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太陽王の蹄の唄  作者: 古池ケロ太
勇者、大地を駆けるの章
9/38

(9)


 広い広い枯草の絨毯の上に、色とりどりの幟がひしめいていた。まっ白な天幕、馬を囲った柵、デールを着こんだ人々が酒を酌み交わし、笑い声に怒鳴り声、祭りの空気――。


 村から歩いて実に一週間。ナーダムの日がやってきた。

 瓦葺きの家もちらほらと見える、タタルの都ツェツェル。その郊外にある広大な平原が戦いの舞台だ。タタルの西から東まで、二千以上の部族から一番の馬乗りを決める、この国最大のお祭り……なのだが。


『人、少ねぇ……』

 土地が広すぎるせいもあるのだが、会場に見える人影はどう考えたって五百人を数えるくらいで、まばらという表現がピッタリだった。それともまさかこれが全土から集まった人間なのか、と一瞬考えたが、サラたちの顔を見る限り、そうでもないらしい。

「やっぱり東のほうはおらたちと一緒で、ウブジ山からの水で生ぎてるからなぁ……。参加する人も少ねぇなぁ……」

 とは、横を歩くドルジ。なんだか自分たちが来たことを遠まわしに責めるような文言に、サラは俺の鞍上から一言、

「来なければよかったのに」

「うえっ? い、いや、そんたな意味で言ったんでね! ただ……」

「違うわよ。そんなにひどい顔になるなら、ってこと」

 ドルジの顔は青タンだらけだった。片目のふさがった顔を照れ臭そうに歪めて、


「い、いやあ、ひさびさに出てみたんだども……やっぱり相撲は厳しいべ」

「ひさびさも何もどうせ万年初戦負けだったでしょ。結果は分かってたのに」

「ハハハ……まぁ、なぁ……」

 どうやら並行して格闘技の大会も開催していたらしく、ドルジはそれに参加してこっぴどくやられたらしい。もっともそれが口実だってのは明明白白だった。


『お前もモノ好きだよなぁ。親父さんらの反対押し切ってサラに付き添うなんて』

 呆れ半分に話しかけた内容が分かったわけじゃあるまいが、ドルジは俺に向かって「へへ」とはにかんだような笑みを見せた。やれやれ。


「おおっ、サラントヤじゃないか!」「今年も頑張ってくれよ!」「期待してるぞ!」

 道を行くと、髪の毛一本まで酒臭さが染みついたオッサンたちや、日に焼けた匂いのするガキどもが声援を送ってくる。一年のうち顔を合わせるのはこのときだけだろうに、他の部族から一目置かれてるってのは本当らしい。サラが仏頂面のままちょこんと揺れる程度の会釈で応えるのも、彼らにはチャンピオンの貫禄に見えるに違いない。


 と、案内役とおぼしき少年が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

「あ、サラントヤさん! 二万メードの会場はこっちですよ!」

『ブッ!』

 に、に、に、二万メードだと? 何時間走らせる気だ、おい!

「いいのよ、二千のほうに申し込みしてるから」

「え? 二千……って、今年からできたヤツです、か?」

「悪い?」

「え、悪くはないですけど……いいんですか、本当に?」

 食い下がるような少年の言葉に、サラはいいのよ、とだけ残して先を急かした。


 ……話が見えにくいが、察するに一口に競馬と言っても、距離別にいろんな種目があるらしい。で、サラがこれまで出ていたのは二万メードで、今年は、新設された二千って短距離レースに出る、と。……なぜ?


 まあ、二万でなくてよかったと、一瞬考えてから、俺は可笑しくなった。

(そうそう、二万だろうと二十万だろうと関係ねぇんだったな……)

 会場は丘のふもとに盆地の北側、やや急な丘のふもとにあった。平地は観客席になってるようだが……なんだこりゃ、おい。


 人が少なすぎる。ロープで区切られた客席は茶色の枯れ芝が丸見えで、酔っ払って寝ているか、サイコロを囲んで博打に興じているオッサンが数えられる程度。遠くでは幟をかかげて声援を送っている一団もあるが、さっき他の騎手と話していたところを見ると、身内の人間だろう。輪をかけてさびしい人の入りだ。


(要するに、この大会のメインは、二万メードのほうってことか……)

 サラのヤツはなんだってわざわざ地味なほうを選んだんだろうか。プライドのために出るんなら、楽に勝てるから、なんて理由じゃないと思うんだが。

 ――ま、いいか。どっちに出ようが結果は同じだ。


 ふもとから丘を見上げる。傾斜はそれほどじゃないが、頂上まで千メードはあるだろうか、おそろしく長い。斜面に沿って木の柵が二列に並べられていて、つまりその間を通って走れっつーことらしい。


「馬の蹄、ね」

 とは、サラの言葉。なるほど、言われてみりゃその通りで、コースは全体が馬の蹄のような楕円形になっている。丘のふもとをスタート地点として、まず右斜めに丘を上り、頂上付近まで行ったところで左へ大きく迂回、ターンし終わったら今度は斜面を下り、スタート地点がすなわちゴール……ってか。ご苦労なこった。


「まもなく競技開始です! 参加者は赤い旗の立った出走地点へ集合してください!」

 係員のデカい声に従って、旗のもとへ進む。

「んだば、サラントヤ。頑張ってけろ!」

 心づくしのドルジの見送りに、サラは肩越しに手を挙げるだけで応えた。

 出走地点ではすでに他の馬たちが準備を終えて、ウォーミングアップにその場で回ったり、小走りを繰り返したりしている。


「ヨォ、サラントヤ」

 後ろから白と茶のまだら模様の馬と、それに乗った若い男が近づいてきた。三白眼に八重歯の突き出た、変にギラギラした匂いの野郎だ。

「一年ぶりだなぁ。積年の恨み、今日こそ晴らしてやるから、覚悟しろよ」

 サラはジッ…………っとそいつを見つめ、

「……誰?」

 男はガクッ、と落馬しそうになった。


「バートルだ! ミンジ族の! 毎年顔合わせてたろが!」

「ああ、思いだしたわ。七年続けて準優勝の『あの』バートル君ね。何してるの、こんなところで?」

「いや、ちょっと散歩にね。……ってバカ! これに出るんだよ、俺も!」

 何なんだお前は。

「ヨォ、それよかどういうこった! 何で二万メードのほうに出ないんだ! 俺はおまぁに勝つために、この一年、いや、この七年、ずーっと長距離の調教ばかりしてたんだぞ!それをいきなり二千なんぞに鞍替えしやがって! あっ、さては逃げたな! 俺に負けるのが怖くて逃げたんだろ、ヨォッ!」

「どうして私が逃げないといけないのよ。貴方ごときに」

「ご、ごときぃ? ぐっ……そしたら何だ! そんなに賞金が欲しいのか?」


 ――賞金?

 降って湧いた生臭い単語に、思わずサラの顔を見上げる。

「貴方には関係ないでしょう」

「おっ、否定しないってことは認めたな。この守銭奴が。名誉よりカネか、ヨォッ」

「五月蝿い。そういう貴方こそ、どうしてこっちにいるの。そんなに名誉サマが大切なら今からでも遅くないわ。二万のほうに失せなさい」

「フン、おまぁの出ない競馬に勝っても仕方ないわ。今日という今日は、泣きっ面見せてもらうからな、ヨォッ!」

「お尻でよければ見せてあげるわよ。走ってる間中、ずっと」

 フン、と互いに鼻を吹き鳴らして、そっぽをむく二人。

 しかしいろんな所に敵を作る女だな、こいつは。

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