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この街はユグデルス大陸にあるキベルス国に属する世界有数の工業の街ボリスである。この街の周辺は多くの鉱山があり、この世界のエネルギー資源である魔石や属性石も多く採掘されるためとても栄えている都市だ。
昔からこの都市には物を作るのに長けている種族ドワーフが集落を作り住んでいた。そして今ではこの付近に住んでいた多くのドワーフが人と共存して、武器、防具、美しい装飾品、陶器などの日常品などを始めとした物を生産して栄えている。その為街全体がひとつの巨大な工房と言っても過言ではないほどで至るところから何かを叩く音などが聞こえてくる。
しかしそんな街の活気がある大通りから外れキヨは人気のない裏通りを歩いていく。目的の場所へと行くにはどうしてもこういう人気のない道を通る必要があったのだ。
「眩しいな……」
そんな言葉がポツリともれた。
太陽は真上に位置し、容赦なく照らしている強い日差しにキヨはきゅっと目を細めた。先程まで薄暗い通りを進んでいたので一気に明るい場所に出るとその差を感じる。
そんな中、肩ではビャクが目を閉じ寝ている。そんなところでよく寝れるもんだとキヨは思いながら肩の重みに意識を向けているとなんとなくだがその能天気な面にデコピンでもして起こしてやろうか、なんて考えが頭に浮かぶ。けれど結局実行はしなかった。ただでさえ自分のせいで不規則な生活をおくらせているのだ。数週間寝れないこともザラにある。眠れる時には眠っていた方がいいだろう。キヨの中で恨めしさよりも思いやりの心が勝った瞬間だった。
裏通りをずっと進んだ場所にそこはある。
「こんにちわ~」
気の抜けたような声を出しながら扉を開け、中に入ると一般的であろう剣や槍そして斧などの武器がぽつぽつと棚に並べられている。奥では若いが茶色の長い髭の生えた男がカウンターに座っている。顎に生えている髭は細かく編み込んであり、アクセサリーのようなものが付いている。
人通りから外れた場所にあるが此処は鍛冶屋である。こんな辺鄙な場所にあるが一部では名が知れているので客に困ることはないらしい。
顔を上げた男はキヨの顔を見て驚いたように目を見開いた。
「えっ……はぁっ!? もしかして、キヨさん――!?」
随分な驚きようだな、と思いながらキヨはその様子眺める。若い男はそのまま時が止まったかのように口をあんぐりと開けキヨを指さし動かなくなってしまった。
「いや~お久しぶり」
少し居心地が悪くなったのでキヨはヒラリと黒い手袋がついている片手を振りながら言う。
キヨのその行動にようやく我に戻った若い男はそのままカウンターから出てキヨの元に寄って来る。そこまで離れていないのだが若い男がキヨの元に辿り着くまでに何度か躓くその様子をキヨは苦笑しながら見ていた。
記憶にあるよりも心なしか大人びたかなと感じながらキヨはうんうんと頷いた。此処へ来たのはたぶん……数十年ぶりだが彼も覚えてくれたようだ。嬉しく感じながらキヨは自身と同じくらいの位置に頭がある男を見る。
名前はケリム、この低い身長はドワーフの特徴の一つだ。そして見た目はそれなりに若いがとうに二百年近くは歳を重ねていたはずだ。ドワーフは人よりも長寿の種族で約五百年は生きる。
「この剣の方をお願いしたいんだけど……今はお前がこの店を ?」
キヨは背中に背負っていた大剣を左の手で少し持ち上げながら言い、あたりを伺い目的の人物を探す。
「あーうん。今はもう親父から店を任されてますから、でもキヨさんのなら親父がやってくれると思うから待ってて下さい。呼んで来ます」
どうやらキヨの言いたいことに気づいたようでケリムはそう言って店の奥にある扉に入っていった。
そんなに時間もかからずに奥からドタドタと音がした後すごい勢いで扉が開き、背の低い白く長いひげの生えた老人が出てきた。
「ルドルフ、久しぶり」
久しぶりに会えたことに嬉しく思いキヨは笑顔でルドルフに言うがルドルフは何も言わずキヨの傍まで寄ってくる。
えっと? なんだろう明らかに顔が怖い……?
そう思い浮かぶとキヨは笑顔だった顔を引きつらせその場からあとずさったが無駄だった。
そして
――ゴンっ!
「いっだぁぁっ~~~。ちょっ、いきなり何すんだぁ――!」
キヨの頭に響くような痛みが走った。ルドルフはその小さい体で精一杯背伸びするとキヨの頭を思いっきり拳で殴ったのである。そこに手加減などはなかった……。キヨは手で自身の殴られた頭部を摩り軽く涙が滲んだ目で殴った張本人であるルドルフを睨む。頭では未だに衝撃が抜けず鐘が響くようにぐわんぐわんと音がなっている……。
「やかましい! 呑気なこと言っておるからじゃ。何年此処にも来ておらんと思っておる!」
しかしルドルフは普段からいかつい顔をなのに、キヨの数倍は鋭い眼光で睨みながら大声で言う。思わずゔっと言葉に詰まりキヨはルドルフから視線をそっとそらす。たかがルドルフに睨まれようが全くこわくはないのだがルドルフの言葉にバツが悪くなる。数年、ひどい時は十年に一度しか此処へは来ないのだ特に今回はその年数もいつもより長いような気がする。どれくらい顔を出していなかったか正確な数字はわからないが。
「えっと……十? いや、二十年ぶりぐらいか?」
「三十年は経っとるわ!」
少し考えて大体の数字を出したが見事に違っていたらしい。怒鳴られながらまたルドルフに頭を殴られてしまった。同じところを殴られた箇所がガンガンと痛み、ゴーンゴーンと頭の中で鐘が響く……あんまりである。
そして、ビャクが乗っている方とは逆の肩の前辺りにも強い衝撃が与えられる。
「うるせー」
「グルルっ」と喉を鳴らしながら低い、明らかに機嫌が悪い声が隣から聞こえてくる。どうやらこの騒動でビャクは起きてしまったらしい。
それにしてもだ、その体と同じくらい長い尻尾で叩かないで欲しい……地味に痛い。
そんなキヨの願いが届いたのかどうかはわからないがビャクはしっぽによるキヨへの攻撃を止めてくれた。
トカゲのような見た目であるビャクが実際に口から出す音と会話は別である。会話をするための声は魔力によって伝えているらしい。
人型ではない魔力を有している知性を持つ生き物が話す時はこのような会話方法をとっているようだ。 もちろんそんな生き物そうそういるものではないのだが……。
この世界には魔力がある。自然の空間や生き物であったりそうでない様々なものに存在する。優劣や有無は種族などによって異なり使える魔法も様々である。ドワーフは魔力がない種族である代わりに力が強く、どんな鉱物や素材でもその性質がわかり加工する術を知っていると言われている。
そして人は一部の者に魔力を持っており魔法を独自に使えるものがいる。
しかし最近では魔石と属性石を組み合わせて使うことによって魔力を持っていないものもごく一部の魔法を使う術が出来ており生活を支えていたりもする。
昔に比べ便利な世の中になったものである。
「それにしても、まだ生きてたか。俺はてっきりお前はとうに死んでしまったかと思ったん
だがな」
ふんっと鼻を鳴らしながらビャクはルドルフに言う。
相変わらずこいつは何でこんな可愛げのないことしか言えないのだろう。ビャクにとっての一種の挨拶がわりなのかもしれないが素直に挨拶ぐらい言えないのだろうか。
はぁーっとキヨは大きなため息をつき、とりあえずビャクの額にデコピンを放ってやった。パーンとデコピンではありえない何かが弾け飛ぶようなすさまじい音が響いた。
「ゔっ」と唸り声をあげ、ビャクはキヨの肩の上で器用に体を丸めて悶えている。そこそこ力を込めてデコピンを放ったのだからいくらビャクでもなかなかの痛みだったはずだ。
そしてその黄金色の瞳を鋭くしてキヨを睨むが無視である。自業自得だろう。何より尻尾攻撃をしないところをみるとビャクも悪いとは思っているらしい。
「ルドルフ悪いな……久しぶりに会えて、照れての言葉なんだ。許してやってくれ」
「いや、かまわんよ。実際ワシももう長くはないからな……息子にも今はもう店を任せている。あんたらに死ぬ前に会えてよかった」
ルドルフはシワだらけになってしまった顔をさらにクシャっと崩して笑う。
あぁ、年をとったな……そう思った。
身長も前にあった時よりも低くなったかもしれない、顔のしわも増えた、少しずつ増えていった白い毛も今じゃ白以外の色は見当たらなかった。
キヨはルドルフの体に腕を回し抱きしめる。ルドルフはキヨの体にすっぽりと覆われてしまえるほど小さかった。記憶に刻まれていくルドルフは同じなのにいつもどこか変わっていくのだ。ルドルフだけじゃない他のものも……。
「ごめんな」
キヨはポツリと呟く。何に対しての謝罪なのかキヨ自身にもうまく説明はできない。一緒にいれなかったことか、こんなに再会が遅くなったことか、はたまた自分は生き続けてしまうことをか……。それでもそんな曖昧なキヨの謝罪に関係なくルドルフも抱き返してきた。小さい体に似合わない強い力だった。
キヨの肩でぶすくれていたビャクもキヨの肩に回していた尻尾をとき、その尻尾でルドルフに触れる。
不器用なビャクなりの謝罪なのだろう。ルドルフもそれがわかったのだろうか、少しだけ笑ったような気配が感じられた。
「あんたらは……本当に馬鹿だな」
久しぶりにあったのに殴られるわ罵られるわであんまりではないか……?
キヨはそう思ったが実際に口には出さないでおいく。悔しいが馬鹿なことは否定できなかった。それにキヨの間違いじゃなければどこか嬉しそうな様子のルドルフにそんなことをいう気はさらさらおきなかった。
だからその代わりにキヨはルドルフの頭部に自分のおでこをコツンとぶつける。
「何を今更……」
そして口から漏れたのはどこか笑いを含んだルドルフの言葉を肯定するものだった。
会えない時間を埋めるように懐かしくそして暖かな再会だった。
ここに来るのは武器を打ち直してもらうとき又はこの街の近くに来たときぐらいだ。それもルドルフの鍛冶師の腕が良いのでよけいに来る機会もなくなってしまう。一応連絡手段もあるのだが、残念なことに使い勝手が悪くルドルフもあまり連絡をしてくることはない。
それでもルドルフはキヨとビャクにとっては繋がりが存在する数少ない大切な友人だ。そう思う。
ビャクは何事もなかったかのようにルドルフに触れていた尻尾をまたキヨの肩に回す。
それがきっかけとなったのかキヨも一度ルドルフに回している腕の力を強める。そし
て、そっと腕を離した。ルドルフもキヨから離れそのまま奥の扉へと向かっていった。
「奥で話そう。武器を打ち直して欲しいんだろう、茶でも入れる。ワシも少し頼みたいことがあるんじゃ」
ルドルフはそう言うとキヨ達を部屋の奥に案内した。