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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第五章
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決意

 目の前の雄人から発せられる重圧に、大垣は押し潰されそうに成っていた。しかし、あの事を話す訳にはいかなかった。話せばどうなるか解ったものではないからだ。苦し紛れに自分を見詰める瞳から目を逸らすと、有る事に気が付いた。それは、雄人の左手から滴り落ちる赤いもの。しかも、その手には紫の何かが握られている。ほんの少し前の記憶を手繰り寄せ、気が付き、恐る恐る口を開いた。

「その手は……」

 片頬を吊り上げ、雄人が鼻で笑い、ゆっくりと手を挙げ、手の甲を見せた。

「これですか?」

 そこからは、メスの刃が三本も突き出していた。そして、その手を開くと、紫の布が床に落ちて、広がった。

「そ、その手――! 何故……?!」

 雄人が手の平を見せた。そこには何も突き出して居らず、綺麗なままだ。大垣には訳が分からない。困惑した表情でその手を見詰めていると、雄人が言った。

「これは俺の相棒が送って寄こした物ですよ」

 相棒? 相棒なら隣に座っているじゃないか、大垣はそう思った。だが、その疑問には雄人が即座に答えた。

「たぶん、貴方は相棒が実夏だけだと思っているんじゃないですか? でも、俺の相棒は他にも居るんです。ここに来るまで、これに収まっていたんですけどね」

 床に落ちた布を右手で摘み上げると、テーブルに置いた。大垣には見覚えが有る。確か、これは日本刀を包む布。それで思い出した。

「手に持っていた物は日本刀だったのか!」

 ニヤリ、と笑う彼の顔を見て、まさかそれで何かをする積もりだったのか、と冷や汗が出た。

「もっとも、それで如何(どう)こうって積もりは無いですけどね。ただ、一つだけ、忠告があります。見付けても鞘から抜かないでください。抜いたら最後、何が起こっても保障出来ませんよ。もっとも、貴方達に忠告しても無意味ですけど」

 どういう事だろうか、ここに居る者に言っても意味が無いとは。大垣は考える。そして有る事に考え至るが、その考えは切り捨てた。ここに来るまで何所にも寄る場所は無い。しかも、あの場所はここより先に行かなければならず、部屋から一歩も出ていない彼等には不可能な事だったからだ。息を大きく吸い、ゆっくりと吐き、気持ちを落ち着けて、雄人を静かに見た。

「どこに置いて来たのかな? それとも、他に誰かを侵入させでもしたのかね? もっとも、その様な事をしたのならば、即、警察に連絡をさせてもらうが?」

 雄人の表情に変化は無い。だが、実夏の表情は僅かに変化を見せた。

「やはりそうか。もう一人、不法に侵入させているのか。ならば、今すぐ連……」

 大垣の言葉を遮り、雄人が大声で笑い始めた。

「何が可笑しいのかな?」 

 若干、苛立ちを見せるが、そこは抑える。下手な言動は墓穴を掘りかねないからだ。しばらく雄人は笑うと、元の表情に戻った。

「大垣さん、何勘違いしてるんですか。俺はもう一人とは言ってませんよ。他にも居る、そう言っただけです」

 言葉遊び。そんなものに付き合う義理など無い。第一、人意外の相棒などといっても、大した事が出来る訳が無い。精々(せいぜい)、外をうろつかせる位が関の山。大垣はそう考えていた。しかし、次の雄人の一言は、頭を疑いたくなる様な事柄だった。

「動物とかでもないですよ? まあ、世間一般で言うところの、(あやかし)みたいなものですよ」

 この子は大丈夫なのか? 男達はそう思った。

「信じられない様ですね。それじゃ、このメスはどう説明するんです?」

 メスが突き出た手の甲を見せ付けられる。確かに説明のしようが無い。だが、それでも出来なくはない。その事を大垣が指摘した。

「それこそ自作自演だろう? 何所で手に入れたか知らないが、メスを加工して頃合いを見て刺す。そうすれば出来ない事じゃあない」

 確信が有る訳ではない。だが、その可能性も無い訳ではなかった。現に雄人は溜息を付いている。見破った、大垣はそう思っていた。だが、次の雄人の行動は予想していたものと違った。

「なら、ご自分の目で確認してください。実夏、ちょっと目を瞑ってろ」

 言うなり、雄人は痛みに顔を(しか)めながら甲からメスを引き抜き、テーブルに放り投げた。手の甲からの出血は更に量を増し、投げられたメスは硬い音を立てテーブルに転がると、(まと)わり着いた血をその周囲に()き散らした。そして、彼の手に埋まっていた部分は大垣が考えていた形とは違い、遥かに長かった。

「大垣さん、こんな形状じゃ、どう足掻(あが)いても刺さりませんよ。それにあの深さで刺さっていたら……」

 後で控えていた男が言った。そうなのだ。その断面はどうやればこんな形に、と驚くほど精緻(せいち)な文様が掘り込まれ、その長さは手の平の厚みよりも遥かに長いのだ。

「こんな形でも出来なくは無い。刃で切ってからそこに捩じ込めば出来る。それに、これなら反対側に突き抜ける事も無い」

 ()くまでも認める気は無いようだ。雄人はその態度に呆れ、苦笑を漏らした。

「君が何を考えているのか知らんが、用件は済んだはずだ。そろそろお引取り願おうか」

 雄人をねめつけると、これで終わりだ、と言わんばかりの口調だった。だが、雄人にはまだいう事が有った。

「仕方ないか。こんな事は言いたくなかったんだけど……」

 呟いて息を吐くと、毅然とした態度で言い放った。

「風巻の名に置いて、この研究所への資金援助は本日を持って打ち切らせていただきます。そして、研究所は閉鎖、資料は全て処分、倫理規定に違反したあなた方はもちろん、職員全員を永久に隔離拘束させていただきます。例外はありません。この決定は俺が研究所から一歩でも出た時に実行されます。それと、俺に何か有った時にも実行されるようになっています」

 これには大垣達だけでなく、実夏までもが唖然とした。

「ちょ、ちょっと雄人待ってよ。それじゃ、とうさんも隔離するって言うの?!」

 彼女の方に振り向きもせず雄人は頷いた。心の中では、済まない、と思っているが、それを顔に出す事など、今は出来ない。だから、実夏を見る事は出来なかった。

 雄人は静かに席を立ち、扉に向かい歩き始める。そして、ノブに手を賭け、開けようとした時、大垣が怒鳴った。

「俺達全員を隔離拘束だと! 出来るものならやってみろ! お前が許可をした所で、法を犯す事など出来るものか!」

 息を荒げて雄人を睨み付けるが、彼は振り向く事無く言った。

「風巻の名を見縊(みくび)るな。その程度の事、どうとでも成る」

 冷淡に言い放つと、静かに扉を開け、出て行ってしまった。残された四人は呆然と見送るが、実夏は直ぐに正気に戻ると、慌てて彼の後を追い掛け、部屋を飛び出して行った。廊下に出て左右を見回すと、歩き去る雄人の背が見えた。

「雄人! 待ってよ! ねえ! ねえてっば!」

 実夏の声にも振り向こうとはしない。だが、歩みを早めることもしなかった。実夏は難無く追い付き、彼の前に回りこむ。そして、その表情を見た瞬間、何も言えなくなり、その場に立ち尽くした。

 雄人はその顔に悔しさを滲ませ、目には涙を溜めていた。それでも彼は立ち止まらずに歩く。一歩、また一歩と確実に歩を進める。そして、実夏の隣まで来ると、やっと聞き取れるくらいの小さな声で、一言だけ呟いた。

「ごめん……」

 実夏は初めて聞いた。雄人のこんなに悔しそうな声を。そしてその時、やっと理解した。彼が何故そこまでするのかを。ここを影から支えて来た者として、無断で規約を変えようとする者達への処罰。それこそが今の雄人がやろうとしている事。それは全ての責任を背負い、どんなに非難されようとも、たとえ石もて追われようとも、そして、一人になろうとも決めた事は最後までやり遂げる。その余にも苛烈な決意に、実夏のその瞳からは、自然と涙が零れ落ちた。

「馬鹿雄人! あんた、昔っから何時もそう! 何でも一人で背負(しょ)い込もうとするんだから! どうして誰かに助けを求めようとしないのよ! なんで――、なんで、あんただけが辛い目に合わなくちゃいけないのよ! こんなに近くに居るのに、どうしてあたしにも背負わせようとしないのよ! あたしって、そんなに頼りないの!? お願いだから、全部一人で背負い込まないで、あたしにも手伝わせてよ……!」

 実夏は力の限り叫ぶ。雄人を孤独にさせまいと叫ぶ。そして、溢れる涙と共に心の中に溜め込んできた物を吐き出した。

「大好きな人が一人で悩んで、苦しんで、悲しむのを只見てるだけなんて、もう嫌よ! あたしにも半分、分けてけてよ!」

 雄人の歩みが止まり、ゆっくりと振り返る。その瞳には驚きと、嬉しさ、そして、優しさまでも湛えていた。

「俺の事をそこまで思ってくれてたなんて――、知らなかった。だけど……、風巻の名は実夏が考えてるより遥かに重いぞ。その覚悟が有るなら……」

 彼女に向かって雄人の手が差し伸べられる。実夏は僅かに戸惑い、しかし、迷いを振り切るように、その手を取り、彼に笑み掛けた。

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