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太陽王の蹄の唄  作者: 古池ケロ太
勇者、馬になるの章
2/38

(2)


 泥のような眠りから、意識が浮かびあがる。

 と同時に全身が粟立った。寒い。なんだこの肌をブッ刺すような寒さは。鉛のまぶたがたちまち跳ね上がり、最初に目に飛び込んできたのは黄色がかった朝の陽光、次いでそれをまだらにさえぎる無数の木の枝――そして、居並ぶ樹木。


『森の中……か?』

 身を横たえる地面は、一面の雪だ。人に荒らされていないまっさらな白絨毯から、黒い肌の樹木が、果ての見えないほど遠くにまで立ち並んでいる。葉の抜け落ちた枝の隙間からは、海をひっくり返したように青く昇ってゆく空がある。視界の端にちらちらと弾ける光は、陽光が反射したもので、どうやらすぐそばに池があるらしい。


 一体どうなってんだ、こりゃ。俺は確かにマジャルの廃城で魔女を退治したはず。それが何だってこんなとこで寝っ転がってんだ?

 軽く身じろぎすると、すぐ足元で何かが動いた。目をこらしてみる。茶色をした細い棒のようなもの。先端を追ってみると、黒い石……いや、蹄?


(馬……か)

 馬の脚は雪の上に横倒しになっている。どうも、こいつに乗っていたところを、もろともにズッこけたみたいだ。

 いや、それもおかしい。こんな馬に乗った覚えはない。そもそも俺は普段馬に乗らない。脚には自信があるから移動は大抵徒歩だったし、どうしてもって時は、カールの後ろに乗せてもらった。あいつは勇者たるもの乗馬もできずにどうします――なんて口うるさかったが、こっちは砂漠の出で、ラクダのほうがまだ慣れてるんだから仕方ない。


 ひょっとして、魔女を倒した浮かれ気分にまかせて、カールの馬に乗って凱旋しようとしたあげく、すっ転んで記憶喪失に? それはそれで俺っぽい気もするが……。

 そういえばカールの姿もない。広間の一階下まで一緒にいたってのに……まさかあいつ、死んだんじゃないだろうな。


『何がなんだか分からねぇな、おい……』

 馬は脚と胴の一部しか見えない。どうやらかなり近くに寝っ転がっているらしい。ヘタに動かれて下敷きにされたらたまらん、と、ひとまず立ち上がろうとした。


 できなかった。

 足に力が入らない。というより思った方向に曲がってくれない。……というか……何と言うか……おかしい。うまく言葉にできないが、足がいつもと違うところから生えている、そんな感覚がある。

 手もだ。力を入れれば動くことは動くが、その動く場所がおかしい。手首が手首の位置になく、肘が肘の位置にない。身体が言うことをきかないとか、そういうことよりもっと異常なことが起こっている。


 なんだ、何がどうなってんだ。何で俺の体が、俺の体以外のものになってるんだ。

 なんで、俺の体は目に映らないんだ。

 なんで……視界に映る馬の脚が、俺と同時に動いてるんだ!


 雪の上を腹ばいに這いずりながら、俺は池のほとりへと近づいた。体の重さも首の動く感触も、雪が肌を刺す感覚も、何もかも異様だった。

 水面は寒さに凍りついて、まるで鏡だった。


 そして俺は、ついに見てしまった。氷結した池に映った、自分の顔を。

 自称ユーロピア一の伊達男の面影は、どこにもなかった。長く長く突き出た鼻、頭の上に立った耳、茶色のたてがみ、顔の両側についた目……

 う、うそだ……こんなの、絶対ウソだ……


『うそだああああああああ!』

 この俺が、世界を救った勇者が――お馬さんになっちまっただとォ!


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