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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第十一章
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 対峙する二人を周りの者は静かに見守る。事前に上からの指示でもあったのか、誰一人として手出しする者は居ない。それどころか、安心した表情さえ浮かべて居た。

「あの一撃を(かわ)したのは少年、君が始めてだ」

 雄人をねめつけ言う男の表情は、嬉しそうだ。対する彼の表情には、焦りにも似た色が浮かんでいる。それもそのはず、殺気を感じてから飛び退(すさ)るまで殆ど時間は掛かっておらず、それなのに首筋に傷を付けられた。雄人からしてみれば、とんでもない技量と速さの持ち主だった。

 男の視線が僅かに雄人から反れる。しかし、隙を見せない男に彼は、仕掛ける事が出来ずに居た。

「あれじゃうちの隊は遠からず全滅だな。どうやら君だけに構っている暇は無いらしい」

 男が向けた視線の先では、アレクが舞う度に兵士が倒れていき、マルスが二台目の戦車を破壊している真っ最中だった。

「と言う訳で、さっさと逝ってもらおうか」

 言うなり、男が一瞬で詰め寄り手にしたナイフを横薙(よこな)ぎに振る。雄人は初撃を身を()らして(かろ)うじて躱したが、視界の外、それも下方から放たれたナイフに右腕を浅く切り裂かれ、瞬時に後退する。が、男は離れない。雄人は驚愕(きょうがく)した。今まで自分と同じ速さで動く人間など、見た事もなかったからだ。

「さっきまでの勢いはどうした!」

 男の両手からは縦横無尽にナイフが繰り出され、雄人は後退しながら()けるだけで精一杯だ。しかも、左右どちらかのナイフが彼の身体(からだ)を確実に捉え、浅く切り刻んでいく。そんな有様に頭の中は真っ白になり、雄人はただ、致命傷を受けない様に避けるだけで精一杯だった。

 男の動きが僅かに加速する。両手を振るだけではなく、時には身を回しナイフを突き、切りに来たかと思えば拳を顔面に向けて放ち、時折下段蹴りを放つなどして彼を翻弄(ほんろう)し始める。雄人は辛うじて()なしたり避けたりしては居るが、その身が被る損傷は着実に増えていった。

「っく!」

 焦りから雄人が苦鳴を漏らす。だが、焦れば焦るほど、何をして良いのか分からなくなっていった。

「そろそろ終わらせてもらうぜ」

 更に動きを加速させ、驚愕に目を見開く雄人の両腕に左右の拳を見舞い、跳ね上げて体制を崩すと、無防備になった頭目掛けて回し蹴りを放った。彼は躱す事も避ける事も出来ずまともに受けて吹き飛ぶと、地面に横たわり、動かなくなった。

「これで一丁上がりか。意外と時間掛かったな。さて次は……」

 横たわる雄人に背を向けると男は走り出し、狙いをアレクに定めた。

「あっちの力自慢は後回しだ。まずはこっちの女から()るとするか」

 宙を舞うアレクの眼前に口元に笑みを浮かべた男が突如として現れ、彼女は危険を感じ、咄嗟(とっさ)に両腕を上げて防御をすると、ハンマーを叩き付けられたかの如き衝撃に吹き飛び、辛うじて着地をする。だが、その腕は(しび)れ、上げる事が出来なくなっていた。

「ちょっと! あんた何て事すんのよ! 危ないじゃないの!」

 燃える様な金色の瞳で睨み付けられた男は、口笛を吹いた。

「いい女だねえ。殺らなきゃいけないなんて勿体(もったい)ない。おい、おまえ、俺の女になれよ。そうすれば命は助けてやるぜ?」

 その時、男の足元の地面が大きく(えぐ)れ弾け飛ぶ。咄嗟に身を捻り弾け飛んだ土砂を()けると叫んだ。

「あ、あぶねえ! 人が女を口説いてるって時に、どこのどいつだ!」

義姉(あね)上の(とつ)ぎ先は決まっている(ゆえ)、貴様には遠慮(えんりょ)してもらうでござる!」

 男が声のする方へ顔を向けると、三台目の戦車を破壊し、その上から砲弾を抱えて投擲(とうてき)するマルスの姿があった。

「てめえは人間戦車かよ!」

 凄まじい速度で投げ出される砲弾を避けながら叫ぶと、マルスは笑った。

「拙者は人間などではござらぬ! ましてや戦車でもないでござる!」

 マルスは三発目を投擲した。流石に戦車砲と同じ、と言う訳にはいかないが、それでも三十メートルを越える距離からとんでもない速度で繰り出される砲弾を避けるのは、男にとっても必死に成らざるを得なかった。

「人間でも戦車でも無けりゃなんだってんだよ!」

 男は四発目の砲弾を避け、その着弾点に視線をやりながら叫ぶと、眼前でマルスの声が聞こえた。

「拙者の名は風守(かざもり)マルス。風巻を守護する最強の盾にござる!」

 マルスの拳が(うな)りを挙げて男を襲う。咄嗟に両腕で防御するも、男はその凄まじい衝撃で吹き飛んで地面を何度も転がった後、ようやく膝立ちで立つと驚愕に目を見開く。男の両腕は肘から先が力無く垂れ下がり、骨はどこへ、といった有様だったからだ。

 男は小さく舌打ちをして悪態を付くと、なんとか動く指先を絡ませてから呼吸を整え、軽く息を吸い込み下腹に力を込め奥歯を噛み締めると、一気に引っ張り合った。

「くう……。この痛み――、久々だぜ」

 手を離して軽く腕を振る男を見たマルスは、訝しんだ。

「その腕、今しがた砕いたはずでござるが――。貴様は一体何者でござる」

 男は口元を歪めると、言った。

「今の一撃に敬意を表して教えてやるよ。俺の体はな、どこぞの馬鹿共に弄繰(いじく)り回されたお陰で、治癒能力がとんでもない事になってんだよ。それも、不死身、とまで言えるくらいにな。それともう一つ、人間じゃ到底成しえない身体能力もな」

 男の言葉を信じるならば、ある種の遺伝子操作を受けた、という事になる。それも一度や二度ではなく、何度もという事。ただ、マルスにはそんな事、どうでも良かった。

「ならば、頭を潰せば良いのでござるか」

 静かに言うと、猛烈な突進を開始する。男はその速さに少々面食らった。普通、パワーファイターは俊敏さに欠ける者が多いからだが、男には避けられない速さでは無い。雄人にも勝るとも劣らない素早さでマルスの背後へと回り込み、再び手にしたナイフで首筋目掛けて襲い掛かる、筈だった。そこを何者かに背中を蹴り付けられバランスを崩すと、無様にも地面に突っ伏してしまう。一瞬、何が、と思ったが浴びせられた罵倒で分かった。

「あんたね、あたしに手を出しておきながら、先にマルスと殺りあうって、どういう了見してんのよ? 不死身? 人間以上の速さ? だから何? それにね、その程度の速さで何自慢するっての? 雄人なんかもっと速いわよ。それこそあたし達が追い切れない程にね。あいつが本気だったら、あんたなんて今頃ただの肉の塊になってるわよ。感謝しなさい、あいつが人の心を持ってる事に。でもね、これだけは覚えておきなさい。自然の中で生まれ育ったあたし達をなめんじゃないわよ!」

 そこには美しい一匹の獣が居る。金色の瞳に炎を揺らめかせ、星明りを受けて煌く金色の髪を寒風に(なび)かせた獣が。男にはアレクの姿が、一瞬、別の何かに見えた気がした。

「義姉上の言う通りでござる! 拙者達は元々野生で育つ者! 故に、人間など及びも付かぬ領域で生きているのでござる! 常に死と隣り合わせの生き方を知らぬ者等が敵う訳無いのでござるよ!」

 突っ伏す男を両腕を組んで仁王立ちに見下ろすマルスに、男は圧倒的な質量を感じて、そこにも獣を見た気がした。

 男は辺りを見回してその光景を目にした瞬間、頼る事を止めた。

 二人の姿に怯えて絶望し、戦う事を放棄した者達は、恐怖に引き()った顔で只管(ただひたすら)、こちらを見ているだけだったのだ。

 男が奥歯を噛み締め立ち上がろうとしていた時、一発の銃声と聞きなれた声が響き渡る。その声は、男の上官であり戦友、そして、この様な体になった自分を化け物扱いもせずに、変わらぬ態度で接してくれた、たった一人の友、ジャックのものだった。

「こ、この化け物共め! サミュエルから――、俺の友から離れろ!」

 立て続けに銃声が鳴り響き、マルスの体を背中側から揺らした。アレクはあの時の二の舞か、と焦り、動こうとしたが、マルスが片手を挙げてそれを制した。

「問題無いでござる、義姉上」

 その足元には(ひしゃ)げた銃弾が零れ落ちる。銃声が途絶えた直後、マルスはゆっくりと振り向きながら、地面に落ちている石を拾い上げた。

「貴様の友を思う気持ち、天晴れにござる。だがしかし、ここは戦場(いくさば)。拙者に(やいば)を向ける以上は覚悟の程、出来てござろうな」

 言うなり、腕を振り上げる。

「き、貴様は、な、何を……、まさか――、まさかっ! や、やめろ! 止めてくれえ!!」

 サミュエルの叫びも虚しく、その石はマルスの手から途方も無い速さで放たれ、ジャックの胸板を(つらぬ)いた。ジャックは突然胸に開いた穴を見た後、サミュエルの方に顔を向けて震える手を伸ばし、足を踏み出して口を開きかけた直後、その場に崩れ落ち、動かなくなった。

 サミュエルはマルスを押しのけて駆け出しながらナイフを腰に仕舞い込み、ジャックの下へと近寄り抱き起こした。

「う、うそ……だろ……。こんな事で死ぬおまえじゃないだろう? なあ、ジャック――、起きろよ――。なあ……」

 指揮官が倒れた今、他の兵士達は武器を投げ捨て我先にと逃げ出して行く。

 その場に残されたのは、動かぬ友を抱きすくめ涙を流すサミュエルと、地面に倒れ動かない雄人、そして、サミュエルを見据えるアレクとマルスの四人だけだった。

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