本編
私、紫堂咲はとあるお金持ちさんに雇われた家政婦です……と、言
うか家政婦として雇われたはずなのにここのご主人は何故か私をメイ
ドさんと呼ぶんです。
格好もたまにテレビで見るフリフリの……ええ、メイド服って言う
んですか? それを着せられるんです。おかげで毎日歩きづらくって
……
「咲ちゃ~ん」
ご主人がお呼びのようなので、私はご主人の部屋へ行くことにしま
した。
「何でしょうか、御主人様」
スナック菓子を箸で食べながら、やや肥満気味の身体をこちらに向
けた。毎日掃除してんのに何でこの部屋はこんなに臭いのかしら……
「見てよこのキャラ、可愛いでしょ」
テレビに映った桃色の髪をした小学生くらいの女の子の絵を静止画
で見せてきた。
何? あなたロリコンなんですか、こう言うのを見てニヤニヤして
るんですか
「あら、可愛らしいキャラですわ」
頭の中と正反対の事を口に出す生活ってのは結構辛い。
「デュフフ……そうでしょ、桃瀬アイナって言うんだよ」
はぁ……気持ち悪い笑い方、あと歯を磨きなさい……真っ黄色です
よ……
「可愛い名前ですわ、そうでした……洗濯物持っていきますね」
私は汗と脂まみれのシャツと下着をカゴに入れ、急いで部屋から脱
出した。
「はぁ……」
「どしたの? 咲ぃ……元気無いね」
茶髪でツインテールのメイド仲間が後ろからひょっこりと顔を出し
た。舌っ足らずな喋り方と少し若々しい……いえ、幼い外見が気にい
られて雇われたと言っていました。
「うん……大丈夫よ、みぅ」
本名は知らないけど、ご主人がいつもみぅ、みぅって呼んでるんで
私もそう呼んでましたが……この子と容姿が似ているゲームのキャラ
クターの名前だと知ったときは流石に呆れて呼び方を変えようかと思
いました。
「もしかして……御主人様にセクハラでもされた?」
この性格の良さ……ご主人に雇われ無ければ今頃晴れやかな生活を
送っているに違いないでしょう……
「あっ……だいじょぶか、だって咲は――」
「駄目」
私はみぅの口を塞いだ。もしこの事をご主人に知られたら今まで以
上にしつこく付きまとわられるに違いない
「みぅ、それは言っちゃ駄目なの、分かる?」
「分かった。誰も咲ちゃんが時間を止められるなんて言わないよ」
「みぅ~……」
「みぅさ~ん……ちょっと」
みぅは別のメイドに呼ばれ、スタスタと走っていった。
「……………」
そうです、私は生まれつき超能力を持っていて時間を止める――操
る事が出来るんです。――あの、そんな目で見ないで下さい……私だ
って母から聞くまで知らなかったんですから
――私がみぅにこの力がバレたのは、ご主人の留守中に部屋の掃除
に入った時でした。あまりに臭うゴミ箱を覗くと、カラカラに乾いた
ティッシュが山のように出てきて……吐きそうになるのをこらえなが
ら、裏庭に持って行って火を点けました――ですが煙が強くなりそう
だったので、燃える速度を超能力で速めたんです。それを偶然みぅに
見られ……
「凄~い! ねぇ、どうやったの?」
と、大はしゃぎで迫られて……つい言っちゃったんです……時間の
力の話……
「咲~、御主人様がお呼びよ~」
「私をですか?」
「ん~、何か咲じゃなきゃヤダって……」
「分かりました。すぐ行きます」
私は動きにくいヒラヒラのスカートの裾を洗濯バサミではさみ、ご
主人の部屋へ向かった。
「咲です。お呼びでしょうか?」
「ああ……咲ちゃん――うぉぉぁあ!?」
また変な声をあげて――ん? この人どこ見てんだ?
――私の太もも辺りを凝視し、ピクリとも動かない、私は気になっ
て視線を落としてみた。
「……!」
忘れていた。ただでさえ短いスカートの裾を挟んでたから……
「絶対領域……絶対領域……はぁ……はぁ……」
気持ち悪い……何ですかそれ、爆発現場の安全領地ですか
「お見苦しいものを見せて申し訳ありません……」
私は言葉で謝罪し、洗濯バサミを取り元の長さに戻した。
「良いよ良いよ……それよりさ、お昼にピザが食べたいんだけど、咲
ちゃん一緒に食べないかい?」
雇金上げてもらっても絶対嫌です。それに毎日運動もせず、そんな
油っこい物ばかり食べてるからこんな体型なんだわ……
「私は今、お腹が一杯なので遠慮しておきます……ピザですね、すぐ
届けるよう電話しておきますわ……」
「あっ……ちょっと待って」
まだ用事あるんですか、私は一秒でも早くこの臭い部屋から撤収し
たいのですが?
「何でしょうか御主人様?」
「これ……今日届いた手紙をさっき整理してたらあったんだ」
未開封の封筒を二つ渡された。一つは実家の母から、もう一つは差
出人不明だった。
「分かりました、ありがとうございます」
私はピザ屋への電話を済ませ、自室で手紙を開封した。
「咲へ 今あなたがどのようなお方の家政婦をしているかは分かりま
せんが、きっと素晴らしいお方だと思います。亡くなった父……あな
たのお爺さんの遺産分配も済み、家にもようやく余裕が出来ました。
もし、今の仕事が辛かったなら……いつでも戻って来て大丈夫、と伝
えたくこの手紙を書きました。 もし今の仕事に満足し、このまま続
けたいと言うなら、この手紙は見なかったことにして普段通り生活し
て下さい」
あれ? まだ続きがある……
「追伸 咲のその力は私のお婆さんも持っていました。お婆さんはそ
の力で娘たち……私の母を守り、大切に使ったと言います。咲くもぜ
ひその力を誰かの為に――使ってあげて下さい」
私はその手紙を読み、しんみりとした感じになっていたが、もう一
通手紙が来ていた事を思い出し、封を開けた。
「咲ちゃんへ、手紙を書くなんてなんて久しぶりか……所々変な文や
言葉遣いがあったらすいません。実は僕は病気なんです、外にはあま
り出ない病気なので知っている人は僕とかかりつけの医者だけです。
名乗り忘れていましたが、僕はあなたの雇い主です。突然誰だか分
からない人からこんな手紙もらったら気持ち悪いよね、ゴメン
もし僕がこのまま死んでしまったら、咲ちゃんの仕事が無くなって
大変だと思います。だからもし僕が死んだら、次の仕事先を誠に勝手
ながら用意しておきました。だから咲ちゃん自身のことは心配しない
で下さい。
病気になってから僕はもう自暴自棄になり、好きなことしかしなく
なりこんな身体になってしまいましたが、咲ちゃんを雇ってから少し
生きる希望が湧いてきました。少し紫っぽい髪、眼……僕が好きなア
ニメに紫炎の力で主人公を助ける! とかいうヒロインがいたけど…
…僕はそれに憧れてて、咲ちゃんのことは人目見た時から気に入りま
した。僕なんかに好かれても気持ち悪いだけだろうと思うので、この
話は止めますが、咲ちゃんが来てからお医者さんにも少し元気になっ
たと言われました。死ぬときには最後まで看取ってもらいたいです」
「何これ……」
私はさっきの言葉を思い出した。私と一緒に食べたい、私じゃなきゃ
嫌だ――いっ……悪戯よね、どうせ……
「御主人様ぁ!」
一人のメイドの叫び声が聞こえた。私は声がした方へ急いで向かっ
た。
「どうしたの!?」
「御主人様が……御主人様がぁ……」
泣きながら崩れ落ちるメイド仲間の傍まで行くと、ピザをひと切れ
だけ食べ、横向きに倒れているご主人の姿があった。
「お部屋にお届けして……一緒に食べようと言ってくださったので…
…私はお茶を淹れようと部屋を出たんです。そしたら……何かが倒れ
るような音がして……部屋の前まで来たら……御主人様がっ……」
彼女はとうとう嗚咽がひどくなり喋れなくなってしまったらしい、
私は背中を摩りながらご主人の姿を見た。顔は安らかで、倒れる瞬間
を知らなければ昼寝をしているようにも見える、だが彼女の様子を見
る限り、ただ寝ているわけでは無いことは確かだ。
(咲の力は誰かを助ける為に使って下さい)
母の手紙の言葉が頭に響いた。やってみる……今まで止めるのと速
送りみたいなのはやったことあるけど――こんな人前で……
(死ぬときは最後まで看取ってもらいたいです)
分かったわよ! やってやるわ……!
私は祈った。局地的な時間の巻き戻し――ご主人の体内の悪いとこ
ろを全部病気になる前に巻き戻す!
「お母さん、お父さん……私に力を下さい……」
視界が紫色になった。ご主人が起き上がり、胸を押さえている映像
が映し出された。悪いところは心臓か肺ね……!
「巻き戻れ……! お願い!」
部屋中が光り輝き、私はそこで気を失った……
「咲~だいじょぶ~?」
目を開けるとみぅが私をうちわで扇いでいた。
「びっくりしたよ~突然倒れるんだもん」
私は確か……そうだ! ご主人は!?
「そうだ~咲ちゃん、御主人様のことだけどね~」
「みぅ! 御主人様は……!?」
「さっきお医者さんが来て~心臓の悪いところが嘘みたいに綺麗にな
ってたって~ びっくりだよ~御主人様が病気だったなんて~」
「成功した……」
「ん~性交?」
「やったよ! みぅちゃん!」
「わわっ……! 突然どうしたの、咲ぃ」
私はみぅをギュッと抱きしめた。