込める想い
部屋に戻った実夏は、扉を背にして蹲り、膝を抱え泣いている。手には雄人から贈られたペンダントが握られていた。その手を顔の前まで持ってくる。しばらく見詰めると、腕を振り上げた。それは直ぐにでも振り下ろされそうな勢いだったのだが、何を躊躇っているか、腕はそこで止まっている。しばらくすると、腕はゆっくりと降ろされ、再び顔の前に置かれた。
手が開かれてゆく。彼女は手の中の物を、涙に濡れる瞳でジッと見詰めた。
「雄人のばか……」
呟きが漏れる。その響きには、怒りよりも切なさが篭っていた。
また彼女の瞳から、一滴の涙が零れ落ち、その雫を追い掛ける様に、止め処なく溢れ出した。そして、彼女の脳裏には、あの言葉が浮かんだ。
それはまだ、雄人が喧嘩に明け暮れていた時期の事だった。家に来ていた彼に必死で何かを訴えようとして、アレクが話でもする様に鳴いていた時の事。そんなアレクを彼は鬱陶しそうに眺め、次第に不機嫌になり、蹴り飛ばそうとした瞬間に、自分が側にしゃがみ込んで優しく言った言葉。そして、それは先ほど彼から言われた事。
“無理して話そうとしなくてもいいよ”
ただ、この言葉には続きがある。その時の自分は、アレクが彼に何を言いたいのか、分かっていた。だから、彼を思いっきり殴り飛ばした後で言った。
“何時まで悲しみに浸って後を向いてれば気が済むの! あんた、男なんでしょ! だったら、前を向いて悲しみなさいよ! そして、十分悲しんだら、そこからまた、力の限り歩き出せばいいじゃない”
彼を殴り飛ばした時こそ、アレクは驚いていたが、この言葉を言った時は、大きく頷いていたのを覚えている。それからしばらくして、彼は大人しくなった。理由を聞いても彼は答えてくれないし、父や母も教えてくれない。アレクでさえそうだ。ただ、一言だけ自分に向かって言った事がある。
“本当に分からないの?”
自分が何かした覚えも無いのに、分かる訳が無い。
そして、何気なくペンダントを裏返すと、そこに彫り込まれた文字が目に入った。確か、彼の持っているキーホルダーの裏にも彫ってある物だ。以前、読み方と意味も教えてもらった。
「……Memento mori Carpe diem――、いつかは誰にでも死は訪れる。だから、今を全力で生きなさい……」
今、やっと気が付いた。それは以前、自分が彼に言った事と似た意味だ。だから、誰も教えてくれなかったのだ。
「馬鹿はあたしだ……」
ペンダントを表に返しジッと見詰め、表面をそうっと撫でると、両手で握り締め、目を伏せて胸元に引き寄せる。彼がどんな想いでこれを創ったのかは、今の自分では良く分からない。けれど、必ずその想いが分かる時が来る。だから――、
「ありがとう――」
今はこの想いをペンダントに込めるだけ。そして、何時か、真っ直ぐに彼の顔を見て言おうと思った。
立ち上がり涙を拭うと、手にしたペンダントを自分の首に下げ、姿見の前に立つ。
「でも、やっぱりこれは人に見せる物じゃないわよね……」
鏡に映った姿を見て小さく笑うと、向きを変え、部屋から出て行くのだった。




