(5)
「チングル!」
どうやら仲間らしい。雪の薄くなった草地に入ると、似たような服を着た小太りの若い男が目を丸くして駆け寄ってきた。ガキは女の脇から飛び下りると、男の胸に飛び込んだ。
「にーちゃ、にーちゃあ!」
「ああっ、チングル、えがったぁ! よぐぞ無事で……!」
ガキはひたすら「にーちゃ」を繰り返して泣きじゃくり、男は下ぶくれの顔をぐちゃぐちゃにしながら抱き返した。ガキの懐から、ぽろぽろと木の実がこぼれ落ちた。
女が水の流れるような動きで俺の背から滑り下りた。男のもとへつかつかと歩み寄り、
「サラントヤ、おめぇが見つけ出してくれただか! ありが」
平手打ちをかました。
そのへんにいた羽虫がいっぺんに飛び立つほどの一撃だった。あまりの威力に横向かされた男は、赤みの浮かんだ頬を押さえながら、亀の遅さで顔を女へと戻す。
黒髪の女は、意外なほど静かな口調で言った。
「妹でしょう。貴方が目を離してどうするの、ドルジ」
「す、すまね……」
男の広い肩が空気の抜けるようにしぼんだ。情けなくうなだれる姿をかばうように、ガキが兄貴の胸にしがみつく。返す視線で涙半分に女を見上げ、
「にーちゃ、いじめちゃ、やぁ」
女はそれに免じて、というようにため息をついた。
「あ……サラントヤ。バヤルは?」
「死んだわ」
え、と男の顔が凍りついた。黒い長髪がさらりと流れ、「だから、」と言ってこっちを向いた女の顔を、俺は忘れない。
スキのない顔だった。美しい、といえばそうだし、恐いと言われりゃそうとも思える。
一枚の絵のように整った面立ちに俺は見入り、だけどすぐさま逃げるように顔をそらした。弓のような眉、刃の眼、槍を通したようにすらりと伸びた背筋。
ひょっとしたら天使とか悪魔ってのはこういうものなのかもしれない。
こいつの綺麗さは、人を威圧する。
はるか向こうの雪原に、彼らの住処だろうか――不思議な家がいくつも寝そべっているのが見えた。一言で言えば、白いパンケーキ。布と木を組み合わせて作った、平べったい円柱形の、家とも言えない不思議な住居。
俺ははっきりと、ここが見も知らない異国であることを悟った。
――なぁ、カール。もし生きてたら答えてくれ。
女は俺を指差した。
「今日からあの子が、私の馬よ」
――これから始まる運命に、自伝は何冊必要だ?




