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洞窟に辿りついたのは日がずいぶんと沈んでのことであった。ルドルフの地図を頼りにここまで来たが結局随分と迷ってたどり着いたのである。決して自分が方向音痴などではない……、と思う。ビャクがため息をついたのに見なかった振りをし、キヨは丁寧に書かれた地図をしまいながら洞窟へと入って行く。 あたりはすっかり暗くなって光源となるものもなにもない。しかしキヨはそんな状態にもかかわらず先などまるで見えない状態の洞窟の中へと足を進めた。
ルドルフが言うには目的の鉱物は水晶らしく、この洞窟の最奥にあるとのこと。行ったら直ぐにそれだとわかるらしいのだが、ドワーフのルドルフならともかく自分に鉱物の違いがわかるものかと少し疑問に思いながらキヨは洞窟の暗闇の中を進んでいく。
キヨにとっては明るい場所よりも暗くなればなるほど、より鮮明に目に見ることができる。そして視野にない場所でもどのような状態かなんとなくだがわかる。おそらくこれが気配がわかるというものなのだろう。自分でも変な感覚だと思う。地面に落ちている小石までその形や色をはっきり認識でき、視力も上がるのか遠いところに焦点を合わすこともできる。暗闇での死角はないと言えるだろう。
元の世界にいた時にはありえない現象だっだ。
「あ~多いな、めんどい……」
「……よく言う」
そしてこの洞窟に潜んでいる魔獣が先程からキヨに襲いかかって来ているのだがキヨの元にたどり着くことはない。そして一度攻撃しても襲いかかってくる魔獣にはその息の根を容赦なく止めていく。
魔獣とは魔力をもっている知性の低い生き物のことである。知性が低いためか魔法などは使えないのだが魔力を持っていない生き物より身体能力などの力が優れておりその見た目も少し特殊だったりすることが多い。
キヨは自身の影からつながった状態で出てくる黒い物体をキヨの意識の中にある様々な形のものに変化させることが出来る固有の魔法を操る。
しかしこの魔法、キヨの影がある範囲のみにしか出すことができない。つまり明るい場所ではその行動範囲も少なく……出来てひたすら上に伸ばすか、自身の身を守るための盾にしかならなかったりする。 そして人前ではキヨはこの魔法をあまり使わないようにしているためますます使う機会が減っていく。
しかしキヨの影の制限が無くなる暗闇の中ではありとあらゆる場所から攻撃することができるなど、色々使い時を選ぶ魔法ではある。
キヨは魔法を操るための動作もなく何度も攻撃してくるねずみやコウモリのような姿をした魔獣を暗闇のあらゆる場所から串刺しにしたり、叩き潰したりし息の根を止めていっている。その様は一方的である……そしてその行動に躊躇いは見あたらない。もう何千年もこの世界で生きてきたのだ。幾度となく何かを傷つけ、命を奪ってきた。今更生き物を殺すこと自体にためらう必要はなかった。
それがどんなものでも自分が必要と思うなら……だ。
生き物にはそれぞれ個人がもっておりすべての情報が刻まれているといわれている 〔始源〕というものがある……らしい。これはビャクが昔教えてくれたことだ。納得はするが自分にはあまり理解できないでいる。
魔法とは大まかにいえば魔力を用いて始源に刻まれている属性を使い構成式にそった現象を発動させることであるらしい。 一般的に人は地 水 火 風 のどれかの属性をもつとされる。
属性や魔法の性質、理屈を完全に理解していない場合、魔法を発動する為には現象を具現化させる構成式または言葉などの構成段階を踏んで発動させる必要がある。ただし、理解が深い又はその魔法を発動するための真理に近ければ構成段階も省略していくことができ、より短時間で魔法を発動させることも可能だ。そして魔法を発動させる構成段階も種族によって様々であるとのことだ。人以外の種族などは特定の構成段階を用いて発動するものも多い。
キヨの場合自身の属性や魔法の性質など理解はしていない。むしろ永いこと生きているがさっぱり分からないと言っても過言ではない。元の世界では魔法というものは存在しなかったのだから、理解できる方がおかしい。
キヨが魔法を使えるのは始源に自身の属性と魔法、魔力それらの理、そのものを刻みこもれているため頭で理解する前に魔法を無意識に使えてしまうのである……らしい。これもビャクが昔教えてくれたことだ。
やはりそのこともキヨ自身詳しくは分からない。ただ使えるのならその変は気にしなくてもいいか、という今も昔もどこか楽観的な考えである。
固有の属性をもつものはすくなくともいる。それでもキヨの魔法はこの世界でも異質とされていた。とある宗教の間では今は禁忌そのものとして知られている。珍しいだけでは済まなくなってしまった。
だからこそキヨは滅多に人前ではこの魔法を使わないようなるべく意識している。もっとも、海を渡った別の大陸などで信仰されている宗教などではこの魔法のことも知られていないのでそこまで恐れられることも無かったりする。しかしもしものことを考えて人前で披露しないに越したことはない。人とは違う力を持つことはそれだけリスクを負うことになる。あまり知られるべきではないということはもう嫌というほど理解している。
しばらく魔物を倒しながら洞窟の奥へと進んでいくとキヨ達を襲って来る魔物たちも現れなくなった。危険だとようやく理解したのかもしれない。
「ん~」
「……なんだ、いきなり止まって」
「なんだって、道が二つに別れてるからどっちに行こうかと思って」
怪訝な表情をして聞いてくるビャクにキヨは組んでいた腕をとき、指で前を示す。キヨの言った通り目の前の道は二つに別れている。しかしこれよりも前にも何度か分かれ道はあったのだがキヨは迷うこともなく進んでいた。暗闇の中なら分かれ道の先がどうなっているのかもキヨは大体わかるのだ。
「この暗闇の中ならお前が迷う必要もないだろう。目的の場所へ続いている方を選べばいい」
「あ~、どっちでも行けるんだよ」
「なら近い方にすればいい」
「ん~そうなんだけど……
それじゃつまんないかなって!」
「知るか!それこそつまらないことで悩んでんじゃねぇよ!」
「ん~……………よし、右だ!」
キヨはしばらく腕を組み唸りながら悩んだ後、パチンと右手で指を鳴らすと悠々と右の道へと歩き出した。その顔はどことなく晴れやかだ。ただそれとは逆に肩に乗っているビャクの機嫌は急落下しているみたいだ。
「おい、悩むなと言ってんだろうが、今の間はなんだ……何でこっちにした!?」
「悩んだら右に行けと言う言葉があってだな……」
「またそれか……!」
「ま~こっちの方が遠回りだけど気にしない!」
「今すぐ戻って左にいけぇ――!」
毎度お馴染みの別れ道での進む道の決め方にビャクがなんだか叫んでるがそれも気にしないでおこう。洞窟で叫んだからか、ビャクの声がエコーのように響き渡っていく。その怒りどうにか落ち着かないものかと思いながらも別に誰か他にいるわけでもないからいいかと思うと、キヨは奥へと鼻歌を歌いスキップをしながら進んでいく。もちろん引き返って左に行く訳もなく遠回りの道を進むのであった。