表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第一章
5/52

込める想い

 部屋に戻った実夏は、扉を背にして(うずくま)り、膝を抱え泣いている。手には雄人から(おく)られたペンダントが握られていた。その手を顔の前まで持ってくる。しばらく見詰めると、腕を振り上げた。それは直ぐにでも振り下ろされそうな勢いだったのだが、何を躊躇(とまど)っているか、腕はそこで止まっている。しばらくすると、腕はゆっくりと降ろされ、再び顔の前に置かれた。

 手が開かれてゆく。彼女は手の中の物を、涙に濡れる瞳でジッと見詰めた。

「雄人のばか……」

 呟きが()れる。その響きには、怒りよりも切なさが(こも)っていた。

 また彼女の瞳から、一滴(ひとしずく)の涙が(こぼ)れ落ち、その雫を追い掛ける様に、()()なく(あふ)れ出した。そして、彼女の脳裏(のうり)には、あの言葉が浮かんだ。

 それはまだ、雄人が喧嘩(けんか)に明け暮れていた時期の事だった。家に来ていた彼に必死で何かを(うった)えようとして、アレクが話でもする様に鳴いていた時の事。そんなアレクを彼は鬱陶(うっとう)しそうに(なが)め、次第に不機嫌になり、蹴り飛ばそうとした瞬間に、自分が側にしゃがみ込んで優しく言った言葉。そして、それは先ほど彼から言われた事。

“無理して話そうとしなくてもいいよ”

 ただ、この言葉には続きがある。その時の自分は、アレクが彼に何を言いたいのか、分かっていた。だから、彼を思いっきり(なぐ)り飛ばした後で言った。

“何時まで悲しみに(ひた)って後を向いてれば気が済むの! あんた、男なんでしょ! だったら、前を向いて悲しみなさいよ! そして、十分悲しんだら、そこからまた、力の限り歩き出せばいいじゃない”

 彼を殴り飛ばした時こそ、アレクは驚いていたが、この言葉を言った時は、大きく頷いていたのを覚えている。それからしばらくして、彼は大人しくなった。理由を聞いても彼は答えてくれないし、父や母も教えてくれない。アレクでさえそうだ。ただ、一言だけ自分に向かって言った事がある。

“本当に分からないの?”

 自分が何かした覚えも無いのに、分かる訳が無い。

 そして、何気なくペンダントを裏返すと、そこに彫り込まれた文字が目に入った。確か、彼の持っているキーホルダーの裏にも彫ってある物だ。以前、読み方と意味も教えてもらった。

「……Memento(メメント) mori(モリ) Carpe(カルペ) diem(ディエム)――、いつかは誰にでも死は訪れる。だから、今を全力で生きなさい……」

 今、やっと気が付いた。それは以前、自分が彼に言った事と似た意味だ。だから、誰も教えてくれなかったのだ。

「馬鹿はあたしだ……」

 ペンダントを表に返しジッと見詰め、表面をそうっと()でると、両手で握り締め、目を伏せて胸元に引き寄せる。彼がどんな想いでこれを創ったのかは、今の自分では良く分からない。けれど、必ずその想いが分かる時が来る。だから――、

「ありがとう――」

 今はこの想いをペンダントに込めるだけ。そして、何時か、真っ直ぐに彼の顔を見て言おうと思った。

 立ち上がり涙を拭うと、手にしたペンダントを自分の首に下げ、姿見の前に立つ。

「でも、やっぱりこれは人に見せる物じゃないわよね……」

 鏡に映った姿を見て小さく笑うと、向きを変え、部屋から出て行くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ