桜の舞う日の出来事。
連載作品を書き飽きた時に書いた短編です。続きの話は時間があれば。
……春は嫌いだ。
爽やかな春の風に吹かれながら、そんなことを考える。
色とりどりの飲料が並ぶ自動販売機にちゃりん、と澄んだ音を立てて小銭が飲み込まれた。
真っ赤な帯が目に眩しい、コーラのボタンを押し、それを取り出す。
顔を上げると、自販機のガラスに写った満開の桜が目に入った。ガラス越しに散りゆく薄紅色の花を眺めていると、見覚えのある人物が近づいてくる。
「よお」
「……どうも」
素っ気ない挨拶を交わしつつ、ふらりと場所を譲ると、「あ」という小さな声が聞こえてきた。
振り向くと、湯気の立つカップを持った少女の姿。
「……暑いのによく飲めるな」
「……っ!?」
もう立ち去ったと思われていたのだろうか、少女はビクリと肩を震わせ、こちらを伺う。
「……別にいいじゃないですか、あったかいのでも」
「お前は猫舌だろうが」
ちびちびと、熱そうにカップの中身を啜り始めた少女に、思わず苦笑を浮かべてしまう。
数歩分の距離を詰め、少女の手からカップを強奪し、代わりに未開封の炭酸飲料を滑りこませる。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
短く返し、カップの中身を渇いた喉へと流しこんだ。
まるで出汁か何かのような旨味と、酸味。鼻に抜ける梅の香り。
「……梅昆布茶かよ」
「……間違えたんですよ。先輩の意地悪」
頬を赤らめ、上目遣いで見つめてくる表情も、少し拗ねている時の口調も、一ヶ月前と何も変わらない。
ただ、彼女との関係が『恋人』で無くなっただけ。それだけだ。
「……先輩は」
炭酸飲料のペットボトルを胸に抱え、目を伏せる彼女の言葉の続きを、梅昆布茶と死闘を繰り広げながら待つ。
「……楽しかったですか?」
たった一言だけの短い問い。
果たしてそれは、何時の事を指しているのか。
彼女と付きあっていた時、まだ付きあっていなかった時。
それとも去年の春の、彼女と出会った時か。
何時の事なのかは分からない。しかし確実に言えるのは、ただ一つ。
「ああ、楽しかったよ……とても」
春は、出会いと別れの季節。
楽しい事と、悲しい事。幸せな事と、不幸な事。正反対な二つの出来事が重なるこの季節が、どうしようもない程ーー
大っ嫌いだ。
感想お待ちしています。