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太陽王の蹄の唄  作者: 古池ケロ太
勇者、帰還するの章
15/38

(15)

「内側の柵――チャリオッツの用語で内ラチといいますが、あれの長さがちょうど五百メードあります。あの柵の中心がスタート地点となり、そこから柵の周りをちょうど二周、つまり二千メードのコースとなります。落馬は失格、他の馬への攻撃も失格、またムチを使った攻撃も禁止……と、このあたりのルールは予選と同じですな。そうそう、その回りの外ラチから出てしまってももちろん失格となりますのでご注意を」

「どうだべ、サラ?」


 ドルジが感想を求める、というかほとんどすがるような目で訊く。なんとかいい材料を見つけてくれ、と。対してサラ、ぐるりと競技場を見回し、

「気づいたことは、三つ」


 足の裏で地面を踏みしめた。

「まずはこの地面。かなり深いわ」

 爪先を沈めると、足の三分の一ほどまでが砂の中に沈んだ。

「これだけ砂の厚さがあると、脚を抜き差しするだけでも力がいる。つまり速さだけじゃなく、馬力も必要ということ」

「う、うん」


「二つ目は、道の幅。ナーダムでは五十メードはあったけれど、ここは内側の柵から外の柵まで、二十メードぐらいしかない。参加する馬は何頭だったかしら? おじさん」

「八頭です。ユーロピア六カ国と、ソウ、タタルの代表が出ますから」

「なら、一頭あたりの横幅は二メードちょっと。まあ、全馬が横並びになる展開が考えられないけど、少なくとも、他の馬との接触は避けられそうにないわね」

「な、なるほど」


「最後に、あの曲がり角」

 と、柵の終点を指差す。ひときわ太い杭が打たれている。

「ドルジ。あなたなら、あそこをどう曲がる?」

「どう……って。普通に折り返すんでねか?」

「そんなことできないわ」

 きっぱり言ったサラに、「ほへ」と呆けるドルジ。


「五百メードの直線を全速力で突っ走ってくるのよ。あんな角度のないところをそのまま折り返そうすれば、速度を殺せずに外に飛び出すのがオチ」

「あ」

「もう一度質問。なら、どうやって曲がる?」

「ええ、と……ギリギリで速度を落として、折り返す……?」

「それもちょっと不正解。減速して折り返してまた加速して……じゃ、結果的に時間がかかりすぎる」

 だから、と指先で杭をぐるりと囲むような軌道を描き、

「角度がなければ、自分で作ればいい。角にさしかかる前に、一旦外に膨らんで、円を描くように曲がる。そうすれば減速を防げるわ。多少走る距離が延びてしまうけど、これが一番早いと思うわ」


『なるほど……。頭いいな、こいつ』

『感心してる場合かい。アンタの話だろ』

 と、ババアに突っ込まれたそのとき。


 後ろから拍手が聞こえてきた。

「いやァ、グーだよグー。初見でそこまで分析できれば大したもんじゃナーイ!」

 頭のてっぺんから抜けてきたような甲高い声。栗毛の馬を引いてやって来たのは、白人の男だった。七色に塗り分けた髪を短く逆立て、体中から香水がプンプン、アクアマリンの目はニヤニヤと垂れ下っている。一言で言うと、『軽薄』が服着たような人間だ。


「だけど、ンー、大事なのが一つ抜けてるねぇ。ホラ、あそこ見てごらん、ハニー?」

 こっちが何か口にするのも待たず、優男は柵の真ん中あたりを指した。

 ……ハニー?


「スタートからレッドポールまでが短いだろう? 普通は四百メード付近が目安だっていうのに、ここは二百メードしかない。開始直後の位置取りが生死を分けるってワケさ」

「レッド、ポール……?」


 サラが眉根を寄せて聞くと、男は「おや」という顔で案内係に目を向けた。

「案内員さん、パワーゾーンの説明はした?」

「い、いえ、まだです」

「あっそう。ダメだよ、真っ先に教えてあげなくちゃあ」

 申し訳なさそうに縮こまる彼を尻目に、今度はサラへ吐き気がするほど爽やかな笑顔で、

「ンッンー、ソーリー、マイハニー。説明が足りなかったようだネ。よければボクにレクチャーさせてもらえないカイ?」


 サラは無言。というか言葉の意味が分かってない。もちろん優男はそんな相手の様子なんぞカケラも気にとめず、勝手に説明を始める。


「あのね、あそこの柵のすぐ横に赤い鉄の棒があるだろう? あれはレッドポールと言ってね、スタートしてからそこを通り過ぎると、他馬への攻撃が可能になるんだ。それまでに手を出してしまったら即失格だから注意だゾ! えっ、どうしてこんな制限を設けるかって? ンッンー、いい質問ださすがハニー! それはね、スタートしていきなり殴り合いが始まったんじゃつまらないからだよ。考えてもごらん、腕っぷしの強い人間が確実に勝ってしまうんなら、馬を走らせる意味がないだろう? チャリオッツという競技はね、『速さ』と『強さ』のバランスにこそ魅力があるのさ。脚に自信のある馬はレッドポールの前でできるだけ他馬と距離を取り、攻撃優先の人がそれを追いかける。逃げ切るか、それとも追いついて叩けるか? フー・アー! なァんてエキサイティング! ジス・イズ・チャリオッツ!」


 ……ここまで、俺たちは一言も口をはさめなかった。

(親切っちゃあ親切なんだが……なんだかなぁ)

「……ご親切にどうもありがとう。よく理解できたわ。……で。貴方、誰?」


 当然の疑問だった。

「フー・アー! これは失礼! 自己紹介を忘れるとは、ボクとしたことがとんだ失態!ああっ、どうすれば許してもらえるだろうか? 跪いて土を舐めようか? それとも薔薇のトゲでこの身を傷つけるべきかな? どうか教えておくれ、マイハニー!」

「……いいから早くして」

「ンッンー、それじゃ失礼して。――ボクの名は、アレックス・オーウェン。フロム・クインズランド。君と同じ、チャリオッツ・ダービーの代表選手さ」

「代表……貴方が?」


 クインズランドはユーロピアの西端。ロマーノに次いで歴史のある国で、えらく気位の高い、いけすかねぇ人間ばっかりの国だ。が、こんなバカもいたとは。世の中広いわ。


 チャリオッツという競技はそもそもクインズの発祥で、名門オーウェン家の御子息である氏はクインズ・チャリオッツ界のグランドチャンピオンであります――という話をさっきのフォローのつもりか案内係が付け加えるが、サラはほとんど聞いちゃいない。滝のように言葉を垂れ流す優男を、珍獣を見る目でながめるばかりだ。

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