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太陽王の蹄の唄  作者: 古池ケロ太
勇者、大地を駆けるの章
8/38

(8)

 ……ん? 外?


「……」

 氷の瞳が、俺を見下ろしていた。

 そら逃げろと蹄を返したときにはもう遅い。俺のたてがみは悪鬼の手に掴まれ、

「ほーらほらほらほらほらほらほら」

『あああああああああああああああ』

 ……気がついたときには、元の寝ぐらに戻されていた。


「前脚はともかく、後脚の縄を噛み切るなんて……」

 切れたロープをまじまじと見つけるサラの顔は、驚き半分、呆れ半分といった感じ。あったり前よと啖呵を切ってやりたかったが、どうやらそれどころじゃないらしい。いつの間にか、その手にはさらにぶっといロープがある。


『いやだー! 離せ離せ冷血女! 俺は人間に戻るんだ! 故郷に帰るんだー!』

 せめてもの抵抗に脚をバタつかせてやる。深いため息が落ち、次いで聞こえてきた言葉に、俺は凍りついた。


「本当、言うことを聞かない子。……去勢したほうがいいのかしら」

 ――去勢。気性の荒い馬を大人しくさせるため、睾丸などを切り落とすこと。

『じょっ……冗談じゃねぇ!』

 ズザッ! と俺は光の速さで、尻から後ずさった。馬にされた上に玉無しだと? たとえ人間に戻れても、それじゃ世界中の女が泣くわ!


 一方、サラはというと、珍しくもあっけに取られたような顔だった。何かを考え込むような間を置いて、ぽつりと一言。

「……去勢」

 ズザッ! と再びのけぞる俺。

「脚を折る」

 ガバッ! と脚をかばう俺。

「目をつぶす」

 シャバッ! と顔を伏せる俺。

 なんだ何だ、言葉責めか?


「……貴方、人間の言葉が分かるの?」

 目からウロコだった。

 そうだ、こんな簡単なことになぜ気付かなかったんだ。俺が人間ってことを証明するのに、言葉を話す必要なんてない。向こうの言葉を分かることを示せばよかったんだ。

 千載一遇のチャンスに、俺はバカのごとくコクコクと首を縦に振った。はたしてサラは、真偽を判断しかねる顔でしばし俺を見つめ、

「それじゃあ、今からいくつか質問をするわ。答えが『はい』なら首をタテに、『いいえ』ならヨコに振りなさい。いいわね?」


 俺はコクコクとうなずいた。もうこれで答えになってるような気もするが、ともかくサラは質問を繰り出した。

「質問その一。今は、夜?」コクコク。

「質問その二。雪は、黒い?」ふるふる。

「質問その三。太陽は、西から昇る?」ふるふる。


 ううーん、とサラ、首をひねり、

「……最後の質問。私のこと、嫌い?」

 コクコクコクコクコクコクコクコクコクコク。


 ふむ、とサラは納得の息をついた。分かってくれたか……

「不正解ね」

『待てえええええええええええええええええ!』

 何だ不正解って! 趣旨が変わってんじゃねーか!

「冗談よ。……驚いたわね、こんな馬、初めて見るわ」

『だから馬じゃねぇって!』

「どこかで特別な訓練を受けたのかしら……不思議ね」

『ちーがーうー! 何で『貴方は人間ですか?』って聞いてくれねぇんだ! それで全部解決すんのに!』

 そこまで言ってから俺は自分のバカさ加減にうなだれた。そんな質問するヤツがどこにいる。結局、こっちから出来ることなんて何もないんだ……。


 と、サラの背後から蚊の鳴くような声が聞こえた。

「サラントヤ」

 闇の中からあらわれたドルジは、サラの背中に手をかけようとし、

「おうっ!」

 その場に立ちすくんだ。

 サラが振り向きざま、手にしていた鞭をドルジの鼻先に突き付けたのだ。

「ドルジ。何度言ったら分かるの。私の後ろから近づかない。鞭の届く範囲に近づかない。ましてや体に触らない」

「す、すまね……」

 すごい信条の持ち主だった。そうまで人を遠ざけてどうするつもりなんだ、この女は。


「おめぇ……みんなに本当のこと言わなくていいんか」

「言ったら殺すわよ」

 即答。ドルジの喉が鳴る音がはっきりと聞こえた。

「で、でも……」

「話はおしまい。早く寝たら」

 とりつくしまもない、とはこのことだった。ドルジは今一度惑うように手を上げ、ふわふわと宙にさまよわせたあげく、肩を落として帰って行った。


 残ったサラ――月のない空を見上げ、その表情は、やはり星を映すかと思うくらいの鉄面皮だった。黒い木綿服デールが闇に溶けていくのを見ながら、俺はため息をついた。

『なんだかなぁ……』

 ドルジの言う「本当のこと」ってのが何かは分からん。ただ分かるのは、あの女が部族のピンチをほったらかして、ナーダムとかいう競馬レースに出ようとしてること。


 あの女が浮いた存在なのは明らかだ。ここは三十人くらいの所帯で、村人たちは家族同然に固まって暮らしている。だってのに、あいつときたら一切その輪に加わることはない。いつだって楽しいことなんて何ひとつないと言った仏頂面で、どこか遠くを見てるだけ。


 そういうヤツはどこにでもいた。たとえば村の餓鬼大将。たとえば地方の武術大会の優勝者。たとえばボンクラ貴族。自分の世界に閉じこもり、その中で得られる満足だけに生きる。そういうのは、決まってチンケな肩書きに固執するんだ。


 結局、俺を拾ったのはこのため。命惜しさに愛馬を乗り捨て、今度はプライドのために俺を乗り潰すつもりか。そうは行くかよ。


『出てやろうじゃねぇか、ナーダム……』

 身を横たえて目を閉じる。耳をくすぐる虫の音は、こう言っているように思えた。

 ――一丁、こらしめてやれ。

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