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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第八章
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前触れ

 マルスは雄人の隣をモコモコと歩き、アレクはその上にちょこんと乗っている。そんな光景を見ても、誰一人として驚きもしない。そればかりか、アレクとマルスに声を掛けてくる。二人とも言葉を話す事はしないが、必ず立ち止まり、会釈を返す。お陰で家までの道程が、普段の倍以上の時間が掛かる事と成った。もっとも、実夏を家まで送ったのだから、時間が掛かるのは当然ではあるが、それでも、掛かり過ぎであった。

 自宅に戻り、邸内に入ると、雄人は溜息を付きながら言った。

「お前達ねえ、声を掛けられて、一々、立ち止まるんじゃないよ。会釈くらい、歩きながら出来るだろう?」

 これに対しては、マルスが珍しく正論をぶちかましてきた。

『雄人殿、それはいけませぬぞ。挨拶とは、礼儀として最低限のもの。それを歩みながら等、失礼にも程が有るでござる。声を掛けられたならば、立ち止まり、それに耳を傾けよ。そう拙者に指南したのは雄人殿でござろう? そう仰った御仁が、何と言う無作法極まりない事を口にするでござるか。拙者、恥ずかしいでござる』

 雄人が言葉に詰まり渋い顔をすると、更にアレクが追い討ちを掛けた。

『そうね、雄人の場合、言ってる事とやってる事が何時も合ってないのよね。ホント、口だけは立派なのに、それに態度が着いていってないから、何時まで経っても子供にしか見えないのよ』

 悔しさに顔を顰めるが、正論を言われてしまっては、何もいう事が出来なかった。

『雄人殿は子供なのでござるか?』

 アレクに顔を向け尋ねる。アレクは何度も大きく頷いて、その事を肯定していた。

『なるほど。それでは拙者と一緒でござるな』

 嬉しそうな笑顔を雄人に向けるが、向けられた当人は、嬉しくなさそうだった。

 お前と一緒にするな、そう言うおうとした時、電話が鳴り、雄人は受話器を上げた。

「はい、風巻です」

 流れて来た声は大垣の物だが、心なしか慌てている。雄人の表情が訝しげに変わった。本来、掛かって来る筈が無い電話だからだ。

「え? ああ、――はい。先日はお手数をお掛けしました。――お蔭様で、――で、用件はなんです? は? 太陽嵐? ええ、まあ、そりゃ知ってますけど……。――あ、なるほど、そうゆう事でしたか。そこは大丈夫ですよ。EMP対策もして有りますし、地下室は核シェルターとしても使えるような設計ですから。――そうですね。それじゃ、念のため、その時だけ自家発電に切り替えてください。――はい、よろしく――、え? まだ有るんですか? は? こっちが本題? ――まさか! どうやってあそこから……。 ――分かりました。その件はお任せします。――大垣さんも気を付けてください。それと、何かあったらすぐ連絡してください。――はい、それじゃ」

 険しい表情で受話器を置くと、二人が不思議そうな顔で見ていた。

「どうした? そんな顔して」

 顔を見合わせると、アレクが口を開いた。

『今のって、研究所からなんでしょう? 何て言って来たの?』

 この件に関しては、二人に関係がない訳ではない。だからと言って、話して良い物かどうか、雄人は迷っていた。

『太陽嵐? とは何でござるか?』

 マルスが質問を口にした。その言葉にアレクも頷いている。どうやら二人とも、興味は研究所からの連絡、と言うより、太陽嵐の事のようだった。

「そうだなあ――。これは話してもいいか。太陽嵐ってのはな、太陽風の超強力なやつなんだよ」

『太陽風? って何でござる?』

 雄人はしまった、と思った。あの時から、マルスには色々教えたが、これは教える必要も無いだろうと、すっ飛ばしていたのを思い出したからだ。

 詳しく教えてもいいが、それでは余りにも話が長くなる。なので、要点を掻い摘んで説明した。

『――なるほど。つまり、太陽は益をもたらすと同時に、有害な物をも出しておって、それを、磁気圏と言われる物や大気などで普段は吸収しておる、と。こういう解釈で良いのでござるな』

 戻って来てからの時もそうだが、この飲み込みの早さには、やはり、舌を巻くしかなかった。

「そうだ。ただ、太陽も俺達と同じで、すっげえ元気になる時が有ってな、普段よりも多く放出して来る。そして、元気爆発って成った時、ものすごい量の物質を放出するんだ。これが太陽嵐で、放出された物質は三段階に分けて到達する。最初に電磁波が八分程度で地球に届く。これは通信関係に被害をもたらす。これが一段階目。次が放射線だ。まあ、これは宇宙空間だと大問題だけど、地上の場合はそれほど深刻に考えなくてもいいと思うけど、場合によってはシェルター、とまでは行かなくても何かの遮蔽物に非難は必要かな。一番厄介なのが次の、CME――、コロナ質量放出って言われるやつだ。これは地球に届くまでに、二日から三日掛かる、と言われてる。だけど、こいつの被害が一番でかい。地球には磁気圏があるけど、こいつに電気エネルギーを発生させちまう事があるんだ。それが起きると、今度は電離層って言われる場所に強力な電気を流す、それの所為で地磁気がものすごく乱れて、高圧送電線とかに誘導電流が発生する。そうすると、発電所とか変電所がやられて、大停電が起きるんだよ」

 雄人はそこで一息入れたが、二人とも真剣な表情で聞き入っている。これだけ真剣に聞いてもらえると、話す方としても、話甲斐があり、非常に嬉しかった。そんな事を思っていると、アレクが言った。

『ねえ、それだけじゃないんでしょ? 停電くらいなら普段も割りと起こるし、深刻になる必要は無いはずよ。それ以上の問題があるから、研究所から知らせて来たんじゃないの?』

 雄人は感心し、伊達にマルス以上の知識を蓄えている訳では無いな、と思った。

「実は、普段使ってるパソコンなんかも影響を受けるんだ。だから、研究所の方には、一時的に外部からの電力供給を切って、自家発電で対応してくれ、って言ったんだよ。で、アレクの言った事で、普段は問題にならない停電が、問題になる件だけど、実はCMEで、発電所や変電所に有る高圧変圧器に被害が出るんだ。こいつがやられると、復旧には早くても四年、遅ければ十年以上掛かると言われてる。このデータはアメリカの物だけど、日本も似た様な感じになると思う。この話だけなら、復旧に時間が掛かるってだけだけど、今の世の中、原子力発電所もあるだろ? そこもやられるから、最悪、放射能被害も考えられる。しかも、地球上の発電所や変電所がすべて壊れると、復旧する事自体、絶望的になる。そうなれば、人間の文明は十九世紀初頭くらいまで退行するって言われてるんだ」

 マルスが首を左右に捻りながら考えている。それを、雄人とアレクは静かに見守った。

『詰まりは、あれでござるな。電気の無い生活に戻る、という事でござるか……。いや、それだけでは無いでござるな――。電気で動く物すべてが使えぬ、となれば、水道もガスも駄目でござるか……』

 この理解力と吸収力は、驚異的、としか言えなかった。アレクやマルスは、事故により脳に障害を負い、それを総一が研究していた技術を用いて脳内の破損したシナプスを補完した。本来は限定的だったはずなのだが、幸か不幸か、それが他の健常な部分にまで及び、結果的に人の言葉を理解するほどまでに知能が発達する、という副次効果をもたらした。ただ、総一に言わせれば、それだけ脳が進化する余地を持っている、という事で、長期的な視野で見た場合、これと同じ事が、地上に生きるすべての動物に自然発生的に起こる可能性を否定出来ない、と言っていた。

「お前たちはすごいな、関心しっぱなしだよ」

 彼に褒められ、二人は笑顔になるが、マルスはその事を否定するかの様に言った。

『すごくないでござる。すごいのは雄人殿の指南のし方でござるよ。雄人殿はワザと拙者達に考えさせる様にしているのでござろう? でなければ、自分で答えを導き出そうとはしないでござる』

 アレクも頷いて言った。

『マルスの言うとおりよ。凄いのは雄人、あなたよ。あたしに勉強を教えてくれた時も、必ず自分から考えるように仕向けて、答えを出すまで待ってたじゃない。合ってれば今みたいに褒めてくれたし、間違えば、どうして間違えたのかを、また考えさせたでしょ? そうやって答えにたどり着けば、同じ間違いは絶対しなくなるもの。ただ教えられただけの事は、使わなければ忘れてしまうけれど、自分で考えて導き出した答えは、絶対に忘れはしないわ』

 二人に言われはしたが、彼自身、その様に考え、教えていた訳では無い。考える事は重要だと、分かっていただけだ。だから、すべてを教える事はせず、その先へ行ける様に、道を示しただけだった。

「俺はそこまで深く考えてないよ。だたね、自分で考える事が大切なのを知ってるだけさ」

 二人に笑顔を向ける。その時、マルスがまた疑問を口にした。

『太陽嵐を防ぐ方法は無いのでござるか?』

「無いよ」

 方法が無い、と即答され、マルスは渋い表情になった。

『厄介でござるな……』

 ただし、無い、と言った本人は少しも困った顔をしていない。アレクはそれを見て口を開いた。

『防げなくても、被害を出さない方法が有るんでしょ? でないと、雄人のその顔の説明が出来ないわ』

 流石にアレクは鋭い。彼は降参、といった様に肩を竦めると、言った。

「アレクの言った通り、方法はある。要は、送電を止めればいいのさ。そうすれば、変圧器が壊れなくて済む。もっとも、この判断をするのに、数時間程度しか無いけどね」

 雄人の話を聞いて、アレクは少し考え込むと、また口を開く。

『それって、おかしくない? CMEは二日から三日掛かって来るんでしょう? だったら、数時間っておかしいわよ』

 雄人がニヤリ、と笑った。それを見たアレクは訝しげな表情をする。

「実はね、CMEは、場合によっては、二十時間も掛からずに到達する事も有るんだ。だから、太陽嵐が観測されてから数時間以内に結論を出さないといけない。しかも、発電所はすぐに止まらないから、さらに時間が掛かるし、国民にも伝えなくちゃいけないだろう? じゃないと、突然停電なんかしたら、パニックになっちゃうよ。ただ、どちらにしても、経済損失は莫大な規模になるけどね」

 二人は納得し、この話はこれで終わりとなった。

 それから数日後、宇宙開発を主眼とした世界最大規模の研究機関から、全世界に向け、警告が発せられた。ただ、日本では政治の混乱によりその事は放置され、大して話題に上る事もなく、各地でGPS機器の誤作動や通信障害が限定的に起こっていた。それすらも、太陽嵐の影響で有る事は、国民に知らされる事はなかった。

 雄人は事前に研究所から連絡を受けていた為、これが何の所為なのか知っていたが、それほど大規模な通信障害も起こらなかったので、この事は楽観視していた。目下の所、一番の悩み事は大垣から受けた連絡で、これにどう対処するかを考えていた。だが、そんな彼を他所に、時間は流れ行く、静かに、そして、確実に、ある分岐点に向かって。

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