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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第九章
43/52

亜人

 まさか、こんな事になろうとは夢にも思っていなかった。自分の取った浅はかな行動が招いてしまった結果とはいえ、あまりにも酷過(むごす)ぎる。実夏はその瞳から大粒の涙を流し、声を張り上げ泣いた。

「こんな……、こんなお別れなんて嫌よ! 早く目を覚ましてよ! また一緒にテレビ見ようよ! お菓子もいっぱい用意するから! お願い……、お願いだから目を開けて!」

 アレクの体をその腕に抱き上げ、マルスの足に縋り付いて、叫ぶ。直ぐにでも目を開け、頷くのではないか、と思うほど、笑顔を浮かべたマルスの表情はやさしく見える。そんなマルスを必死に起こそうと彼女は足を揺すり、アレクを強く抱き締める。そして、また、叫んだ。

「この子達がなんで――、なんでこんな目に逢わなくちゃいけないのよ! 何も悪い事して無いのに! あたし達と同じ言葉を話しただけなのに! 普通に生きてただけなのに! なんで――、なんでなのよ!」

 叫び、揺する。それでも目を開ける事は無かった。

 マルスにしがみ付き、嗚咽を漏らす彼女の耳に、砂利を踏む音が、聞こえた。顔を上げると立ち上がり、アレクを抱えたまま、飛び出す。しかし、彼女の目に飛び込んで来たのは、見ず知らずの男に抱きかかえられ、腕を力なく垂らし、全身を血で染めた、雄人だった。

「ちょっと……、冗談はやめてよ、雄人」

 引き攣った笑顔を見せ、呆然と立ち尽くす彼女に、刻結が声を掛けた。

「娘よ。この者達をこのまま捨て置けば、その命、直ぐにでも尽きるであろう」

 呆然とした表情のまま、実夏はその場に崩れ落ち、呟いた。

「うそよ――、だって――、必ず帰るって……」

 アレクを強く抱き寄せ、その瞳からまた、涙を流した。

「御主はどうしたい?」

 刻結の問い掛けにも答えず、実夏は、後悔に顔を歪め、涙を流し続ける。そんな彼女を不憫(ふびん)に思うも、それでも、同じ問いをしなければならなかった。

「もう一度聞く。御主はこの者達をどうしたい」

 静かに聞く刻結に、顔を上げ、涙を流しながら叫んだ。

「生きていて欲しいに決まってるじゃないの!」

 自分を睨み付ける彼女を見て、頷くと、言った。

「ならば――、娘よ。強く想え。生きていて欲しい、(かたわ)ら居て欲しい、と」

 刻結は雄人を地面に降ろして寝かせると、手を振り、アレクとマルスも同じ様に寝かせた。

 不意に腕の中のアレクが消え、彼女は取り乱し掛けたが、目の前に寝かされた三人を見て、安堵した。

「さあ、娘。強く、強く、想うのだ。その想いが強ければ強いほど、純粋であればあるほど我が力は増し、この者達の力となろう。その時こそ本当の奇跡とは何か、今ここで見せてくれようぞ」

 顔を上げ、刻結を見詰めると、その顔は自信に満ち溢れ、彼女を見詰める瞳は、限りなく優しかった。その優しい視線を受けた実夏は眼を(つむ)り、胸前で両手を組み、生きていて欲しい、ずっと一緒に居て欲しいと、一心に、想った。刻結はそれを確認すると、顔を綻ばせ、小さく呟いた。

「なんと強く純粋な――。これならば……」

 その瞳が凛とした輝きを放ち始めると、天を仰ぎ、両手を広げて、(おごそ)かに口を開いた。

「我が名は刻結、(とき)(くう)を操る者なり。(なんじ)が想いを受け、伝える者なり。その想い、我が力となし、全力を持ちて黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)よりこの者達の魂を呼び戻さん。死して(なお)、願う想いを(つむ)ぎ、蘇らせんとす。我は今ここに宣言する! 天と地、人の世の(ことわり)を超え、新たなる人を創造せん事を! 己が命を燃やし人々を守ろうと願った高潔(こうけつ)なる魂を持つ者達よ! 我を通した新たなる力、受け取るが良い!」

 三人が眩い光の玉に包まれた。目を閉じている彼女にも、(まぶた)を通してその光景が、見えた。その光の中で三人の姿は希薄(きはく)となり、玉と一体になる。そして、光が徐々に薄れていくと共に、輪郭(りんかく)を現し始めた。だがそこに、アレクとマルスの姿は、無い。人が三人、居るだけだ。実夏は目を開けると、何が起こったのか分からず、刻結の顔を見た。

「ここに想いは成就(じょうじゅ)せり。新たなる姿を得た者よ、我に感謝せよ。我は、我にこの力を与えたもうた者に感謝する」

 そう言うと、実夏に笑顔を向ける。

「そなたの直向(ひたむ)きで純粋な強き想い、我の想像以上であった。故に、我が(あるじ)には新しき力、二人に人としての姿を与える事が出来た。心から礼を言うぞ」

 腰を折ると、深々と頭を下げた。

「さて、我の仕事はここまでだ。しばし休息を取らせてもらおう。娘――、いや、実夏殿、と呼ばねばいかんな――。我が主が目覚めたら、伝えて欲しい事が有る」

 僅かに首を傾げる実夏を見て、刻結は続けた。

「そう遠くは無い何時か、代償を貰い受けに来る、と伝えてはもらえまいか?」

「そう遠くないって、いつ頃なの?」

 口の()を上げ軽く笑うと、刻結は言った。

(いず)れ分かる」

 言い終わると同時に、姿が掻き消えた。実夏は呆気に取られたが、視線を光の消えた場所へと移し、驚いた。三人とも裸で横たわって居るのだ。これでは幾らなんでも風邪を引いてしまう。何か掛ける物を、と思い、慌てて数歩走ると不意に立ち止まり、三人の方へと、振り向いた。

 雄人は今までと変わった所は特に無い。その隣には、自分とよく似た顔立ちの金髪の女性が寝ている。さらにその隣は、大柄で筋肉質の男だ。ただ、その顔は、雄人に少しだけ、似ていた。

「もしかして、真ん中の女性(ひと)がアレクで、その隣がマルス?」

 一人呟くが、あまり長く見ている訳にもいかず、家の中へ飛び込むと、押入れから毛布と掛け布団を持ち出して、とりあえず三人に掛けた。

「これで少しは違うと思うけど……。でも、このままって訳には……」

 少し考えると、ガレージの中に駆け込み、地下の入り口を開けて、入って行った。

 地下室へ入るには扉を二つ開けなければいけないのだが、外側の扉が内外から開閉が出来るのに対して、二つ目の扉は中からしか開ける事が出来ない造りに成っていた。ただし、普通の家と同じ様に、呼び鈴のボタンは有るが。

 実夏はボタンを押して、開くまで待っている。しばらくすると、何かが外れる重々しい音が響いた後、ゆっくりと扉が横に開いていく。彼女は扉が開き切る前に、身を滑り込ませ、中へと消えて行った。

 中で扉の開閉操作をしたのは、畑田だった。その傍らには、真一も居る。身を滑り込ませた実夏を見て、二人とも安堵したが、次の瞬間、真一が怒鳴った。

「何考えてんだ、君は! 彼が出るなって言った意味、理解してなかったとは言わせないぞ! 無事だったからいい様なものの、一歩間違えば死んでたんだぞ! 分かってんのかよ!」

 心配と安堵と怒りの入り混じった表情を向けられ、実夏は済まなそうに俯き、小さな声で謝った。

「ごめんなさい。三人の事が心配で……」

 真一は一つ、大きく息を吸い込むと、気持ちを落ち着け、静かに言った。

「畑田さんから彼等が出て行った訳を聞いた時は、俺だって驚いたし、何かの役に立ちたいって気持ちがあったのは認める。でもな、行っても足手纏いにしか成らない事は分かってたんだよ。ここに居るみんなもな。だから、気持ちを押さえ付けて我慢してたんだ。そうする事が今、自分に出来る最善だって分かってたしな。でも、君は出て行ってしまった、三人が心配だから、って理由だけで。だけど、それで役に立ったのか? これは俺の推測だけど、彼等を危険に晒しただけなんじゃないのか? もっとも、君が無事に戻って来たって事は、収拾が付いたんだろうけどさ。だけど、ここから先は自分勝手な行動は(つつし)んだ方がいい。場合によっては、ここに居る全員の命が危険に晒されるんだからな」

 項垂(うなだ)れ、静かに聞いている実夏に、畑田が更に言った。

「実夏さん、今ここは、コミュニティ――、最小単位の地域社会に成る可能性が有るのです。その中で僕たちがやるべき事は、それぞれが出来る事をやるだけなんですよ。時には信じて待つのも必要なんです。あなたの様に自分勝手な行動を起こしてしまうと、社会から弾き出される可能性だって有るんです。真一君も僕も、あなたにキツイ事を言うようですが、現状を理解した上での発言なんです。そこだけは分かってください」

 畑田は頭を垂れ、お願いします、と付け加えた。

 彼女も二人の言っている事が正しい、とは分かっている。しかし、今はそれを議論している場合ではなかった。

「本当にごめんなさい。あたし――、考えるより先に動く癖があって……。これからは慎みます。だけど、今はもう少し、我侭(わがまま)させてください。二人にお願いが有るんです!」

 瞳に涙をうっすらと浮かべ、懇願(こんがん)した。

「三人は今、動けないんです。ここまで運ぶのに力を貸してください。どうかお願いします!」

 腰を折り、深々と頭を下げる実夏を見て、二人は彼女の言葉を反芻していたが、動けない、の一言で慌てた。

「も、もしかして――、大怪我してるのか?!」

「容態はどうなんですか?!」

 腰を折ったままの実夏の両肩をがっちり掴むと、真一は彼女を起こし、激しく揺すった。

「どうなんだよ!」

 あまりの慌て振りに実夏は驚き、一瞬、言葉を失い掛けたが、すぐに答えた。

「い、今は、だ、大丈夫よ!」

 大丈夫、と聞いて二人は安堵したが、今は、という言い草が引っ掛かった。

「今は、ってどういう事なんです?」

 畑田が問うと、実夏は先ほど上で起こった有りのままを、全て話した。

「あの二人が人の、――姿、に……? まさか……、そんなの――、いくら神でも出来る訳が……」

 確かに実夏の言った事は、(にわ)かに信じられる事ではなかった。だが、それを目の当たりにした彼女には、他に言いようがなかった。

「この際、それは置いといて――。三人が生きてる事は確かなんだよな?」

 真一の問いに実夏は頷く。

「なら、ここに連れて来るしかないな。でしょ? 畑田さん」

 畑田に顔を向ける。僅かに間が開くが、

「あ、ああ――、そうだね」

 まだ釈然としない表情を浮かべている畑田だが、真一は実夏に向かって頷くと、畑田を促し、三人で外へと向かった。

 外に出て目に付いたのは、布団で眠る三人だ。真一は不思議に思い、実夏に聞いた。

「なあ、なんで布団で寝てるんだ?」

「三人ともなぜか服着てないのよ」

 一瞬、真一の顔が呆ける。が、次の瞬間、ニヤリ、と笑うと言った。

「それじゃあさ――、アレ、見たんだ」

 アレ、と言われて何の事だか分からなかった実夏だが、真一が自らの下半身に視線を移動したのを見て、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「し、し、しかたないでしょう! み、見えちゃったんだから!」

 更に意地悪な笑みを浮かべると、真一は言う。

「どっちがでかかったんだ?」

 俯き加減の実夏の顔からは、今にも湯気が沸きそうなほどだ。が、そんな彼女を覗き込んで、にやけていた真一の頬が、派手な音を立てた。

「ば、ばかあ! そ、そんなの言える訳ないでしょ!」

 顔を赤く染め、真一を睨み付けるが、当の本人は頬を押さえ、仏頂面をしていた。

「君に叩かれたのは、今日はこれで二回目だ。もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか」

 ふてぶてしいにも程が有るが、本人は至って真面目な様であった。

「もう一発欲しいの? あんた」

 身構えて凄む彼女を見て、真一は両手を肩の高さまで挙げ、苦笑を見せた。

「降参します。ごめんなさい」

 どこか小馬鹿にした様な言い方だか、実夏は構えを解くと言った。

「もう少し人手が欲しいわね……」

 確かに彼女の言うとおりだ。三人だけでは、一人ずつしか運べない。一人を運んでいる間に何かあったら対処し様が無いのも事実だ。

「なら、ほかの所員も呼んで来ます。少し待っててください」

 畑田が地下へと向かって走り出した。二人はその背を見送ると、三人に視線を戻した。

「なあ、あっちの端が雄人君だよな」

 訪ねられた実夏は頷く。

「んじゃさあ。こっちの二人は誰なんだ?」

「真ん中の女性がアレクで、たぶん、こっちはマルス」

 真一の口がポカンと開くと、遅れて驚きの絶叫を、放った。

「ど、どうしました! 何かあったんですかっ?!」

 丁度、地下から戻った畑田達が、慌てて駆け寄る。

 ぎこちなく振り向いた真一は、二人を指差し、ぽつり、と呟いた。

「あの二人……、狐と熊……」

 畑田達も真一と同じ反応を見せ、それを見た実夏は溜息を付いた。

「驚くのは後にして早く運んでよ……」

 彼女に言われ、ハッとすると、急いで運ぼうとしたが、実夏が静止をする。

「真ん中の女性は最後にして。あたしが毛布で(くる)むから」

 彼女としては、全裸の女性を男に運ばせる訳にはいかなかったのだ。

「分かりました。なるべく早くお願いしますね」

 畑田達は運び始めたのだが、何故か、かなり苦労していた。その間に実夏は、女性を毛布で包み、なるべく肌が露出しないようにする。そして、三人は地下の一室に運ばれてベッドに寝かされると、畑田達が検査を始めた。脈拍や呼吸、体温などを計り、最後に採血をして、異常が無い事を確認すると、実夏に言った。

「少し体温が低いですね。これだと冬眠に近い状態ですよ。もっとも、検査の間も徐々に体温は上がっていましたから、明日には目覚めるでしょう」

 これを聞いて実夏は、安堵の溜息を付き、肩の力を抜いた。

 そんな彼女を見て、畑田は声を掛けた。

「実夏さん、一休みしませんか?」

 畑田に言われ頷くと、広間のソファーへ戻って行く。畑田は彼女と一緒に部屋を出た後、他の所員に彼等を任せ、パソコンの前に座り、研究所へ連絡を取った。

「久米島さん、そこに居ますか?」

 僅かに遅れて応答が返って来る。

「なんでしょうか?」

「そちらの状況はどうなりました?」

 畑田が真っ先に聞きたかった事。それは、研究所の様子だった。

「ああ、あいつ等の事ですか。それなら、慌てて後退して行きましたよ。そっちは大丈夫だったんですか?」

 大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着けてから、言う。

「ええ、なんとか風巻君達が撃退してくれたようです。ただ……」

「ただ――? 何なんです?」

 あの事を言おうか言うまいか少し迷ったが、言う事にした。

「実は、アレクとマルスが――、人の姿になったんですよ」

「は?」

「ですから、あの二匹がですね、人になっちゃったんです」

「はい?!」

 畑田は首を振りながら溜息を付くと、仕方ない、といった感じで、口を開こうとした。

「その二匹って――、アレクって狐とマルスって熊の事――ですか?」

 畑田が言うよりも先に、久米島が言って来たが、どことなく失笑の響きが混じっている。

「そうですよ。何度も同じ事言わせないでください」

 僅かに声を荒げる。すると、スピーカーから微かに漏れ出る声があった。畑田が、何の音だろう? と耳を近付けたとたん、久米島の笑い声が、爆発した。姿は見えないが、腹を抱えて笑っているのが想像出来るくらい、その声は大きかった。

 畑田は慌ててスピーカーから離れると、笑う久米島に向かって、怒鳴った。

「な、何が可笑しいんですか!」

 それでも笑い声は止まない。

「こっちは真剣なんですよ! 笑うなんて失礼じゃないですか!」

 物凄い剣幕の畑田の声は地下室に響き渡り、何事か、と人々を振り向かせる。それに気付き、幾分、声のトーンを落とし、言う。

「一応、言って置きます。この話は実夏さん、副所長のお嬢さんから聞いた話なんですからね。それを笑うと言う事は、実夏さんを笑うのと同じですよ」

 ピタリ、と笑い声が止まり、咳払いが聞こえると、久米島が言った。

「失礼しました。それで、なんで人になったと分かるんですか?」

 畑田は実夏から聞いた話を、掻い摘んで説明する。

「なるほど――、それで三人の様子はどうなってます?」

「今は冬眠から目覚める様な感じですね。一応、採血もしましたが、ここでは簡易検査しか出来ませんし、データもありません。僕はパソコンにあまり詳しく無いので、こちらから送るって事が出来ないんです。ですから、そちらからこのパソコンに二人のデータを送ってもらえれば、有る程度の比較が可能だと思います。お願い出来ますか?」

 本来ならばDNAなどを詳しく調べ、それを照合したい所なのだが、ここではその設備も無く、血液検査の比較くらいしか出来ない。しかし、それでも本人かどうかが有る程度分かれば、実夏の話の裏付けになる、と畑田は考えていた。

「分かりました。所長と副所長に話をしてから送ります。少し待っててください」

「お願いします」

 畑田は一息付くと、その場から離れてコーヒーを入れに行った。数分後、カップを手に戻ると、ちょうど久米島の声が流れた。

「今から送ります。とりあえず、そちらのマイドキュメントフォルダに突っ込みます。フォルダ名は、狐と熊、にしましたから」

 分かりやすくていいな、と畑田は思った。程なくして、完了しましたよ、と久米島が言うと、畑田は礼を言って、フォルダを開いた。

「あとはこちらの検査結果待ちですが……」

 呟く畑田に後ろから声が掛かり、振り向くと紙が差し出された。

「部長、先ほどの検査結果です」

「ありがとうございます」

 受け取り、画面に映るアレクとマルスのデータと照合を始めると、その瞳が徐々に見開かれていき、驚きの余り、呟いていた。

「こ、これは……」

 手元の紙に書かれた数値は、研究所から送られたデータと、ほとんど違いがなかった。

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