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太陽王の蹄の唄  作者: 古池ケロ太
勇者、大地を駆けるの章
12/38

(12)


『何ィ? じゃ、こりゃあ、てめーの仕業じゃなかったのかよ!』

 その夜。会場の隅っこに建てられた馬小屋で、俺はババアと顔を突き合わせていた。というか俺の蹄に前に、ババアが止まる形だった。すごく話しづらい。


『誰がそんなこと言った? こんなザマになって一等驚いてんのはアタシなんだよ』

『いや、でもくたばる直前に言ってたろ! それなりの目にあってもらうとかって!』

『ああ、アレ? まぁアレはただの悔しまぎれというか……負け惜しみ?』

『なんだとォォォォォォ!』

『いやぁ、魔王とまで呼ばれた身としては、やられっぱなしはカッコ悪いと思ってねぇ。見事に騙されてくれて、アタシとしては一矢報いたって気分だよ、ヒッヒッヒッヒ!』

 こ、こいつ、こんな性格だったのかよ。


『ああ……なんてこった。また一から謎解きのやり直しかよ……』

 がっくりと首を落とす俺。アゴに潰されそうになったババアは慌てて飛び退き、

『おっと! 気をつけとくれよ! でっかい図体しやがって、潰されちゃたまんないよ』

『へん、いい気味だ虫ケラ。いっそ潰れて楽になっちまえ』

 聞くところによると、ババアが目覚めたのはこの町の郊外。心臓を貫かれて一巻の終わりと思ったら、あら不思議、自分は蚊の姿で、どういうこったと右往左往していたところ、祭りの会場に人語を話す馬が現れたという次第らしい。

 考えてみれば難儀な話だ。まだ馬でよかったかも、俺。


 しかし一方で便利なところもあるわけで、このババア、キャラバンの荷台にブンブン飛んで行って、ユーロピアの情報を仕入れていた。


 一つ。俺とババアの戦いから、なんと、もう一年が経っていたということ。

 二つ。ユーロピアでは人喰いが殲滅され、平和が戻ったということ。

 三つ。俺は戦いの後行方が分からず、魔女と相打ちになったと思われていること。

 四つ。カールは無事生き残り、俺のことを捜索し続けてくれているということ。

 そして――


『で、何だっけ? さっきのレースがタタル代表を決める予選で? 本選は、そのトルキスで開かれるっていう……ええと』

『チャリオッツ・ダービー』

『そう、それ。そんなレース、聞いたことねぇぞ。ってか、ユーロピアじゃそういう競技やら賭け事はあらかた自粛なんだよ、誰かさんのおかげで」

『あっそ。けど昔は、トルキスも含めてユーロピア全土で盛んに行われてたんだよ。クインズランド発祥のホースレースがベースとなり、プロシアの馬上槍試合や古代ロマーノの戦車競争やらと結びつき完成した、通称「世界最速の格闘技」……ってね』

『……なんか、説明くさくねぇ? 本か何かの丸暗記だろ』

『ま、細かいことはいいじゃないか。ヒッヒッヒ』

 図星か。


『で、そいつが今度、十何年かぶりに復活するってわけさ。それも魔女討伐記念てことで、賞金はなんと五千万ゴート。しかもゲストとしてタタルとソウの代表も呼びよせて世界最強の人馬を決めるってぇ、まあ、なんとも大げさなシロモノだぁね。「討伐」された本人としちゃ、いささか複雑だけどさ』


 五千万ゴートといえば、プロシアの都の一等地に噴水つきの大屋敷を立てられるくらいの大金だ。ずいぶん思い切ったことするなぁ。そんだけありゃあ井戸の十基や二十基どうってことねぇ。邑の連中があんだけ苦しんでる水不足も一気に解決ってわけだ。


『で、その開催地がトルキスか』

『ま、妥当だろうよ。あそこはユーロピアとユグールの中間に位置してるからねぇ』


 ババアの提案はこうだ。

 俺たちがこんな姿になった原因はよく分からない。ただ何らかの呪術的な力が働いていることは確かだ。

 俺もババアも門外漢で、どうあがいたって糸口は見つからねぇ。だが、トルキスは世界でも屈指のまじないの国だ。そのほとんどはコインの裏表も分からねぇくらいのインチキだが、行けばあるいは道が開けるかもしれない――と。


『……というか、それくらいしか可能性がねぇって話だろ』

『あらま、分かってんじゃないの』

『おい、一応聞いとくがよ……てめぇ、元に戻った途端、俺の首取ってやろうってハラじゃねぇだろうな』

『そう思うんなら、今すぐ踏み潰せばいいじゃないかい? ただしトルキスでの情報集めはぜーぇんぶアンタ一人でやるんだよ、んん?』


 くっそー、こっちの弱みを分かってやがる。まさかサラに事情を説明するわけにはいかねぇしな。つーか、説明できたところで、アイツが協力してくれるとは思えん。


 俺にしたって、故郷に帰れるのはまたとない話だ。道に関しちゃ大会本部から案内人が来てくれる。一人で行ったんじゃそのへんで野垂れ死ぬのがオチだしな。しかし……


『安心しな。いっぺん死んだ身だ、魔女だなんだと追っかけられんのも疲れたし、うまいこと元に戻れたらソウの片田舎で畑でも耕して余生を送るさ。どうだい、悪い話じゃないだろ? アタシはトルキスで情報を集める。その代わり、アンタはアタシの隠れ蓑になってくれりゃいい。こんなナリじゃいつ潰されちまうか分からんないからねぇ。アンタのたてがみや尻尾の毛の中が、一等安心できるってわけさ。カンタンな交換条件さね』


 これぞ悪魔の囁きだ。さんざん唸った俺だったが、他に選択肢があろうはずもない。

『ああ分かった分かった! 一から十までおめーが正しい! その話、乗ってやらぁ!』

 くそっ、魔女と手を組むなんざ、カールが聞いたら卒倒しそうな話だぜ!

『よしよし、若い子は素直が一番だよ、ヒッヒッヒ。面倒事はアタシに任せて、アンタはレースのほうを頑張りな。あのお嬢ちゃんのためにね』

『誰が! もうアイツを助けてやる義理ァねぇ!』

 ヒッヒッ、とまたもイヤな笑い方をして、飛び上がるババア。屋根の端から、宝石箱をぶちまけたような、タタルの夜空がのぞいていた。


『すごい星空だねぇ……。蚊になっちまってからこっち、どいつもこいつも五月蠅そうにアタシを見るけど、お星様のまなざしだけは変わらない。ありがたいねぇ』

 ふん、と俺は鼻で笑った。


 ふと月影が欠けた。馬小屋の入口に、サラが立っていた。

「起きてる?」

 返事の代わりに首をもたげる。目の前に水の入った桶と、飼葉が置かれた。晩メシにしては変な時間だ。……まさかご褒美のつもりか?

 レース中に受けた傷で、サラの体は包帯だらけだ。頭に巻いた布から片目だけをのぞかせて、じっとこっちを見つめてくるのが、ちょっとだけ怖い。


「……そういえば。貴方の名前、ちゃんとつけてなかったわね」

『何?』

 思わず聞き返した俺の、正確には俺の額に視線を合わせて、

「ダヤンハン」

 ハラヘッタ。

 ……ぐらいの無愛想さでそう言い捨てると、そのまま背を向けて出て行ってしまう。


 たとえ言葉が話せたとしても、反論の一つもできなかったろう。

 俺の名前はそのナゾの単語で決まってしまったらしい。


 ババアが笑って降りてきた。

『ダヤンハン、か。いい名前じゃあないか』

『おい、無責任なこと言うな。意味分かってんのかよ』

『分かってるさ。この国の古い言葉で、太陽の王、ってぇ意味だよ』

『…………ほーう。なかなかそれっぽく聞こえるな』

『こら、年の功を舐めるな! アタシだってずっとマジャルの城の中にこもってたわけじゃないんだよ。二百五十年もの人生で、世界を何周したと思って……』

 わかったわかった、と俺は喉で笑った。結構ムキになりやすい性格なのが可笑しかった。


 桶の水に顔を映す。丸く残った額の傷は、たしかに太陽の形だった。

(……まぁ、てっぺんハゲよりはいいかぁ……)


『なぁ、ババア』

『うん?』

『サラントヤってなぁ、どういう意味か分かるか?』

 ババアの答えに、でまかせの色は無かったと思う。

『月光、さ』


 天の川に、淡い月が泳いでいた。


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