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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第十章
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目覚め

 畑田達の会話を聞き付け、三人の事が心配でパソコンの前に集まった者達は、その会話が終わった後、立ち上がって振り向く彼女の顔に、陶然(とうぜん)とした。

 意志の強さを秘め光る黒瞳に全てに決意を込め、実夏はゆっくりとした足取りで彼等の眠る部屋へと向かう。その背を見送った者は、必ず三人を助け出す、という彼女の決意を読み取り、自らもその後に着いて行く。その場には畑田と真一の他、数名の所員だけが残された。

「すげえ女だな――。ありゃあ、リーダーの素質十分だぜ」

「それはそうですよ。あの取手先生の娘さんで、風巻君の幼馴染ですからね。この二人をずっと見てきた彼女なら、リーダーにきっと成れます」

 (まぶ)しそうに彼女を見送る畑田の肩を一つ叩き、真一が言った。

「畑田さん、俺達は俺達にしか出来ない事をやりましょうか」

 生意気な、と思ったが、それがまた、頼もしく感じた。

「君には参謀(さんぼう)としての素質(そしつ)があるようですねえ。さすが大垣先生の息子さんですよ」

「何言ってんですか。俺なんかみたいのはご意見番が関の山ですよ」

 二人は顔を見合わせ笑うと、パソコン画面に向き直り、あれこれと操作をして、やっと、外の様子を映し出す事に成功した。

「これは――、門前(もんぜん)でしょうか?」

 パソコンのモニターに映し出された映像には、地面の所々に何か赤黒い液体をぶちまけた様な物も映っていた。

「これってもしかして――、血の跡、じゃないのか?」

 二人は食い入る様にモニターを見詰める。そして、隅々まで目を()らした。

「見えている範囲に人影は見当たりませんね。他のも出してみましょう」

 幾つかのウィンドウが立ち上がる。そのうちの一つに、こちらを監視するような動きを見せる複数の人物が映っていた。

「やっぱり監視されてますね。これでは迂闊(うかつ)に動く事も出来ませんよ」

 難しい表情で言う畑田に対し、真一が疑問を口にした。

「ところで、なんでこれ歪んで見えるんだ?」

 彼のその指摘は、映像の周囲が歪んで見えている為だった。

「ああ、これですか。たぶん、超広角レンズの所為(せい)でしょう。通常よりも広い範囲を映すために使われるんですよ」

 真一が納得すると、畑田が別の映像を出した。

「これは――、どこでしょうか? やっぱり風巻君が居ないと、どこだか分かりませんね」

 困った顔をする畑田に、真一が片頬を吊り上げながら言った。

「分からなくてもいいんですよ。彼が起きて来た時にこれを見せれば自分で判断して動くでしょうからね。俺達の役目は彼等のサポートなんですから、どこに敵が(ひそ)んでいるか、その情報を集めるのが仕事ですよ」

畑田は頷くと、

「そうですね。今は僕たちに遣れる事を遣るだけですよね。彼等は命懸けで僕達を守ってくれた。なら、今度はこちらが全力で答えなければ、釣り合いが取れませんよね」

 お互いの顔を見合わせて笑いを漏らすと、視線を戻し、また、食い入るように画面を見詰め始めた。

 その頃、三人が寝かされる部屋では、雄人を叩こうとした実夏を所員の一人が羽交い絞めにして、止めていた。

「い、いけません! そんな事したらどうなるか分からないんですから!」

 ()(ほど)こうと足掻(あが)く彼女ではあったが、成人男子の力に|適「かな》う筈も無い。

「放してよ! どうしても雄人を起こさなくちゃいけないのよ!」

 暴れる彼女を力の限り押さえ付ける所員とは別に、他の者が言った。

「普通の睡眠と訳が違うんですよ。そんな荒っぽい起こし方をすれば、何が起こるか分かりません。最悪、過剰(かじょう)防衛(ぼうえい)行動(こうどう)に出ないとも限らないんです」

 実夏の動きが止まると、押さえ付けていた所員は、安堵の溜息と共に彼女を放した。

「それってどういう事なの?」

 彼女の疑問に、先ほどの所員が答える。

「彼等の状態は熊の冬篭(ふゆごも)りに似てはいるんです。ただ、似ているだけで冬篭りとも違います。その証拠に、これだけ騒いでいるのに目を覚ましません。ですが、冬眠とも違うんですよ。私共としてもこういったケースは初めてなので、困惑しているんです。ですが、必ず目を覚ます事だけは保障できます。非常にゆっくりとですが体温と脈拍が共に元に戻りつつあるからです。その上昇スピードから計算すると、明日の昼頃には……」

 説明する所員の言葉を遮り、実夏は怒鳴った。

「それじゃ遅いのよ! とうさんが――、とうさん達が危ないのよ! だから……!」

 実夏は俯き、拳を握り締めて体を振るわせる。そして、その場にいる所員達は、それを聞き、驚いた。

「取手先生達が危ないって、どういう事ですかっ!」

 彼女は涙を(こら)え、震える声で先ほどの事を話した。

「そうですか――、そういった理由(わけ)があったのですか――」

 彼女の前で話を聞いた所員は、少し考え込むと頷き、他の者に声を掛けた。

「皆、ちょっと手伝ってくれないか? お嬢さんを中心にして、その周りにベッドを集めてくれ」

 実夏が顔を上げ、彼を見る。すると、彼は笑顔で言った。

「本来は意識を無くした病人にやる行為なんですが、この場合、これがもっとも適切だと判断しました。あなたを中心にしてベッドを配置しますから、彼等の手を握って声を掛けてあげてください」

 程なくして彼女の周りにベッドが集められ、ある所員が手が握り易い様にと、腕を置く台を設置する。実夏の手は二つ、対して握る手は三つ。彼女は左手で雄人の手を、右手でアレクとマルスの手を握ると、台に腕を乗せ跪き、目を閉じて、祈るように叫んだ。

「お願い――、目を覚まして! とうさん達を助けて!」

 だが、三人は何の反応も示さない。それでも彼女は諦めず、その手を強く握り締めて、声を掛け続けた。

「雄人、アレク、マルス、あなた達の力を貸して。もう、あたし達だけじゃどうにも出来ない――。ねえ、聞こえてるんでしょう?! だったら――、お願いだから、目を開けてよ! お願い……、あたし達を――、助けて……よ」

 最後は(すす)り泣きながらの懇願(こんがん)だが、更に強く手を握り締める。しばらくの間、俯いて涙を流していた彼女は、微かに握り返す力を感じ、顔を上げ、言った。

「三人が――、三人はもうすぐ目を覚まします!」

 彼女の手に感じる力は徐々に強まっていく。そして、それを見守る所員達も、彼等の(まぶた)が痙攣するのを確認した。

「脈拍体温、共に正常値に戻りました! まもなく目覚めるはずです!」

 計測機器の数値を見ていた所員が叫ぶ。その直後、雄人の口が、動いた。

「実夏うるさい。耳元で騒ぐなよ」

 彼女に向かって笑顔を向ける雄人をその目で確認したとたん、実夏は驚きと嬉しさで涙を溢れさせ、彼に抱きついて声を上げて泣いた。

 雄人は泣きじゃくる彼女の髪を優しく撫でる。そして、泣き声が小さくなり始めた頃、口を開いた。

「俺さあ、さっきまで夢見てたんだよ」

「ゆめ?」

 実夏が顔を挙げ聞き返すと、彼は頷いた。

「ああ、母さんと父さんの夢。俺、怒られちゃったよ。こんな所で何してるんだ、って」

 彼女は黙って彼の話を聞いた。

「だから俺は、仕方ないだろう、って言ったんだ。そしたら――、母さんにぶっ飛ばされた」

 雄人は乾いた笑いを上げ、実夏もその顔を笑顔に変えた。

「小母さんって、意外と容赦(ようしゃ)なかったものね」

 雄人は頷き、話を続けた。

「でも、その後、ギュッてされて言われたんだ。まだやり残した事があるんでしょ? って。その時、実夏の声が聞こえて……。俺、もっと話したい事いっぱいあったんだけど……、それを聞いた母さんが、あなたの居るべき場所へ帰りなさいって――、そして、父さんがさ……、お前を必要としている人達が待ってるぞって……。でも、俺は躊躇(ちゅうちょ)してたんだよ。これを逃したら、父さんと母さんと、もう二度と一緒に居られないかも知れない、って思ってたから。そしたら、父さん、なんて言ったと思う?」

 実夏は(つと)めて笑顔で聞き返した。

「なんて言ったの?」

「お前がやるべき事をやり尽くして、その命が燃え尽きた時にまた会える。そしたら、お前の話を聞かせてくれって……」

 実夏は何も言わず、彼に頬を寄せ、雄人はその瞳から涙を流した。

「だから――、俺は約束したんだ。何があっても(あきら)めないで命尽きるその時まで、力の限り生き抜くって。そして、胸を張って会うんだ。俺は精一杯やったぞって」

 雄人は天井を見詰める。そして、また口を開こうとしたその瞬間。マルスが大声で泣き始めた。

「い、いい話でござるな。さ、流石、雄人殿の父上と、母上で、ご、ござる。雄人殿も立派でござるよ。亡き父と母に誓いを立てる等、素晴らしい気概(きがい)なのでござる」

 ワンワンと泣くじゃくるマルスに、雄人と実夏はお互いの顔を見合わせ苦笑した。

「感動したのは分かるけど、頭の上で大声出さないでよね。うるさくてかなわないわよ」

 この憎まれ口と声は間違いなくアレクの物。それを聞いたマルスは声のした方に身を捻りながら、がなった。

「アレク殿といえど、今の発言は捨て置けぬでご、ざ……る?」

 目の前には、マルスが初めて見る女性が居る。その女性も身を捻りマルスを睨んでいた。

「あんた誰よ」

「どなたでござるか?」

 二人とも同時に声を発したが、それを聞いて、仰天(ぎょうてん)した。

「そ、その声! もしかして、マルスなのっ?!」

「その声は! ア、アレク殿でござるかっ?!」

 二人はお互いをまじまじと見詰め合い、その驚く声を聞いた雄人は顔を向けると、唖然とした表情のまま固まった。

「なんだかアレク殿は実夏殿に似てるでござる」

「そういうあんたも雄人に似てるわよ?」

 二人は素早く雄人に顔を向けると、同時に言葉を放った。

「雄人! あたし達、人になっちゃったわよ!」

「雄人殿! 拙者達、人に成れたでござる!」

 声を向けられた雄人も、それは見れば分かる。しかし、なんと返せばいいのか分からず、未だに唖然としたままだった。

 そんな雄人を他所に、アレクがマルスに話し掛けた。

「ねえ、マルス」

「何でござるか?」

「ここから出る前に雄人もあたし達に約束してくれたわよね」

「そういえば――、したでござるな」

 アレクはその顔を意地悪そうな笑いに変えると、雄人に顔を向けて楽しそうに言った。

「約束、守ってね」

 可愛げに小首を傾げる。彼は我に返ると、乾いた笑い声を上げ、誤魔化そうとしたが、実夏が(いぶか)しげな表情で聞いて来た。

「何、三人でコソコソと約束なんかしてんのよ。あたしにも教えないさいよね」

 マルスのは()(かく)、アレクとの約束をこの場で言うのは非常にまずい、確実に修羅場が出来上がってしまう、雄人はそう思い、身を起こしながら話題を反らした。

「と、ところで、なんで二人が人の姿になってるんだ?」

 アレクはキョトンとした表情に変わった。

「そういえばそうね。ねえ、実夏は何か知ってるんでしょ?」

 彼の目論見(もくろみ)は成功し、アレクに話を振られた彼女は、|釈然「しゃくぜん》としない表情をしていたが、刻結との事を話した。

「そうでござったか。差し詰め、拙者達はゾンビでござるな」

 何かとんでもない勘違いをマルスはしている。

「俺達はゾンビじゃないから!」

「そうよ。雄人の言う通りよ。あたし達はゾンビじゃないのよ。死に損ないなだけよ」

 相槌(あいづち)を打ちながらアレクの言葉を聞いていた雄人だが、これにも突っ込んだ。

「ちがう! それも間違ってるぞ!」

 アレクがジロリ、と(にら)む。

「じゃあ、なんなのよ」

 雄人は軽く咳払いをして口を開こうとしたが、彼の言葉を実夏が(うば)った。

「三人とも生まれ変わっただけよ。そうね……、こう言えばいいのかしら? 古い体を脱ぎ捨てて新しい体を手に入れた。こっちの方がしっくり来るでしょ?」

 雄人は憮然(ぶぜん)とした表情をして居るが、アレクとマルスは感心して頷いていた。

「そうであるか。新しき肉体――。良いでござるな!」

 喜びでベッドの上に立ち上がる。と同時に体に掛けたシーツが落ちる。そして、次の瞬間、底が抜け、マルスがベッドに(はま)り込んだ。

「ぬ、ぬおお! 抜けぬ、抜けぬぞ!」

 足掻くマルスの下肢は完全に嵌り込んでいるが、股間の物だけはベッドの上に堂々と乗り、体の動きに合わせ、ふらふらと動いている。アレクは呆れた表情で溜息を付き、雄人は悔しそうな表情を浮かべ、実夏は顔を真っ赤にして俯いていた。

 部屋に居る所員達も呆れるやら可笑しいやらで、苦笑を浮かべ顔を反らしていたが、突然部屋の扉が開かれると、真一が飛び込んで来て、叫んだ。

「地下の一枚目の扉が壊された! これじゃ、そう長くは持たないぞ!」

 あまりの剣幕に雄人が振り向く。その顔付きは険しい表情に変わっていた。

「地下の一枚目の扉? どういう事ですか」

 真一は、雄人の声で冷静になり部屋を見渡す。すると、その目に飛び込んで来たのは、マルスの姿だった。

「おまえら……、何遊んでんだよ……」

 呆れ果てた表情で言う真一だったが、マルスはかなり真剣な表情で言った。

「遊んでなど居らんのでござる! 嵌って動けないだけなのでござるよ!」

 マルスの股間の物がふらふらと動く様を見て、噴出し掛けたが、頭を振り真剣な表情に戻った。

「目覚めたのなら話が早い。研究所に戦車数台を含めた大部隊が押し寄せてるんだよ。それで今、地下の入り口の扉の一枚目が破壊された」

 真一の報告を聞いた実夏は不安そうな顔を雄人に向ける。彼は彼女の髪を優しく撫でると、大丈夫、と一言だけ告げ、真一に向かい、口を開いた。

「あそこの一枚目を破るのは簡単なのさ。でもね、無理にこじ開けると二枚目からが厄介なんだよ。なんせ、自動で防御機構が働き始めるからね」

 この答えには、真一が呆気に取られた。

「君ってやつは――、どこまでアホなんだ」

「アホで結構だよ」

 ただ、雄人のその表情は、曇っていた。

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