防戦
映像を見た数人の所員に動揺が走る。まずい! そう思った雄人は、咄嗟にパソコンの映像を消し、総一に言葉を返した。
「ええ、こっちは大丈夫ですよ。俺やアレク、マルスも居ますからね」
そう答えると、畑田にこの場を任せ、映像を見てしまった所員には、誰にも話さない様に、と釘を刺し、アレクとマルスを呼んだ。
『何かあったの?』
アレクの質問に、雄人は頷いて、答えた。
「家の周りが完全武装した奴等に囲まれた。どうやら、俺たちを生かしておく積りはないらしい」
『何と!』
驚いて声を上げるマルスに、静かにする様に、と合図を送る。
「俺はこれから上に行って奴等を何とかする。出来れば、お前達にはここに居て欲しいんだが……」
雄人を睨み付けながら、アレクは言った。
『あたしも行く。雄人だけを戦わせたりしない』
マルスも頷く。
『拙者も行くでござる。ここの人々を守る為に』
予想はしていたが、こうもはっきり言われると、苦笑しか出なかった。
「まったく、お前らは……。死んでも知らねえぞ」
そんな雄人に、二人は不適な笑みを浮かべ、言い返した。
『あたし達はね。腐っても元は野生動物よ。人間如きに簡単に遣られはしなわ』
『拙者のライバル足り得る者は、トラか雄人殿だけでござる。あの様な輩は敵では無いのでござるよ』
今まで眠っていた野生の血が目覚め始めたのか、二人の瞳は、爛々と輝きだした。雄人は二人を真剣な眼差しで見詰め、口を開いた。
「なら、ちょっとしたアドバイスをしてやる」
その瞳を雄人に向け、真剣な表情になった。
「単純な動きは絶対にするな」
二人は頷いた。
「それじゃ行こうか」
雄人は笑顔で出口に向かって歩き出し、その後を誇らしげに二人が着いて行く。そんな三人を実夏は目ざとく見付け、走り寄って来た。
「ちょっと、どこ行くのよ? まさか外に出る積もりじゃないでしょうね?」
こういった時の彼女は、やけにカンが鋭い。何も言わずに行くと、確実に騒ぎ、他の人にも知られてしまう。なので、雄人は仕方なく、訳を話した。
「今、この家が軍隊みたいな奴等に囲まれてる。ここは研究所ほど堅固な造りになってないんだ。だから、俺達が排除してくる。お前はここで待っててくれ。必ず戻るから」
静かに話を聞いていたが、実夏は彼を突き刺す様な視線で睨むと、言った。
「あたしも行く!」
雄人は静かに首を降ると、キッパリと言った。
「駄目だ」
「なんでよ! あたしじゃ、役に立たないって言うの?!」
怒る彼女を静かに見詰め、頷いた。
「雄人のばか!」
彼女の叫びを聞き、何事か、と皆が振り向く中、真っ先に真一が近寄って来た。
「何、痴話喧嘩してんだよ」
実夏の目に光る涙を見て、雄人を睨むが、彼の表情を見たとたん、自分が考えていた事とは違うと、悟った。
「何があったんだ?」
二人共口を噤んだまま、理由を言おうとしないが、それとは別に、雄人が言った。
「真一さん、すみませんが実夏を頼みます」
彼は真剣な眼差しを真一に向ける。
真一はしばらく何も言わずに、その視線を受け止めていたが、頷いた。
「分かった」
雄人は会釈を送ると、出口に向かって再び歩き出した。
実夏は僅かに戸惑いを見せたが、何かを決心した様な表情を見せると、雄人の後を追い掛けようと、足を踏み出し、それを見た真一が、咄嗟に腕を掴み、押さえ付けた。
「どこに行く積もりなんだい?」
振り向き、燃える様な瞳で、真一を睨み付ける。彼はその瞳を真正面から受けるが、その表情は静かな湖畔の様に澄んでいた。
「離して」
その言葉に、真一は首を振る。そして、少し遅れて、彼の頬が派手な音を立てた。
「気が済んだ?」
実夏はその瞳に涙を浮かべ、真一を睨んでいる。二人はしばらくそのままの状態で居たが、彼女が震える声で、言った。
「雄人達が死んだら、一生、あんたを呪ってやる……!」
そんな彼女の言葉に、真一は肩を竦めた。
「おお怖っ。それじゃ俺は、その呪いを返すとするかな」
その場にへたり込むと、実夏は静かに泣き始めた。そんな彼女を静かに見ていた真一が、口を開いた。
「君は何故、彼等が死ぬと思うんだ? もっとも、彼のあの目を見りゃ、大体の想像は付くけどな。あれは、自分の大切な何かを守ろうとする目だ。どこかへ去って行く奴の目じゃない。あいつ等は何が有ろうとも必ず帰って来る、俺はそう信じる。だけど、実夏ちゃんは違うみたいだね。どこかへ行ってしまう、と思ってるみたいだな。君のがあいつ等との付き合いも長いし、気心も知れてる。俺なんて、知り合ってまだ一時間くらいだけど、あいつ――、雄人君の事は信じられるんだよ。何故だか分かるかい?」
実夏は首を左右に振る。それを見て、真一は彼等が去った方へ顔を向けると、言った。
「俺がさっき、彼に絡んだよな? その時、分かったよ、彼の事が。雄人君は人だけど人間じゃない、ってね。これでも俺は格闘技が好きでね、色々と見てるんだよ。でも、人間にはあんな動き、絶対出来やしない。だから彼は人間じゃない。だけど、人なんだ。俺達と同じ、人なんだよ。だから、信じられるんだ。だから、実夏ちゃんも信じろ。人間じゃない彼が俺達、人間を守る為に必死になってるんだからさ」
そう告げる真一の瞳は、誇らしげに輝いていた。
雄人達は出入り口付近に居た所員に事情を説明し、扉を開けさせると外へ出て行く。そこはガレージの一角に繋がっていた。
『あいつ等、もう進入してるわよ。どうやってここから出るの?』
アレクは忙しなく耳を動かし、外の音を拾っていた。
「どのあたりまで入って来てるか分かるか?」
雄人の問い掛けにアレクは頷いた。
『門の周辺と、家の中。中は足音からすると、五人、かしらね』
「って事は、まだ全員は突入させて居ないか……」
雄人は呟く様に言ったが、この場所に辿り着くのも時間の問題、という事も同時に分かっている。その為、あまり考えている余裕は、無かった。
「画像で確認しただけで約三十人くらいだったから、屋内に五人ほどとすると、実際に前面に出て来るのは、残り二十五人のうち、多くても二十二、三といったとこか……」
腕を組み考えるが、どのみち打って出るしかない事は確かだった。
「屋内の敵は俺に任せろ。マルスはそこの扉の脇で気配を消して今は待機だ。アレクは俺に付いて来てくれ。ただし、敵に見付かるなよ。屋内の敵を倒してから、俺と一緒に外に飛び出して、奴等を攪乱するぞ。マルスは発砲音がしたら、飛び出す準備をしろ。俺が合図するから、そしたら全力疾走でジグザグに走りながら、手近な相手から吹き飛ばしてやれ」
二人が頷くのを見て、雄人も頷き、動き出した。マルスは外へ通じる扉脇座り込むと、見事に気配を消した。それを見た二人は口の端を揺るめて、屋内へ入る扉を静かに開け、音も立てずに入って行った。
雄人は家の真ん中を貫く廊下の側まで来ると、僅かに顔を覗かせる。そこには自動小銃を構え、周りを警戒しながら一部屋ずつ襖を開けて確認しながら、ゆっくりと此方へ近付く敵が居た。
「ご苦労なこった。襖を全部開ければ素通しになるのにな」
呟き、身を戻すと、意気を殺して待つ。時間にして一分ほど経った頃だろうか、雄人が背にした部屋の襖が開く音がすると、彼はアレクに顔を向ける。アレクが頷き、それを合図に背にした襖を僅かに開け、中の様子を探った。三人ほどが部屋の中を見回していたが、誰も居ない事を確認すると、部屋を出て行く。最後の一人が出て行こうとする瞬間、音も立てず、滑り込むと、素早く近付き、口を塞ぐと同時に引き倒し、腹に強烈な一撃を加え、悶絶させると、銃を毟り取って、瞬時に隣の部屋へと移動した。畳に引き倒した時の鈍い音を聞き付け、敵の仲間が慌てて戻って来たが、その時、すでに雄人は居ない。
「さてと、ここからが本番だ」
不適な笑みを浮かべる。
雄人が潜む場所。そこは隣の部屋の天井側の角だ。そんな場所に身を隠すなど、相当な力が必要なはずだが、苦も無く遣って退けている。ましてや、片手には自動小銃を持っているのだ。まさに、人間離れした芸当、という他ない。
彼は手にした自動小銃に一瞬だけ、目を落とすと、窓側へと、放り投げた。
畳に落ちた自動小銃は、独特の金属音と畳に落ちた衝撃で出た鈍い音を立て、転がる。その音を耳にした相手は、ゆっくりと、雄人が潜む部屋へと進入して来る。入って来たのは、二人。自動小銃を構え、注意深く辺りを見回すと、一人が床に転がった自動小銃に近寄り、手を伸ばし、もう一人は、その背後を警戒している。雄人は警戒している者に狙いを定め、その視線が身を隠した場所から逸れた瞬間、僅かな軋み音を残し、壁から離れると、天井スレスレの位置を飛び、その頭目掛け、襲い掛かった。
後方で警戒をしていた者の苦鳴が上がり、銃に手を伸ばしていた者は、素早く振り向いたが、そこには、昏倒した仲間しか、居なかった。隣の部屋に居る仲間に目配せをするが、向こうも何も見ていないらしく、首を振っていた。
雄人は敵の頭を蹴り付けた反動を利用して、廊下に移動していた。
「これで二人目。残りは三人か」
神経を研ぎ澄ませ、壁向こうの気配を探ると、何かを囁く様な声が、聞こえた。
「応援でも呼んだか……。となれば、一気に片付けるしかないな」
呟き、敵が入った部屋の入り口まで静かに廊下を移動すると、中も見ずに、一気に突っ込んだ。相手は三人、部屋の中央と、庭に面した窓側、それと、隣の部屋との間。それだけを確認した彼は、瞬時にその身を、弾き飛ばした。
雄人の姿を視認した相手は、自動小銃を構える。が、その姿が一瞬にして掻き消え、僅かに戸惑った。その隙を突き、彼は部屋の中央に居た者を、渾身の力で殴り飛ばす。殴られた者は、部屋の間に居た者の脇を、目にも留まらぬ速さで吹っ飛び、隣の部屋の箪笥に頭からめり込んで、失神した。残った二人が身構えた時、すでに彼は窓側に立つ者の背後へ回り込み、その首筋に、手加減抜きの手刀を叩き込むと、うめき声一つ漏らさず、崩れ落ちた。姿を現した雄人を視認した最後の一人が、引き金に掛けた指を、引き絞ろうと、力を込める寸前、眼前に彼が現れ、何かが砕ける音が響くと、激痛が、全身を駆け巡る。その痛みに絶叫を挙げ様としても、声に成らなかった。そして、気を失い掛けるが、それは断続的に続き、気絶する事さえ、許されなかった。
敵の手首を握り潰したまま、雄人は、静かに言った。
「日本語が通じるか分からないけど、閉所で俺に勝てると思うなよ。その手首、たぶん、もう二度と使い物にならないから、覚悟しておけ」
恐怖の目で見上げる相手の顎を蹴り上げ、失神させると、すべての銃を拾い集め、三丁はスリングで肩から掛け、二丁を手に、カーテンの隙間から、外を、伺った。
「アレク、準備はいいな」
言われ、アレクは頷いた。
雄人はセレクターをフルオートの位置に切り替えると、ガレージに最も近い位置まで窓側のを移動し、そこから、一気に、弾をぶちまけた。
通常、自動小銃のフルオートは、片手で撃つ事は出来ない。その反動で銃身が持ち上がってしまうからだ。だが、彼はその膂力に物を言わせ、反動を押さえ込み、ガレージ側から門前へと掃射していった。両手の銃の弾が尽きると同時に捨て去り、外に飛び出しながら即座に持ち替え、また掃射した。撃ち尽くすと、彼は残りの一丁を手に、ガレージに向かって走り出した。その背後からアレクが飛び出し、相手に向かい、飛び込んで行く。それを狙う相手だが、全力疾走でジグザグに走る小さい的に、簡単に当たる訳が無い。雄人はガレージの扉を開けると、銃を撃ちながら、叫んだ。
「行け! マルス!」
その扉から、黒い塊が猛然と飛び出し、突っ込んで行く。マルスは雄人に言われた通りに、不規則な動きを見せ、敵を翻弄した。
「よし、俺も行くぞ」
弾を撃ち尽くした銃を投げ捨てると、雄人は真正面から突っ込んで行く。
何人かは倒れているが、それでも尚、雄人達に向けられた銃口は十丁以上だ。だが、雄人の姿を認めると、その銃口が雄人にすべて向けられた。
掛かった! 彼はほくそ笑んだ。アレクとマルスに対する注意が逸れ、すべて雄人に注がれる中、アレクはその小柄な体躯も手伝い、難なく敵の一人に近寄り、口で銃を咥え込むと、その手から奪い去る。もちろん、咥えたまま走りはしないが、敵に取って、その一瞬が命取となり、突進して来たマルスの体当たりをまともに食らい、吹っ飛ばされた。マルスの最高時速は、実に七十キロにも及ぶ。その猛スピードで弾き飛ばされ、地面に叩き付けられた敵は、二度と、起き上がる事が出来なかった。その速度を維持したまま、マルスは向きを変え、即座に別の場所へと、移動する。しかも、アレクとの連携で、次々に吹き飛ばしてゆく。敵がアレクとマルスに気を取られた隙に、雄人は、自身が出せる速度の上限まで、一瞬で、上げた。一番近い敵まで十数メートル、その距離を一瞬で詰め、それを目の当たりにした敵は、狼狽し、狙いも定まらぬうちに発砲する。だが、次の瞬間には、仰け反り、後方へと弾き飛ばされ、動かなくなった。
遣れる! 雄人がそう確信した瞬間、マルスの近くの地面が、弾けた。マルスの走力は落ちてはいないが、その顔は、苦痛で歪んでいた。
雄人は二人目を殴り飛ばした時、周りを素早く見回した。居た。ガレージ側の塀の上で、数人が狙っていた。
湯人は、自分の考えの甘さを罵った。屋内でのあれは、単に自分達の応援を呼ぶのではなく、人員の増強を要請する物だったのだ。それを勘違いして、敵の罠にまんまと嵌ってしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない失態だった。
雄人は素早い移動をしながら、相手の落とした銃を両手に持ち、引き金を引くと、塀の上をなぎ払いながら、叫んだ
「二人とも一旦引け! ここは俺に任せろ!」
その叫びで、二人がガレージ方向へと、下がり始める。
その時、ガレージの扉が開いて、実夏が姿を現した。雄人は目を剥き、彼女に向かって声を張り上げた。
「ばかやろう! 出て来るなって言っただろうが!」
実夏が彼の叫びに対して口を開こうとした、その瞬間、顔面に、血が、飛び散った。
「何、これ……」
呟き、足元に目を落とすと、アレクがその背を血で染め、倒れていた。
「え? なんで?」
彼女には何が起こったのか分からなかったのだが、アレクはその耳の良さで、実夏が狙われている、と気付き、持てる力を振り絞って、いち早く戻り、彼女を狙った銃弾を、飛び上がって防いだのだ。
アレクに遅れる事、ほんの数秒。マルスも彼女の前に壁の如く立ち上がると、その背を盾として、銃弾を受け止めた。
実夏は呆然としたまま、足元に目をやる。そんな彼女に、アレクは苦痛に歪む顔を、笑顔に変え、言った。
『だい、じょう、ぶ? み、か……。あた、し、達が、か、ならず、まも、る、から、ね……』
それだけ言うと、目を瞑り、頭を地面にゆっくりと、下ろした。
「二人とも早く下がれえ!」
雄人は、戦いながら叫ぶ。だが、すでに雄人一人で対処出来る人数ではなかった。銃撃の音はやまず、マルスは雄叫びを上げ、その場から動こうとはしなかった。
『な、何の、こ、此れしき! 拙者はここの人達を守るでござる! 実夏殿を――、拙者を弟と言ってくれた人を守るのでござる! この命に代えても! だから――、だから、雄人殿! 後をお頼み申す!』
マルスは仁王立ちの姿勢で笑いながら、その目を、閉じた。
「うそ……、でしょ……。ねえ――、マルス――、アレク――、目を、開けて……。ねえ、ねえてば!」
実夏は叫ぶ。だが、マルスもアレクも、誇らしげな笑顔のまま、静かに目を瞑り、実夏に答える事は、無かった。その事実を目の当たりにして、彼女は大声を上げて、泣き崩れた。
「き、貴様らあ!!」
雄人は、怒りに燃える瞳から涙を流して叫ぶと、その動きを加速させた。彼の動きは最早、人間の目では追い切れる物ではなく、敵は瞬く間に、倒れていった。そして、庭内に進入した最後の一人の胸をその手で貫き、瞬時に絶命させると、上へと放り投げる。と同時に、その陰に隠れて自分も飛び上がり、塀の外へと飛び出して行く。
雄人は泣きながら叫ぶ。両の手を血で染め上げ、返り血を浴びて尚、その瞳から流れる涙と口から漏れる叫びは消えない。その姿は、狂戦士、と呼ぶに相応しかった。
彼が外に飛び出して、ものの数分の間に、相手の戦力は半減していた。だが、一体、どれだけの人員を投入しているのか。彼の周りには、未だ多くの者が銃を構え、雄人目掛け、引き金を引いていた。
雄人も直接銃弾は受けていなかったが、無傷ではなかった。そして、相手の放った弾の一発が、偶然にも彼の大腿部を貫く。
「っく! まずい!」
動きが鈍り、一斉射を食らった。両腕で急所だけは防御して、何とか致命傷は避けたものの、あの動きを支える両足は、使い物にならず、両腕も最早、上げる事は出来なくなっていた。
彼の瞳に悔し涙が光る。大切な二人の友を失い、このままでは、地下の人々の命までも奪われてしまう。マルスの最後の言葉も守れず、このまま死ぬのか、そう思った瞬間、あたりの空気を振るわせるほどの、怒りに満ちた声が、響き渡った。
「我が主とその友に対する行為、断じて許し難し! ここから先は我が相手ぞ!」
雄人は空を見上げた。そこには、刻結がコートをはためかせ、ゆっくりと彼の前まで降りてきていた。
「遅えよ」
「済まぬ。だが、ここから先の戦、主の想い、我が引き継ごう」
静かに告げると、憤怒の形相で、相手を睨み付け、ゆっくりと、滑る様に前進し始めた。刻結から溢れ出た怒気は、見えざる力で相手を絡め取り、身動きする事を、封じた。それでも、刻結に向け、銃を撃つ者は居る。だが、その弾は途中で消え去り、撃った者の体内で暴れ、悶死させた。
「これで終わりか? ならば、こちらの番だな」
刻結の手が、振られる。それは見た者全てが首を傾げる行為。しかし、刻結の視界内に居る者の体で、異変が生じた。ある者は両腕が腐り落ち、またある者は顔面が同じ目にあった。それぞれ体の一部だけが腐り、剥がれ落ちていく。しかも、意識を保ったままに、だ。腐り落ちる自分の体を見る者にとって、それは、恐怖以外の何者でもなかった。
「こんなのはどうかね?」
また腕が振られると、複数の苦鳴が響いた。それを見た者は、我が目を疑った。そこには、半身だけ皮を剥がされ、のた打ち回る者の姿が有った。そしてまた、腕が振られた。
腕が振られる度に苦鳴が湧き上がり、人には不可能な現象が、その身を襲う。無事な者は恐怖に駆られ、武器を捨て、我先にと、逃げ出した。
「仲間を見捨て逃げるか。ならば手を貸そう。この星の外まで行くが良い」
逃げ出したすべての者達が、消えた。文字通り、大気圏外まで飛ばしたのかは、分からない。しかし、残った者達は、その言葉を疑わなかった。
「さて、仕上げ……」
刻結の言葉を遮り、一発の銃声が鳴り響くと、後から、雄人の苦鳴が、上がった。
慌てて振り向き、ゆっくりと倒れて行く彼を見て、手を振り、手元へと引き寄せた。
「主、撃たれたのか!」
顔を上げた雄人からは、生気が徐々に抜け始めていた。
「と、刻結、後を、たの、む……。実、夏達、を、て、だすけ、し……」
最後は聞き取れぬほど声が小さくなり、呼吸も急速に細くなり始めた。
「我が名に誓って主を死なせはせぬぞ」
雄人の額に手を当て、彼の肉体の時間を止め、しばらく、彼の顔を見詰めた。そして、立ち上がると、呟いた。
「主の心からの願い、叶えて進ぜよう。我は主に使える神なのだから……。だが、その前に成さねば成らぬ事がある」
彼を抱えたまま振り向き、近くのビルに突き刺す様な視線を送った。
「我から貴様らへ進呈いたそう! 有り難くその身で持って受け取るがよい!」
刻結が叫ぶと、路上で呻く者達はおろか、倒れている全ての者が消え去り、視線を送ったビルに降り注いだ。そして、そこから指示を与えていた者達は、圧死した。
「さあ、主よ、帰るとしよう」
ふわり、と浮き上がると、軽々と塀を飛び越え、中に戻って行った。




