造られし者
太陽は己が身を隠そうと辺りを赤く染め始め、寒風に撫でられた山の木々は枝葉を揺らし、その足元に残る葉の絨毯を舞い上がらせる。そんな何時もと変わらない日常の風景の中、忙しなく動き回る者達が居た。その者達は金属の擦れ合う音を響かせ、何事かの準備をしている。そして、怒声が響き渡ると、夕日を受けて尚、黒光りする鉄塊が動き出し、長く真っ直ぐに伸びた鼻を静かに前方へと向け、数度、上下に動かした後、耳を劈く轟音と火花を撒き散らした。唐突に辺りを震わせた音に驚き、鳥達は一斉に飛び立つ。と同時に、何かが巨大な物が砕け散る重々しい音が轟き、辺り一体に煙の幕が広がるが、寒風がゆっくりとその幕を開けると、地下へと通じる通路と扉を晒し始めた。
「まずは瓦礫の撤去だ! 大きな物は戦車に取り付けたドーザーで動かして構わん! その後、扉に向かって砲撃を開始する!」
指示を受けた者達は素早く行動に移す。有る者はスコップを手に瓦礫を掘り起こし、また有る者は、鉄塊に指示して巨大な塊を排除させた。
十数分後には通路と扉の前から瓦礫は撤去され、その正面に鉄塊が陣取り、鼻を扉へと向ける。そしてまた、轟音が響き渡る、それも、断続的に数回。その都度、僅かに鼻を動かし、違う場所に向ける。そして、数回目には、扉は断末魔を上げ、砕け散った。
「内部の確認を急げ!」
扉の在った場所に数名が近付き、小銃を構え中に入って行く。数歩ばかり入った所で微かに体に変調を来たすが、その事はおくびにも出さず、更に奥へと進んで行った。そして、階段を下りようと足を踏み出したその時、突如としてバランスを崩して全員が同じ様に転げ落ち、何が起きたのかも分からずに床に這い蹲っていた。痛みで僅かに苦鳴をもらしたが、自分達がどうなったのかを理解すると、立ち上がろうと身を起こし掛けるが、立ち上がれない事に気が付く。それでも立ち上がろうと壁まで這いずって行き、手を着いてゆっくりと身を起こした直後、激しい眩暈と吐き気を催し、その場に崩れ落ちた。
外では中々戻らない者達に苛立ちを募らせる一人の男が居た。
「何をもたついてやがる……」
呟きから更に十数分待っても戻る気配がなく、それどころか、連絡すらしてこない。苛々が頂点に達したのか、組んでいた腕を解き、振り向きざまに腕を向けて、男が怒鳴った。
「おい! そこの! あいつ等を引きずり出して来い!」
突然、差された者は短く返事をすると、即座に駆け出して中に飛び込んで行く。その者が中で見たものは、床に這い蹲り、苦しみに呻き声を挙げる仲間だった。階段を半ばまで降り、声を掛け様としたその瞬間、その者の天地は逆転し、床に突っ伏していた。何が起こったのか分からぬまま、頭を動かし周囲を探ろうとするが、強烈な眩暈を覚え、自分が倒れているのか立っているのかさえ、定かでは無くなっていく。このままでは自分も二の舞になる、そう感じた男は、耳に当てている小型の通信機のスイッチを押すと、口を開いた。
「た、大佐に、ほ、報告、お願い致します――。げ、現在、私も含め、ちょ、調査班も、何らかの攻撃を受け、み、身動きが取れません。し、至急、解析に当たる事を、し、進言致します!」
それだけを報告すると、男も苦鳴を上げ突っ伏した。
外では通信を受けた者が慌てて男の下へ駆け寄り、その報告を告げる。すると、男の表情が苦々しげに変わった。
「要するに、何だか分からんが、防御装置が在るって事だな」
「はい」
短く返答する者を睨み付け、息を吐くと、忌々しげに口を開いた。
「立て篭もった連中を無傷で連れ出せとか、本部は何考えてやがんだ。普通の軍隊が立て篭もってるだけならバンカーバスター一発で済むんだがな。それに、あっちに向かった奴等は全滅したって聞いたぞ。素人相手に全滅とは、笑えんな」
直立不動の姿勢で黙って聴いてた者は、男の話が終わると、すぐに口を開いた。
「大佐、如何致しますか?」
大佐、と呼ばれた男は、眉を吊り上げると、怒鳴った。
「如何致しますか? じゃねえだろ! 貴様にも何をやればいいかくらい、分かってんだろうがっ!」
怒鳴られた男は、最敬礼をした後、どこかへ駆け出して行く。その後姿を見ながら溜息を付くと、大佐は呟いた。
「風巻、とか言ったな、ここを造った奴は。もしかすると、俺達は手を出しちゃならね相手に手を出しちまったのかもしれねえな……」
視線を地下の入り口に戻し、その周囲で忙しなく動く者達を静かに見守る。そして、ふと、足元に落ちる影を見てから、森に目をやると、顎に手を当てて呟いた。
「日が落ちるか……」
その場を離れ、後方へと移動して行く。そこには先ほど通信を受けた者の他にも何人かが機器を弄っていた。
「おい、そこの」
声を掛けられた者はすぐに頭を上げると、敬礼をする。
「何でしょうか?」
「各員に連絡を頼む。夜間は周囲の警戒レベルを二段階引き上げろ、とな」
大佐の言葉を聴いて目を丸くする。それもそうだ、周りには敵らしき姿が無い事は十分確認済み。なのに、警戒レベルを一気に二段階も引き上げるのだ。だが、軍隊では上官の言葉は神にも等しい。従わずに聞き返す訳にもいかなかった。
「警戒レベル二段階引き上げ、了解いたしました」
すぐに復唱をして手早く通信機を操り、大佐の指示を全体に伝えた。
「ご苦労。引き続き任務の遂行に専念したまえ」
敬礼を送ると、男は先ほどの疑問を口にした。
「ですが大佐。何故、一気に二段階も?」
大佐は口元を緩めると、言った。
「なに、カンだよ。なんとなく何かが起こりそうな気がしてな」
なるほど、と思った。男は以前から大佐の部隊で行動していたが、この上官の感は良く当たる事を知っていた。
「大佐のカンでしたら間違いありません」
フッと息を漏らすと、大佐はその精悍な顔付きからは信じられないほどの笑みを漏らした。
「貴様は何時から俺の隊に居る?」
「二年ほど前からであります!」
大佐はこの答えで満足する。
「よし、貴様は引き続き俺の隊に居られるように手配してやる。これからも頼むぞ」
「有難う御座います!」
男は最敬礼をすると、嬉しそうな笑顔を向ける。大佐は背を向けると、また元の場所に戻り始めるが、立ち止まり振り向くと、男に尋ねた。
「そういえば、あいつはどうしてる?」
あいつ、と言われ一瞬誰の事だか分からなかったが、大佐が、あいつ、と親しげに言う人物は一人しか居なかった。
「少尉でしたら、その辺りに……」
男は森の一角を差した。
「そうか」
大佐は向きを変え、男が指差した方へと歩いて行く。繁みの近くまで行くと歩みを止め、目を凝らしながら問い掛けた。
「サミュエル、そこに居るのか?」
返事は無い。だが、繁みの一角が不自然な揺れを見せ、大佐がそれを見逃さずに凝視した瞬間、背後に殺気を感じて素早く身を回す。しかし、そこには誰も居なかった。それでも辺りを警戒する姿勢は解かない。全身の感覚を研ぎ澄まして周囲を探ると、先ほどの繁みの辺りからこちらを伺う視線を感じる。相手に悟られぬ様に僅かに警戒を解くと、その気配が動き出した。大胆にも真っ直ぐに向かって来る。その気配が近付くと、抜き打ちに銃を向けた。
「悪ふざけは止せ」
短く言って振り向く。そこにはニヤ付きながら両手を肩の高さまで上げた男が居た。
「流石だ。未だに衰え知らずとは恐れ入る」
そんな賞賛とは裏腹に、大佐の顔は悔しさを滲ませていた。
「世辞などいらん。お前が本気ならば、俺はすでに肉塊になってるはずだからな」
向けていた銃を下ろして睨み付ける。男はその視線に肩を竦め、済まなそうな表情を見せた。
「俺が悪かった。この通り誤る。頼むからそんな目を向けないでくれ」
頭を垂れる男を見て、大佐は軽く息を吐くと、銃を仕舞いながら口を開いた。
「今夜、何かが起こりそうな気がする。だからな、サミュエル。おまえに頼みがある」
「大佐殿が俺如きに頼みとは光栄だな」
「大佐などと呼ばなくていい。昔の様にジャックでかまわん」
サミュエルは口元を緩める。それを見た大佐も、微かに笑みを漏らした。
「それで、第六巻の男が俺に頼みとはなんだ?」
組織での通り名を言われた大佐は苦笑を漏らす他無かったが、真剣な顔付きになると、言った。
「俺のカンでは、今夜あたり襲撃されるはずだ。それも少数の精鋭に。お前にはその中で一番腕の立つ奴の相手をしてもらいたい」
サミュエルは大佐の目をジッと見詰めた。大佐もその視線を逸らさず、同じ様に凝視する。時間にして数十秒ほどであったが、先にサミュエルが瞼を閉じると、口元に笑みを見せた。
「オーケー、ジャック。ただし、そいつらが俺の相手になれば、の話だけどな」
大佐も口元に笑みを浮かべた。
「隊としては本来、お前が動かないに越した事は無い。だが、今回だけはどうにも不安が拭えんのだ」
何時に無く弱気を見せる大佐にサミュエルは驚いた。今までは彼がこんな表情を見せた事が無かったからだ。
「おいおい、一体、どうしたんだよ? どんな戦いでも最小限の損害しか出さないお前が、今回はやけに弱気を見せるじゃないか。そんなんじゃ、他の奴等を不安にさせちまうぜ?」
眉根に皺を寄せて言うサミュエルに、大佐は険しい表情を見せると、戦友のお前になら、と前置きをして、静かに口を開いた。
「内なる声が囁くのだ。今すぐ逃げろ、とな。だがな、俺は軍人だ。なんの命令も無くこの場を放棄する訳にもいかん。しかし、この胸の内から湧き上がる言い知れぬ不安だけは、止め様が無い。だから、お前に頼むしかないのだ。我が組織が生み出した最強の兵士たるお前にな」
真剣な表情を向けられ、サミュエルは口元が緩むのを感じた。今までの戦場では自分とまともに遣り合える者は存在しなかった。だが、この言葉を聞いて、もしかしたら、と思い、その心の内で歓喜していた。
「なるほど。お前にそこまで言わせる奴が来るのか――。こりゃ、全力を出せそうだな」
不適な笑みを見せるサミュエルを見て、大佐の不安は少しではあるが、和らいだ。
「頼んだぞ」
「任せろ。今まではこんな体にした奴等を恨んだが、今回だけは感謝してやるぜ。今の俺の限界が何処に有るのかなんて試せる機会は、そうそう無いからな」
そう言うと、静かに笑いを漏らし、その瞳には歓喜の色が溢れ返っているのだった。




