受け継ぐ物
取手家の食事風景は、一般的、と言える光景ではない。それは、テーブルの上にはアレクの分までもが用意され、アレク専用の椅子まで有り、そこに座り家族と一緒に食べるからだ。その光景を初めて見た者は、押並べて驚く。もっとも、それは当然の事。他者からすれば、ペットまで人間と同様に扱うなど、驚き以外の何者でもない。ただ、この様な事をするのは理由があった。実は、総一がアレクを連れて来た初日に、一個人として扱うように、と言ったのだが、真沙子と実夏の二人は難色を示し、それならば、と総一が彼女達の好きな様にさせた。だが、アレクは床に置かれた自分の食事を見て、悲しそうな表情で彼女達に訴えたのだ。しかも、それが皆の物と違う、といった事まで分かると、落ち込み、食べもせずに項垂れてソファーで丸くなってしまった。その時は、何て贅沢な、と思った様だが、三日続けて同じ行動を取ったアレクを見た実夏が、可哀想に思ったのか、真沙子に許しを請い、試しに皆と同じ物を用意をしてもらい、テーブルに届くようにと、椅子に箱を載せアレクを座らせた。すると、奇妙な鳴き声を上げ、前足を折りながら頭を垂れる、といった、まるで、礼でも言うような仕草を見せた。それには二人とも度肝を抜かれ、総一は胸を張り、自らの言葉が正しかった事を誇示した。それ以来、皆と同じテーブルで食事をしている。もっとも、アレクの体にとって、害になる食物は省いてはあるが。
「ねえ、さっきは皆で何話してたの?」
食事も終わり、のんびりとお茶を飲んでいる所に、真沙子が、片付けをしながら聞いて来た。
「ん? ああ。実はな、アレクが雄人君の両親に興味が有るらしくてな、ならば、その話をしようと言ってたんだよ」
真沙子の表情が曇り、雄人の方を見る。その視線を感じて、彼は顔を向けた。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
彼のその言葉と表情に、真沙子は安堵の溜息を付いた。
アレクは首を傾げ、不思議そうにその遣り取りを見ていた。
「そんなに今のが不思議かい?」
声を掛けられたアレクは頷く。
アレクとて、今までの言動から、雄人の両親が他界している事は想像出来る。ただ、どうしてそこまで彼に気を使うのか、それが分からない。
「話を聞いてるうちにその疑問は分かるよ。それじゃいいかな?」
真沙子も実夏も、アレクも頷く中、雄人が口を開いた。
「その前に、ちょっといいですか?」
総一が雄人の方に顔を向ける。
「実は、今日お邪魔したのは理由があるんです」
「どんな事なんだい?」
彼は居間のテーブルの下から紫の包みを持って来る。
「これを預かって欲しいんです」
紐を解き、包みから取り出した物。それは日本刀だった。アレクは事前に知っていた為、驚く事はないが、他の三人は驚いていた。
「それ、本物なの?」
実夏の問いに彼は頷きで答えた。
「なんでそんな物持ってんのよ?」
怪訝そうな表情を見せた実夏に向かって、彼が口を開こうとした時、総一が言った。
「それは風巻家に代々伝わる宝刀だね。確か、武人――、君のお父さんから見せてもらった事が有る」
頷いて、総一の言葉を肯定する。
「そうです。これは代々、家に伝わっている物です。詳しい謂れは知りませんが、風巻家初代の物だった、と言う事は聞いてます」
「なぜ、そんな大事な物を?」
彼は話を続けた。
「俺、四月からここを離れてしまいますし、引越し先には保管場所が無いので、刀を持って行く事は出来ません。そうすると、誰も居ない家に残していく事に成ってしまいます。手入れも出来なくなりますし、空き巣に入られてたらまずいじゃないですか。しかも、これを盗られて犯罪にでも使われたらって思うと……」
そこで言葉を濁すと、総一が口を開いた。
「その理由だけじゃないのだろう?」
困り果てた表情で雄人が頷いた。
「実は――、あまり言いたくはないんですけど……」
あまり、どころではなく、本気で言いたくはなさそうなのだが、、総一の口から思わぬ言葉が出てきた。
「風巻の血脈以外、使う事無かれ。使わばその者に災い降り掛からん」
驚いて総一の顔を見ると、彼は笑っていた。
「昔、武人に聞いた事があるんだよ。それで、その刀を見せてもらった時、そんなの迷信だよ、って私が抜いたのさ。抜いた時はなんともなかったんだが、その後、見事に災いが降り掛かってねえ……、サイフを落としたんだよ」
肩を竦めて苦笑しながら言う総一に、雄人は済まなそうな表情を向けるが、彼は手を振った。
「いやいや、雄人君が心配するほどの事じゃないよ。その当時、僕のサイフの中身は小銭だけだったしね。でも、今でもあれは不思議なんだよ。あの時、ジャケットの内ポケットに入れておいたはずなんだけど、そのポケットが切れていたのさ。それも、内側からね。武人の家から自宅に帰るまでの間、誰かが触れる事なんて出来ないのに、内ポケットの布地だけが裂けていたんだよ」
父のこの話に実夏は驚き、雄人に食って掛かった。
「ちょっと、雄人! そんなやばい物預ける積もりなの! 家に何かあったらどうすんのよ! あんた、責任取れるんでしょうね!」
今にも飛び掛りそうな勢いの娘を宥めてから、総一は僅かに眉間に皺を寄せると、昔の事を思い出していた。
「でも武人の奴、こうも言ってたな。〝我前で契りを交わせ。古の盟約により、その契り成就するまで、汝ら守る力とならん〟――これがその刀と、どういった繋がりがあるのか、分からないが、まあ、預かるだけなら何の問題も無いかな?」
実夏は父の話に首を傾げているが、雄人は少しだけ驚いていた。
「俺が祖父から聞いたのと違いますね」
「そうなのかい?」
頷くと、
「我を主の血潮で染め上げ、月光の元で掲げよ。さすれば心に潜みし願い必ず成就されん。その身朽ちるまで、全ての災いから、汝を守る力とならん」
総一は少し考え込んでいる。そんな彼を皆は黙って見ていた。
「ふむ……。最後は同じ、守る力……、だけど……。かなり違うね。たぶんこれは約束、の事についてだとは思うが……。僕が聞いたのは、自力で約束を叶えるまでは守る、という事かもしれない。雄人君の聞いたのは、風巻の当主の命と引き換えに必ず叶うようにする、そして、叶った後でも、肉体が滅ぶまでどんな厄災からも守り通す、と言う事だね」
実夏は瞳を煌かせていた。それを見た母が釘を刺す。
「実夏は雄人くんの命と引き換えに、何か碌でもない事願う積もりなの?」
ハッとして、母の視線から逃げるように顔をそらした。どうやら自分の願いごとの為に、彼の命を差し出さねば成らない事を、失念していた様だ。が、すぐに言い訳をした。
「成績が上るようにお願いする積もりだっただけよ」
「雄人くんの命って安いのねえ」
真沙子が笑いながら言う事に、雄人は苦笑していた。
「とりあえず、この事はこれでおしまいでいいですよね?」
総一に問いかけると、彼は頷いた。
「そうだね、謂れの事はこの場合関係無いし、預かるか預からないか、その事だけだからね。――でも、本当にいいのかい?」
頷く彼をみて、総一は僅かに、眉を顰めた。
「そうか、君がそれで良いなら、預かるよ」
「ありがとうございます」
深々と腰を折り、礼を言う雄人に総一が苦笑を返した。
「そこまで畏まらなくてもいいよ。家族なんだし――」
「そうよ、総一さんの言うとおりよ」
今は天涯孤独の身の上の雄人にとって、家族、と言う言葉はとても特別な意味が有る。その言葉を家族同然に扱ってくれる人達の口から直接言われ、これ以上嬉しい事はなく、そんな彼の表情は満面の笑みに彩られていた。
「さて、それじゃ、雄人君の両親の話をしようか」
待ってました、と言わんばかりに、アレクが鳴き出した。
「あらあら、アレクったら――」
それを見た真沙子は微笑んでいた。




