ザ・ダーク
そこは、かつて村だった場所。
現在は全ての建物が黒墨となって原型も留めていない。
その村の生まれであるゼロは、かつて自分の家であった焼けただれた建物に歩みより、右手に握っていた綺麗な花束を静かにそこに添えた。
「ただいま」
その声に答える者は誰もいない。
何とも言えない虚しさのせいか、ゼロはその場で両膝を付き静かに涙を零した。
「解っている……。 解っているよ……。 自分を責めても……、皆は還ってこないって。でも……、自分を責めずにはいられないんだ!」
涙で顔がグシャグシャになりがらもゼロは自分の思いを口にする。
「会いたい……! 皆に、ゼルに会いたいよぉ……!!!!」
それは切なる願いだった。
四年前のこの日、ゼロは故郷を、村の住人を、家族を、弟を失った。
それは、ゆったりとした少し肌寒い風が吹く昼頃。
自分たちの仕事をする大人たち。
それとは反対に広場などで無邪気に遊ぶ子供たち。
今日も村は平和だった。
「うわっ!?」
「はい、僕の勝ちだね」
木で出来たおもちゃの剣を尻餅をついた相手に突きつけて言う少年。
おもちゃの剣を突きつけられた男の子はどこか詰まらなさそうな表情を浮かべながらゆ
っくりと立ち上がった。
「ちぇっ、また――の勝ちかよ」
「まあ、毎日父さんが僕たちを鍛えてくれているからね。 ね? ゼル」
その問いに首を縦にふる弟のゼル。
ゼルと少年は村では有名な双子の兄弟であった。
魔力測定で平均を上回り、属性検査では二人とも二対属性の光属性だった。
光属性は基本の五大属性よりも出る確率は少なく、それでいてとても強力な魔法を使用出来る属性。
将来は英雄になるかもしれないと謳われていた。
英雄になると誓った。
そんな平和な村に、突如悲劇がやってきた。
その日の夜、少年とゼルは両親と一緒に夕食を食べていた頃、それは起こった。
外から村の住人たちの悲鳴が聞こえる。
何事かと思い父親は武器を手に外へと飛び出した。
燃えていたのだ。 村が赤く、紅く燃えていた。
原因は黒のローブを身に纏っている集団の仕業であった。
その黒のローブの集団は次々と無差別に村の住人を殺していく。 村の男性たちはおろ
か、女性、老人、子供たちまでも。
その光景に怒りを覚えた父親は妻に子供たちを連れて逃げる様に指示すると黒のローブ
の集団に一人で立ち向かっていった。
少年とゼルは母親に抱かれて村の外へと逃げて行った。 しかし、光の矢が母親の片足に
突き刺さり勢いよく転ぶ。
「母さん!?」
近づこうとしたが母親がそれを制した。
「――! ゼルを連れて逃げなさい……! 遠くへと!」
「でも……!」
「早く!」
その言葉に少年は迷ったが敵はすぐそこまでやってきている。 それにより迷っている
場合ではないと理解し、ゼルの手を引いて走った。
遠く、遠くへと。 少年は必死になってゼルを連れて全力で走った。
よく水を汲んで運ぶ湖まで辿り着き、走り疲れたのか、少年とゼルは一本の木に背中を預
けてその場に座り込んだ。
「ここまでくれば大丈夫だから」
「父さんは……、大丈夫かな……? 母さんは……?」
両親の事が心配なのか、不安げな表情を浮かべるゼル。
「大丈夫だよ! 信じて待とう!」
「でも……! でも!」
「ゼル!」
少年はゼルをひしと抱きしめた。
「僕がいるから……! 大丈夫だから……! ね?」
ゼルを落ち着かせるように耳元で静かに囁く少年。 その声は強く、しかしどこか不安そ
うに聞こえた。 心配しているのは自分だけではないと感じたゼルは少年の是中に手を回
し強く抱きしめた。
生暖かい風が吹く。
少し余裕を取り戻せるようになったのか、ゼルは少年の背中を優しく叩いて抱擁を解い
た。 お互いに微笑むと少年の後方に村を襲った黒のローブを纏った集団の一人が右手に
宿した光をこちらに向けて立っていた。
戦慄が走る。
「危ない!」
少年を押し倒した刹那、血飛沫が舞った。
突然の出来事に呆然とする少年。 目の前でゼルが腹部から血を流している。 彼が今危
険な状態にいると理解すると同時に少年は近寄ってゼルの意識を確認した。
「ゼル!? ゼル!」
どんなに声を掛けてもゼルから反応が返ってこない。
「死なないでくれ! ゼル! 死ぬなっ!!!!」
その瞳には光が宿っていなかった。
理解したくなかった。 理解したくもなかった。 死んでしまったのだ。 目の前で、殺
された。
ゆっくりと後ろを振り向く少年。 そこには黒のローブの男がいる。
アイツがゼルを殺したのか……!
気が付けば少年は黒のローブの男の方へと駆け、飛びついた。
しかし、黒のローブの男はそれを蹴って制した。
痛みで悶えている少年の胸元を踏みつけ、追い打ちをかけた。
「どうだ? 大切な者を奪われた気分は?」
「クソッ! 返せ……! 返せよ! 僕の家族を!」
刹那、腹部に衝撃が走る。
男が少年の腹部を踏みつける力を加えたのだ。
苦しくて何も声が発せられない。
そんな少年に冷たい瞳で見下ろし男は言った。
「俺を殺したいと思うのなら強くなれ。 それまで……――」
男は剣を腰に挿している剣を抜き、少年の上半身を斜めに斬る。
「待っているぞ」
用が済んだのか男は少年の目の前から立ち去って行った。
一人取り残される少年。
痛みに慣れ身動き出来る様になった少年は、死体と化したゼルの方へと近づく。
「ゴメンよ……。 ゴメンよ……、父さん……! 母さん……! ゼルを……、守れなかっ
た……!」
涙が零れる。
ゼルが死んだのは、自分が未熟だったから。
ゼルが死んだのは、自分が不甲斐なかった所為。
ゼルが死んだのは、自分が弱かったから。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアァァァァァアアァァァァァアァァア
アアァァァァアアッ!!!!」
闇が少年を包む。
綺麗な白い髪が漆黒に染まる。
蒼い瞳が真紅に変わる。
少年は、闇になった。
「絶対にアイツらを殺してやるから、見守っていてくれ」
確かな復讐心を胸にゼロは故郷を後にした。