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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第七章
29/52

マルスと雄人

 雄人は庭に面した廊下で座布団を枕代わりに寝そべり、ぼんやりと、あの事を考えていた。 

 あれから一週間ほど経つが、大垣たちは計画通りに動いている様で、さほど大きな事件にもならずに今の所は推移している。だが、これは雄人の考えた事の第一段階に過ぎなかった。第二段階への移行は彼の卒業式後、と決められていた。そして、最終段階である第三段階は、年度末に起こる様に調整をしている。彼はと言うと、この一週間、風巻の名で各方面に働きかけ、所員全てに何か有った時には最大限の便宜を図ってもらえるよう、確約させていた。もちろん、言い逃れが出来ないように文書にして保管して有る。ただし、自分に何かあった場合は無効とされかねない事もあり、その場合に限り、取手家を後継として指名しておいた。もちろん、この事は内密にではあるが、その際は弁護士を通じて伝わるようにしてある。

 庭ではアレクとマルスが気持ち良さそうに昼寝をしている。特にマルスは、庭とはいえ外に出られるのが余程嬉しいのか、食事が終わると直ぐに飛び出していく始末だ。ただし、時代劇が始る時間のチェックだけは(おこた)らない。なので、その時間になると起き上がり家に入ってテレビを見ている。もちろん、お菓子をお供にして。ついでに言うと、アレクも見ていた。どうやらアレクも意外と好きらしい、と分かったのが雄人の家に来てからだ。マルスの隣で真剣に見ていたのを彼が見掛け、不思議に思っていたのだが、毎回同じ光景を目にして気が付いた次第だ。ただ、余計な事をまた刻結がやらかした。有ろう事か、アレクと同じ事をマルスにもしてしまったのだ。刻結に言わせれば、願いを叶えただけ、となるのだが、そもそもマルスがそんな事を願っていたかは分からない。が、そのお陰か、嬉しさではしゃぎ周り、家の中が滅茶苦茶になったのは事実だ。

 雄人は振り向き、溜息を付いた。

「まったく……、これが神のやった結果かよ……」

 また溜息を付く。とりあえず、(ふすま)などは修繕よりも交換するしかないので、発注済みだが、壊れた家具は腕の良い職人に預けて修理させている。この家に有る家具ときたら、全てハンドメイドの逸品物なので、下手な所には修理依頼が出せなかった。ただ、無いと困るので、その辺で買って来た組み立て家具を置いたのだが、物凄い場違い感が漂ってしまった。

「あいつ、この計画が終わる前に俺を破産させる積もりなんじゃないだろうなあ……」

 そんな呟きを漏らしていると、目の前の小山が、もそり、と動き始めた。そろそろ時間の様だ。一応、そのまま上るな、と言って有るので、手足を器用に雑巾で拭いてから上ってくる。そして、テレビのスイッチを入れると、声を張り上げた。

『アレク殿! 雄人殿! 始りますぞ! お、そうだ。拙者とアレク殿の分の菓子を所望したいのだが、雄人殿宜しいか?』

 宜しいも宜しくないも、駄目だ、と言うと泣きそうな顔をするので、最近は駄目と言えなくなってしまった。

「はいはい。分かったよ。今日はポテチでいいな」

『拙者、菓子なら選り好みはせぬ。出されれば全て平らげて見せようぞ』

 すべて、どころじゃないだろ、と雄人は思った。一日に食べる量は、コンビニ一店舗分食べるのだ。これでは普通の家庭ならば、お菓子代だけで破産してしまう。しかも、食べたら動くが身上の様で、見終わった後は庭を所狭しと走り回る。一応、植木などは避けて走るので、庭への被害はないから良いのだが、時たま宅配便業者が入って来た時などは、腰を抜かして泡を吹く者まで居るのには困りものだった。

 それぞれの目の前にテーブルを出し、その上にお菓子の入った器を置く。その隣にはお茶がなみなみと注がれた丼が置かれた。

『何時も済まぬな。研究所に居った頃とは雲泥の差である故、つい甘えてしまうが、拙者、このご恩は、何時かきっと返そうぞ』

 今返せ、とは思うものの、嬉しそうにテレビを見入る姿を見てしまうと、まあ、いいか、となってしまう。マルスから視線を外し、何の気なしにアレクに視線を移すと目が合った。何かを言いたそうな表情でこちらを見ていた様だが、目線が合うなり顔を逸らし、テレビに向けてしまった。不思議に思い、声を掛けようか迷っていると、番組が始り、マルスがはしゃぎ始めた。

 雄人はまた廊下に移動してぼんやりと庭を眺めながら、今度はあの夜の事を思い返していた。

 研究所での件を収めた次の日の夜、総一は雄人に言われた通りに訪問して来た。そして、風巻家に関する事を語ったのだ。それは雄人にとって、衝撃的な事実でもあった。

〝風巻家の者は人ではない。厳密に言えば容姿の事ではなく、身体能力が、という事だ〟

 これは祖父が総一に伝えた事でもあり、総一は何一つ包み隠さず、雄人に伝えてきた。すなわち、うそ偽りの無い事実。この事は漠然と自分でも感じていた事だったのだが、やはり、事実を突き付けられるという事は、ショックだった。そして、もう一つの事実。それは、母や祖母の事だった。風巻の伴侶となる者は必ずと言って良いほど、突然現れるらしい、と言った。断定はしていないが、父、武人の元にも、やはり、母が突然現れた。そして、それは祖父もそうであり、曽祖父も同じ、と言う事だった。しかも、共に身体能力面は人とは比較にならないほどずば抜けていたという。なら、自分にの前にも、という思いが持ち上がって来たが、そんな気配は何処にも無い。もっとも、現れたからといって、一緒になるかどうかとなると、別問題だ。それともう一つ、雄人と実夏が一緒に成る事を反対した総一の最大の理由、それが、風巻家当主にだけ関わる事だった。 

 雄人は大きな溜息を付いた。それはまるで、心に溜まった(おり)を全て吐き出している様な感じでもあった。

 マルスが雄人に近付き声を掛ける。だが、雄人は何か考え事に没頭している様で、いくら呼んでも返事が返って来ない。首を傾げ思案している所に、アレクが近寄ると言った。

『あそこに投げれば気が付くわよ』

 アレクの示した場所、そこには大きな池があった。

『なるほど、流石はアレク殿。拙者、気付きもせなんだ』

 座って外をぼんやりと眺めている雄人を座布団ごと持ち上げると、掛け声一閃、一気に放り投げる。

 突然襲って来た浮遊感に、雄人は思考を中断し、意識を外に向ける。すると、今まで庭を眺めていた筈が、空を眺めている。その視界はゆっくりと回転し、自分が宙に浮いている事を告げていた。

『雄人殿! 今日の夕餉(ゆうげ)の事で相談があるのだが!』

 上昇していた体が次第に落下し始め、頭が下を向き、その視界の中で逆さに映るマルスが目に入った。

「お前! 何しやがった!?」

『すまぬ! いくら呼んでも返事を貰えぬので放り投げてみた!』

 落下する中、雄人は律儀にも文句を垂れる。

「はあ?! 投げる事はないだろ! 投げる事は! 体を揺するとか、頭を軽く叩くとか、他にやり方がいくらでもあるだろうが!」

 文句を言っている間にも、地上は近付き、そのままでは頭から激突してしまう。だが、雄人は体を伸ばすと、腰を支点に、猫の様に身を捻り始める。その様をマルスとアレクは感心して見ていた。そして、手足が下を向くと、そのままの姿勢を保ち落下していく。

「どうだ! この程度、俺にはどうって事な……」

 地面に落ちると思い込んでいた油断からか、下を見る事をしなかった雄人は、そのまま池の中に消えていった。

『うむ、見事な着水。さすがは雄人殿だ』

『そうね、流石、雄人だわ。下を見てない所が』

 おかしな関心のし方をする二人だが、池に飛び込んだ雄人はたまったものでは無い。

「ば、ばかやろう! 真冬になんてとこに放り投げやがる! 風邪ひいたらどうすんだよ!」

 マルスは首を傾げた。ここに着てから、池に自分も飛び込んだ事はあったが、寒いとは感じなかった。なので、雄人も同じだと思っていた。

 マルスの隣では、アレクが笑い転げている。何が可笑しいのか分からないマルスは、アレクを見て更に首を傾げた。

『はて? 拙者、何か変でござるかな?』

「変でござるかな? じゃねぇよ! 十分、おかしいだろ!」

 池から上がると、水を滴らせ、寒さに震えながら家に戻ってくる雄人が叫んだ。

『なるほど、変でござるか。では雄人殿。拙者、謝罪いたそう。これは済まなかった。これ、この通りだ、許されよ』

 土下座をしようと手を床に着こうとしたが、そこに床は無く、そのままマルスは、庭に転げ落ち、一回転してまた元の姿勢に戻る。マルスには何が起きたのか分からなかったのだが、雄人を見ると、腹を抱えて笑い転げ、振り向いてみれば、アレクが更に笑い転げていた。

『マ、マルス! あた、あたし、を、わ、笑い、こ、こ、殺す、積、もりじゃ、ない、ないでしょうね』

「お前――、どこで、そんな芸、お、覚えた、んだ、よ――」

 笑いが止まらない二人を見ていると、マルスもなぜか可笑しくなり、共に笑い出した。

 三人は一頻り笑うと、雄人は家に入り、着替え、マルスもまた家に戻った。

 着替えから戻ると、雄人はマルスに投げ飛ばした理由を尋ねた。

『うむ。アレク殿に言われたのでな、その通りにしたのだ』

 言われた通りにするマルスもあれだが、そんな事をやらせる様に仕向けたアレクも、少しおかしい。今度はアレクを視線を向け、聞いた。

「なんでマルスにそんな事言ったんだ?」

 アレクは決まりが悪そうに、そっぽを向いてしまうが、目だけは雄人に向いていたので、何か言いたい事が有りそうだ、と感じた。

「俺に何か、言いたい事があるんじゃないのか?」

 再度、アレクに聞き返すと、どこか、恥ずかしそうにしながら話した。

『だって、雄人ったら、帰って来てから忙しそうにしてたかと思えば、ぼけっとしたりとか、マルスの事ばっかり気に掛けて、あたしの事、ちっともかまってくれないんだもん。いたずらしたくもなるわよ』

 なるほど、と頷いた。つまり、あれだ。

「お前、マルスに嫉妬したのか」

『そ、そんなんじゃないわよ!』

 慌てて否定する所を見ると、図星の様だった。マルスは相変わらず首を傾げてばかりいる。それを横目で見ている雄人は、こいつ、お馬鹿なんじゃないだろうか? と思えて来た。

「そうだったのか。ごめんな。全然気が付かなくて」

 アレクは少し嬉しそうにしているのだが、出てくる言葉はその態度とは裏腹に、反対の事を言ってしまう。

『だから、違うって言ってるでしょ。かまってくれなくても平気なんだから――』

 先ほどと言っている事が違うが、それでも雄人は笑っていた。

「そうか。それじゃ――、マルス、もう少しお菓子食べるか?」

 お菓子、この言葉を聞いたとたん、マルスの目が輝き始める。

『い、いいので、ござるかっ!』

「おう、いいぞ。そうだ、アレクも一緒にどうだ?」

 雄人はワザとやっているのだが、アレクは素直になれずにいた。

『い、いらないわよ。これ以上食べたら太っちゃうじゃないの!』

 まるで年頃の娘の様な言い草だが、狐の寿命から考えると、少しばかり年がいっている。

「だってさ、行こうかマルス」

 アレクに背を向け、歩き出す。マルスもその後に続く。アレクはそんな雄人を睨み付けると、後から飛び掛った。しかし、その事はすでに予想していたのか、振り向いてアレクを抱き留め、頭を撫でた。

「まったく、お前らしくも無い。無理してんじゃないよ」

 笑顔で声を掛けると、アレクはおとなしく雄人に抱かれて連れられて行く。後からその光景を微笑ましく思い、眺めていたマルスだが、ふと、自分もまだ、親離れしたばかり、という事を思い出した。

『雄人殿! 拙者も!』

 言うが早いか、彼の背に飛び付き、押し潰した。アレクはいち早く雄人の腕から擦り抜け、難を逃れたが、彼は潰された蛙の様な呻き声を上げ、マルスの下敷きになった。

「ば、ばかマルス! お前の図体じゃ、抱える事なんか出来る訳ないだろうがっ! 重いから早くどけ!」

 そう、マルスは同じ年齢の羆から見ると、一回り以上も大きかった。それは、餌が良い事もあるのだが、研究所に居た時、どうやら成長を促進する為に、何かの薬を投与されていたらしかった。ただ、図体はでかくとも、年齢的にはまだまだな面があり、そういった意味では微妙に雄人を困らせてはいた。

『アレク殿は良くて、拙者は駄目なのでござるか?!』

 涙目で訴える。

「だーかーらー。俺よりでっかいのをどうやって抱けってんだよ!」

 拙者が雄人殿よりでかい、言われてみれば、と思い、身を起こしその腕で彼を抱き上げる。

『なるほど! 拙者のが大きかったのでござるか! 今、初めて知りもうした!』

 やっぱりこいつは馬鹿だ、雄人はそう確信した。そして、それを聞いていたアレクも、マルスって面白い子だと、確信した。

『ねえ、マルス?』

 問いかけられ、首を傾げる。雄人も抱かれたままアレクに顔を向けた。

『何で有るか? アレク殿』

『そのまま雄人を上に投げてみない?』

 マルスは一瞬だけ考えると、満面の笑みを浮かべ、雄人は焦った。

『面白そうであるな!』

 何を言い出しやがる! そう言おうとした瞬間、雄人は天井を突き破り、屋根裏に飛び込み、その埃にまみれた場所が目に入ると、ここも掃除しないとな、などと一瞬思った。

「って、そうじゃなくて! お前はなんで……」

 突き破った穴から戻って来た雄人をうまく受け止めると、マルスは再び、力いっぱい投げた。

『そうれ! 高いぞ!』

 高いぞ、どころの話ではない。今度は屋根裏に激突して、屋根瓦を弾き飛ばし、雄人は外に飛び出して行った。そして、青空を見た瞬間、やっぱり冬は晴れが多くていいなあ、などと暢気に思ったが、落下する自分を感じて、我に返った。

「お前は何でも言われた通りにしてんじゃねえよ!」

 雄人に上から怒鳴られ、マルスは受け止めようとしていた腕を引っ込めて、謝ろうと頭を下げる。しかし、その位置は雄人の落下コースでもあり、見事にその頭で受け止めてしまった。

『ぬう! 拙者、負けはせぬ!』

 マルスは一体、何と戦っているのだろうか。訳の分からない事を叫ぶと、加速度プラス雄人の体重の衝撃にも持ちこたえ、在ろう事か勢い良く仰け反った。

「うわっ! ば、ばか! やめろぉぉぉぉ!」

 今度は庭に向かって吹っ飛ばされて行く。

「くそ! こんな事ぐぇ……」

 見事に巨大な庭石に頭突きを見舞った。飛ばされた先を確認しない事は、先ほどの池ぽちゃで実証済みだが、雄人も大概にして学習しない。しかも、岩とも言えるその巨大な石に、生身で勝てるはずも無く、薄れ逝く意識の中、慌てて駆け寄るアレクとマルスの姿だけが網膜に映し出された。

 マルスは雄人を家に中に連れ込むと横たわり、気絶する雄人の背を自分に凭れさせ、アレクは体が冷えない様にと、彼の足の上に乗っていた。

『雄人殿は大丈夫であろうか……』

 心配そうにアレクに問い掛けるマルスだが、自分の行いを反省している節は微塵も感じられない。寧ろ、彼を喜ばせる為にやった、と自負してさえいた。

『あの程度じゃ死なないわよ。もっとも、お馬鹿さんにはなるかもしれないけどね』

 何所と無くアレクは嬉しそうで、声が弾んでいる。二人はその後、会話をする事も無く、昼ねがてら暫らくそのままで居ると、家に中に呼び鈴がの音が鳴り響くが、その音は、海を連想させる音だ。実は、雄人の家の呼び鈴は普通とは違い、幾つかの音に切り替えられる様になっており、今は小波の音が流れるようになっていた。

『来客であるな。しかし、雄人殿がこれでは……』

 未だ目覚める気配が無い。マルスはどうしたら良いものかと思案するが、何も浮かばなかった。

 アレクも何かを考えて居たが、再び音が鳴る。すると、雄人の上から降りて、テレビのスイッチを要れ、リモコンを操作する。と、その画面には門前が映し出され、そこには挙動不審な男が二人映っていた。

『あの男共は何で有るか? 妙に動きが変であるぞ?』

 マルスの指摘通り、二人の男は周囲を仕切に気にしている。どうするのかと、二人が画面を注視していると、一人が周囲を警戒し、もう一人が扉を押し始めた。開かない、と判ると、今度は隣に有る通用門を押し始めた。こちらも開かない事が判ると、もう一人を呼び寄せ、何やら話している。すると、頷き合い、一人は走って何処かに行ってしまった。

『アレク殿、これは若しかして、押し込みの類ではなかろうか?』

 マルスの質問にも答えず、アレクはまたリモコンを操作すると、今度は画面が左右に分割され、ガレージも映し出された。そこには先ほど走り去った男が、シャッターの周囲を探る姿が映っていた。

『空き巣の様ね』

 呟き、何かを考えている様だった。すると、マルスに向かい、言った。

『ねえ、通用門の閂外してみない?』

 面白そうな事でも思いついたのか、意地悪そうに笑っていた。

『ふむ、何やら面白そうであるな』

 マルスも同じ顔をする。そして、二人で静かに笑った。雄人はそんな事に成っている等とは知らずに、お花畑で遊んでいた。

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