やすらぎ
男子生徒達は隣の者と談笑に励んでいるが、その格好は一様に、奇妙、の一言で片付けられる。全身黒尽くめでマントを纏い、シルクハットを手にする者や、中世ヨーロッパあたりの、貴族の衣装に身を包んだ者も居るが、これはまだ良い方で、ねずみ色の布で頭まですっぽりと多い尽くし、その顔には猫の様な髭を着けている者、甲冑を着込み、どこの撮影所から抜け出したのか、と思うような武者姿をしている者など、各々が何かの仮装をしている。その中で一際異彩を放ち、全生徒の視線を集めている者が居た。その髪は腰まで届こうか、というほどのシルバーブロンド、上はハイネックの黒ジャケットで、その前部にはメタル調のボタンをあしらい、下はタータンチェックのプリーツスカートと、時代的には十九世紀末から二十世紀初頭あたりの服装だ。そして、薄く化粧をしたその顔は、見る者を陶然とさせるが、その右腕を痛々しそうに三角巾で釣っている。だが、この場には男しか居ないはずだ。
「お前、ホント良く似合うよな。ここまで似合う奴はそうそういねえぞ」
田辺が声を掛けるが、掛けられた方は、憮然とした表情をしていた。
「あのなあ、なんで俺は女装に限定されてんだよ」
その声は雄人の物だった。
「しかたねえだろ。なんせ、校長先生直々のご指定だからな」
真壁が答える。しかし、二人ともなんという格好か。田辺は上半身裸で下はタイツ、真壁に至っては、キノコの着ぐるみだ。
「お前らのそれも指定されたのか?」
今度は二人が憮然とした。
「俺らのは教頭のご指定だよ。なんでこれなのかは、疑問ありまくりだけどな」
「真壁はまだいいぜ。俺なんてなんだよこれ。これじゃ、どっかの体張った芸人じゃねえか」
似合うぞ、と雄人と真壁は思ったが、口には出さないでおいた。
男子生徒が集まっている場所は体育館のはずなのだが、この日の為だけに学校が業者に依頼をして、豪華絢爛な装飾が施さ、広大なパーティー会場と化していた。中央部分は大きく開けた形を取り、壁際には、長テーブルが置かれ、多種多様な料理を盛られた皿が所狭しと並べられている。そして、給仕に扮するは、教師達だ。この日は生徒が主役、とばかりに、男性教師はワイシャツの上に黒いベストを着込み、首には蝶ネクタイ、女性教師はロングスカート姿のメイド服で、生徒達の目を楽しませていた。ただ、そこに女子生徒は一人も居なかった。
体育館の入り口が二人の教師によって一気に開かれると、男子の視線がそこに集中する。その視線は、期待に膨らんでいたが、見事に打ち砕かれた。あろう事か、先頭で入って来たのはマルスとアレク。しかも、マルスは騎士の積もりなのか、手足や背中、頭といった部分に甲冑の様な物を付け、そして、アレクは小さなティアラを頭に載せ、その肩から真紅のマントを羽織り、マルスの上に乗っていた。まさか、熊や狐が入って来るとは思っていなかった教師達は、目を丸くして驚いていた。
突然、マルスの歩みが止まる。その姿は誇り高き騎士の様に、凛とした雰囲気を醸し出し、堂々としていた。全員が固唾を呑んで見守る中、入り口から強い光が差し込み、それに目を細めた瞬間、大量のスモークが湧き上がると、人影が浮かび上がった。そして、煙の中から少女達が次々と現れ、その姿は精一杯着飾っていた。シックに纏めた者、派手な中に落ち着きを取り入れた者、男子生徒の目を釘付けにするほどセクシーな衣装を着た者など、それぞれが今の自分に出来る、最高の演出を施していた。その中でも圧巻なのは、やはり、実夏だった。まるで、何処かの国のお姫様、といった雰囲気だ。身に着けた装飾品は彼女の美しさを煌びやかに演出し、その漆黒の瞳と髪を強調していた。無論、その衣装と装飾品の提供元は雄人なのだが、それを完璧に着こなし、優雅で華麗に振舞うその姿は、流石を通り越して、称賛に値する。そして、見た者すべてが、感嘆の吐息を漏らした。
全校生徒、千数百人。その全てを飲み込んで尚、有り余る広さを見せるその場所で、男女とも、それぞれが左右に分かれ、互いに相手を見ていると、壇上に一人の老紳士、と言いたいのだが、どこから入り込んだ、と言いたくなる様なオヤヂが舞台袖から優雅な足取りで現れた。その手に持ったマイクを口元に近付けると、話し出した。
「三年生はこれを最後に、この学校を卒業されて行きます。在校生はこのパーティーで、先輩方との最後の親睦を深めて下さい。皆さんの中には、もしかすると、将来を共にする伴侶を見つける人も居るかもしれません。ですが、今日だけは生徒の皆さんが主役です。先生方には、何があろうと、説教をしないように、と言明してあります。ですから、今日ばかりは脇役に徹して頂き、みなさんのサポート役として動いていただいてます。三年生は最後となるこのパーティー、そして、在校生は先輩方との最後のパーティー、共に、存分に楽しんでください」
話が終わると一礼し、また戻って行く。生徒達はその姿を拍手で送る。入れ替わりで、舞台袖から勢いよく男子生徒が飛び出して来ると、彼は舞台上でマイクを手に言った。
「流石、我等が校長! 見事なコスプレ姿に、もう一度、盛大な拍手を!」
割れんばかりの歓声と拍手に、校長はもう一度壇上に登ると、にこやかに手を振って答え、ゆっくりと戻って行く。彼もその姿を拍手で見送った。
再度マイクを握りなおし、前を向いて声を張り上げる。
「おい、おまえら! 準備は良いか! 今日の男どもは変な格好しちゃいるが、ダンスパーティーだ! だから踊れ! こんな姿じゃ踊れねえとかは却下だ! ワルツでもタンゴでも、盆踊り――、はちと違うが、とにかく踊れ! 見てるだけなんて抜かす奴は、俺が抱きついてやるぜ!」
彼の腕が勢い良く振られ、三年男子の方を指す。
「お前らは、一年女子をリードしてやれ! 三年間の成果を見せろ!」
今度は反対側の女子に腕が向いた。
「三年女子! 君達は一年男子を優しくリードするんだ! 大人なとこを、見せ付けろ!」
今度は腕を上に振り上げる。
「二年の男女! お前達は三年も一年も好きなだけ手玉に取れ! だけど! えっちい事はするなよ! もしやりやりたきゃ、隠れてやれ!」
それはお前だろ! と野次が飛んだ。声が上がった方に体ごと向け、指を差す。
「俺は隠れてなんかやらねえ! 堂々とやってやるぜ!」
またその腕が三年の方に向いた。
「それからなあ! 風巻!」
周りの男子が、雄人の周りから遠ざかる。苦笑しながらも、田辺のパフォーマンスに付き合った。
「まさか、田辺さん! わたしに変な事する積りなの?!」
雄人は裏声を使い、迫真の演技で、嫌がる姿を見せる。その姿をみた男子は、思わず生唾を飲み込み、女子からは、田辺に向かって非難が飛んだ。
「お前、ホントに男なのかよ! 思わず手を出したくなったじゃねえか! だが今は、それが目的じゃねえ!」
息を大きく吸い込み、一気に吐き出すと、それに声を乗せた。
「お前は動くな! お前が動くと、女子全員を持って行かれちまう! だから、そこで一人で踊ってろ!」
雄人は、なるほど、と思った。行き成り踊れ、と言われてもそう簡単にはいかない。恥ずかしさが前面に出てしまうからだ。そこで田辺は、挑発する様なパフォーマンスを繰り出し、彼に一番最初に踊れ、と言ってきたのだ。
「分かりました。でも! 一人では踊りません!」
三角巾を外し、激痛の走る腕を振り上げて、実夏を指差した。
「姫さまを頂きます!」
言って、彼女の元にゆっくりと向かった。
「一曲いかがかしら?」
軽くスカートの端を摘み、頭を垂れる。実夏は思わず噴出してしまったが、その手を差し出した。
「喜んで」
雄人は差し出された彼女の手を取り、中央に出て、互いに向き合う。すると、ワルツの調べが静かに流れ始めた。
二人は曲に合わせ踊り始める。優雅な動きで、ゆったりと舞う二人の髪は、黒と銀の見事なコントラストを織り成し、彼等の周りを流れる様に揺れ動き、それでいて足元は一切の乱れは見せず、華麗にステップを踏む。そして、何よりも全校生徒が見惚れたのは、その笑顔。楽しそうに微笑み合う二人は、まるで、天使の様に見えた。そこに、田辺の蛮声が響き渡る。
「よし! 行け! 三年ども! 風巻嬢と姫に、いいとこ持っていかせるんじゃねえ!」
雄人と実夏は、互いに笑うが、彼の笑いは苦笑混じりだ。そして、三年男子は、動き出す。気に入った女子の前に行き、それぞれのスタイルで手を差し伸べる。彼女達はそれに笑顔を返し、パートナーとなる者、玉砕する者を作り出していった。
「俺達がお前らを引っ張ってやれるのはここまでだ! 一年と二年! 俺達に負けるんじゃねえぞ! 来年はお前達がこれをやるんだ! だから、ここから先はお前らが先頭に出て走っていけ!」
田辺は最後に一言叫ぶと、手を振りながら舞台を降りて行く。その姿に向かって盛大な拍手が送られた。
雄人と実夏は早々にダンスの輪から離れると、田辺の所に向かう。その途中で、先ほど彼が投げ捨てた三角巾を拾った女教師が、雄人に手渡した。
「風巻くん、だったかしら? これ無いと困るでしょ?」
受け取り、会釈をしながら礼を言う。
「ありがとうございます。態々、済みませんでした」
女教師は微笑むと、静かにその場から去って行った。
「もしかして、雄人。腕が全然動かないんじゃない? かなり無理したみたいだし。それ、着けてあげるから、貸して」
実夏の言った通りだった。無理をした所為か、ダンス後半からは痛みで肩から先が徐々に麻痺し始め、今では感覚もなくなっていた。雄人は彼女の言葉に甘える事にして、三角巾を渡す。実夏は渡された物を彼の首の後ろで縛ると、前に周り、形を整えて腕を通した。
「よし、これでオーケー。あんまり無茶しちゃだめよ?」
柔らかい微笑を雄人に向けた。
「暖房より冷房が必要になりそうだな」
二人が声の方に振り向くと、真壁と田辺がにやけた顔で近付いて来た。
「なんだ、お前ら踊らないのか?」
田辺は肩を竦め、真壁は苦笑で返す。
「相手はどうすんだよ。まさか、こいつと踊れとは言わんよな?」
真壁が田辺の肩を軽く叩くと、
「俺だってお前と踊りたくねえよ」
お互いに声を上げて笑った。
「舞台であれだけ言えてた割には、お前って意外と小心者なんだな」
そこにマルスとアレクが近付いて来る。田辺と真壁の二人は、一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、普段と変わらぬ表情を取り戻した。
「こんどは、騎士様と女王様の御出座しか」
田辺のこの言葉には、マルスが異論を唱えた。
『拙者、騎士ではござらぬ。武士でござる』
すでにマルスとアレクの事は全生徒に知れ渡っており、言葉を話しても、驚く者は誰一人として居ない。その点に置いて、高校生という肩書きを持つ人種は順応性の高い者が多く、雄人としても、細かい説明をする必要が無い事には助かっていた。問題は教師なのだが、これもまた平均年齢が若い所為か、意外なほどの早さで順応している。この学校の特質なのかも知れないが、これはこれで、彼は心配だった。
「この行事といい、あの格好といい、もしかして、この学校の教師って、オタクの集まりなんじゃないのか?」
雄人のこの発言に、田辺と真壁の二人は腕を組んで、難しい顔をして考え込み、マルスとアレクは首を傾げ、実夏は笑っていた。そこに、メイドが大きなお盆に大量の料理を載せて近付き、マルスの隣まで来ると、その顔の下にお盆を置いた。
「マルスちゃん、体大きいから一杯食べるわよね?」
微笑みながら言うと、マルスは置かれた物を見て感激していた。そこには鳥のから揚げやサンドイッチ、パエリアに海老のフリッター、握り寿司に天ぷら、果てはデザートのケーキまで、兎に角、色々な物が山盛りになっていた。
『た、た、食べても、い、いいのでござるか?!』
「余っても捨てるだけだし、沢山食べて行ってね」
笑顔を振りまいて、去って行く。それを見た田辺は、腕を組んだまま頷き、何かに納得している様だった。
「風巻の言う通りかもな。校長もあれだし、この学校は隠れオタクの巣窟なのかもしれねえ」
真壁と共に、何度も頷いている。
「風巻せんぱい、この人達どうしたんですか?」
横から声を掛けられ、顔を向ける。そこには、ほんのりと頬を染め、雄人と実夏を見ている女生徒が二人で居る。
「ちょうどよかった。君達、この二人と踊ってやってくれないか?」
彼女達が二人に顔を向け、少し不安そうな表情をした。
「壇上であんな事言ってたけど、大丈夫だよ。こいつら、変な事する勇気なんて無いから」
「ちょっと待て! 聞き捨てならねえ事言うんじゃねえ! 俺だって少しは勇気有るぞ!」
実夏が半眼になり、小さく、ふうん、と声を漏らす。
「じゃあ、この子達と踊ってみなさいよ」
田辺は渋い顔をするが、真壁は素直に手を差し出した。
「こんな俺でよければ、どうかな?」
紳士的な態度と、意外なほど爽やかな笑顔を見て、彼女達は、ほんの少しだけ、気持ちが揺れた。
真壁は、一人で居る時はモテ無い訳ではない。そこそこの容姿は持ち合わせているし、物腰の柔らかい態度は、意外と人気も有る。ただ、雄人と一緒に居ると、引き立て役になってしまい、田辺と居る場合は、漫才コンビと見られている事が多いのだ。
「あ、てめ! 抜け駆けするんじゃねえ!」
お願いします、と田辺が勢い良く、手を差し出す。それを見た彼女達は、小声で笑っていた。
「この二人、実は俺よりダンス上手いんだぞ」
雄人の発言には美夏も驚いた。彼がかなり上手い部類に入る事を知っていたからだ。その彼よりも上手いとなれば、競技に出場してもおかしくは無い、という事で、さらに言えば、ここに居る三人は在校生の中でもトップクラスという事になる。
「ホントなんですか?」
少し不安になり、彼女達の一人が聞いてくる。
「本当ですよ。この二人、ダンスに関しては風巻君よりも、上です」
その場に居る全員が一斉に顔を向けた。そこには高柳が笑顔で立っている。もちろん、手にはお盆を持ち、ベストを着込んだ格好だが。
教師に太鼓判を押され、彼女達は二人の手を取り、踊りの輪に溶け込んでいった。
「君達はもう踊らないのですか?」
雄人は苦笑を漏らすと、自分の右腕を見せる。
「もう、腕が上がらないんですよ。だから、今日はもうお終いですね」
なるほど、と納得をした。だが、少しだけ、意味深な笑顔を見せた。
「三日前の件ですか」
雄人と実夏、それに、アレクとマルス、四人の顔が驚きの色に染まる。
「そんなに驚かないで下さい。実は、私もあの場に居たんですよ。それにしても、見事に収めましたね。あれは普通の人間では、収集が付かなかったと思いますよ」
まずい、雄人がそう思った時、アレクが口を開いた。
『先生、雄人は人間よ。あたし達とは違うわ』
高柳は静かな瞳をアレクに向け、しばらく見詰めた後、言った。
「そうですね、どれ程人間離れした事が出来ても、人の中で育ち、人としての心を持ち、人と同じ常識で生きる。それは私達と同じ、人間ですね。でも、それなら貴方達も人間と同じはずですよ?」
アレクは首を振り、少し寂しそうな顔をした。
『どんなにあたし達が人と同じ心と常識を持っても、人間には成れ無いわ。だって、何も創り出す事が出来無いもの……」
高柳は微笑を、崩さずにアレクを見詰め、言う。
「貴方達は立派な人間ですよ。何も創り出せない事を知って尚、人と同じ心と常識を持っている。それに、人は形有る物だけを創り出す訳ではありません。本当に価値有る物は、形の無い物にこそ有るのです。だから人間はここまで発展出来たのですよ。もしかすると、遠い未来、貴方達の子孫が人間と共存しているかも知れませんね」
アレクは頭を垂れ、一言、礼を言った。高柳は満足そうな笑顔を向け、それでは、とその場から立ち去る。その後姿をマルスはジッと見詰め、頭を垂れた。実の所、マルスには意味が半分も分からなかった。それでも、話を聞き、分かる様になるまで覚えておこうと、高柳の言葉を心に留めた。
雄人はふと、心に有る思いが浮かび上がる。それは、何気ない日常にある幸せ。
「こんな時間が何時までも続けばいいのにな……」
それを聞いた三人は、踊る生徒達を見て、本当に、と思うのだった。




