窮地
研究所の地下深く、そこでは三人がそれぞれに出来る事をこなしていた。久米島はパスワードの掛かったパソコンからデータを引き抜く作業を、大垣と総一はそのデータを精査し、軍事利用された際にどういった効果が有るのか、使われた場合、防ぐにはどうすればいいのかなど、具体的な事を議論しながら書き出していく。手際よく作業進めるそんな折に、畑田からの連絡が入った。
久米島が作業の手を止め応答するのを見た二人は、そちらは任せてまた議論を再開したが、程なくして彼が大声で笑い転げ始めたのを見て、驚いて顔を向ける。スピーカーからは畑田のもの、と思われる怒鳴り声が響き、しばらくすると彼の笑いがピタリ、と止まった。そして、何かをやり取りし始めたのを確認すると、また元に戻る。久米島はそんな二人に真面目な顔で振り向くと、言った。
「向こうではおかしな事が起こってるみたいですよ」
「おかしな事?」
大垣が応じると、彼は頷き、畑田から聞いた話を伝えた。
「まさか、そんな事が有り得る訳が……」
余りにも突飛な話に、大垣は呆気に取られたが、総一は否定しなかった。
「今、風巻に仕える神、と言いましたね」
久米島が頷く。
「なら、突飛な話ではないでしょう。たぶん、願いを叶えたんだと思います」
「願い――、ですか?」
総一は、頷きながら表情を笑顔に変えて言う。
「あの二人は、僕たち人間に対して、ある種の憧れの様なものを持っていたんですよ。だから、人と同じに成りたい、と心の何処かで思っていてもおかしくは無いんです。その二人の心根を神様が読み取り、願いを叶えた、ただそれだけの事だと思います」
信じられない、といった表情を大垣と久米島はしている。
「ですが、いくらなんでも……」
呟く久米島に総一が言った。
「それじゃあ、一つ質問をさせてもらおうか――。パソコンって、もっと進歩すると思うかい?」
そんな当たり前の質問をされても、と思うが久米島は答えた。
「すると思いますよ」
だが、それを総一は否定する。
「いくらなんでもこれ以上は進歩しないと思うけど?」
久米島は一瞬、呆けたが、反論しようと口を開きかけた時、大垣が言った。
「そうか、そういう事ですか。分かりましたよ」
大垣は久米島に顔を向けて言う。
「君は今、パソコンの事を否定されて反論しようとしてたみたいだが、俺たちにしてみれば、君があの二人の事を否定するのと同じ事だったんだよ」
眉根に皺を寄せ、怪訝な表情を見せるが、すぐに気が付き、あっ、と声を上げた。
「分かったかな?」
頷く久米島を見て、総一は満足そうな表情を見せる。そして、畑田がアレクとマルスの事で連絡して来た、と言う事は、何らかの資料が欲しいのだろうと、総一は察し、久米島の口から言葉が発せられる前に、自ら口を開いた。
「それで、畑田君は何か必要なのかな?」
「あ、はい。血液成分のデータが欲しいそうです」
総一は、ちょっと待ってて、と言うと、自分の資料の中からCDを取り出して、久米島に渡した。
「その中に入っている。ファイル名はBってしてあるから、それを送れば大丈夫なはずだ」
久米島は会釈を返してすぐに戻ると、パソコンにCDを読み込ませてファイルをコピーする。その後、相手側のパソコンを遠隔操作してフォルダを作ると送り込み、二言三言会話をすると、一息付いた。
「ひとまずこれで終了か――、しょ……」
大垣に声を掛けようとした時、微かに地下室が、揺れた。久米島は訝しげな表情を見せ、首を傾げながら二人を見ると、二人も彼と同じような表情で、首を傾げていた。
「今、揺れませんでした?」
久米島が言った言葉を肯定する様に、二人は頷いた。
「本当に微かだけど、揺れたね」
「ええ、私も感じました」
三人は顔を見合わせると、即座に外部を映すモニターを確認する。そこには、先ほどとは比べ物に成らないほどの大部隊が、映っていた。
「これって……」
呟く久米島にも二人は反応しない。いや、出来なかった。三人が見た映像の中に、戦車が数台、映っていたからだ。
いくらこの建物が堅牢だといっても、所詮は民間の建築物だ。ライフルなどには余裕で耐えられても、戦車砲に耐えられる訳が無い。あの揺れは、建物に砲弾を撃ち込まれた揺れだったのだ。
久米島は目を細めて戦車を注視すると、驚きで、声を上げた。
「あ、あの戦車! じ、自衛隊のですよ!」
久米島には判った。以前、公開演習を見に行った際、間近で見た事が有ったからだ。
「本当にそうなのか?」
「以前見たのと塗装の違いはありますが、まず間違いありません」
そう言い切る久米島の眼は、真剣そのものだった。
「それじゃ、襲ってきた相手は自衛隊だった、と言うのか……」
苦り切った表情で呟く大垣に、久米島は首を振った。
「たぶん違いますね。良く見てください。歩兵の一部が持ってるライフルですが、あれはカラシニコフです。すごく有名ですから、あれは俺でも見分けが付きます。それに、他にも違うタイプの物を持ってますから、どこかの国の軍隊じゃあないですね」
久米島の指摘した事実に、大垣と総一は眼を凝らして確認した。
「君の言う通りみたいだね。武器に統一性がない様だ」
自衛隊も含め、通常、各国の軍隊は自国で正式採用されている物以外は滅多な事では使わない。ましてや口径の違う自動小銃など、弾薬供給の点から見ても在り得ない事なのだ。だが、その事実が分かったとて、危機が去った訳では無かった。
「奴等は少数じゃなかったってのか! ここがいくら頑丈でも、これじゃ突破されるのは時間の問題だ! くそっ! どうすりゃいいんだ!」
大垣は罵り、顔を歪めて拳で壁を叩く。そんな彼の肩に手を置き、総一は静かに言った。
「大垣君、落ち着け。焦れば纏まる考えも纏まらない。ここは一旦、冷静になろう。雄人君が言ってただろう、ここはミサイルを打ち込まなれなければ簡単には破れない、って」
自分に言い聞かせる様に大垣に話すと、笑顔を見せる。大垣もそれを聞き、何度か深呼吸をすると笑顔を見せた。
「そうでしたね。危うく自分を見失う所でした。やっぱり取手先生がここの所長で居る方がいいですね」
お互いに笑い合う二人だが、久米島は画面を見詰め、状況を分析していた。
「和んでる場合じゃないっすよ。いくら頑丈でも何度も同じ箇所に砲撃を食らえば、必ず壊されます。それに、これだけの事を遣って退ける連中ですよ? ミサイルくらい調達して来てもおかしくはないですよ」
険しい表情で言う久米島に対し、総一は笑顔のまま答えた。
「それは無い、と思うよ」
「なんでそう言い切れるんですか! 実際やつら……」
食って掛かる久米島の顔の前に、片手を上げて制すると、静かに言う。
「EMP攻撃の後だよ。レーダー関係の施設がそう簡単に復旧するとは思えない。それに、ここをピンポイントで狙わなければいけないんだ。それがどれほど難しい事だか分かるよね? それを確実にこなそうとすれば、航空機を使うしか方法が無い。もっとも、それをやられたら、僕達は御陀仏だけどね。だけど、ここで疑問が出て来るんだよ。相手はなぜ、最初に少人数で来たのかな?」
久米島も大垣も、そういえば、と思い起こした。なぜこれだけの事が出来る組織が、最初から航空機を使わなかったのか。考えたが、理由は分からなかった。
「こうは考えられないかな? 僕達を捕らえる為、もしくは、研究資料を傷付けない為、なんじゃないか、って」
二人はその言葉に、なるほど、と納得した。
奴等はここの研究資料を欲している。それには無傷で手に入れなければ意味が無い。となれば、ミサイルを撃ち込む訳にはいかず、どうしても扉だけを壊すしかなかった。そこで少人数で調べに来た、そう考えれば辻褄が合うからだ。
こんな状況でも笑顔を絶やさずに冷静に分析して言う総一を見て、久米島は正直、凄い人だ、と思ったが、引っ掛かる点があった。
「それじゃなんで奴等は後退したんです? そのまま待てばよかった筈じゃないですか。その方が効率もいいはずですよ?」
久米島の質問に、総一は首を振りながら答えた。
「それは僕にも分からない。だた、向こうの敵が撃退された事と、何らかの関係が有るのかもしれない」
三人の間に沈黙が降りる。その時、大垣はふと、複数あるモニターのうちの一つを目にして、あ! っと叫んだ。
「大垣君、どうしました?!」
「奴等が建物内部に進入して――!」
正面入り口のカメラはすでに死んでいるが、建物内部の他のカメラはまだ生きている。そのうちの一つに、奴等の姿が映っていた。
「先ほどの砲撃で入り口が破られたようですね。これはちょっとまずいですよ」
久米島の言葉に、総一の額から一筋の汗が零れ落ちた。彼の脳裏を過ぎったのは最悪の事態。それが表情に現れたのか、先ほどまでの笑顔は消え、焦りが色濃く伺える。そんな自分を落ち着かせでもする様に、軽く目を瞑り、何度か大きく深呼吸をすると、その顔からは次第に焦りの色が消えていった。
「とりあえず、この状況を向こうに話して対策を練りましょう。僕達だけでなんとか出来る状況ではなくなってしまいましたから……」
総一の姿は、一見すると落ち着いている様にも見えるが、内心では焦っていた。
地下の入り口を見付けるまで、早ければ十分、遅くとも二十分以内。久米島が寝返る前に建物の見取り図を送っているから、有る程度の部分までは敵にも分かっている。後は僅かに残る空白部分を埋める事が出来れば、そこに砲撃を集中させる事等、相手に取っては容易い事だ。そうなれば、いくら頑丈な地下の入り口でも、破壊されるのは目に見えていた。
「どうしました? 取手先生。何か心配事でもあるんですか?」
大垣の声を聞き我に返ると、何でもありませんよ、と呟き、久米島が座るパソコンの側へと歩き出した。
「あ、副所長、今、現状報告が終わった所なんですが……」
少し困った表情の久米島を見て、眉根を寄せた。
「どうしました?」
久米島は僅かに躊躇いながら、言う。
「実は……、あっちも動けないらしいんですよ」
「動けない? どういう事なんです?」
「彼等がまだ眠ったままなんだそうです。明日になれば起きるらしいとの事なんですが……」
雄人の事を当てにしていた総一は、困惑した表情を見せた。
「誰かこういった事に詳しい人が居ないか、聞いてもらえませんか?」
久米島はパソコンに向き直り、話した。
「畑田さん、そちらに軍事とか戦術の事を知ってる人はいませんか?」
「ちょっと待ってください。今、聞いてみますから」
三人は息を潜めて待つ。そんな重苦しい空気が漂う中、スピーカーから声が流れた。
「誰も分からないそうです。ただ……」
「ただ、何ですか? もしかして、何か分かる人が居るんですか?」
僅かに間が空いた後、違う声が聞こえた。
「親父、俺だ。真一だ。そっちの入り口の構造ってどうなってんだ?」
久米島は後を振り向くと、頷く大垣と代わる。
「どうした真一。何か言いたい事があるのか?」
「いいから入り口からそこまでの通路がどうなってるのか教えてくれ」
大垣が二人を見ると、総一が頷いた。
「真っ直ぐにはなってない。入り口の扉から次の扉までは通路一つ分低くなってる。扉から扉の間までは、十メートルくらいはあるぞ」
「なるほど――、それじゃ、一つ目が壊されても、二つ目には弾は当てられないって訳だな。それで、扉はいくつあるんだ?」
「全部で四つ。最後の四つ目だけは三十センチの二枚組みだ」
スピーカーから口笛の音が聞こえた。
「もう一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「そこの通路って、二つ目からは真っ直ぐなのか?」
「違う。三つ目までは下り坂で二十メートルくらいある。たぶん、そこも通路一つ分下がってるはずだ。そこから四つ目までは階段になってるんだが、らせん状に三階から一気に一階まで降りるくらいの長さが有る」
説明し終わった後、返答を待つ間、スピーカーからは、数人で何かを話す声が聞こえるものの、マイクから離れている所為か、聞き取る事は出来なかった。
大垣は僅かに焦り、怒鳴りそうになる自分を押さえ付け、静かに言った。
「どうした、何か問題でもあるのか?」
「ん? ああ、待たせて済まないな親父。今さ、実夏ちゃんと話してたんだけど、そこって地下三十メートル以上の深さらしいぜ。今の親父の説明だと、計算が合わないんだよな」
真一の疑問には総一が答えた。
「真一君、だったね。実は四枚目の扉から更に下がるんだ。一応、五枚目の扉もあるんだが、これはそれほど厚さがないから、お父さんも計算に入れてなかったんだよ」
「なるほど、そうでしたか。それで、一枚目はともかく、二枚目以降の扉ってどういった開き方をするんですか?」
総一が大垣に視線を送りながら頷き、彼が答えた。
「二枚目は横からスライドしてくる。通路よりもかなり面積があるようでな、スライドの溝がかなり深い。三枚目は上からだ。そして、四枚目がもっとも特徴的でな、こいつだけ三次曲面になってる。しかも、中央部分が厚めのようだな。それが僅かな隙間を空けて、二枚重ねだ。どの扉も閉まると外側に向かって力が掛かる様で内側に隙間が開く構造だ」
やるなあ、と感心した声が聞こえた後、
「いいこと教えてやるぜ」
「いい事? なんだそれは」
大垣には、息子がニヤリ、と笑うのが見えた気がした。
「たぶん、その扉は高性能爆弾――、プラスチック爆弾だっけかな? を使っても簡単には破れねえぞ。内側から外側に向かって密着するんだろ?」
「そうだ」
「たぶん、それって衝撃を吸収するためだ。そして、四枚目の扉だけどな。あれって衝撃を分散させて、扉全体で受ける為に曲面構造にしたんだと思うぜ。どの方向から力が加わっても、一箇所に集中しない様にしたんだよ。だから、強度的には他の扉よりも頑丈なはずだ」
それを聞いた三人はなるほど、と感心していた。
「まあ、俺の予想が当たってれば、聞くまでもない事なんだけどさ、一応、聞くぜ? 通路ってコンクリートとかなのか?」
「いや、鋼鉄製のかなり分厚い物だ」
「やっぱ雄人君はすげえな。ってか、アホだな。何処の世界に軍隊からの攻撃を想定したシェルターを造る民間施設があるってんだぐぉっ……」
最後にくぐもった声を上げた息子に、慌てて声を掛けた。
「ど、どうした! 何があった!」
「ごめんなさい。雄人の事馬鹿にしたみたいな言い方したから、ちょっとあたしが……」
実夏の声に、大垣は胸を撫で下ろし安堵した。
「君も側に居たんだったな。いや、済まない。息子が失言をした。代わり、と言う訳ではないが、誤る」
見えない相手に頭を下げる大垣を見て、久米島と総一は笑いを漏らした。
それを聞いた大垣は、苦笑して振り向くが、実夏の声がまた、流れた。
「今日中にあたしが必ず三人を起こして見せます。今は不安でしょうけど、それまで雄人の造ったそこを信じて待っててください」
力強い彼女の声を聞いて、三人の覚悟は決まった。
「分かった。頼んだぞ、実夏ちゃん」
「実夏、あまり無理はするなよ」
「信じてるぜ、穣ちゃん。寝坊助共を必ず叩き起こしてくれよな」
三人は彼女に声を掛けると、共に笑った。
「しばらくは安心、という事が分かっただけでも随分と気が楽になった。とりあえずコーヒーでも飲んで、相手の動きを見守ろうか」
総一の言葉に二人が頷いた直後、はっきりと分かる揺れが、響いて来たのだった。




