泥棒達の受難
男達は大きな屋敷の周りを歩いていた。年の頃、三十代前後、といったところか。一人はかなりの痩せ型で背が高く、百八十センチはありそうで、まるで日陰で育ったモヤシの様だ。もう一人は、背の高い男よりもずんぐりとして、かなり背も低く、百六十センチ有るか無いかくらいだ。ただ、力だけは有りそうに見える。そんな二人は帽子を目深に被り、サングラスまで掛け、全身黒ずくめという、如何にも怪しそうな雰囲気を回りに振り撒いている。ただし、本人達はいたって普通の格好と思っているフシがあった。
「でっけえ家だな……」
ノッポが呟くと、小男が相槌を打った。
「ホント、でっけえよな。でもよ、ここ、高校生のガキが一人で住んでるらしいぜ」
「そりゃ、ホントかよ?!」
「ああ、間違いねえ。ちゃんと調べたからな」
会話も怪しい。だが、それを聞いている者は誰も居ない。それを見聞きしているのは、太陽と雲だけだ。
程なくして二人は門の前に辿り着いた。そして、それを見上げて、苦々しい表情を浮かべる。
「おいおい、なんだよこれ……。こりゃ、家ってサイズじゃねえぞ。どう見てもお屋敷ってやつだぞ、これは」
あまりにも大きな門扉を見て、ノッポは溜息を付いていた。
「世の中不公平だよな……。俺達みたいに善良な市民がアクセク働いてやっと金稼いでるのによ、なんで仕事もしねえガキが、こんなでっけえとこに住んでんだよ」
小男の方は不平を口にする。だが、善良な市民がアポも取らずに、見ず知らずの屋敷を訪問する訳がない。
「さて、仕事に取り掛かろうぜ」
小男が促すとノッポは頷頷いた。小男が言う仕事とは、空き巣狙いの事だった。
二人して門に近付くと、ノッポは据付けられたインターフォンのボタンを押し、応答が有るか、しばらく待ってみる。その間、周囲が気になるのか、ソワソワと辺りを見回していた。そんな姿を見られているとは知らずに、また、ボタンを押す。数秒間待つが、何の応答も無いと分かるや、小男が正門や通用口の門を押し始め、ノッポは周囲を警戒していた。
「やっぱ居ないみたいだぜ。鍵が掛かってやがる」
小男は振り向き、ノッポに向かって言った。それを聞いたノッポは、小男の側に行くと、言った。
「でもよ、鍵穴なんて何所にもないぞ。どうやって外から開けるんだこりゃ?」
小男は腕を組み、少しだけ考える。
「そうだ、ガレージも裏の方に在ったな。俺はそっちを見て来る」
「分かった、気を付けろよ。通報なんかされたら、まずいからな」
頷くと、小男は走り出して行った。
「さてと、どうすっかな……」
残ったノッポは呟き、周囲を注意深く警戒する。何の気配も無いと分かると、通用門を調べに取り掛かった。帽子のつばを後に回すと、柱と門の隙間に目を這わせていく。そして、ある一点で止まると、呟いた。
「あれがこいつを止めてるのか。どうやりゃ外せるかな……」
目を離し、考え込んでいると、微かに何かが擦れる音がした。不思議に思い、辺りを見回した後、再び通用門に近寄ると、手を付き、力を僅かに掛ける。すると、門が微かに動いた。怪訝そうな表情を浮かべ、その場から一歩退く。そして、携帯を手にすると、どこかへ掛けた。
「おい、俺だ。今よ、門が少し動いたぞ。――そうだ、だから戻って来いよ。俺一人じゃ、なんかやばそうだからよ。――分かった、早く来いよ」
携帯を切ると、また周囲を見回す。この男はかなり用心深いようだった。
暫らく待つと、小男が息を切らせて走って来るのが見えた。ノッポも駆け寄り、小声で話し掛ける。
「なんかよ、勝手に鍵が開いたみたいなんだよ。もしかすると、誰か居るんじゃねえのか?」
「いいじゃねえか、神様が入りなさいって言ってんだろ」
「でもよ、今日は止めた方がよくねえか?」
小男はノッポを睨み付け、幾分、苛立ちを見せた。
「今更なにビビってんだよ。こんだけでっけえ屋敷なら入っちまえばこっちのものよ。隠れる場所なんざ、幾らでもあらあな」
確かに隠れる場所は多い。が、それは中に居る者達にも同じ、という事にまでは、考えが及んでいない様だった。
小男は辺りを注意深く見回し、誰も居ない事を確認すると、通用門に近付き、少しだけ戸を押した。微かに軋む音を立てながら、戸が動く。その隙間から中の様子を窺うと、更に押し開け、顔を出して見回した。
「おい、誰も居ねえぞ。この隙に入っちまおうぜ」
小男はするりと門を抜け、直ぐ近くの植え込みに身を隠す。ノッポもその後を追って中に入るが、律儀にも戸を閉めると、植え込みの側の立ち木に身を添わせた。
お互いに目で合図すると、身を隠しながら少しづつ移動をして行く。小男は植え込みから植え込みへ、ノッポは立ち木から、大きな庭石へと動く。その先に身を隠す物が無くなると、小男に向かってノッポが小声で話し掛けた。
「おい、窓が開いてるぜ。やっぱ誰か居るみてえだぞ」
小男は小さく舌打ちをした。
「しゃあねえ、裏に回るか――」
辺りを見回し、一気に玄関前を横切り、反対の植え込みに飛び込む。ノッポもその後に続き、その体を折り畳んで植え込みに身を隠した。
「おめえ、随分と体が柔らけえな」
小男が感心するが、ノッポはやっとの事で隠れている為に、応答する事が出来なかった。
「よし、あそこに飛び込んじまえば、何とかなるぜ」
視線を向けた先、そこは家の北側だ。日が差し込まない為に、やや薄暗く、身を潜めるには持って来いの場所だが、この屋敷の広さから言えば狭いとは言え、家から塀までの距離は、大人が楽に、四、五人は並んで歩ける広さがあった。
小男がノッポの頭を軽く叩き、合図を送ると、二人は一気に飛び込んで行った。家の壁に身を寄せ、角から僅かに顔を覗かせると、庭の方を確認する。
「誰にも気付かれちゃいないようだぜ」
後に居る彼に聞こえる程度の声で言うが、そのノッポから何も反応が返って来ない。不思議に思い、振り向くと、こちらに背を向けたノッポの体が震えていた。
「おい、どうしたんだよ?」
困惑した表情で、その背を見詰める。すると、ノッポの腕がゆっくりと上り、前方を指差した。
「あ、あれ……」
彼が壁になり前が見えない。その為、ひょいと脇から顔を出して見た瞬間、それが目に入り、そのまま固まった。
彼等の瞳に映ったもの、それはマルスだ。マルスは無表情に彼等を見詰め、のそり、と動き出す。そして、間近まで迫ると、大音声で吠えた。
人の言葉が話せる様になったからといって、吠え方を忘れた訳ではない。しかも、人の気持ちが判る分、どうすれば一番効果が有るのかも分かっていた。
二人は熊に出合った時の対処法も忘れ、声にならない悲鳴を上げ、一目散に逃げ出したが、前を行く小男が何かに躓き転ぶと、ノッポも小男に躓いて転んだ。小男が転んだ原因は紐だった。それはアレクが仕込んでいた罠である。事前に紐を塀近くの庭木に巻き付けて置き、人間よりも遥かに小さい体を活かして、巻き付けた反対の紐を咥え、潜んでいたのだ。そして、マルスが吠えた瞬間、口に咥えた紐を引っ張り、近くの庭木に巻き付け、ピンと張り、足を取られる様にしたのだ。
マルスは転んだ男達の上に寝転がり、押し潰して逃げられない様にしてしまう。そして、アレクは家に中に戻ると、雄人の顔を後ろ足で蹴飛ばした。
その衝撃で雄人は飛び起きると、叫んだ。
「馬鹿マルス! お前は――、ってあれ?」
我に返ると、何所にもマルスの姿が無い。不思議に思い、首を捻っている所にアレクの声が掛かった。
『泥棒捕まえたわよ』
ああ、そうか、泥棒か、と少しボケた頭で考え、不思議に思った。
「泥棒?」
アレクは頷くと、そこでやっと気付き、大声を張り上げた。
「ど、泥棒!? 捕まえたって、どうやって?! 大体、この家に侵入出来る泥棒なんか、そうは居ないはずだぞ!」
雄人には訳が分からなかった。入り口の門には、ホテル等で言えばオートロックに近い仕掛けがしてあり、外からは簡単に入れない様になっている。ガレージも同じで、しかも、シャッターを壊すには、バールや油圧カッターなどではなく、重機を使わなければならない。当然、そんな物を使えば人目に止まる。それは、入り口でも同じ事だ。残るは只一つ、わざと招き入れるしかない。誰がそんな事を、と思ったが、目の前に出来る者が居た。
「まさか……、お前が……?」
アレクが頷く。
「なんで、態々そんな事してまで……」
アレクは即答した。
『だって、退屈だったから』
溜息を付いて、退屈しのぎの犠牲になった泥棒を哀れんだ。
「可哀想な泥棒も居たもんだな。で、そいつら今、どうしてるんだ?」
アレクは向きを変えると、外に向かい歩き出した。自分の目で確認しろ、という事なのだろう。雄人もその後を着いて外に出て行く。そして、その現場を目にして、気の毒に思った。
「お前等ねえ……。いくら退屈だからって、普通の人間相手に遊ぶなよ……」
まるで、普通じゃなければ良い、みたいな言い草だが、普通に見れば、泥棒も十分普通ではない。
「さて、生きてるのかな?」
潰される二人をしゃがんで覗き込むと、小男が喚きだした。
「こら! ガキ! これをどけろ! どけねえと、酷い目に合わせるぞ!」
どうやってこの状態で酷い目に合わせるのだろう、と思いながら、喚く男に言った。
「五月蝿いおっさんだな。いっその事、マルスの遊び相手になってもらうかな」
ニタリ、と底意地の悪そうな笑顔を向ける。すると、殊勝な態度になり、謝り始めた。
「すみません! つい出来心で! もうこんな事いたしませんから、お願いします。この熊をどうか退かしてください!」
この変わり身の早さに、雄人は少し感心した。そして、とりあえず、マルスを退けてみる事にする。
「おい、マルス。こいつらを出してやれ」
だが、動く気配が無い。不思議に思い、マルスに顔を近付けると、寝息を立てて眠りこけていた。
「だめだこりゃ。こいつマジ寝してやがる。こいつさ、動物のクセして、マジ寝すると何をしても起きないんだよ。悪いけど暫らくそのままで居てくれないかな?」
二人は唖然として声も出なかった。
「まあ、マルスが乗ってれば、重いだけで寒くないはずだからさ」
確かに寒くはない。が、重過ぎる。
「ば、馬鹿やろう! このままじゃ呼吸困難起こしちまうわ!」
言う割には元気に反論して来る。だが、小男とマルスに挟まれたノッポは、息も絶え絶えになっていた。
「あんたは元気な様だけど、こっちは元気無いな。このまま放って置くと、ちょっとまずいかな?」
雄人が覗き込むと、力の無い笑いを返してくる。どうやら、本当に危ないようだった。
「仕方ない、あの手を使うか。アレク、あれ持って来てくれないか?」
男達には何の事だか分かりはしないが、アレクは踵を返すと、家の中に戻って行った。
「もう少し、そのまま待っててもらえるかな? 今、そいつを起こすから」
何をして起きない、先ほどはそう言った筈なのだが、それをどうやって起こそうと言うのか。小男は不思議に思った。
暫らくすると、アレクがCDプレイヤーを咥えて戻って来た。雄人はそれを受け取り、マルスの耳にイヤホンを宛がうと、プレイヤーを再生した。すると、マルスの瞳が突如として見開かれ、その体を素早く起こす。それを見た雄人が、素早くイヤホンのコードを引っ張り、その耳から引き抜いた。
突然、音が聞こえなくなったマルスは不思議そうな顔で辺りを見回す。と、雄人の手に持ったプレイヤーが目に入り、口を開こうとしたその瞬間、アレクがその顔に体当たりを噛まし、鋭い目付きで睨まれた。何故この様な事を、と一瞬思ったが、気が付き、足元に顔を向け、思い出した。そして、そのままの姿勢で動きを止める。
「これで話し易くなったかな?」
笑顔を向けられ、ノッポは安堵して頷いた。だが、小男は素早く抜け出すと、門に向かって走り出していった。
「ありゃ? 意外と素早いな。でも、どうやって出る積もりなのかな」
すでに門はロックされていて、今、解除出来る者は雄人かアレク、もしくはマルスしか居ない。実はこの門のロック機構は、目紋で解除をする様にして有る。その為、登録されていない人物では、中からも開ける事が出来ない様になっていた。だが、小男がそんな事を知っているはずも無く、閂を外そうと、必死で力を込めていた。
「あのさ、もしかしてあの人って、考えるより先に体が動くタイプなのかな?」
ノッポに向かって言うと、小男は頷いた。
「それじゃ、あんたは、考えてばかりで動けなるタイプか?」
これにも頷く。雄人は面白いのがコンビを組んだな、と思って可笑しくなった。
「なるほどね。二人で一人って事か。でも、今の感じからすると、主導権はあっちが握ってそうだけど、ちがう?」
この質問にもノッポは頷く。随分と素直な泥棒も居たものだ。雄人は、この男は根は悪くないのだろうと思い、マルスに退くようにと指示をして、ノッポを立たせると、言った。
「あんた、悪い奴じゃないみたいだな。ちょっと、家でお茶でも飲んで行かないか?」
ノッポは目を丸くした。泥棒に入った者にお茶を勧めるなど、初めて聞いたからだ。
「あ、え、でも……、俺、泥棒だし……」
「ん? 俺は気にしないけど?」
金持ちってやっぱり何処かずれてるんだな、と思いながらも、ご馳走になる事にした。
「マルス、またお菓子食えるぞ」
この一言で目を輝かせると、ノッポの襟首を咥えて、一目散に家の中に飛び込んでいった。
「あれは、しばらく放っておくか」
小男に一瞬だけ視線を投げ掛けると、アレクを促して家に戻り、施錠する。その音が微かに響くと、小男の口元に、笑みが浮かぶのだった。




