帰還
空間が歪む。それも、雄人を中心とした空間だけが。何故その様な事が起きたのかは、分からない。だが、その歪みは徐々に大きくなり、二人の居る場所にまで拡大し始めていた。彼はその歪みの中で手を大きく振り、逃げろ、と伝えていたが、その声はもう、誰にも聞こえなかった。
「雄人もこっちに!」
その声はすでに届かない。
叫んでも無駄と分かり、雄人に向かって走り出そうとするアレクに、マルスはサミュエルを腕に抱えて下がりながら声を張り上げた。
「義姉上! 行ってはいかんでござる! 拙者達とて巻き込まれればどうなるか分からぬのでござるよ!」
必死の形相で呼びかけるが、アレクは前を向きながら叫んだ。
「あたしは約束したのよ! 雄人と一緒に居るって! だから!」
全力で雄人の方へ駆ける彼女の心には、焦燥感だけがあった。
マルスとサミュエルが徐々に消えていく二人の姿を目にした正にその時、地面が激しく揺れ、彼等を包む膨大な空気が唸りを挙げて流れ始めた。
マルスは咄嗟に地面に伏せると、サミュエルを抱え込み、地面に両手を突き立て体を固定する。その直後、猛烈な暴風が襲い掛かった。
それは地球全土を襲った。木々は根こそぎ薙ぎ倒され宙を舞い、木造家屋は揺れによる崩壊と膨大な大気の圧力によって無残にも砕かれる。コンクリート製の建物は揺れを吸収し切れずに崩れ落ち、瞬く間にその形を瓦礫へと変えた。そして、生き残って居た人々もそれに巻き込まれ圧死していく。止めは津波だ。それも百メートルを優に超える史上稀に見る規模の津波。それは全てを飲み込み洗い流していく。勢いは衰える事無く内陸部奥深くにまで到達し、死を免れた者すら飲み込んでいった。揺れと暴風が収まった後に残った物は、無残にも崩れ落ちた建物と、海水に浸る地面だけだった。
奇跡的に、マルス達の街に津波が到達する事はなかったが、それでも被害は甚大な物となっていた。
マルスは身を起こして辺りを見回すと、その有様を目にして、声も出なかった。
「一体……」
サミュエルも辺りを見回し絶句した。
二人はしばらくの間、呆然としたまま動かなかったが、マルスは我に返ると声を張り上げ叫んだ。
「義兄上! 義姉上! どこに居るでござるか! 返事してくだされ!」
何度も繰り返し叫ぶが、その声は虚しく響き、彼の胸には、悲しみだけが、残った。
その場に座り込み、声を押し殺して涙するマルスの肩にサミュエルは優しく手を添えた。
「お前はあの三人を助けに来たんだろ?」
サミュエルの視線の先、そこには、総一達三人が無事な姿で立っていた。
マルスは顔を上げ三人を見る。それでもその瞳から流れる涙は止まらなかった。
「確かに目的を達する事は出来たでござるが、拙者は――、大切な人を失くしてしまったでござる……。素直に喜ぶ事は出来ないでござるよ。それに、義兄上の帰りを待つ実夏殿になんと言えば良いのでござる。拙者は風巻を守る盾。その盾が、守るべき者を失ってどうするのでござるか……」
俯き呟くマルスに、サミュエルは優しく言葉を掛けた。
「そういえば、一緒に消えた女はアレクって言ったっけ?」
マルスは頷く。
「そいつが約束とかって言ってたよな。お前も何か約束したんじゃないのか?」
はっとして顔を上げると、マルスは呟いた。
「そうでござった……。拙者も約束したのでござった。義兄上の――、お二人の帰る場所を守り続けると……」
こちらに向かって歩いて来る三人を見ながら、サミュエルはマルスの肩を軽く叩く。
「あの女が約束を守ろうとしたように、今度はお前が守る番だな」
マルスが顔を向けると、そこにはサミュエルの輝く笑顔があった。
「何時かまたあいつと拳を交えるその時まで、俺がお前の矛になってやるよ。だから、お前はその命ある限り約束を守り続けろ」
マルスは涙を乱暴に拭うと立ち上がり、サミュエルに向かって腰を折った。
「敵であった拙者にそのような言葉を掛けて頂けるとは忝いでござる」
サミュエルは瞼を閉じると、軽く息を吐いた。
「そんなことより、お前達が助けた三人のとこに早く行ってやれよ」
マルスは顔を上げると総一達を見てから、またサミュエルに顔を向けると、軽く会釈をして走り出して行く。
「あいつ等の方が俺達よりもよっぽど人らしいじゃないか。なあ、ジャック……、お前もそう思うだろ?」
マルスの背中を見送りながら遠くを見詰め、一人呟いたのだった。
三人は駆け寄る男を見て眉根を寄せる。だが、その顔はすぐに驚きの表情へと変わった。
「お三方! よくぞご無事で!」
その声と話し方で思い出した、彼等が人の姿になったという話を。事前に聞かされていたとはいえ、実際に目にした今は、驚きを禁じえなかった。
「マ、マルス、なのかい?」
呆けたような表情の総一に頷くと、
「左様、拙者はマルスにござる。刻結様のお陰で人になれたでござる」
胸を張って笑顔を見せるマルスはどこか無理をしている様にも見えて、総一達は少し、不思議に思った。
「そういえば雄人君とアレクが見えないけど、二人はどこに?」
マルスは苦虫を噛み潰した様な表情を見せると、先ほどの出来事を話し、それを聞いた総一には、掛ける言葉が見付からなかった。
「それじゃ、あれか。二人が目の前で消えたってのか」
悲しみに沈んだ表情で頷くマルスを見て、大垣も掛ける言葉が見付からなかった。
「一体、何が起きたんでしょうね?」
久米島が総一と大垣に向かって言うが、二人は首を振るばかりだ。
「拙者も何が起きたのか皆目検討が付かぬのでござる。しかし、お二人が消えてしまった事だけは事実なのでござるよ……」
そこにサミュエルが静かに近寄り、声を掛ける。
「立ち話もいいが、このままじゃ凍えるぞ。どこかの建物に非難したほうがいい」
怪訝な表情を見せる三人を、サミュエルは当然の反応として受け止めた。
「誰だ? って顔してるな。一応自己紹介しておく。俺はサミュエル、サミュエル・ブランカ。あんた達を捕らえようとしてた組織の人間だ」
大垣が素早く総一と久米島前に出て二人を庇って身構えたが、サミュエルは笑った。
「俺自身はあんた達に興味はねえよ。それに今はこいつの矛だしな」
マルスの方に顎を杓る。三人がマルスの方を見ると、彼は頷いた。
「サミュエル殿の言う通りでござる。共にあの家を守る同胞になったでござるよ」
「って事だ。よろしくな。とりあえず――、って言っても俺達がぶっ壊しちまったんだっけな、あれ」
困った表情で建物を見るサミュエルに釣られ、四人も顔を向ける。
「一応、地下室は無事だけど、今は非常用電源しか使えないから暖房も無理だし、どうしたものか……」
全員、辺りを見回して見たが、他に寒さを凌げる場所は無い。そこでサミュエルは一計を案じた。
「よし、それじゃあ、あれを使うか」
サミュエルが示した先、そこには破壊された戦車があった。
「あ、あれ――、ですか?」
久米島が驚いた表情で聞く。
「そうだ。あんた等、どうせここから帰るんだろ? だったら、あれで行けば大概の場所は移動出来るぜ?」
確かにその通りだが、総一達の中には戦車を運転出来る者は誰も居ない。
「ちょっと待ってろよな」
言うなり、戦車に向かって駆け出して装甲上面に飛び乗ると、操縦席のハッチを開けた。
「思った通り無事だ。おい、お前起きろ」
サミュエルは中で気絶していた男を乱暴に叩き起こすと、男は軽く頭を振りながら声のした方に焦点の定まらない瞳を向けた。
「サ、サミュエル少尉! 何でありますか!」
慌てて敬礼をする。すると彼は、笑いながら言った。
「ちょっと悪いんだけどよ。送って欲しいとこがある。動かしてもらえるか?」
男は何の疑問も持たず指示に従うと、エンジンを始動し総一達の元へと動かした。
目の前に現れた鉄の塊を、三人は呆気に取られた表情で見上げている。そこへサミュエルの声が掛かると、我に返った。
「これ、で戻るんですか?」
まだ少し呆けている総一が聞き返すと、サミュエルは頷いた。
「こいつなら多少の事じゃ動けなくなるってのが無いからな。今は打って付けだろ? さ、乗った乗った」
言われるままに乗り込むが、車内はかなり破損している。一体何故、と疑問に思う三人に、上から覗き込んで居たサミュエルが答えた。
「こいつ――、マルスがよ、ぶっ壊したんだよ。だからまあ、エアコンも使えないんで少し寒いかも知れないが、我慢してくれ。それから、どこかに捉まって適当な場所にでも腰を下ろしてもらえると助かる。なんせ、こいつのブレーキは殺人ブレーキって言われるくらい強力なんでな」
三人は慌てて座る場所を探して腰掛ると、近くに有る物を手すり代わりにする。再びサミュエルが顔を出すと、三人の様子を見て満足そうな表情を浮かべた。
「お、座ったか。そんじゃ行くぜ。少々揺れるが我慢してくれ」
車内に振動が伝わり始め、動き出した事が分かると、三人はほっとして話し出すが、あまりにも騒音が大きく、かなりの大声を出さないといけなかった。
「あの! ちょっといいですか!」
久米島が声を張り上げる。
「何かな?!」
総一もあらん限りの声を振り絞る。
「風巻君とアレクが消えたって、本当なんですかね!」
これには大垣が答えた。
「マルスは嘘を言う子じゃない! たぶん、本当の事だ!」
総一も頷く。二人はマルスが嘘やお世辞を言えない事を知っていたし、久米島が口にした疑問の事を考えていなかった訳ではない。それを言わなかったのは、マルスを気遣っての事だった。
「その話は戻ってからにしよう! 今はマルスをそっとして置いてくれないか?」
「取手さんの言う通りそっとして置くんだ! マルスがどれだけ二人を慕っていたのか、分からない君じゃないだろう?!」
久米島はあの時の事を思い出していた。雄人がマルスを叱責して、泣きながら飛び出して行った事、その後、戻って来た時の嬉しそうな態度を見せていた日の事を。そして、二人が消えた話をしたマルスの表情も思い出した。悲しみと悔しさの入り混じった複雑な表情を。
「そうですね。軽率でした」
その声は騒音に掻き消され聞こえないが、二人には何と言ったのかは見当が付いた。
三人の話声は、上に居るサミュエルとマルスの耳にも当然の如く届いていた。
「おまえは幸せだな、理解してくれる人が居て。俺なんてジャック以外に理解してくれた奴なんか居なかったからなあ……」
少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「拙者が幸せ――、でござるか……。そう、でござるな。義兄上や義姉上、あのお三方以外にも理解してくれる人が居るのでござった。そして今は、サミュエル殿も、でござるな」
俯くマルスも寂しそうな笑顔を浮かべるが、顔を上げてサミュエルを見ると言った。
「サミュエル殿。そなたの事を友、と呼んでも良いでござるか?」
突然の申し出にサミュエルはポカンとするが、すぐにその表情を笑顔に変える。
「こんな俺で良けりゃいくらでもなってやるよ。でも、人間以外の友なんて始めてだぜ。ジャックが生きてたらさぞ驚くだろうよ」
乾いた笑いを上げる。それを聞いていたマルスは、済まなそうに目を伏せた。
「拙者は本当に済まぬ事をしたでござる。いくら戦とはいえ、義兄上に言われた事も忘れ、サミュエル殿の友に手を掛けてしまったでござる。悔やんでも悔やみきれない事をしてしまったでござるよ」
サミュエルがゆっくりと首を振った後、前を向いた。
「遅かれ早かれ死は訪れる。特に戦場に出れば尚の事だ。あいつはそれが今回だったってだけさ。それにな、お前の口上、良かったぜ。堂々としててよ。普通の戦場なら問答無用だからな。今更ながらに思うよ。俺は兵士で、お前は戦士だったんだなって」
マルスも前を向き、遠くを見詰めた。
「だとすれば、拙者は未熟な戦士でござるな。もう少し義兄上にご教示して欲しかったでござるよ……」
その瞳からまた、涙を溢れさせた。
「自分が未熟だと分かったのなら、必ず超一流になれるさ、俺が保障してやるよ。自分で言うのも何だが、超一流の兵士である俺の保障だ。自身を持て、マルス」
軽く背中を叩いて笑顔を向けた。マルスもサミュエルに笑顔を向けると、大きく頷いた。
それから暫くして一行は街に入ったが、マルスはその有様を見て絶句する。サミュエルはそんな中、煌々と明かりを灯す巨大な建物が目に入った。
「病院か」
サミュエルが見た物は、明かりに照らし出された赤十字のマークだ。彼は腕を組んで少し考えると、運転席のハッチを開け、声を掛けた。
「おい、あそこへ向かってくれ」
戦車の方向を変える。サミュエルはハッチを閉めると、今度は車内に居る三人に声を掛けた。
「これから病院に向かう! そこで俺の血液を採取してくれ!」
突然の申し出に三人は困惑したが、大垣が声を張り上げ聞き返した。
「なんで血液採取なんかするんだ?!」
「訳は着いてから話す!」
それだけ言うと彼は元の位置に戻る。三人は何故そんな事をするのか、と疑問に思っていたが、数分後には病院へと着いた。
病院内では慌しく看護士や医師が動いていた。そんな所に壊れかけた戦車が来たのだから、たまったものではない。数名の職員が大慌てで外へ出ると、そこには五人の男が立って居た。
「済みませんが、矢川先生はいらっしゃいますか?」
丁寧に聞くが、職員は警戒感も露に顔を顰めた。
「矢川は今、手が離せないのですが何の御用ですか」
総一は大垣と顔を見合わせると、職員証を見せる。それを見た職員は目を丸くして驚いた。
「取手先生でしたか! 失礼いたしました。今すぐ矢川を呼んで参ります」
その様を後ろから眺めていたサミュエルは、ほう、と小さく漏らす。それを聞いた久米島は口元を綻ばせた。
「ここは風巻が出資する病院なんですよ。だから、うちの職員証も使えるんです」
サミュエルは口笛を吹く。
「あの研究所といいこの病院といい、風巻がこれほどとはね。道理で組織が煙たがる訳だ」
これを聞いた総一は、其れだけじゃない、とは思うものの口には出さなかった。
「中に入って待とうか」
全員が頷き中へ入る。その光景を見てサミュエルは唖然とした。
「これ、は――、一体……」
そこは戦場さながらに医師が駆け回り、看護士も慌しく動いている。何よりも、長椅子にも床にも怪我をした人々が大勢横たわっているのだ。
「これが君の組織が起こした結果だよ。EMP攻撃の怖さは二次災害なんだ。たぶん、これは全国――、いや、もしかしたら世界規模で起こっているかもしれない」
総一も大垣も、久米島でさえ、目を伏せて顔を逸らした。そこに矢川が小走りに近付き、安堵した表情で声を掛けた。
「ご無事だったんですね!」
総一も笑顔を向ける。
「君も元気そうだね」
「お陰さまで。でも、こんな時に何の御用ですか?」
総一は振り向くとサミュエルに向かって頷く。彼は総一の隣まで出ると、矢川に向かって言った。
「俺の血液から免疫血清を造ってもらえないか?」
矢川は困惑する。今は免疫血清治療など、殆どと言って良いほどやらないからだ。
「あんたが混乱するのは分かるが、一刻を争うんだ。ただ、訳はここじゃ少々話し辛いんでな、どこかに個室はないか?」
困惑したまま頷くと、矢川は外へと出て行く。五人がその後を着いて行くと、そのまま救急車の中へと入って行った。
「ここ以外、個室にならないんで勘弁願おう。で、なんで血清なんか作らなきゃいけないんだ? あんたのその顔から察すると、血清治療をやってないのは知ってるんだろ?」
「ああ、知ってる。でも、どうしても必要になる可能性があるんだ」
「なら、訳を聞こうじゃないか」
サミュエルは頷くと口を開いた。
「実は俺が所属してた組織の学者達ってのがな、揃いも揃ってキチガイなんだよ。まあ、マッドサイエンティストって言う方がいいか。そいつ等が、致死性を高めたインフルエンザウィルスをばら撒きやがったんだよ。確か、聞いた話じゃ致死率八十パーセントとか言ってたぞ」
マルス以外の全員が目を見張り絶句した。
「はち……、なんだその致死率は! それじゃ殆ど助からないじゃないか! それどころか、そのウィルスが突然変異でもしたらどうする! 致死性がより高まれば人類は絶滅だ!」
矢川はサミュエルに掴みかかって怒鳴るが、彼は平然としていた。
「だから俺の血から血清を作って欲しいんだよ。俺の血はあらゆる毒素も分解するほどにまで高められている。もちろん免疫力もな。そしてな、一番最初にそのウィルスの実験台にされたんだよ、俺が。死なないからって理由でな。だから、今ここで唯一その抗体を持っているのが俺なんだ。俺だって馬鹿じゃない。血清治療が危険な事くらい分かってる。だからと言って何もしないでただ見てるだけなんて俺には出来ねえ。俺の事を友と呼んでくれる奴が悲しむ顔を、もう見たくねえんだよ。だから頼む。この通りだ」
矢川に向かって頭を下げる。彼はサミュエルの話に引っ掛かるものを感じて聞き返した。
「あんた今、免疫力を高められてる、と言ったな。それはどういう意味だ」
サミュエルが真剣な表情を向けた。
「俺は遺伝子操作を受けた――、いや、受けさせられた人間だ。それも一回だけじゃねえ、何回も、だ。そのお陰で不死身に近い体になっちまったんだよ。それこそ、頭を吹っ飛ばされない限りは簡単に死ねない体にな」
今度こそ矢川は言葉を失った。自分の意思とは関係無しに遺伝子操作され、挙句の果てに、死なない、という理由だけで実験台にされる。それがどれ程の苦痛を生み出すかなど、想像すら出来なかった。
「分かった。ただ、普通は人間の血から造る事はないんでな、少し時間をもらいたいが良いか?」
サミュエルが頷くと、矢川は溜息を付いた。
「それじゃ、あんたは俺に着いて来てくれ。先輩達は待っててください」
二人は病院へと戻り、総一達は戦車の側に戻った。
十数分後にサミュエルと矢川が戻ると、二人は二言三言会話を交わして握手をすると、共に笑顔で別れ、五人は再び戦車に乗り込み、一路、風巻家へと向かった。
風巻家の塀は奇跡的に倒壊もせずそのままを保っていた。マルスは外から門を開けようとしたが開かなかったので、塀を飛び越え中から開けると五人を招き入れた。サミュエルと戦車兵はその広大さに驚いていた。
「おい、なんだこれ。俺には理不尽しか感じられんぞ」
総一は苦笑を漏らすと、言った。
「風巻はかなり古い家柄でね、そのせいで土地家屋も一般人とは比べられないんですよ」
総一は庭をぐるりと見回す。幸いのも母屋の屋根が吹き飛ばされたくらいの被害で済んでいた。
マルスはガレージに向かって歩を進めると、中に入り、地下への入り口に手を掛けて開ける。そこから更に進み、呼び鈴を押した。
「皆は無事でござろうか……」
心配そうに呟くと、ゆっくりと扉が開き始めると、人一人通れる隙間から実夏が飛び出して来て、マルスや父を確認すると、嬉しさにあまりに涙を流した。
「実夏殿、総一殿との再会の喜びを交わしているところ済まぬでござるが、中はどうなっているのでござる?」
実夏は父に縋り付いたまま泣きじゃくって居たが、彼のが後から声が掛かった。
「中は非常灯が点いているだけなので薄暗いですよ」
振り向くと、そこには畑田が笑顔で立って居た。
「みなさん、お帰りなさい。良くご無事で。やっぱり雄人君のお陰ですか?」
マルスは下唇を噛み俯いてしまう。それを見た実夏は涙を拭いながら不思議そうに聞いた。
「どうしたのよマルス。雄人達に何かあったの?」
マルスが震える声で訳を話し始める。それを聞いた実夏には信じられなかった。
「う、うそ――、でしょう? 雄人とアレクが消えたなんて……。そんな事ある訳……」
絶句する実夏にサミュエルが言った。
「嘘じゃねえよ。あの二人が消えたのは俺も見たからな」
サミュエルを見た後、マルスを見る。彼はその場に蹲ると声を上げて、泣いた。
「せ、拙者は、た、助け、られなかった、ので、ござる――。き、消え行く、二人を――、見ている事、しか、でき、出来なかったので、ござるよ!」
実夏は泣きながら謝るマルスを優しく抱いた。
「そんなに自分を責めちゃだめ。それにね、あの二人ならきっと大丈夫。何時か笑いながら帰って来るわよ――」
実夏はマルスを抱きしめながら、声を押し殺して泣く。しかし、気丈にも笑顔を見せてマルスに言った。
「そうだ。あなたにこれあげるわ」
ポケットからペンダントを取り出すとマルスに見せた。
「こ、これは……」
「それはね。雄人があたしの誕生日にくれた物。でも、そこに書かれてるのはあなたにピッタリでしょ?」
顔を上げて実夏を見詰め、マルスは首を振った。
「その様な大切な物はいただけぬでござる」
実夏は首を振る。
「あたしは大丈夫。ここにたくさんの想い出を貰っているから……」
胸に手を当て、笑顔で涙を流していた。マルスは気丈に振舞う実夏を見て、さらに泣いた。
「さ、手を出しなさい」
マルスの手にペンダントを握らせた。
「あなたは雄人の義弟でしょ。何時までも泣いてないで立ちなさい」
頷くとマルスは立ち上がり、実夏に頭を垂れた。
「拙者は――、風守マルスは風巻雄人の義弟にして、風巻を守る最強の盾。そして、実夏殿を守る戦士とならん事を、今ここに誓うでござる」
涙を見せながらも笑顔で宣言した。
「それじゃ、ずっと一緒に居てくれる?」
笑顔を向ける実夏に、マルスは大きく頷いた。
「この命果つる時まで」
二人からは何時しか涙が消え、その顔には優しい笑顔が煌いていたのだった。




