぶやいた。
とりあえず水晶の塊をあの体から叩き折ればいいのだろう。なんとなくだがあの巨大亀を倒さない方がいい様な気がする。あの亀はおそらくこの洞窟で最も強いはずだ。そんなものをホイホイ倒したりしたら色々めんどくさそうである。それに倒したあと貴重であろうあの水晶をどうするのかも問題だ。大量に簡単に売ったりしてもまずいだろう……たぶん!
「はぁ……まっ、とりあえずいっちょ行くか!」
そう言ってキヨは背中に背負っている大剣を両手に持つ。影からの魔法を使って倒すのが一番手っ取り早いのだが、あいにく水晶の光のせいで亀の周りだけキヨの影がなく魔法の範囲外である。刀は状況に応じてで、今は大丈夫であろう。
キヨは勢いよく魔獣に向かい駆け出す。そしておよそ10mほど一気に跳躍し大剣を左から横に魔獣の体を覆っている水晶に叩きつけるようにして斬る、が……。
――キンッ!
「えっ――!?」
水晶には傷一つ付くこと無くキヨの攻撃は高い音を発し水晶から弾きかえされてしまうだけに終わってしまった。キヨは予想外のことに崩れた体勢を空中で立て直しそのまま魔物の体のそばに着地する。
「ちょっ、硬すぎだろ!?」
「この魔獣の硬化作用の魔力が全てあの水晶に集まっているみてぇだな」
「はあ? 何だそれ……あんなに硬いもんなのか?」
「そんなん知らん。
……おい、どうやら目覚めたようだぞ……」
グオオアァァァァ――!!
そんな咆哮をあげて魔獣が目を覚まし動き出す。起き上がったせいで更に大きくなったその姿は流石に圧倒されるものがある。
洞窟内で凄まじい咆哮をあげたからか、きーんと耳の中が響く。それに耐えるようにキヨはぐっと歯を食いしばり顔をしかめた。
「っ、くそっ、だから洞窟で叫ぶな! 響く――!」
「お前もな……」
「大きさが違うわ!」
だが大きな咆哮もキヨにとっては怯むものでもなんでもなくただ鬱陶しいだけである。そんなキヨをビャクが呆れたように見ながら呟いた。しかしキヨがどれだけ大声で叫んでもこんなに洞窟に響かないのも事実だった。
『グアァァ――!!』
「っ!?
――よっとなっ!」
咆哮をあげながら魔獣は自身の体を回転させ尻尾による攻撃を勢いよくキヨに仕掛けてくる。しかしキヨもその巨大な尻尾の攻撃に反応し、大剣で受け止める。ぐっと地面が沈み、キヨを強い衝撃と風圧が襲うが吹き飛ばされることも無くその場で持ち堪える。
そしてビャクも何て事はないようにキヨの肩に乗っている。……キヨにとってはそんな場所にいて吹き飛ばされることのないビャクの方がある意味恐ろしかった。勿論そんなことビャクと共に旅をしてきたなかでは今更なのだが。
そしてそのまま投げ払うようにして大剣を振るい尻尾を弾き返すと、いったん後ろに跳躍し魔獣から離れ暗闇にまぎれた。
キヨがこれだけの超人的な動きができるのには理由がある。異世界人だからといってこのような人ではありえない馬鹿力や身体能力持っている訳では決してない。異世界から来ても人は人……この世界のものと何も変わらない。いや、それ以上に弱かった――。もちろんこの世界の人より優れた状態で魔法は使えた。しかしそれだけでは済まされないほどあの時のキヨは弱く、そんな中でも力が必要だった。
だからこそキヨはビャクと契約し人ではありえないほどの力をえた。
契約は互いが相手の願うことを叶えることが出来る場合に成立することができる。契約をしたのならその願いは叶えなければいけない絶対の約束である。破ればそれ相応の罰がくだされる。そして契約というものはごく一部の力のある種族以外は扱うこともできないということらしい。その契約をキヨはビャクと行った。
そしてキヨが思っていた以上に契約をすることで得たものもその代償も大きかったが、別にビャクと契約したことは後悔していない。今でもビャクと契約する方法以外で最善なものをキヨは思いつかないし、何よりも自分が選んだ道だ。納得もしている。
キヨが生きている間はビャクとの契約は有効なので、キヨが不老不死となってしまった今でもこの状態が続いている。むしろ不老不死となったせいでその当時以上の力を得てしまったぐらいだ。契約によりキヨは今の力がありビャクとの関係がある。
いや、ビャクとの関係は契約をする前と何一つ変わっていないのかもしれない……。そんな利害関係の一致だけで繋がっているものではないだろうとキヨはずっと思っている。
「ん~、こりゃ思っていた以上だな」
いったん体勢を整える為に暗闇にまぎれたキヨは片手を顎に添えながら苦笑を浮かべる。問答無用で息の根を止めることは簡単だ。ただ生かしたまま相手を戦闘不能にするには少々手強いようで面倒だ。
魔獣はゆっくり動き回ってあたりを探っている。おそらくキヨを探しているのだろう。
「まぁ、こっちで斬るか」
キヨは少し残念そうに言うと左手だけで大剣を持ち、右手で刀と鞘を結んでいる紐を解く。そして鞘から刀を引き抜いた。本来なら抜かずに鞘に納めたまま使うことが多いので、簡単に抜けないように下緒で刀と鞘を結んでいるのだ。
刀を抜いた後、一瞬この暗闇の中でも純白の刀身がその存在を主張するかのように浮かび上がったがすぐに闇にのまれていった。
「初めからそうすればよかったものを……」
ビャクが呆れたような声で刀を見ながらそう言う。キヨはそれに苦笑で応えたらながら大剣の方に視線を向けた。
「まっ、あまり深い意味はなかったけど……どうせならって思ってね」
「……お前が気にするほど別に、たいして変わんねぇよ」
キヨが驚いてビャクに目を向けるがビャクは顔を横に向けてしまいキヨとは目を合わせようとしなかった。キヨはふっと息を吐くように少し笑うと大剣を左の肩に、刀を少し斜めにして構える。
どうやら少し不安だったことはばれていたらしい。
「ありがと……」
答えはなかったが代わりにビャクの長い尻尾がキヨの肩で少し揺れたのを感じた。
魔獣を見ると今は動かずその場でじっとしているのが見てとれた。しかし気を抜いている様子は無い。キヨは暗闇から出て魔獣に向かって駆け出す。魔獣もこちらに気づきもう一度あの洞窟に響く咆哮をあげた。
キヨの大剣は魔物の水晶の光を受けその銀色の刀身が鈍く輝いていた。