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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第十一章
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邂逅

 現代社会、と言うものは、何が起ころうとも破綻(はたん)する事が無いほど強固に見えるが、その実、非常に(もろ)い側面も持ち合わせている。その理由は電気。これを停めてしまえば(ほとん)どの経済活動を停止させる事が可能だ。ただ、普通の停電ならばそれほど問題とならない。自家発電装置を持つ企業であれば、ある程度の業務はこなせてしまうからだ。なので、復旧を待つ間だけ、緊急避難的に使う事になる。それでも経済損失は計り知れないが、一時的な物であれば持ち堪える事は出来る。だが、何の前触れも無くEMP攻撃をされた場合は、この範疇に留まらない。航空機や車は言うに及ばす、発電所も復旧不可能な損害を受け、自家発電装置を動かしても、コンピュータが壊れていてはどうにも成らない。これがどういった惨事を(もたら)すかなど、今更言う必要も無いだろう。疾走する雄人達は正に、そんな惨状の一部を目の当たりにしていた。

 彼等が目にしたもの、それは――、手足が不自然に折れ曲がった者や血を流して倒れ、微かに残る意識で呻く者達。暴走した車にでも轢かれたのか、その傍らには必ず大破した車がある。中には助けを呼ぼうと必死に携帯を(いじ)る者も居る。だが、その者すら傷付き、やっと動いている有様だ。そして、突然エンジンが止まってしまった車は速度を落とす事無く互いにぶつかり合い、前後が拉げ、半分ほどにまで縮んだ車の中に人が閉じ込められ、激痛に意識を失うことすら出来ず苦鳴を上げていた。そんな光景が駆け抜ける先々で見受けられる。それも裏道ですらこの有様では、目抜き通りはどれ程(むご)い事になっているのか、筆舌に尽くし難い。しかも、彼等を見かけた者が声の限りに叫び、助けを求める。その声を無視しなければならない彼等の胸は、張り裂けんばかりの痛みを受た。

 郊外にまで出ると、最初こそは路肩に止まる車が目に付いたが、いくらも行かないうちに見なくなる。その時突然、マルスが、吼えた。その声は悲しみに震え、自分の無力さを呪う様に長く細く響き渡り、その余韻(よいん)の残る中で、アレクが鳴き叫んだ。それは、罪も無い人々を巻き込んだ者に対する怒りだった。そして、雄人が咆哮した。だが、その声には、苦悩が(にじ)んでいた。

 三人はその瞳に涙を浮かべながら、奥歯を噛み締め、立ち止まる事無く走り続ける。その胸に去来する物は、この惨事を引き起こした者への怒り、ただそれだけだった。

 民家の切れた辺りで雄人は二人に告げた。

「山を突っ切るぞ」

 三人は道を反れ、鬱葱(うっそう)と茂る山林に入って行く。確かに道路を行くよりも距離的には近い。だからと言って、日も暮れた山に入るのは無謀だ。だが、それを無謀とも思わず平然と行う三人の姿は、最早(もはや)、人には見えなかった。

 山に入り、さらに三十分も走った頃だろうか。突然、アレクが静かに声を発した。

「止まって!」

 その声に二人は動きを止め、茂みに身を隠す。アレクは目を(つむ)り、静かに周りの音に耳を傾けていたが、顔を上げると言った。

「前方に人が数名、かなり警戒してる感じね。どうする?」

 雄人は心の中で舌打ちをした。このまま進めば確実に見付かり、本隊に報告が行く。かと言って、ここでじっとしていても何れは見付かってしまう。ここまで深く警戒しているとは誤算だった。

「拙者が行くでござる。ここは不慣れな義兄(あに)上では無理でござろうからな」

 言うなり、葉擦(はず)れ一つ立てずに闇に溶け込んで行った。

「あたしも行くわ。マルス一人じゃ何かと問題ありそうだしね。雄人はここで待ってて」

 金色の瞳を雄人に向け言うと、アレクも闇に溶けて行く。彼は自身を、不甲斐無い、と思いもするが、森の中ではあの二人に分がある。とは言っても、何もしない訳にもいかず、身を隠した木を見て視線を上に向け、その口元に笑みが浮んだ瞬間、雄人の姿はその場から忽然(こつぜん)と消え去り、上方では微かに葉擦れの音がする。と、そこの一番太い枝元には、彼の姿が有った。

 雄人はそこから更に上へと飛び移る。その際彼は、一切の物音を立てなかった。俊敏で軽い身のこなしは到底、人が真似出来る物ではない。そして、彼がその身を潜めた木は常緑樹。寒い時期でも葉を落とさず、その身を覆うそれは、格好の隠れ場となった。

 いくら森の中が暗いとはいえ、雄人の潜む木の中ほどではない。茂る枝葉が降り注ぐ星明りすら全て遮るそこは、真の闇に近かった。そこから見下ろす彼の瞳には、敵の姿ばかりか、二人の位置までがはっきりと見て取れた。

――相手は三人。二人は両側からやるつもりらしいけど、一人残るな……。

 そんな事を考えていると、マルスが動き出し、(おもむろ)に茂みをざわめかせた後、その場から素早く相手の後方へと移動する。相手はその音に敏感に反応し、音のした方に小銃を向け、ゆっくりと進みだした。

――なるほど、音で攪乱(かくらん)するのか。でも、それだけじゃ駄目だな。ここは俺が手助けするか。

 雄人は自身が潜む木の幹に拳を叩き付ける。その振動は幹全体に伝わり、枝葉を不自然に揺らして、大きな音を立てた。驚いた相手は一斉に向きを変え、顔と小銃を上に向ける。それが合図となり、アレクとマルスが同時に左右の二人に襲い掛かり、襲撃を逃れた者は一瞬戸惑うも、素早く雄人の潜む木に背を向け下がると、二人に小銃を向け、引き金を絞ろうと指に力を込めた、正にその時。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 裏声を使って甘い声で雄人は背後から声を掛けると、驚きで振り向いた者の顔面を強打して、昏倒させた。

義兄(あに)上も中々やるでござる」

「雄人もやれば出来るんじゃない」

 マルスの足元には頭が爆散した様な死体が転がり、アレクの(かたわ)らには喉から血を噴出し悶絶(もんぜつ)する相手の姿があった。

「おまえら、殺しちゃだめだろ……」

 困惑する雄人に、アレクは言った。

「生かして置くと後々面倒じゃない。それとも何? あんた、まだ人間のつもりなの?」

 溜息交じりで問うアレクに、雄人は肩を竦めて返した。

「人間は辞めたのかもしれないけど、人まで辞めた覚えはないぞ」

「人間では無くとも人、でござるか――。拙者も何時かはそう言いたいものでござるな」

 その時、足元に転がる敵の無線機から声が流れる。その声は定時連絡の催促だ。それを聞いて雄人は険しい表情を見せた。

「まずいな……。これじゃ余計、警戒がきつくなったかもしれない」

 考え込む雄人に対して、マルスは言い放った。

「人間の警戒など、拙者達にはザルと同じなのでござる」

 マルスの言葉にアレクも頷き言った。

「そうね、確かにザルと同じね」

 確かにマルスの言う通りだ、と雄人も思う。しかし、彼にしてみれば別問題だった。

「お前達にはそうかもしれないけど、俺はそうもいかないんだぞ。元々人の中で暮らしてたから、気配の消し方なんて上手くは出来ない」

 だが、マルスは満面の笑みを浮かべて、雄人に言った。

「義兄上なら出来るでござる。現に先ほど()って見せていたではござらぬか」

「そうよ、あそこまで完璧なのは早々お目にかかれないわよ」

 二人の言葉に雄人は首を傾げる。自分ではそんな事をした心算(つもり)が全く無いからだ。そんな雄人を見てマルスが驚きの声を上げた。

「もしかして、無意識に遣ったのでござるか?! だとすれば拙者、舌を巻くしかないでござるよ!」

 マルスは驚きの表情を見せ、アレクが溜息を付きながら言った。

「正直に言うとね、実はあんたの気配、あたし達が動いた直後から分からなくなっちゃったのよ。もっとも、慌てはしなかったけどね。どうせあんたの事だし、何かやったんだろうって思ってたから。で、あんたは一体、何やらかしたの?」

 雄人は背後の木を指差して言った。

「あそこに飛び上がっただけだよ」

 二人はその木を見て呆然とした。幹の太さはマルスの腕でも回り切らないほどの太さが有り、地上から一番近い枝までの高さでさえ、優に四メートルはあったからだ。

「まさか――、あそこに?」

 アレクの呟きに雄人は頷く。あまりにも簡単に頷く彼を見て、マルスは開いた口が塞がらなかった。

「何驚いてんだよ? お前等だって出来んだろ?」

 マルスは首をゆっくりと振っていた。

「拙者には無理でござる。登る事は出来ても、飛び上がる事は出来ないでござる」

「あたしは出来なくないけど――、音も立てずに、っていうのは自信無いわ」

 今度は雄人が驚く番だった。

「マルスは元が熊だから分からなくもないけど――、アレクが自信無いとか以外だ……」

 雄人の驚く顔を見て、アレクは溜息を付きながら首を振ると、言った。

「あのね、人間はあたし達狐の事、猫みたいだ、とか言うけど、純粋な猫と同じな訳ないでしょ? 動きが似てるってだけなんだしね。それより早く行きましょ」

 アレクに促されたが、雄人は進んでも良いものかどうかと躊躇する。そこへ、マルスの叱責が飛んで来た。

「そこが義兄上の良くないとこですぞ! そんな事では一分一秒を争う事態の中では、助かる者も助からぬでござる!」

 マルスの厳しい視線が雄人を貫き、彼は顔を歪めて静かに怒鳴った。

「でも、このまま進めば……!」

 雄人はその先の言葉を飲み込む。そんな彼の頬をアレクが叩いた。

「あんた、実夏に約束したんでしょう? 必ず連れ帰るって。それともあれは嘘だったの?」

 雄人は首を振った。

「だったらその約束、きっちっと守りなさい!」

 アレクは厳しさを見せる表情とは裏腹に、その瞳には優しさを(たた)えて雄人を見詰めていた。

「あたし達なら大丈夫。もうあんなヘマは二度としない。だから、雄人は安心して前を向きなさい。あんたの背中はあたし達が守るから」

 柔らかい微笑を湛え、二人は雄人を見詰める。そんな二人を見て雄人は溜息を付いて笑みを零した。

「まったく、見た目は俺と変わらないのに、お前達は(はるか)かに大人なんだな」

 マルスが笑顔を向けたまま、静かに口を開いた。

「そうでござるよ。生みの親との別れは人間よりも遥かに早いが故に、大人になるのもまた、早いのでござる。でも、拙者は人間が(うらや)ましいでござるよ」

「そうね」

 アレクが短く同意する。嬉しそうに言う二人が、雄人にはとても眩しく見えた。

「勉強を教えた本人が(さと)されてるようじゃ世話無いな」

 短く笑い合うと、三人は真剣な顔付きになり、互いに頷いて走り出す。途中、アレクが何度か指示を出し、方向を変えながら進み、研究所の建物の影まで辿り着く事に成功した。

「物凄い数でござるな」

 マルスの呟きに雄人は頷くが、その口元には笑みを浮かべていた。

「雄人ったら楽しそうね」

 アレクも笑みを浮かべている。

義姉(あね)上も同じでござろう?」

 マルスも笑っていた。

 三人の近くを何人かの兵士が通るが、気付く事も無く通り過ぎて行く。それを目で追い掛けながら雄人が言った。

「まずは俺が飛び出して引っ掻き回す。お前達は好きなように動けばいい。ただし、なるべく殺すなよ?」

 アレクは肩を竦めながら答えた。

「分かったわよ。努力はするけど期待しないでね」

「それでは、拙者はあれを相手にするでござる」

 マルスは視線で戦車を指した。

「おいおい、無茶だけはするなよ。それじゃ、先に行くぞ」

 その場に笑顔を残し、凄まじい速さで飛び出して行く。それを見た二人は驚きで目を見開いた。

「凄いでござる……」

「前よりも速いじゃない……」

 二人が驚くのも無理も無い。雄人自身でさえ驚いていたのだから。以前であればある程度の助走距離を必要としたが、今は、ほんの数歩でトップスピードになってしまう。それこそ、人間の目で追い切れる速さではなかった。その為、雄人が部隊の中心で立ち止まるまで、誰一人として気付く者は居なかった。

 雄人は手近な者の顔面に鞘ごと刀を叩き付ける。叩き付けられた者は一瞬にして吹き飛び、意識を失った。その姿を見た者は即座に銃を向けるが、彼は空間転移でもしたかの様に、一瞬で近付き同じ目に遭わせる。そして、次々と同じ目に遭う者が続出し、部隊は混乱していく。中には慌てて引き金を引く者まで居たが、それはあまりにも稚拙(ちせつ)な行為。外に向かって撃つのならまだしも、内側に向かって撃つなど、同士討ちをするだけだった。

 雄人一人に翻弄(ほんろう)され対処も間々ならずに混乱する最中(さなか)、別の場所からも混乱が生じ始めた。そこにではアレクが華麗に舞っている。その身を回転させ爪で喉を切り裂き、背後から襲い来る相手には飛び上がり、空中で身を後方に捻ると、脳天目掛けて膝を落とし、その反動を利用してまた別の者に空中から襲い掛かる。星明りの中、金色の風が流れる度に犠牲者が数が増していく。が、相手も混乱したままではない。まだ渦中の外に居る者達は戦車を前面に立て、襲い掛かろうと動きだしていた。

 だがその時、戦車の前方に立ちはだかった者が居た。マルスだ。マルスは戦車に向かって突進を開始すると、上面装甲に飛び乗って砲身を抱え込むなり、渾身の力を込めて上方へと持ち上げる。急激な力の本流に無残にも砲身は折れ曲がり、それを目撃した者達は唖然として、銃を向ける事すら忘れた。そして、マルスは砲塔に()じ登って咆哮と共に自分の周りを拳で十数度叩き付けると、装甲は歪み、マルスごと中へと千切れ落ちた。内部にいた者達は自分達を守るはずの装甲で傷付き倒れ、内部に侵入したマルスによって、空高く放り投げられ、地面に激突して無残な死を晒した。

 部隊が混乱の極みに達しようとしていたその頃、一人の男が雄人目掛けて静かに動き出した。

 雄人は次々と犠牲者を増やしながらも、二人の動きを視界の隅に捉え、その口元に笑みを浮かべた刹那。凄まじい殺気を感じ、一瞬にして横に三メートルも飛び退っていた。

「避けられちまったか。中々やるな」

 不敵な笑みを漏らす男は、両の手でコンバットナイフを逆手に構え雄人を睨み付け、彼の首筋からは血が滲み、額からは冷汗を流していた。

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